71 / 197
第1章
68.魔法剣士たちの激突
しおりを挟む夜の空気が焦げつくように、重く淀んでいた。
ヒナを受け取ったアレスは、手早く応急手当を始めていた。倒れ込んだ彼女の呼吸は荒く、額には冷たい汗が浮かんでいる。
「リア様……すみません……」
「休んでろ。ここからは、俺がやる」
リアはヒナに一瞥もくれず、目の前の『異物』に視線を注いでいた。
灰衣の女は剣を振り下ろした姿勢のまま、リアの一太刀を受け止められたことに、明らかに興奮したように笑っていた。
「ほぉ……これは、いい」
フードの奥から、女の狂気を帯びた声が響いた。
「さっきまでのふたりとはまるで違う……あなた、最初から格が違うのね。」
ヴィリオの唇が笑みに歪む。
剣と剣――交錯。
瞬間、鋭く金属が鳴き、地面が裂け、火花が奔る。交錯する一撃ごとに、空間が悲鳴をあげるかのようだった。
「――っ……早い……っ!」
アレスが無意識に後ずさる。
ヒナもその場で立ち尽くしていた。リアが魔法剣士であることは知っていたはずなのに、それでも――
(そんな……こんな動き、あのときの比じゃない……!)
以前、魔法の修練を共にした日々。炎を灯すだけでも息を切らしていたリアが、今――
火を操り、風すら断ち切る速度で剣を振るっている。
「どこまで……進化してるの、あなたは……!」
小さく、ヒナの口からこぼれた。
その言葉を知ってか知らずか、リアは全身で剣を振るい、ヴィリオの刃と拮抗していた。
ヴィリオの目が、次第に細められていく。
「……面白い。あなた、本物ね。ほんとうの魔法剣士……」
言葉の最後が消えると同時に、彼女の姿もかき消えた。
煙でもなく、風でもなく、霧のように――
「リア様、後ろ――!!」
アレスの叫びが間に合うかどうか。
リアの背後、しんと空気が沈む。そこに突如、剣が現れる。
ギィンッ――!
リアは寸前で反転し、剣を弾いた。火花が四方に散り、周囲の草木が燃え上がる。
「やっぱりそうか……水だ。水の魔法士……」
リアは小さく、呟いた。
「察しがいいじゃない。今まで殺した中でも、一番鋭い」
ヴィリオの声が、嬉しさに震えていた。
彼女の周囲の空気が湿り、地を這う水の気配が音もなく渦巻く。水が、刃のように形を変え、ヴィリオの剣に宿る。
「だったら、私も本気で遊んであげる」
次の瞬間、炎と水がぶつかり合った。
リアの剣が焼き切る。ヴィリオの刃が貫く。地面が爆ぜ、空気が裂け、異様な光景が広がる。
炎が水を蒸発させ、水が炎を呑み込み、互いの魔力が相殺されてなお、圧倒的な剣技が残る。
(魔法剣士同士が、本気でぶつかり合ってる――!?)
ヒナはもはや、何が起きているのか理解できなかった。ただ、目の前で交錯する火と水の奔流に、膝が震えていた。
そして――
リアの剣が、ヴィリオの水刃を弾き飛ばす。
カラン……と金属音が闇に沈む。
ヴィリオはそのまま片膝をつき、無防備に笑った。
「……ああ、最高。こういうの、ほんとに……最高なのに……」
その目が、リアの背後へと移る。
「だけど……残念。来ちゃったみたい」
リアが振り返る。
暗がりの中、一人の人影が、まるで霧の中から浮かび上がるように立っていた。
その姿は見えない。顔も、輪郭も。だが、ただの存在感が周囲の空気を変える。
リアが剣を下ろさずに問う。
「仲間か」
「うん、まあね。邪魔されたくなかったけど……」
ヴィリオは立ち上がり、身軽に跳ねるように距離を取った。
「じゃあね、王子様。また燃え上がらせてよ」
そのまま、風のように姿を消す。
残されたのは、焼け焦げた地面と、水に濡れた草と、剣を下ろしたリアの静かな背中だった。
32
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる