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第1章
70.黒き蛇
しおりを挟むカルネリスの議事堂の会議室。
夜明けの光が差し込む中、分厚い扉が重々しい音を立てて閉じられた。
リア、ヒナ、アレス――そして、この町を統括する治安責任者ベリックが卓を挟んで座っていた。
「……報告を、もう一度頼む」
低く、重たい声。
ベリックの顔には、深い疲労の色が刻まれていた。
リアは短く息を吐き、持ち帰った書類の束を机に置く。
「倉庫街の奴隷市場は、確かに壊滅させました。しかし――」
書類を指先で叩く。
「ここには、全貌が載っていた。奴隷売買のネットワークが、エレニア全土に広がっている。カルネリスは、その一端に過ぎません」
ヒナとアレスの顔も、暗い。
ベリックは書類に目を通し、しばらく無言だった。
やがて、低く呟く。
「……重すぎる現実だな。だが、避けては通れん」
リアは頷いた。
「首謀者を捕まえなければ、何も終わらない。倉庫を潰しても、別の場所でまた始まるだけです」
ヒナが口を開く。
「つまり、私たちは頭を落とさなければならない、ということですね」
アレスが腕を組み、真剣な表情で付け加える。
「……でも、その首謀者って、誰なんだ?」
+++++
リアたちはその足で、牢獄へ向かった。
薄暗い地下牢。
鉄格子の向こうに、ケネスがうずくまっていた。ラニアは別室に隔離されている。
「ケネス」
リアの声に、ケネスは顔を上げた。
「……リア様」
「聞きたいことがある。――倉庫街の市場を動かしていた首謀者は誰だ?」
ケネスは目を伏せ、首を横に振った。
「……わかりません。本当に、顔も……名前も……。ただ、ラニア様だけが会っていました。私は……指示を伝えられるだけで……」
リアの瞳が細くなる。
「本当に知らないのか?」
沈黙。だが、そのオーラは嘘を示していなかった。ケネスは本当に「顔も名前も知らない」のだ。
一方隣室――。
ラニアは椅子に座り、目を閉じていた。
リアが扉を開けても、微動だにしない。
「ラニア。お前は知っているな。首謀者を」
沈黙。
「答えろ」
沈黙が続く。
ラニアの唇はかすかに笑みを形作っていた。
(……口を割らない、か)
リアは舌打ちしそうになるのを堪え、部屋を後にした。再びケネスのもとに戻る。
「……本当に、何も知らないんだな?」
リアが問いかけたとき――ケネスは、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……いえ……ひとつだけ、聞いた言葉があります」
リアが視線を向ける。
「何だ?」
ケネスは唇を湿らせ、ためらいながら口にした。
「……ラニア様が、その首謀者と話しているとき、時々……こう呼んでいました」
重たい沈黙の後――。
「『黒蛇』と」
ヒナとアレスの表情が固まる。
「くろへび……?」
リアは目を細めた。
「――それが、首謀者の通り名か」
重苦しい空気が、牢の中を満たした。
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