エレンディア王国記

火燈スズ

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第1章

68.魔法剣士たちの激突

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 夜の空気が焦げつくように、重く淀んでいた。

 ヒナを受け取ったアレスは、手早く応急手当を始めていた。倒れ込んだ彼女の呼吸は荒く、額には冷たい汗が浮かんでいる。

「リア様……すみません……」

「休んでろ。ここからは、俺がやる」

 リアはヒナに一瞥もくれず、目の前の『異物』に視線を注いでいた。

 灰衣の女は剣を振り下ろした姿勢のまま、リアの一太刀を受け止められたことに、明らかに興奮したように笑っていた。

 「ほぉ……これは、いい」
 フードの奥から、女の狂気を帯びた声が響いた。

 「さっきまでのふたりとはまるで違う……あなた、最初から格が違うのね。」
 ヴィリオの唇が笑みに歪む。

 剣と剣――交錯。

 瞬間、鋭く金属が鳴き、地面が裂け、火花が奔る。交錯する一撃ごとに、空間が悲鳴をあげるかのようだった。

 「――っ……早い……っ!」
 アレスが無意識に後ずさる。

 ヒナもその場で立ち尽くしていた。リアが魔法剣士であることは知っていたはずなのに、それでも――

 (そんな……こんな動き、あのときの比じゃない……!)

 以前、魔法の修練を共にした日々。炎を灯すだけでも息を切らしていたリアが、今――

 火を操り、風すら断ち切る速度で剣を振るっている。

 「どこまで……進化してるの、あなたは……!」
 小さく、ヒナの口からこぼれた。

 その言葉を知ってか知らずか、リアは全身で剣を振るい、ヴィリオの刃と拮抗していた。

 ヴィリオの目が、次第に細められていく。

 「……面白い。あなた、本物ね。ほんとうの魔法剣士……」

 言葉の最後が消えると同時に、彼女の姿もかき消えた。

 煙でもなく、風でもなく、霧のように――

 「リア様、後ろ――!!」

 アレスの叫びが間に合うかどうか。

 リアの背後、しんと空気が沈む。そこに突如、剣が現れる。

 ギィンッ――!

 リアは寸前で反転し、剣を弾いた。火花が四方に散り、周囲の草木が燃え上がる。

 「やっぱりそうか……水だ。水の魔法士……」
 リアは小さく、呟いた。

 「察しがいいじゃない。今まで殺した中でも、一番鋭い」
 ヴィリオの声が、嬉しさに震えていた。

 彼女の周囲の空気が湿り、地を這う水の気配が音もなく渦巻く。水が、刃のように形を変え、ヴィリオの剣に宿る。

 「だったら、私も本気で遊んであげる」

 次の瞬間、炎と水がぶつかり合った。

 リアの剣が焼き切る。ヴィリオの刃が貫く。地面が爆ぜ、空気が裂け、異様な光景が広がる。

 炎が水を蒸発させ、水が炎を呑み込み、互いの魔力が相殺されてなお、圧倒的な剣技が残る。

 (魔法剣士同士が、本気でぶつかり合ってる――!?)

 ヒナはもはや、何が起きているのか理解できなかった。ただ、目の前で交錯する火と水の奔流に、膝が震えていた。

 そして――

 リアの剣が、ヴィリオの水刃を弾き飛ばす。

 カラン……と金属音が闇に沈む。

 ヴィリオはそのまま片膝をつき、無防備に笑った。

 「……ああ、最高。こういうの、ほんとに……最高なのに……」

 その目が、リアの背後へと移る。

 「だけど……残念。来ちゃったみたい」

 リアが振り返る。

 暗がりの中、一人の人影が、まるで霧の中から浮かび上がるように立っていた。

 その姿は見えない。顔も、輪郭も。だが、ただの存在感が周囲の空気を変える。

 リアが剣を下ろさずに問う。

 「仲間か」

 「うん、まあね。邪魔されたくなかったけど……」

 ヴィリオは立ち上がり、身軽に跳ねるように距離を取った。

 「じゃあね、王子様。また燃え上がらせてよ」

 そのまま、風のように姿を消す。

 残されたのは、焼け焦げた地面と、水に濡れた草と、剣を下ろしたリアの静かな背中だった。
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