エレンディア王国記

火燈スズ

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第1章

73.刺客

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 議会が終わったあと、リアが宿屋の部屋に戻るや否や、ヒナがすかさず扉を閉め、リアの前に立ちはだかった。

「――リア様、どういうことですか」

 その声音は、珍しく強い。ヒナは腕を組み、まっすぐリアを見据えた。

「議会での発言です。『黒蛇の正体がわかった』なんて……本当なんですか?」

 リアはしばらく沈黙し、机の上に置かれた書類を整理する仕草をした。
 やがて――淡々と口を開いた。

「……半分はブラフだ」

「え……?」

 ヒナが思わず言葉を詰まらせる。リアは椅子に腰かけ、片手で額を押さえながら続けた。

「ただし、確信している人物はいる。そいつが黒蛇で間違いないはずだ」

 その言葉に、ヒナの表情が揺れた。

「……確信、ですか」

「ああ。だが、確証を得るにはもう少し必要だった」

 そのとき――

 コツン と窓を叩く音がした。アレスが窓を開けると、そこには一羽の伝書鳥が止まっていた。足には小さな筒。中には短い書簡が入っている。封を切ったリアは内容に目を走らせ、静かに口角を上げた。

「……やっぱりだ」

「リア様?」

 アレスとヒナが覗き込むが、リアは紙をくるりと折り、机に置くとニヤッと笑った。

「――予想通りの人物だった」

 その夜。

 静まり返った宿屋。窓から忍び込む影があった。

 気配を殺し、音もなく床を進む――
 寝台の上に眠るリアに、銀に光る短刀が振り上げられた。

 だが――

 スカッ

 刃が貫いたのは、布団だけだった。
 そこに人影はない。

 「……え?」

 暗殺者がわずかに声を漏らした瞬間――

「……残念だったな」

 背後から、低い声がした。

 ガシッ!

 暗殺者の腕をリアが掴み、ヒナが素早く回り込み、手首をひねり上げる。

「っぐ……!」

 床に叩き伏せられ、腕を拘束されたのは――

「……憲兵?」

 アレスが驚いたように言った。その胸章には、ラニア派閥の紋章が刻まれていた。憲兵はすぐに拘束され、ラニアの元へ引き立てられた。地下牢の鉄格子越しに、リアが静かに立つ。

「お前の部下だな、ラニア」

 ラニアは鎖につながれながらも、ニヤついた笑みを浮かべていた。

「……フフフ……そうさ。だが、無駄だ」

 目を爛々と光らせ、叫ぶ。

「――お前も、黒蛇様に、すぐに消されるのだ!」

 リアは、ふっと鼻で笑った。

「……黒蛇、ね」

 そのまま、鉄格子の前に立ち、冷たい目でラニアを見下ろした。

「――黒蛇は、死んだザイル町長だ」

 牢の中が、一瞬凍りついた。

 ラニアの顔から、笑みがすっと消えた。

 ヒナもアレスも息をのむ。

 リアの言葉は静かだったが。それは、議会を揺るがし、カルネリスを覆う『仮面』を剥ぎ取る第一声となったのだった。
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