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第一章 異世界到着!目指せ王都!
第十七話 マーリル、渡り人に会いました
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お気に入り260人突破です!ついでに連載して一ヶ月が経ちました。
これもお気に入り登録、感想などをくれた皆様のお陰です!モチベがあがります!
そんなわけで、連チャン投稿です!
――――――――――
本通りから細い道に入ってすぐに目当ての店はあった。
『定食屋』と掲げた看板が目立つ、下町の定食屋といった風情であった。
おそるおそる覗くと、カウンター席とテーブル席があるこじんまりとした店で、カウンター席の頭上に輝く古ぼけたメニューたちがなんとも言えなかった。
(ここだけ見たら日本に帰って来たみたいだ)
そうマーリルが思うくらいによく再現されていた。
(ここまで似せられるってことはこの店をやっているのは渡り人なのかなぁ)
それか、渡り人の子孫。所謂『混じり』というやつだ。
『混じり』と呼ばれるような人たちは大なり小なり渡り人の性質を受け継ぐらしい。そのため渡り人を重宝しているこの世界の人たちにとって、混じりとはいい意味なのだそうだ。特に差別発言ではない。
とにもかくにも、入ってみるしかない。
そう自分に言い聞かせたときだった。
「入らないの?」
カウンターの奥――たぶん厨房だろう――から声を掛けられた。
「入ります。お、お邪魔します」
ビクッと揺れた肩には見ない振りをして、マーリルは意を決して店内に踏み込んだ。
店内に客の姿は見当たらず、ただあれの臭いはしっかりと充満している。
(この人が食べてたのかな?)
そう思えば何となくは店主らしき男の口許がネバネバしている気さえする。
「ご注文は?」
「あの……この臭いは……」
「ああ、ごめんね。臭かったよね。換気しながら食べてたんだけど、」
やはり店主が食べていたらしい。しかも換気しながら食べていたために、外まで臭いが漂ってしまったようだ。そのお陰でマーリルは気付けたのだが。
「外まで臭い凄かった?どうしても食べたくて何とか作り出したんだけど、周りには評判悪いんだよね。臭いって」
「わかります。独特の臭いは外国の人は特に受け付けないって聞きますし」
「そうそう。日本だって嫌いな人は特に臭いが駄目だって言うよね」
「味は美味しいから是非とも好きになって欲しいですけど、食の好みは千差万別。仕方ないですよ」
「君わかってるね!この世界に醤油がないからなんとか魚醤で食べてるんだけど、やっぱり醤油が恋しいよ!」
「え!やっぱり醤油ないんですか!あれにはやっぱり醤油ですよ!少しならありますのでわけましょうか?」
「醤油を持っているだと!君どんな状況で落ちてきたのさ!朝御飯の最中だったとか!?」
「いやいやいや、朝御飯の最中に落ちるとかどんだけピンポイントですか!」
「目玉焼きに醤油を垂らそうとしていたら、あら不思議この世界にいましたとさ」
「ちゃんちゃん。て、違いますから!」
やんややんや漫才を繰り広げながら最後はいい具合に話が終了したところで、マーリルはついつい言わなくてもいいことまで口走っていたことに気が付いた。
「君、面白いね」
「あ、あの……」
「お嬢ちゃんはいつ落ちてきたの?」
「…………一月経ってません」
「呼び人!?」
―――まぁそうなるよね。
マーリルは諦めた。
ついつい日本の雰囲気に気が抜けてしまい、「隠しておけよ!」と念を押された渡り人だということもバレてしまった。しかもこれだけ言葉が流暢だと勿論落ち人ではないこともわかってしまう。
マーリルは開き直ることにした。
「まぁちょっと事情がありまして……」
「深くは聞かないさ」
「ありがとうございます」
この店主も知らなくていいことは沢山あることを知っているのだろう。それ以外は特に聞かれることもなかった。
「それより醤油持ってるって本当!?」
「あ、はい」
「お願い出して!そして一緒に食べよう!」
「っはい!」
店主の気になることはそっちだった。これから先関わるかどうかもわからない怪しいお嬢ちゃんの事情よりも、あれを美味しくさせる醤油のほうがよほど優先順位が高かったようだ。
マーリルにも否やはない。寧ろそれを目当てでここにきたのだ。早速マジックボックスから醤油のボトルを取り出した。
既にいろいろバレたのでなんの躊躇もなくマジックボックスを使用したのだが、ここらへんが真亜莉を構成するマーリル足る所以であろう。要するに危機管理が足りていない。
一瞬吃驚した店主は、すぐにマジックボックスだと気付きすぐに苦笑いになった。
「君、マジックボックス稀少だって知らないの?」
「いえ?知っていますが?」
「ああそう……まぁいいや。ちょっと待ってて」
「はい」
呆れたような眼差しを向けられたがマーリルは気にしない。すでにマーリルの意識は、店主が持ってくるだろうあれに移ってしまっている。
「ご飯……嗚呼、『納豆』!」
「醤油……嗚呼、漸く最高の『納豆』が!」
二人はとても感動していた。
そう、あれだけの異臭を近隣にぶちまけておきながらも、苦情を聞き流しながらも、断固として食べ続けていたのは我らが至高の食べ物―――――『納豆』様である。
▽
余は満足じゃ。
本日二度目の『満足感』を感じながら、マーリルは米を平らげた。40代ほどの店主も醤油と納豆で満足そうに腹を撫でている。
『スズキ』と名乗った店主は15年ほど前に落ちてきた渡り人だった。やはり気がついたらこの世界にいて、言葉が通じないことが一番大変だったらしいが、このマルトルにすぐに来ることができたため、意外に楽しく暮らしているそうだ。
ここマルトルは日本の文化を発展させたことと同時に、言葉も教えてるそうだ。過去にいた落ち人がやはり言葉が一番のネックだったこともあって、教えられる人がいなくとも指南書なるものが存在する。そのため、ここマルトルはいつの時代も渡り人はそれなりの数居て、更に日本の文化が広まったそうだ。
「この醤油は差し上げます」
「いいのかい?」
「はい。まだありますから。それに、」
「どうか、したの?」
納豆をともに食べながら話をして行くと、店主もマーリルの危なっかしさに気が付いたようだ。何を口にするか戦々恐々としている。
「麹があるのですが、手作り醤油のレシピとともにいりませんか?」
「……っ!はぁ」
スズキは瞠目してから諦めとともに重い溜め息を吐き出した。
「危なっかしいって言われない?」
危機感がないとはよく言われる。気を付けるように、それは何度も念を押されたことだ。
しかし『危なっかしい』とは言われたことはない。だから、
「いえ?」
にっこり笑顔で、マーリルは堂々と宣った。
そんなマーリルに二度目の溜め息を吐き出したスズキには現状が正しく理解できたようだ。もう何も言うまい。
「じゃあ対価は?」
「対価?」
「そう。僕たちが持つ知識が貴重な事くらい知ってるでしょ?」
「はい」
「なら対価を支払うよ。交換でこの醤油のレシピを買う」
「でも……」
レシピをあげたからといって直ぐに出来るものでもない。醤油がこの世界に広まることは、間接的にもマーリルに利益をもたらす。
納豆は醤油が一番!
ただスズキもそこは譲らない。「無料より怖い物はないからね」とは、日本人なら当たり前の感覚だった。
うーん、うーんとマーリルが唸りながら考えている間にスズキは何かを取り出してきた。
「はい」
「え?」
「マジックバッグ」
「はい。え?」
スズキからマジックバッグを渡されて、マーリルは反射的に受け取った。物の名前を言われてもマーリルには意味がわからない。マジックバッグは見てわかる。
マジックバッグはマジックボックスの魔法を元に作られた『魔道具』だ。そのため魔力を感じることが出来る人間なら見てわかるのだ。
「僕たち渡り人が魔術に似た力があることは知ってると思うけど、」
「……っ、はい」
「僕の場合は『付与』なんだよね」
「付与?」
渡り人は魔力を溜めておける魔心官を持たない。そのため、此方の世界にくるとその器官に似た何かが造られるそうだ。
それは一応魔力を溜めておける魔心官と同じ役割なため、魔術と同一視してもいいのだが、スズキのように別物と考える人もいるらしい。
何故かというとスズキの力のように、魔術ではない力が稀に顕現するからだ。
魔術はイメージ、魔力操作、詠唱を経て魔法を顕現させる力だ。魔方陣も同じく、イメージ、魔力操作、魔方陣構築を経て魔法を顕現させる。これは元々が実在した『魔法』を元に作られた術であり、新たな魔術を作り出すことはとても難しいこととされている。
そのため新たに作り出すよりも、現存している魔術を覚えることに重きを置いている風潮がある。
しかし渡り人は違う。現存している魔術を知らないことで固定観念を持つことなく、どちらかと言えば魔法に似た何かを産み出すことが出来る人間が多い。否、それはもう魔法と呼んでもいいのではないか。マーリルはそう思うのだが、正確な魔法の定義を知らないため何とも言えない。
持てる魔力量の差は決まっているので魔法を使える者は少ないが、渡り人の中には勿論『魔法使い』もいるのだ。これは現存している魔法を使える者のことを言うそうだ。
付与とは文字通り付与させることだ。
マジックバッグはどうやって作られるか。それは魔石に魔方陣を刻みバッグに縫い付けるのだ。そうすると魔石の魔力に反応して、バッグが『魔道具』へと変わる。
魔道具は基本的にそうして作られる。
付与とはそんな魔石云々を省くことが出来るのだ。
物にしか付与は出来ないが、例えば服に『掃除』を付与すればずっと綺麗なまま着ることが出来る。劣化は防げないので綺麗なまま朽ちるそうだが。
そんなことから有用性は高い。
しかし魔力量が少ないので、量は作れないそうだ。
閑話休題。
「僕が作ったマジックバッグ。さっきも言ったけどマジックボックスは稀少だよ。そんな目の前で使われたら拐ってくださいって言っているような物だからね」
「う、はい……」
そう言えばディストからも言われていたと鳥頭のマーリルは思い出す。だから、スズキから有り難くマジックバッグを頂いた。
「他に欲しいものはないかい?これだけじゃ割に合わないよ」
「そんな、」
もう十分です、と言い掛けたマーリルは一つ知りたいことがあったことを思い出す。欲しいものは特にない。本当に欲しいものは自らの手で手に入れてこそだ。マーリルは口を開いた。
「スズキさんの生まれはいつですか?」
▽
後は何事も無く宿へ帰り眠った、と言いたいところだがもう一騒動あったのはマーリルの日ごろの行いか、それとも運命というべき出来事だったのかはマーリルにもわからない。
マーリルはスズキと話をしてまだ一月も経っていない日本を懐かしく思うとともに、愛しい弟妹を思い出した。
「そろそろ帰ります」
「気を付けてね」
「はい」
お土産に納豆を貰い――マジックボックスに入れているため腐ることはないが、いつ食べれるかは疑問である――さて、見つかる前に帰るかと席を立った。
固辞するスズキを説き伏せて、硬貨で支払いをしてからマーリルは店を出た。
はやく帰らなければ。マーリルは少し焦っていた。
既にスタンガートから説教を受けているマーリルはこれ以上失態を見せる訳にはいかなかった。
長い説教が恐ろしいわけではない。ねちこっこいスタンガートが怖いわけではない。すごむスタンガートがその巨体も相俟って恐怖を感じているわけではない。
(…………こ、怖くなんかないもん)
マーリルにも人並みの恐怖心はあったようだ。
ここで『転移』を使いすぐさま宿の部屋に戻っていれば特に問題にならずに明日を迎えていただろう。しかし一週間前にあった騒動が、如何に自分が規格外の存在であるか何と無く認識してしまった。
「バレなきゃいい」と、真亜莉には見せられないような悪どい笑顔で十莉は宣いそうだが、素直なマーリルにはその考えがなかったのだった。
「誰か!」
悲鳴のような声が聞こえてきた。
――――――――――
感想返信
kevin-ist様
ありがとうございます!返信遅くなりすいません!
第一章は謎だらけだと思いますので、第二章以降で伏線回収出来たらと思います。最後までお付き合い頂けると嬉しいです!
なの様
NG様
生クリーム様
感想ありがとうございます。
今度から名前入れていこうと思いますので、入れてほしくない人は言っていただければと思います!
読んでいただきありがとうございます。
これもお気に入り登録、感想などをくれた皆様のお陰です!モチベがあがります!
そんなわけで、連チャン投稿です!
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本通りから細い道に入ってすぐに目当ての店はあった。
『定食屋』と掲げた看板が目立つ、下町の定食屋といった風情であった。
おそるおそる覗くと、カウンター席とテーブル席があるこじんまりとした店で、カウンター席の頭上に輝く古ぼけたメニューたちがなんとも言えなかった。
(ここだけ見たら日本に帰って来たみたいだ)
そうマーリルが思うくらいによく再現されていた。
(ここまで似せられるってことはこの店をやっているのは渡り人なのかなぁ)
それか、渡り人の子孫。所謂『混じり』というやつだ。
『混じり』と呼ばれるような人たちは大なり小なり渡り人の性質を受け継ぐらしい。そのため渡り人を重宝しているこの世界の人たちにとって、混じりとはいい意味なのだそうだ。特に差別発言ではない。
とにもかくにも、入ってみるしかない。
そう自分に言い聞かせたときだった。
「入らないの?」
カウンターの奥――たぶん厨房だろう――から声を掛けられた。
「入ります。お、お邪魔します」
ビクッと揺れた肩には見ない振りをして、マーリルは意を決して店内に踏み込んだ。
店内に客の姿は見当たらず、ただあれの臭いはしっかりと充満している。
(この人が食べてたのかな?)
そう思えば何となくは店主らしき男の口許がネバネバしている気さえする。
「ご注文は?」
「あの……この臭いは……」
「ああ、ごめんね。臭かったよね。換気しながら食べてたんだけど、」
やはり店主が食べていたらしい。しかも換気しながら食べていたために、外まで臭いが漂ってしまったようだ。そのお陰でマーリルは気付けたのだが。
「外まで臭い凄かった?どうしても食べたくて何とか作り出したんだけど、周りには評判悪いんだよね。臭いって」
「わかります。独特の臭いは外国の人は特に受け付けないって聞きますし」
「そうそう。日本だって嫌いな人は特に臭いが駄目だって言うよね」
「味は美味しいから是非とも好きになって欲しいですけど、食の好みは千差万別。仕方ないですよ」
「君わかってるね!この世界に醤油がないからなんとか魚醤で食べてるんだけど、やっぱり醤油が恋しいよ!」
「え!やっぱり醤油ないんですか!あれにはやっぱり醤油ですよ!少しならありますのでわけましょうか?」
「醤油を持っているだと!君どんな状況で落ちてきたのさ!朝御飯の最中だったとか!?」
「いやいやいや、朝御飯の最中に落ちるとかどんだけピンポイントですか!」
「目玉焼きに醤油を垂らそうとしていたら、あら不思議この世界にいましたとさ」
「ちゃんちゃん。て、違いますから!」
やんややんや漫才を繰り広げながら最後はいい具合に話が終了したところで、マーリルはついつい言わなくてもいいことまで口走っていたことに気が付いた。
「君、面白いね」
「あ、あの……」
「お嬢ちゃんはいつ落ちてきたの?」
「…………一月経ってません」
「呼び人!?」
―――まぁそうなるよね。
マーリルは諦めた。
ついつい日本の雰囲気に気が抜けてしまい、「隠しておけよ!」と念を押された渡り人だということもバレてしまった。しかもこれだけ言葉が流暢だと勿論落ち人ではないこともわかってしまう。
マーリルは開き直ることにした。
「まぁちょっと事情がありまして……」
「深くは聞かないさ」
「ありがとうございます」
この店主も知らなくていいことは沢山あることを知っているのだろう。それ以外は特に聞かれることもなかった。
「それより醤油持ってるって本当!?」
「あ、はい」
「お願い出して!そして一緒に食べよう!」
「っはい!」
店主の気になることはそっちだった。これから先関わるかどうかもわからない怪しいお嬢ちゃんの事情よりも、あれを美味しくさせる醤油のほうがよほど優先順位が高かったようだ。
マーリルにも否やはない。寧ろそれを目当てでここにきたのだ。早速マジックボックスから醤油のボトルを取り出した。
既にいろいろバレたのでなんの躊躇もなくマジックボックスを使用したのだが、ここらへんが真亜莉を構成するマーリル足る所以であろう。要するに危機管理が足りていない。
一瞬吃驚した店主は、すぐにマジックボックスだと気付きすぐに苦笑いになった。
「君、マジックボックス稀少だって知らないの?」
「いえ?知っていますが?」
「ああそう……まぁいいや。ちょっと待ってて」
「はい」
呆れたような眼差しを向けられたがマーリルは気にしない。すでにマーリルの意識は、店主が持ってくるだろうあれに移ってしまっている。
「ご飯……嗚呼、『納豆』!」
「醤油……嗚呼、漸く最高の『納豆』が!」
二人はとても感動していた。
そう、あれだけの異臭を近隣にぶちまけておきながらも、苦情を聞き流しながらも、断固として食べ続けていたのは我らが至高の食べ物―――――『納豆』様である。
▽
余は満足じゃ。
本日二度目の『満足感』を感じながら、マーリルは米を平らげた。40代ほどの店主も醤油と納豆で満足そうに腹を撫でている。
『スズキ』と名乗った店主は15年ほど前に落ちてきた渡り人だった。やはり気がついたらこの世界にいて、言葉が通じないことが一番大変だったらしいが、このマルトルにすぐに来ることができたため、意外に楽しく暮らしているそうだ。
ここマルトルは日本の文化を発展させたことと同時に、言葉も教えてるそうだ。過去にいた落ち人がやはり言葉が一番のネックだったこともあって、教えられる人がいなくとも指南書なるものが存在する。そのため、ここマルトルはいつの時代も渡り人はそれなりの数居て、更に日本の文化が広まったそうだ。
「この醤油は差し上げます」
「いいのかい?」
「はい。まだありますから。それに、」
「どうか、したの?」
納豆をともに食べながら話をして行くと、店主もマーリルの危なっかしさに気が付いたようだ。何を口にするか戦々恐々としている。
「麹があるのですが、手作り醤油のレシピとともにいりませんか?」
「……っ!はぁ」
スズキは瞠目してから諦めとともに重い溜め息を吐き出した。
「危なっかしいって言われない?」
危機感がないとはよく言われる。気を付けるように、それは何度も念を押されたことだ。
しかし『危なっかしい』とは言われたことはない。だから、
「いえ?」
にっこり笑顔で、マーリルは堂々と宣った。
そんなマーリルに二度目の溜め息を吐き出したスズキには現状が正しく理解できたようだ。もう何も言うまい。
「じゃあ対価は?」
「対価?」
「そう。僕たちが持つ知識が貴重な事くらい知ってるでしょ?」
「はい」
「なら対価を支払うよ。交換でこの醤油のレシピを買う」
「でも……」
レシピをあげたからといって直ぐに出来るものでもない。醤油がこの世界に広まることは、間接的にもマーリルに利益をもたらす。
納豆は醤油が一番!
ただスズキもそこは譲らない。「無料より怖い物はないからね」とは、日本人なら当たり前の感覚だった。
うーん、うーんとマーリルが唸りながら考えている間にスズキは何かを取り出してきた。
「はい」
「え?」
「マジックバッグ」
「はい。え?」
スズキからマジックバッグを渡されて、マーリルは反射的に受け取った。物の名前を言われてもマーリルには意味がわからない。マジックバッグは見てわかる。
マジックバッグはマジックボックスの魔法を元に作られた『魔道具』だ。そのため魔力を感じることが出来る人間なら見てわかるのだ。
「僕たち渡り人が魔術に似た力があることは知ってると思うけど、」
「……っ、はい」
「僕の場合は『付与』なんだよね」
「付与?」
渡り人は魔力を溜めておける魔心官を持たない。そのため、此方の世界にくるとその器官に似た何かが造られるそうだ。
それは一応魔力を溜めておける魔心官と同じ役割なため、魔術と同一視してもいいのだが、スズキのように別物と考える人もいるらしい。
何故かというとスズキの力のように、魔術ではない力が稀に顕現するからだ。
魔術はイメージ、魔力操作、詠唱を経て魔法を顕現させる力だ。魔方陣も同じく、イメージ、魔力操作、魔方陣構築を経て魔法を顕現させる。これは元々が実在した『魔法』を元に作られた術であり、新たな魔術を作り出すことはとても難しいこととされている。
そのため新たに作り出すよりも、現存している魔術を覚えることに重きを置いている風潮がある。
しかし渡り人は違う。現存している魔術を知らないことで固定観念を持つことなく、どちらかと言えば魔法に似た何かを産み出すことが出来る人間が多い。否、それはもう魔法と呼んでもいいのではないか。マーリルはそう思うのだが、正確な魔法の定義を知らないため何とも言えない。
持てる魔力量の差は決まっているので魔法を使える者は少ないが、渡り人の中には勿論『魔法使い』もいるのだ。これは現存している魔法を使える者のことを言うそうだ。
付与とは文字通り付与させることだ。
マジックバッグはどうやって作られるか。それは魔石に魔方陣を刻みバッグに縫い付けるのだ。そうすると魔石の魔力に反応して、バッグが『魔道具』へと変わる。
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付与とはそんな魔石云々を省くことが出来るのだ。
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そんなことから有用性は高い。
しかし魔力量が少ないので、量は作れないそうだ。
閑話休題。
「僕が作ったマジックバッグ。さっきも言ったけどマジックボックスは稀少だよ。そんな目の前で使われたら拐ってくださいって言っているような物だからね」
「う、はい……」
そう言えばディストからも言われていたと鳥頭のマーリルは思い出す。だから、スズキから有り難くマジックバッグを頂いた。
「他に欲しいものはないかい?これだけじゃ割に合わないよ」
「そんな、」
もう十分です、と言い掛けたマーリルは一つ知りたいことがあったことを思い出す。欲しいものは特にない。本当に欲しいものは自らの手で手に入れてこそだ。マーリルは口を開いた。
「スズキさんの生まれはいつですか?」
▽
後は何事も無く宿へ帰り眠った、と言いたいところだがもう一騒動あったのはマーリルの日ごろの行いか、それとも運命というべき出来事だったのかはマーリルにもわからない。
マーリルはスズキと話をしてまだ一月も経っていない日本を懐かしく思うとともに、愛しい弟妹を思い出した。
「そろそろ帰ります」
「気を付けてね」
「はい」
お土産に納豆を貰い――マジックボックスに入れているため腐ることはないが、いつ食べれるかは疑問である――さて、見つかる前に帰るかと席を立った。
固辞するスズキを説き伏せて、硬貨で支払いをしてからマーリルは店を出た。
はやく帰らなければ。マーリルは少し焦っていた。
既にスタンガートから説教を受けているマーリルはこれ以上失態を見せる訳にはいかなかった。
長い説教が恐ろしいわけではない。ねちこっこいスタンガートが怖いわけではない。すごむスタンガートがその巨体も相俟って恐怖を感じているわけではない。
(…………こ、怖くなんかないもん)
マーリルにも人並みの恐怖心はあったようだ。
ここで『転移』を使いすぐさま宿の部屋に戻っていれば特に問題にならずに明日を迎えていただろう。しかし一週間前にあった騒動が、如何に自分が規格外の存在であるか何と無く認識してしまった。
「バレなきゃいい」と、真亜莉には見せられないような悪どい笑顔で十莉は宣いそうだが、素直なマーリルにはその考えがなかったのだった。
「誰か!」
悲鳴のような声が聞こえてきた。
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感想返信
kevin-ist様
ありがとうございます!返信遅くなりすいません!
第一章は謎だらけだと思いますので、第二章以降で伏線回収出来たらと思います。最後までお付き合い頂けると嬉しいです!
なの様
NG様
生クリーム様
感想ありがとうございます。
今度から名前入れていこうと思いますので、入れてほしくない人は言っていただければと思います!
読んでいただきありがとうございます。
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