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第1章
62.地下にて
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倉庫街には、たくさんの工場がある。今や何も機械はなく、ただ広い建物が広がっている。その一つ一つには番号が刻まれていた。
「一号館ってことかしら」ヒナがつぶやく。
住民たちに言われた場所は、カルネリスの完全な最西端、西地区の外れ――巨大な壁に接する、まさに町の果てだった。
夜の帳が濃くなり、風が吹くたびに古びたトタン屋根が音を立てる。ヒナたちは物音を立てぬよう、崩れかけた塀の影から慎重に近づいた。
そのとき、小さな明かりが建物の隙間から漏れているのが見えた。
「……灯り、あったぞ」アレスが低い声で告げる。
「行きましょう。声は出さずに」ヒナは囁くように言い、数名の兵士とともに進んだ。
だが――そのとき。
「……来てよかったわ。こんなチャンス、滅多にないもの」
誰かの声が近づいてきた。複数名。ヒナはすぐさま兵士たちに手で合図を出し、彼らは素早く瓦礫の影に身を隠した。
足音が近づく。貴族風の衣服に身を包んだ男女が三名、倉庫の前に現れた。アレスは首をかしげる。貴族はすべて調査済みだ。ここにきているということは、おそらくカルネリスの住人ではない。
「ラニア伯爵からの招待状が来たのよ。…本物の『地下市場』が見られるなんて、あの噂、本当だったのね」
「本場カルネリスでやるとは運がいい。誰も来やしない西地区に本拠地があるなんてな!」
ヒナはその会話に眉を寄せた。彼らはカルネリスの外から来た、明らかな買い手。どうやらチラシや招待状を受け取って、奴隷オークションに参加しに来たようだった。
ヒナは一瞬、判断に迷ったが――決めた。
「予定通り、客として入りましょう。」
アレスはすぐにうなずいた。
「用意できてるぜ。」
ヒナとアレスは、衣服を整え、隠し持った証書のような紙を取り出す。ラニアに実際に書かせた通行証。
倉庫一号館の入り口は、見張りに立つ大男によって守られていた。ヒナは堂々とした足取りで近づき、通行証を差し出す。
「ラニア様の遣いとして参りました。確認をお願いします」
男は警戒したようにヒナを睨んだが、証書の名前を見ると、数秒だけ黙りこみ――うなずいた。
「……こちらです。時間はすでに始まりの時ですので、急いでください」
鉄の扉が開いた。中に通された通路は、冷たい風と地下へと続く階段があった。ヒナとアレスは無言のまま、ゆっくりと階段を降りていく。
階下に広がっていたのは、サーカスのような巨大空間だった。
天井の梁には布が巻かれ、赤黒い照明が不気味に灯る。中央には丸い檻のようなステージ。そしてその周囲には――
「……すごい数……」ヒナが息を呑む。
そこには、着飾った貴族たちが数百人はいるかというほど、円形に並ぶ観客席にびっしりと座っていた。香の匂い、果物や酒の香り、嗤う声――どれもが現実離れしていた。
そして、壇上に立つ司会者が高らかに宣言する。
「さあ、諸君! 本日の目玉、ついに開幕でございます!」
鉄格子の向こうから、怯えた目の少女が一人、引きずられるようにしてステージに連れてこられる。
――地獄のような宴が、幕を開けた。
「一号館ってことかしら」ヒナがつぶやく。
住民たちに言われた場所は、カルネリスの完全な最西端、西地区の外れ――巨大な壁に接する、まさに町の果てだった。
夜の帳が濃くなり、風が吹くたびに古びたトタン屋根が音を立てる。ヒナたちは物音を立てぬよう、崩れかけた塀の影から慎重に近づいた。
そのとき、小さな明かりが建物の隙間から漏れているのが見えた。
「……灯り、あったぞ」アレスが低い声で告げる。
「行きましょう。声は出さずに」ヒナは囁くように言い、数名の兵士とともに進んだ。
だが――そのとき。
「……来てよかったわ。こんなチャンス、滅多にないもの」
誰かの声が近づいてきた。複数名。ヒナはすぐさま兵士たちに手で合図を出し、彼らは素早く瓦礫の影に身を隠した。
足音が近づく。貴族風の衣服に身を包んだ男女が三名、倉庫の前に現れた。アレスは首をかしげる。貴族はすべて調査済みだ。ここにきているということは、おそらくカルネリスの住人ではない。
「ラニア伯爵からの招待状が来たのよ。…本物の『地下市場』が見られるなんて、あの噂、本当だったのね」
「本場カルネリスでやるとは運がいい。誰も来やしない西地区に本拠地があるなんてな!」
ヒナはその会話に眉を寄せた。彼らはカルネリスの外から来た、明らかな買い手。どうやらチラシや招待状を受け取って、奴隷オークションに参加しに来たようだった。
ヒナは一瞬、判断に迷ったが――決めた。
「予定通り、客として入りましょう。」
アレスはすぐにうなずいた。
「用意できてるぜ。」
ヒナとアレスは、衣服を整え、隠し持った証書のような紙を取り出す。ラニアに実際に書かせた通行証。
倉庫一号館の入り口は、見張りに立つ大男によって守られていた。ヒナは堂々とした足取りで近づき、通行証を差し出す。
「ラニア様の遣いとして参りました。確認をお願いします」
男は警戒したようにヒナを睨んだが、証書の名前を見ると、数秒だけ黙りこみ――うなずいた。
「……こちらです。時間はすでに始まりの時ですので、急いでください」
鉄の扉が開いた。中に通された通路は、冷たい風と地下へと続く階段があった。ヒナとアレスは無言のまま、ゆっくりと階段を降りていく。
階下に広がっていたのは、サーカスのような巨大空間だった。
天井の梁には布が巻かれ、赤黒い照明が不気味に灯る。中央には丸い檻のようなステージ。そしてその周囲には――
「……すごい数……」ヒナが息を呑む。
そこには、着飾った貴族たちが数百人はいるかというほど、円形に並ぶ観客席にびっしりと座っていた。香の匂い、果物や酒の香り、嗤う声――どれもが現実離れしていた。
そして、壇上に立つ司会者が高らかに宣言する。
「さあ、諸君! 本日の目玉、ついに開幕でございます!」
鉄格子の向こうから、怯えた目の少女が一人、引きずられるようにしてステージに連れてこられる。
――地獄のような宴が、幕を開けた。
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