エレンディア王国記

火燈スズ

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第1章

63.青い瞳

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 檻の中央に立つ少女の震える肩を、誰も憐れもうとしなかった。

 明らかに幼いその少女は、擦り切れた服を身にまとい、怯えた目で四方を見渡している。観客席の貴族たちは、口々に声を上げていた。

「この子、なかなか骨格が整っているな」

「若い方が扱いやすい。まだ物の価値を知らぬ顔だ」

「前の子よりいいわね。値が上がりそう」

 品定めをするような視線。笑い。嘲り。そして、それを受けて平然と競りを進める司会者。

「はい、お次は身寄りのない孤児! 西地区で保護された一人でございます! 開きが早く、教育も入っておりません!」

 司会者の調子が上がるたび、少女の怯えは深くなっていった。

 ヒナとアレスは、最上段の客席の一角に腰かけていた。

 アレスの拳が震えている。額に滲んだ汗。歯を食いしばり、唇からは小さな唸りが漏れていた。

 ヒナは小さく頭を振り、視線だけで彼を制した。

「……落ち着いて、アレス」

 その声は小さいが、鋭い芯を帯びていた。

 アレスは黙って頷く。

 ヒナの目もまた、怒りに燃えていた。だがそれは氷のように冷たい怒り。決して沸点を越えないよう、内側で押し殺された、理性で支える静かな炎。

 次々に舞台へと引きずり出される少女たち。傷を負った子、泣き叫ぶ子、すでに感情を殺されたような目の子。

 その全員に値段が付き、番号が振られていく。

 そして、場内が一度だけ沈黙した。

 スポットライトが、特別に飾り立てられた檻に当たる。

「――さあ、お待たせいたしました。今宵の目玉をご紹介しましょう!」

 歓声があがった。貴族たちは前のめりになる。ヒナもアレスも、息を呑んで壇上を見つめた。

 扉が開く。

 そこに立っていたのは、黒髪に、澄んだ蒼い瞳を持つ少女だった。

 観客席がざわめく。

「黒髪と……蒼い瞳……!」

「まるで、あの“創世の魔女”のようじゃないか……!」

「ああ……あの伝承、本当だったのか?」

 ――おとぎ話で語られる、創世の時代に人と魔をつくりしという“創世の魔女”。黒き髪と、蒼き瞳は、その象徴とされている。

 最も美しく、最も異端。

 それは、憧憬と偏見の象徴。

 ヒナの眉がわずかに動いた。

(……ルテラと、同じ)

 その少女は怯え、檻の中で身体を丸めている。だが、その容姿は否応なく注目を集めていた。

「これは、いくらで始める?」

「私が最初に出すわ! 金貨五十枚!」

「六十!」

「金貨百枚!!」

 怒号のような競り合いが始まった。

 司会者は嬉々として煽る。

「はい、ありがとうございます! これは貴重な品ですよ皆様! 血筋不明、出所不明! でも、美しさは間違いなし!」

 ヒナは奥歯を噛み締めながら見守る。少女の目が、助けを求めるように客席をさまよっていた。

 そして、場の雰囲気を凍らせるような静けさが訪れる。

 ゆったりと立ち上がった一人の男。髪は金色、衣装は南方の伝統装飾に身を包み、指には白金の指輪が光っていた。

「……南方リデルのゴルドステラ公爵家より、白金貨五枚を提示する」

 どよめきが走った。

「し、白金貨……!?」

「冗談じゃない、帝都でもなかなか見られんぞ!」

 司会者が口角を歪めて叫ぶ。

「はいっ、きましたぁ! 本日の最高額、白金貨五枚ッ! 他にいらっしゃいませんか!? 五枚です!! では――!」

「……売却決定!」

 少女が叫んだ。

「いやぁあああああああっ!」

 必死に後ずさる少女に、司会者が手を伸ばす。護衛が壇上に入り、無理やり腕をつかもうとした、その瞬間だった。

 「この野郎ッ!!」

 怒声とともに、アレスが客席から飛び出した。

 ドンッ――!

 勢いのままに壇上に躍り出たアレスは、その拳で司会者の顔面を殴り飛ばした。司会者の身体が宙を舞い、壇の端まで転がっていく。

「なっ、何者だあいつは!?」

「止めろ、誰か止めろ!!」

 会場がざわつき、貴族たちが逃げ腰になった。

「アレス、ちょっと!」
 ヒナが驚きと怒りが混ざった声で叫び、すぐに彼を追って壇上へ跳び上がる。

 護衛たちがざわめくなか、ヒナとアレスは背中合わせに立った。

 「すまん、我慢できなかった!」
 アレスが息を切らせながら言う。

 「仕方ないわよ、私も同じ気持ちだったから!」

 二人の視線が同時に周囲を射抜く。ステージの周囲に護衛がじわりと集まり、剣を抜く音が重なる。

 ヒナとアレスは、互いに呼吸を合わせ、同時に足を踏み出した。
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