エレンディア王国記

火燈スズ

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第3章

158.誓剣

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 最初の一合は、探り合いで終わった。レオンは中段から僅かに刃先を左に振り、リアの視線を引く。リアは刃先を返して誘いを拒み、半身で間合いを詰める。刃が触れ、金属の高い音が二度、三度。足の裏が砂を掴み、膝がばねを作る。

 レオンの剣は、王都の剣そのものだった。形が美しく、無駄がない。正しい軌道をとり、正しい角度で刃を立て、正しい力で押す。すべてが教範通り、完璧だ。しかし、完璧であるがゆえに、狂いは少ないが遊びも少ない。

 リアの剣は、火の匂いがした。鍛錬の積み重ねに加え、旅と戦場で削られた現場の刃。刃筋は通り、手の内が柔らかく、足は砂の上で生き物のように向きを変える。呼吸が深く、視界は絞らず、広く。覚醒以降、身体が“かつての何者か”の記憶に触れている。切っ先に宿る集中は、静かな怒りに研がれていく。

 二度目の斬り結びで、刃が火花を散らす。レオンが半歩引いて誘い、リアが追って踏み込む。鍔迫り合いになり、肩と肩が近づく。その間にレオンが低く囁く。

「君は、王ではない」

 リアは返さない。刃を僅かに滑らせ、力の向きをずらして抜ける。刃先が砂に低く唸り、レオンの足首に斜めの線を描く勢いで入る――が、レオンは読み切っていた。踵を返して線を外し、逆袈裟に振り下ろす。リアは体を小さく折り、刃を立てて受ける。金属が悲鳴を上げ、二人の腕に痺れが走った。

 三合、四合。汗がこめかみを伝い、砂に落ちる。兵の円陣が息を呑む音が重なり、遠くの白樺が風で鳴る。ヴィスは笑っている。シャリスはいない。ヒナとアレスは、森の影で息を殺して見ているはずだ。

 レオンは気づき始めた。――リアの力が、以前より遥かに強い。踏み込みの深さ、押し合いの重さ、刃筋の通り。王都で嗤っていた辺境行きの末弟の剣ではない。レオンの目が細くなり、次の瞬間、本気で斬りかかった。

 刃が空を裂く音が変わる。正しさに殺意が乗った。斜め上からの袈裟、返す逆袈裟、体を捻っての横一文字。リアは一合ごとに足の位置を変え、刃の角度を半分ずらし、手の内を絞っていなす。受けの角度は寸分の遅れもなく、弾き、滑らせ、受け流す。砂が舞い上がり、二人の周囲だけ、風が遠慮しているかのように静かだ。

 レオンの刃が下から跳ね上がり、リアの顎を狙う。リアは刃を返して弾き、同時に足で砂を軽く蹴って視界に砂塵を作る。レオンの瞬き。そこで、リアは半身を深く滑らせ、左足をレオンの軸足の外に置いた。刃は高く、気は低く、視線は胸元の先――怒りが一点に収束する。

 ――ハラン。子どもたち。土の上に並んだ小さな塚。

 刃が落ちた。袈裟より低く、しかし致命の角度で。肩口から斜めに、胸の装甲の継ぎ目を正確に捉える。刃は深くはない。だが、致命には足りた。レオンの表情がわずかに崩れ、息が漏れる。膝が、地を探すようによろめいた。

 静寂が一瞬、全員の耳を塞いだ。次の瞬間、ヴィスの叫びがそれを破る。

「――逆賊!」

 彼は口角に怒りを浮かべ、腕を振り上げた。

「殿下に刃を向け、傷付けた! 総員、討て!」

 槍が一斉に立ち、弓がきしみ、矢羽が光を掴む。円陣が狭まり、砂に無数の足が線を刻む。天幕の影からも兵が出て、輪は二重、三重に厚みを増す。

 リアはレオンの体を支えることも、言い訳をすることも選ばなかった。剣を構え直し、砂の上に足を落とす。呼吸は静かに、目は冷たく。

 森の縁で、ヒナが一歩を踏み出した。アレスが弓に指をかけ、矢羽に祈りを込める。ティグノーが肩で低く唸り、風が一行の背中を押した。

 ――戦いは、まだ終わっていない。むしろ、ここからが始まりだ。

 砂塵が太陽を曇らせ、白樺の葉が遠くでざわめいた。
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