双子の弟妹が異世界に渡ったようなので、自分も行くことにします

柊/アズマ

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第一章 異世界到着!目指せ王都!

閑話4 湖の畔にて

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「誰か来たな」

 そうマヌアーサが言ったのは朝食も終わり、晴れ晴れとした天気の下で優雅にお茶を飲んでいるときだった。

 ヴィアーナは一瞬誰だろうと首を傾げたが、勝手に魔の森に入ることを許可された人間は両の手で数えるくらいしかいないことを思い出す。

 となるとこの時期にくるのは、

「ディーくんね」
「そうだな」

 ヴィアーナがディーくんと呼ぶディストは、マーリルが貰ったものと同じ魔の森の入森許可――右肩甲骨に刺青のような紋様――を持った数少ない人だ。そして、これだけ頻繁に魔の森のヴィアーナたちが暮らす湖にくるのはディスト位だった。

 ディストがくる理由、それはヴィアーナが暮らす国――サティア国の国王からの依頼だった。

「あ、ストックなかったわ。今作ってくるからディーくん来たら少し待って貰ってて」
「わかった」

 ディストが受ける定期依頼。『魔の森の万能薬エリクサーの入手』である。

 ここ魔の森は古くから動物も住めない魔物の楽園とされてきた。それは魔素が濃く、動物が住めないのではなく、動物が魔物に変化してしまうだけなのだが、人間の中にそれを知るものは少ない。

 魔物は魔力を持った動物である。諸説あるが、元は全て動物だったという説が有力だ。そのため、魔素――を身体に溜め込み魔力とする――がある場所でしか魔物は生きていけないのだが、特にこの森の魔物は濃い魔素の中でしか生きられないため、滅多に外に出ることはない。

 魔素が生き物の身体に入り込むと魔力に変換される。それはこの世界に生きる全ての生き物に共通する。動物も僅かに魔力を持っているのだ。しかしある一定以上取り込むと魔物に変質するのだ。そうして魔力を持った状態でその身体が朽ちると、どうなるか。

 身体に魔力が染み込んだままになるのだ。

 知っての通り魔力が身体に行き渡った状態の魔物は、人間が食べることは出来ない。そのため、魔力を一ヶ所に集める方法を編み出した。集めたものは魔物の体内で結晶化し、純粋な魔力の塊が出来上がる。そう『魔石』だ。


 魔物が溢れる魔の森は当然魔石をになる魔物も溢れているわけだが、マヌアーサが守る湖はそれだけではないのだ。何故ただの湖を守っているか。ただの湖ではないからだ。

 遠目では見ることは叶わないが湖の底には大量の魔石が沈んでいるのだ。大小様々。その秘めた魔力の量も様々ではあるが、欲に刈られた生き物から狙われるには十分の理由であった。
 それに加え人が魔石を生み出す術を編み出す以前よりもずっと前からこの湖には魔石が沈んでいる。

 そうして長い年月をかけて、魔石から魔力が湖に溶け出した。その湖の水を使って作られるのが『万能薬』である。

 万能薬はその名の通り万能な薬ではあるが、生き物を生き返らせるなど自然の理に反することはできない。
 重傷な傷だったり、重篤な病は癒すことはできる。しかし血が蘇るわけでも、病が完治するわけでもない。血が足りなければ死ぬし、病の根本が直らなければ再発する。

 それでも医療が発達していないこの世界では、随分と重宝されている。


 そしてこの湖を魔の森ごと守っているのが辺境侯にして『湖を守りし一族』と呼ばれるスクランズ侯爵家である。魔の森から国を守る要として、また様々な生き物から魔の森を守る一族として長年この辺境を守っているのだ。

 その対価として、マヌアーサはサティア国スクランズに万能薬を卸しているのだ。

 閑話休題。


「いつまでそうしている気だ。ディストよ」
「マヌアーサ様。お久しぶりでございます」
「お主、この間もこのやり取りをしているのに気が付いておるか?」

 マヌアーサが考えに耽っている間にどうやらディストは到着したようだ。静かに腰を折り頭を下げている様は、先程ジョイルにしていた態度とは全くの別物だった。自分から声を掛けることが無礼であると譲らないディストは、こうしてマヌアーサが気が付くまでずっと静かに佇んでいるのだ。

 一度どのくらい声を掛けなければ反応するのだろうと試してみたマヌアーサだったが、3時間を過ぎたあたりで此方がまいってしまった。もう同じことはやるまい。

「マヌアーサ様は我等の始祖に当たる御方。無礼は許されません」
「はぁ。もうよい。アーナが今作っておるから少し待っておれ」
「御意に」

 ジョイルもこのやり取りを勿論知っているのだが、いつも自分に対しての態度の違いに苦虫を噛む。
 自分に対しては慇懃無礼ともとれる態度を意図も容易くとるこの青年――ディストはここに来る度にマヌアーサと同じやり取りを繰り返す。

 マヌアーサはもう少し砕けてくれてもいいのだが、何せそこだけは決して譲らないのがディストだった。

「発言を許可して貰いたく、」
「良いから普通に話さんか!」

 面倒くさくなってきたマヌアーサだった。

「では失礼して。最近スチマの街で変わった少年に出会いまして」
「む」
「マジックボックスやら、身体強化やら、探索サーチ観察オブサーも使っていまして」
「…………」
「しかも武器を所持していたのですが見間違いでなければあれは渡り人の世界の武器である『かたな』、」
「あ、アーナ!」
「果ては失われた魔法ロストマジックである『転移』まで、」
「アーナ!アーナー!!」

 ディストの言葉を遮ってマヌアーサはヴィアーナを呼んだ。ディストが誰に会ったのか直ぐに検討がついてしまったからだ。この件はヴィアーナに任せたほうがいい。

 マヌアーサは涙目であった。



  ▽

「あ、あらぁ」

 ディストからマーリルの現状を聞いたヴィアーナは溜息を吐きながら天を仰いだ。マーリルがここを出てから五日だ。たった五日でよくぞそこまで出来たもんだ、とある種の嘆息にも似た溜息だ。

 あれだけ気を付けるように言っておいたにも拘わらず、「バレていないのは性別と歳だけとは……」とヴィアーナも涙目になった。

 訝しんでいるよりもどうしたらあんな状態で放っておけるのか、といったような珍獣扱いにも似た眉間の皺である。そうそれはまさしく心配している・・・・・・ようにも見えるのだ。

「ディ―くんは、マーリ、ルくんはどんな子に見えた?」
「どんな事情があるかはわかりませんが、危ないですね」
「危ない?」
「はい。危機感皆無なこともそうですが、それを差し引いてもマーリルの持っているものは危ないものが多すぎます」

  ―――そもそも隠す気が本当にあるのか甚だ疑問なことが、一番の問題です。

 ディストは言いきったために、ヴィアーナは口元を引き攣らせた。「確かに」と酷く納得してしまったからだ。しかし、とヴィアーナは逆の発想をすることにした。

 いっそディストを巻き込んでしまったほうがいいのではないか。ディストもマーリルも目指すはストロバリヤだ。マーリルが女だとわかってしまえば面白くな――ディストが困ってしまうので、真亜莉まありはマーリルのまま是非とも頑張って頂こうと。

 この五日ヴィアーナは気が気ではなかったのだ。あそこまで自分に危機感のない女の子は初めて見た。
 真亜莉の生い立ちにも関係しているとはわかっていても、まわりのやきもきを本人は自覚するべきなのだ。

 話ながらディストも遠い目をしているではないか。きっとマーリルはこれからもまわりを巻き込んで台風の目のごとく、本人ちゅうしんばかりは平穏に見えてまわりは暴風かくやと言わんばかりだろう。

 それにこの青年はマヌアーサを盲信している。マヌアーサの言うことならば大人しく受けてくれるだろう。

 そんな打算まみれの黒い思考を隠してヴィアーナはディストに一つの依頼を出した。

「マーリルくんを助けてあげて欲しいんだけど」
「はい」
「え」

 ヴィアーナの言葉に同意するようにマヌアーサもこくこくと首を縦に振っていたのだが、まさかディストが一も二もなく頷くとは思っていなかった。

(あら、あらぁん?)

 ヴィアーナはピンとくる。
 ディストはマヌアーサ基、狼族の系譜に連なる赤皇家せきこうけの人間だ。特にディストはその古の赤皇族の血を最も受け継ぐと言われている先祖帰りで、狼の性質を持っている。

(ムーたんの幻術のお陰で真亜莉ちゃんの匂いは隠されているはずなんだけど)

 マヌアーサもそうであったように、動物の血を多く持つ者は自らの番を匂いで判断する。男の子だと思っているマーリルをここまで気にするディストは無意識にその匂いをかぎ分けているのかもしれない。

 これは好都合だとヴィアーナは内心ほくそ笑む。心配しすぎても足りないあの子にはこのくらいの男がついているくらいのほうがいいのだ。

「それなら少し話をしましょうか」

 マーリルの事情を性別と歳を省いてディストに伝えた。

 自らの力で界渡りをしてきた『渡り人』だということ。
 双子の弟妹がストロバリヤ大国にいて会いに行きたいこと。
 魔心官を持っているため魔法は自由自在だということ。

 そして、『ウル』保持者であり、時間がないということ。

 全てを聞き終えたディストは案の定絶句した。
 言葉がでないようで、はくはくと息を吐き出している。

「幼い姉弟のために親代わりだったみたいで、自分の危機管理がなっていないのよ」
「なる、ほど……」

 どうにか絞り出した声は掠れていた。そこにマヌアーサは最後の爆弾を投下した。

「ディストよ」
「は、い」
「マーリルは珍しく『ウル』の時間がない」
「え」

 本来『ウル』持ちの王族であれば、王位継承権を放棄するまでは時間があるものだ。それもマーリルは16歳ということになっている。
 ウル持ちは短命ではあるがそこまで時間がない者は珍しい。しかしマヌアーサを盲信しているディストはマヌアーサが白と言えば黒でも白になってしまうのだ。

 マヌアーサはそこを利用して話をごり押しした。

「簡潔に聞く。後一年・・でマーリルはストロバリヤに行けるか?」
「――――っ!?」

 マーリルの状況は理解してもその背景までは伝えていない。なぜストロバリヤへいかなければいけないのか。もっと言えば、何故ウルの『返上の儀』を渡り人であるマーリルが、ストロバリヤで行わなければいけないのかディストは知らない。

 しかしマヌアーサに問い掛けられたことに対しての答えを、ディストは持ち合わせていた。

 マーリルが一年以内にストロバリヤに行けるか否か。それは―――――


「……いえ、恐らく難しいでしょう」

  ―――――――答えは、否だ。




――――――――――
閑話終了です。次回から本編に戻ります。更にマーリルが暴走します。
果たしてマーリルは死亡フラグを折ることは出来るのか!?
次回、新しい街に着きます。

閲覧ありがとうございました!
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