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第一章 異世界到着!目指せ王都!
第十八話 マーリル、餌付けしました
しおりを挟む「誰か!!」
遠くで悲鳴のような声が聞こえた。
「うお!」
「なんだ!?」
危機感皆無なマーリルだったが、別に好き好んで危険に身を晒しているわけではない。
結果的に危険だっただけである。
だからこんな声を聞いたところで、何をしてでも人々を助けにいこうという正義感溢れた人情はしていない。
しかし好奇心が疼いているのは間違いなかった。もしも今マーリルをデフォルメしているのなら、『耳がダンボ』状態である。
結局声の聞こえる方向へ歩き出した。やはりこの辺がマーリルである。誘拐されたくらいでは危機感のない好奇心は押さえられなかった。
声が聞こえたのは割とすぐそこだった。何人か居たのでわかりやすかったのだ。
話しを盗み聞きしてみれば、どうやら動物に大事な魔石を盗まれたらしい。貴族ではなさそうだが、金を持っていそうな貴婦人が大声で話していた。
(犬とか猫とかいるのかな?)
話し声は『動物』としか言ってなかったので何の動物なのかはわからない。
(烏……とか?)
鳥は光物が好きだ。もしかしたら頭上から持っていかれたのかもしれない。そんな予測を立てた時、マーリルの頭上を一羽の鳥が飛んでいる事に気付く。
「ん?」
視界の端に入り込んでいたために何と無く視線を遣れば、何かを咥えているのかキラリと光ったように見えた。
普通の人間では見ることが叶わないような遠くの景色をマーリルは見ることが出来る。
魔力を視力強化に使った立派な身体強化の一種である『魔眼』だ。ただそれが問題なのは、魔力操作している意識がないということだ。ディストの言葉は実に的を射ていた。「息をするように魔法を使う」という言葉が。
魔力を使うことに慣れてきてしまった。それに反比例して魔力を使っている意識があまりにも薄い。人の魔力が見れるということは、必然的に自分の魔力も見れるということだ。しかし魔力を使うことに慣れてきたため、そこに意識を向けることを忘れてしまうのだ。
どんなに此方の世界の人間だと言われても、生まれ育ったのは日本である。幼い頃から魔力に触れて来なかった弊害だった。なまじちょっとやそっとでは魔力切れしないだけの魔力量を誇るものだから性質が悪い。
マーリルに危機感を持たせることと、無意識に魔法を使ってしまうことを自覚させるのは同じくらい困難かもしれない。
たぶん今ここで飛び上がったとしたらあの鳥を捕まえられることが出来るだろう。身体強化はそれほどに使い勝手のいい魔法だ。
魔術にも同じ名前の身体強化がある。同じ名前なのは同じ効果を示すからだ。
この世界に来た日、ヴィアーナに聞かれた事だ。身体強化に詠唱はしていないのかと。見て分からない魔法と魔術の典型的な例だろう。
魔術の『身体強化』はまず第一に魔力消費が一度で済む。詠唱を行い唱えたその時のみなのだ。その代わり魔術を使ったときの魔力量に応じての強化しかされず、魔力が切れれば当然身体強化も解除される。ただ、魔力があれば掛け直しはすぐに出来るのでそこはあまり気にはされないのだろう。
魔法との大きな違いは臨機応変が出来ないことだ。
魔法の『身体強化』はマジックボックスと同じ常時魔力消費型である。マジックボックスは省エネモード――勝手に呼んでいるだけだが中の物が少なければ魔力消費量は少ないし出入り口を閉じていれば消費量は少ない、まるで省エネの冷蔵庫のようなのだ――があるので大して消費しない。
しかし身体強化はその強化の度合いにより消費の量はピンキリで、慣れていないマーリルには無駄が多く消費が多いのだ。それを差し引いてもマーリルのような弱者には多大なメリットを生んでくれるものがある。
魔法の身体強化は掛けている間に強化する場所を変えられるのだ。
例えばここでマーリルが空をとびたい――跳ねるという意味で――と思ったときに、魔術の身体強化だと今全身に掛けている身体強化を一度解除して、足に魔力を多く注ぎ込み掛け直さなければならない。
それが魔法の身体強化だと掛け直す必要がなく、ただそのまま足に魔力を多く集めればいいだけなのだ。
悠長にしている余裕がある時はいくらでも掛け直す事が出来るので、一般人にはあまり関係のない話だが、戦いを生業にしている者からすれば一分一秒の差が正しく生きるか死ぬかの差になる。
魔法の身体強化もマジックボックスと同じく、比較的簡単な魔法なので魔力量に問題がなければ使える者は多いようだ。
閑話休題。
(追いかけてきてしまった)
早く帰らなければいけないと頭にあったのだが、それを上回るくらいにあの鳥が気になってしまったのだ。魔眼を使い鳥を見ていると見えたのはその鳥がボロボロだったことと、魔力を纏っているということだった。
総じて魔力を纏うほどに持っている動物は魔物である。そんな魔物がボロボロになりながら、またはボロボロになったままで人間の街から魔石を奪うなど何かあるのではないかと思ったのだ。
そして思うままに追いかけてきてしまったのだが、外壁の外に出ていってしまった。
マーリルは勿論ギルドカードを持っている。首からかけられる仕様になっているため、肌身離さず持っているのだ。
マルトルを出る時にはギルドカードの提示を求められるだろう。女装でカードを提示する事もまずいし、それで外に出ることが出来なければ全くの無駄足である。
こうなったらマーリルに残された手段は魔法を使うことである。女装を解くとかは頭の片隅にも残されてはいない。それこそマーリルである。
透明人間になる―――――却下。
空を飛ぶ―――――却下。
外壁を登る―――――却下。
一つ一つ可能性を潰していってるのは、自分に出来るかどうか自問自答していたのだ。
マーリルが攫われて日本刀に魔力を纏わせて振るった時何が出来るか、何が出来ないのか直観的にわかったのだ。何故その中で難しそうな『転移』が出来たのかは疑問ではあるが、使えるものは使うのが方針である。
そして、
短距離転移―――――イケる!
転移とは行ったことがある場所に移動する魔法だ。正しくは行ったことがある場所にある自分の残留魔力を頼りに移動する魔法なのだが、残念ながらそんな原理をマーリルは知らない。
視界の範囲、見えている場所に移動は出来ないものかと自問してみれば、答えは「ヤれそう」である。
ただマーリルの視界からボロボロの鳥は今にも消えそうな場所を飛んでいる。もっと高い所に行かなければ外壁が高すぎて見失ってしまう。何所か高い場所はないか、または外を見渡せる場所はないかとキョロキョロと辺りを見渡した。
あったのは勿論マルトルの外壁である。
出入り口がある門は門番らしい人間が立っているので、外壁を登ることは出来ないが――可能、不可能で言えばたぶん可能だろう。だが、目立つので却下した――まだ昼頃なので門は開け放たれており、木々が生い茂る外が見渡せた。
右を見て、左を見て自分を見ている者がいないことを確認してマーリルはそろりと裏通りに入っていく。
建物の陰に隠れながらひらけた門の間から見える外に集中する。見える場所の中でも、限りなく街から遠い場所を見てからマーリルは、飛んだ。
――短距離転移。それは見える範囲で瞬間的に移動する魔法である。普通の転移と違うのは一度も行ったことがない場所でもいけることと、見える範囲のみでしか可能ではないということだ。しかし、魔眼と併用することによりマーリルが出来る短距離転移の範囲は明らかに規格外だ。
残念ながら指摘する者はいない。短距離転移も当然失われた魔法であると。
そして本通りから裏には入るなよとか、魔法は人前で使うなよとか、身体強化の多用はするなよとか、今までされてきた数々の注意はマーリルの鳥頭からはすっかりと消し飛んでいたのだ。今マーリルの脳内を占めるのは鳥の魔物のみだった。
▽
今マーリルの目の前には大木が聳えていた。「ガー、ガー」声が聞こえるところを見るとあの鳥は上にいるらしい。
「ここで、飛んでも……いっ、か!」
キョロキョロと他に人がいないか確認しから、掛けっ放しの身体強化の足に重点的に魔力を纏わせて「か!」で一気に飛びあがる。
―――ガー!ガー!
結構な高さを誇る木の上に突然に現れた生き物に威嚇の声を出すのは、ボロボロの魔物の鳥だった。
枯草を集めたような見るからに鳥の巣の中には、三羽のこれまたボロボロな雛が居る。
―――ガー!ガー!
親鳥はマーリルに威嚇を止めない。
「ごめんって」
傷ついた自分の身体を厭わず、親鳥はマーリルを敵とみなし果敢に挑んでくる。向こうにしてみれば強敵に他ならない。突然に現れたことと言い、下手な身体強化のお陰で無駄な魔力がダダ漏れ状態だ。敵意があるかないかではない。ここに脅威となり得るものがあるのならば命に代えても我が子を守るのだ、という気概が感じられた。
「……ごめんね……」
どんな動物でも我が子は可愛いものなのだ。それこそ命に代えても生き残らせるという強さを感じる。
マーリルはそんな『母親』を知っている。
どんな動物でも母親は真亜莉にとって目標でもあり、見本なのだ。だからこんな処で死なせるわけにはいかない。
「何もしないからね」
厳密には何もしないわけではないが、敵意がないという意味では変わらない。犬猫と違うかもしれないが、何もしないという意思表示として手の甲を見せる。親鳥はそれでも威嚇は止めなかったが、突いてくることはやめたようだ。
淡い、淡い光が真亜莉の意志を乗せて顕現していく。マーリルとしては親鳥に魔法を掛けて様子を見てから雛鳥たちに掛ける予定だったのだが、魔力はマーリルの意志をどこまでも反映させるのだ。
マーリルが次に見た時には三羽の雛鳥も、親鳥も綺麗姿をしていた。
『癒し』という回復魔法である。
水の魔法と同じく現代知識――内臓や血管などの生き物の内部(高校生レベル)――を知っているマーリルはそんなところも意識しながら回復を試みた。
見た目だけでは内部的な傷は解らなかったが、どうやら元気にはなったようだ。
回復魔法も万能薬同様万能ではない。しかし血が流れている状態を『傷を塞ぐ』とイメージするのと、『血管の傷を塞ぎ外傷を治す』とイメージした時に差が出るのは当り前の話だった。
―――ガー、ガー、ガー
親鳥はすっかり戦意を無くしたしたらしい。それとも少しは感謝しているのだろうか。
「よかった」
マーリルはそんな魔物の親子を見ながら笑顔になっていた。
マーリルの目の前では餌を上げている最中らしい。街中で盗ってきた『魔石』を親鳥が丸呑みし、雛たちが親の口の中に顔を突っ込んでいる様子が窺える。
「ご飯、だよね」
魔石は純粋な魔力の塊である。この鳥の魔物たちはどうやら魔力を食べているようだ。
「あ」
ならば自分もあげられるのではないか。なぜかそんなことが頭に過ってしまった。
指先に魔力を集中させるように念じると、指先がぼやけているように感じた。そっと巣の中に指を入れると、一羽の雛が此方を注視した。
―――ガー
親鳥が一声鳴いた。しかしそれはさきほどまでの威嚇している鳴き声ではなく何かを伝えようとしているようだった。現にマーリルの指先を見ている雛鳥は一度親鳥を一瞥してから、再びマーリルの指先を見た。
―――カー
親鳥よりワンオクターブ高い鳴き声を上げたかと思うと、雛鳥はマーリルの指先を突いてから、口に含もうと小さな口を開けた。
「ふふ。くすぐったい」
チロチロと雛鳥の舌先が当たってマーリルは静かに笑い声を上げる。それに他の雛たちも反応を示したが、今度は諌めるような親鳥の鳴き声が聞こえて、マーリルの指先を見るのを止めた。
「ん?」
夢中でマーリルの指先を舐めている雛鳥を見ながらマーリルは何かの予感を感じた。
他の魔物の鳥たちはすでにこちらを見ることを止めていたのだ。
満腹になったらしい雛は漸くマーリルの指から嘴を話すと、トッと小さな音を立ててマーリルの肩に乗った。
「お、おや」
本格的にまずい匂いがする。マーリルは冷や汗を掻きはじめた。
「わ、わたしそろそろ帰りたいなぁ……なんて、」
マーリルは肩に乗る雛としっかりと目を合わせて、呟いてみた。
―――カー
それは「わかった」と返事が返ってきているように感じた。ただ「わかったまたな」のニュアンスではなく、「わかった帰ろう」のニュアンスであったのはマーリルの間違いではなかった。
どんなに言い含めてもマーリルの肩から雛鳥が下りることはなかったのだ。先程の親子のやり取りは別れの挨拶だったらしい。野生ってすごい。
空はそろそろ帳が下りて来た時間帯だ。
今日もマーリルの説教が確定なのは、言うまでも無い。
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