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第一章 異世界到着!目指せ王都!
第二十一話 マーリル、王都へ到着しました
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切れなかったので長いです。
読みづらかったらすいません。
残酷描写ありの、ちょいとシリアスです。お気をつけください!
――――――――――
「どこ、だ……?ああ、そうだ、」
キョロキョロと見るとここは見知った馬車の中だと気付く。横になるスペースはないので、壁に背をつけている状態でマーリルは座っていた。
虚ろな目で辺りを見渡して、とても静かなことに気付く。馬車の外に人の気配はするので皆は外にいるのだろう。
小緑鬼との戦いからどのくらいの時間が経ったかはわからないが、外はまだ明るくそんなに経っていないのだろうと思われた。
「――――っ」
生々しいイキモノを殺す感触。
鼻が麻痺するほどに被ったイキモノの血。
裂けた腹と飛び散った内臓。
「ウッ……」
朝から何も食べていない胃は空っぽだったので、胃液だけ逆流しそうだ。
吐くな。忘れるな。殺した。自分が奪った。
マーリルは必死で吐き気を我慢する。
自分の意志でやったことだ。この世界で生きるということは、そういうことなのだ。
「くっ……」
知らず視界が歪む。
吐き気を我慢は出来ても、漏れ出る涙は我慢できなかった。
『初心者冒険者の登竜門』
これを乗り越えなければ、マーリルは大事な弟妹たちに自分の力で会いに行くことは出来ない。
▽
「マーリル!」
焦ったようなディストの声に、マーリルは背後の気配に気付く。
いつの間にか馬車から大分離れていたらしく、小緑鬼に囲まれていた。
―――バチッ!
『全ての邪気を祓うモノ』が発動して、小緑鬼に殺意の籠った攻撃をされたことを知る。
(どう考えてもこのネックレスが、一番チートだ!)
内心そんなことを考えて、小緑鬼の攻撃がマーリルに届かないことを確認してから刀を横に薙いだ。
魔力の纏った刀は切れ味が抜群で、マーリルに近かったものから小緑鬼は上下に別たれていく。
「ウッ……」
地球じゃこうもいかないだろう。生き物の筋肉や骨はそれほどまでに脆くはない。
しかしここは異世界だ。
――――地球の常識は通じない。
マーリルが持つ刀に薄く魔力が纏っているため、血糊が張り付く事はなく切れ味が変わることがない。しかし、マーリル自身は違う。
小緑鬼から流れ出る命の証拠である血を、容赦なく浴びることとなった。
(魔物だから血が緑色だと思ってた)
小緑鬼の血の色はヒトと同じ赤い色をしていた。尚更生き物を殺していることを実感せざるを得ない。
「くっ!」
鋭い痛みがマーリルの左腕から走った。
「っんのぉぉお!」
未だ溢れかえる小緑鬼の奥の方から魔術を打たれたようだ。アボロスバスティが弾かなかったところをみると、マーリル自身を狙ったものではなく流れ弾なのだろう。そんなことを気にしている余裕がないマーリルは、腕から流れ落ちる血の感触には気付かず目の前の戦闘に集中する。
これが小緑鬼でよかったのだろう。先程から集中出来ないのだ。それは血を被れば被るほど顕著に現れていて、マーリルの動きが鈍る。
身体強化は魔力常時消費型の魔法だ。そのため意識して掛けていなければ解けてしまう。これが魔術の身体強化であれば魔力が切れるまで自動でかかったままなのだが、魔法は意志に反映されるのだ。
マーリルの身体強化が解け始めている。最弱の魔物でなければ、アボロスバスティがなければ、とっくに大怪我を負っていただろう。
「――――……ル!」
マーリルは刀の切れ味だけでゴリ押しする。
「―――――……リル!」
未だ魔力が宿ったままの刀は、的確に小緑鬼を切り裂いていく。
「――っ、マリール!!」
「――――っ」
ディストの声にハッとしたマーリルは、そこで漸く動きを止めた。
「マーリル……大丈夫か?」
「…………」
とっくに戦闘は終了していたようで、大鬼王を倒したディストがマーリルのすぐ近くに来ている事にも気が付かなかった。
「おい」
「大丈夫……です」
残りの小緑鬼が逃げていくのが視界の端に映ったが、直ぐにミールによって倒されていた。
周りを見渡してみればマーリルが屠った小緑鬼の死骸と、憐れむような心配しているような瞳の男たちが居た。
一番心配しているだろう目の前の男――ディストに漸く視線を上げた。。
血塗れのマーリルに対し、大鬼王を倒してから加勢に入ってきたディストはそれほど返り血を浴びていない。それは確実に技量の差で、経験の差だ。
その綺麗な顔を見て、自分の血塗れの手とを見比べた。
「―――っ」
身体に纏わりつくイキモノだったものが気持ち悪い。
髪の毛の一本一本に絡み付いている気がして、自分がしたことがどういう行為なのか知らされている気がして、
「―――っ」
殺した。殺した。
――――イキモノノイノチヲウバッタ。
「……っ、一人に、してください」
「……わかった。その前にお前その格好、……っ」
ディストに指摘された瞬間魔力の光りがマーリルを包み込み、血塗れの顔も、臓物を被った服も、元の綺麗な状態になった。
『浄化』という掃除の元となった魔法だ。修復はしないため、マーリルの左腕だけは切れた服と傷だけは残ったまま。
血の気の引いたマーリルの顔が露になり、左腕の傷にも気が付いたディストは、何かを言い掛けたがマーリルは気付かなかった振りをして馬車に歩を進めた。
体育座りをして膝に顔を埋める。自分の殻に閉じ籠るように、何も考えたくないと言わんばかりに現実から顔を背けたかったが、左腕の痛みで現実を思い知らされた。
「痛いなぁ……」
本当に痛かったのは傷の痛みか、それとも――――――
どれくらいそうしていただろう。眠っていたわけではないが、時間の感覚はない。
幌から漏れでる外の光はまだ明るいが、馬車が動くことはなかった。
(心配……してるよね……)
だがこのまま出ていって何もなかった顔も、そして何かを言われたとしても受け入れることも出来ないと思った。
(誰か……)
これまでマーリルが誰かに助けを求めたことはない。
自分はいつでも助ける側で、助けを求めることはしてはいけないと思って生きてきた。無意識にしていたことだが、双子の弟妹が近くに居たこともその一因だったのだろう。
(だれ、か……)
今心の中に思い浮かんだのは、母に似た誰か。
(アーナ……さん)
少し甘えてもいいだろうか。たった三日しか過ごしていないあの湖を思い浮かべて、マーリルは思う。
いつでもいらっしゃいと言ってくれたヴィアーナの笑顔を頼ってもいいだろうか。
「アーナさん……」
マーリルは呟くようにヴィアーナの名前を呼ぶ。
マーリルの心は辟易していたのだ。心に負担になるほど生き物を殺した感触も、赤も、鉄のような臭いも、そう簡単には記憶からなくなってはくれない。
この世界にきて一週間。気が張っていた状態が戦闘を経験して、終了して、緩んでしまったのかもしれない。
そんな時にあの壮大な湖が脳裏を過り思い浮かべたマーリルに、魔力はどこまでも意志を叶えてくれる。
馬車の中からマーリルの姿が、消えた。
▽
「いいから!そこにお座りなさい!」
「あ、アーナ。そうプリプリするでな、」
「おすわり!」
「わふっ!」
マーリルが次に目を開けたときには、ヴィアーナとマヌアーサの寸劇が開催せれていた。マヌアーサは何かをして怒らせたのか、ヴィアーナに怒鳴られていた。背の高い偉丈夫がおすわりしている姿は滑稽だった。
「ふふ」
「なんだこれ」と思いながらも思わず笑ってしまったことで、二人はマーリルに気が付いたようだ。
「やだ!マーリちゃんいたのぉ」
変なところ見せちゃったわ、とヴィアーナは照れていた。
「それより本当に『転移』でき、」
たのね、とは続かなかった。マーリルが思わずヴィアーナに抱きついたからだ。
「あらあら、まぁまぁ」
優しくゆっくりと背を撫でてくれるヴィアーナの手が暖かくて、マーリルは視界が歪んだ。「随分大きな子供ねぇ」と、ゆったりとした話し声を耳元で聞きながら、マーリルはぐちゃぐちゃだった思考が少しだけ和らいでいく気がした。
170センチあるマーリルが160センチないヴィアーナに抱き付くと、マーリルがヴィアーナを抱き締めているような形になる。
しかしヴィアーナの20代半ばほどに見える見た目とは違う、長年生きた包容力はきちんと滲み出ていて、マーリルを優しく包み込んでくれていた。
「アーナ……さん」
「なぁに?」
「僕……私、イキモノを殺したんです」
「うん」
「は、初めて……命を奪って……」
「……」
「相手は、魔物だったけど……」
マーリルはポツポツと今日あった出来事を口にした。ヴィアーナは聞き取りづらいマーリルの言葉でもきちんと拾い上げてくれて、背中を撫でてくれた。ポンポンと優しい感触は一定のリズムを刻む。
「後悔は……していない……でも、」
「うん」
「これからこの世界で生きていくって、決めたのに……」
「うん」
「慣れることなんて……出来ないと思って……」
「うん」
真亜莉はこの世界で生きていくと決めた。二人の大事な弟妹と同じ空の下で、幸せになって生きてやると決めたのだ。
ただただ誰かに庇護されながら、仕事でも貰って生きていくだけならば今のマーリルにも出来るだろう。幸い一番のネックとされている渡り人の言語の問題はマーリルにはない。
しかしそれを良しとしないからこそ、マーリルはマーリルなのだ。
自分のための幸せは、自分の力で見つけたい。
いろいろな覚悟が必要だった。
命の軽いこの世界で、一歩踏み出すと命の奪い合いが日常茶飯事なこの世界で、自分の力で生きていくということは女の身であるマーリルには少々辛い現実だった。
だが、自分で決めた。
だから慣れない世界にも必死で慣れようとした。だが、どれが正解なのかマーリルにはわからなかった。
「なら、慣れなきゃいいのよ」
「え」
「たとえ相手が魔物だろうと、一つの命ということに変わりはないわ。それでもそれを知った上で前に進みたいと言うのなら、」
「…………」
「慣れなきゃいいの。忘れなきゃいいのよ。貴女に必要なのは生き物を殺すことに慣れる事じゃない」
―――その殺した生き物の命を背負ってなお、生きる覚悟よ。
ポロリと瞳から一滴流れ落ちたのは、涙の雫だったのか、鱗だったのかはマーリルにはわからない。
「確かに日本に比べたら命のやり取りは日常的に起きているけど、」
この世界の人は必死に生きているだけであって、必ずしも全ての人が好き好んで生き物の命を奪っているわけではない。
生きるために、奪われないために、弱肉強食の世界で生きているだけだ。
「貴女が決めたことをしなさい。それでも迷ったら……」
ヴィアーナは一度言葉を切ってマーリルの前に立った。そして、
「またこうして抱きしめてあげるわ」
「―――――っ」
まるで母親のような包容力があるヴィアーナに、漸く喉の奥に詰まったような思いを吐きだして泣きながら笑うことが出来た。
▽
「ところでその肩に乗っているのは、」
―――カー
ヴィアーナに話を聞いてもらえて幾分かすっきりしたマーリルは、その一言で漸く肩に乗っている存在を思い出した。
「ディアもありがとね」
ずっと黙って着いていてくれた相棒に感謝をしてからヴィアーナたちに紹介した。
「魔烏の雛のディアです」
―――カー
ディアもしっかりと挨拶ができたようだ。
「くくっ」
「マヌアーサ様?」
ずっと傍観していたマヌアーサがいきなり笑い始めたので、不思議に思い問い掛けるように名前を呼んだ。
「魔烏の雛を『使い魔』にしたか」
「えっと、はい……たぶん」
マーリルに自信がなかったのはテイムと使い魔の違いがわからなかったからだ。
ゲームなどで一般的に使われている『テイミング』は手懐けるという意味だ。そういう意味では間違っていないのだが、『使い魔』とはなんだろう。
「使い魔とは魔力の共有化をして繋がりを作った魔獣のことだ」
テイムは名前をつけて主人と認めて貰うことで使い魔もそこまでは一緒だ。しかし使い魔は更に魔力の共有化が出来ることらしい。
例えばディアの『目』を使ってマーリルが景色を見ることが出来たり、マーリルの魔力を使ってディアが魔法を使う事が出来るということだ。
(何そのチート!)
「ディア凄いね!これからもよろしくね!」
―――カー!
ディアの意識がまだ幼いためにそこまでいろいろと出来ないが、これから育っていきはっきりとお互いに意思疏通ができると徐々に出来る幅が増えていくらしい。
マーリルはディアを見ながら誉めておいた。ディアも嬉しそうだ。後で濃厚な魔力を贈呈しよう。
「それにしても魔烏の雛って……どうやって使い魔にしたのよ」
「あ……」
ディアとの出会いを聞かれて一瞬戸惑う。ディストにグリグリされた頭の痛みと、スタンガートの鬼の形相を思い出してマーリルは瞳を彷徨わせた。
そんなマーリルの様子にヴィアーナは遠い目だ。また何かやらかしたのだと予想がついたのだろう。
「えっと実は、」
ディアとの経緯について説教をされたのはヴィアーナで三人目である。これも仕方ないかとマーリルは怒られながら少しだけ笑った。
それを聞いていたマヌアーサが、またも笑い声を上げてヴィアーナに二人まとめて怒られるまでもう少し。
「二人ともそこにおすわり!」
「は、はい!」
「わふっ!」
ヴィアーナの怒鳴り声と二人の焦った声そして、
―――カー!
楽しそうな魔烏の雛の声が湖の周辺に響き渡った。
落ち着いたマーリルは、暫くしてディストたちの元へ戻った。
馬車の中を誰も覗いていなかったのか出ていったことにも帰ってきたことにも気付かれていないようで、馬車から出ると心配そうな瞳たちとかち合った。
否、ディストは特大の溜息を吐きだしていたことから、『転移』を使っていたことには気が付いているようだ。
しかし僅かに硬いながらも笑顔を取り戻したマーリルを見て、頬笑みを返してくれたので不問としてくれたようだ。マーリルは誤魔化す様に苦笑いをした。
「ご心配おかけしました」
ここにいるのは皆、戦える力を持った者たちだ。みんな通ってきた道なのだろう。頭を下げるマーリルを次の瞬間みんなは揉みくちゃにした。
「わ」「うえ!」「のわ!」
嫌に力の籠ったその洗礼は、心配させたことへの仕返しと乗り越えたことへの激励にも思え、マーリルは大人しく享受することにした。
暫くしてみんなも満足したのか漸くマーリルは解放された。バッチリとボロボロだが、気持ちはとてもスッキリとしていた。
ちなみにディアは勿論避難済みだ。恐ろしく危機察知能力が高いもので。
そんな幌の上に止まるディアをジト目で見ていると、
「おい!」
「ふぁい!」
ディストに声を掛けられた。
堪らず背筋が伸びたのは、最近説教を受けるためにディストの声に身体が反応してしまっているようだ。グリグリは痛かった。
「もう大丈夫か?」
「え」
「悪かったな」
「大丈夫です!僕はこれから妹と弟に会いに行かなきゃならないんです!だから、」
―――このくらいはこなさないと!
マーリルは新たに決意をした。
▽
「ほわぁ!おっきな壁ですね!」
スクラムを出て約10日。漸く到着したのはサティア国王都『サンドイ』だ。マルトルよりも高い外壁に囲まれた大都市である。
マルトルからの街道はサンドイの南側の門に到着し、今もサンドイに入りたい商人や旅人たちの行列で賑わっている。
流石に王都に入るだけあり荷の確認や身分証の確認でそれなりに時間がかかるらしく、マーリルたち一行も例に漏れず列に並んでいる最中だ。
「王都は人が多いだけありギルドも何ヵ所かあって、店の数も半端じゃないすよ!」
「わぁ!」
王都に入るためだけでも速くて一時間ほどかかるらしく、その間に暇をもてあましたカイティスに説明を受けていた。
「マー坊は王都初めてか……」
「はい」
「なら楽しみだね」
「はい!」
いつの間にか呼び方が変わっているミールと何時でも元気なスレイにも声を掛けられて、マーリルの期待は否応にも高まっていく。ちなみ初めてミールに呼ばれた時には豆腐が食べたくなった。豆腐はあるんだろうか。
マーリルたちが小緑鬼の襲撃を受けた日、マーリルが魔の森から帰って来てから誰からも何も言及を受けなかった。たぶんディストが何か言い含めてくれたのだろうと、マーリルからは特に何も言わなかった。
(明らかに驚いてたもんね。あの飛ぶ光の刃……)
マーリル自身もあれが何かわからなかったので忘れることにした。
その当人であるディストはこの場にいない。互助組合に報告があるらしく、Sランクギルドカードを見せて颯爽と一人王都へ入っていった。
「マーリル」
「はい」
「ちょっと事情が変わった」
「え」
そうスタンガートに声を掛けられてマーリルは後ろを振り返った。
今御者台にいるのはマーリルとカイティスで、外を見ながらみんなと話をしていたのだが、スタンガートがいやに真剣な声を出すものだから姿勢を正した。後ろを振り返るのであまり意味はないが。
「王都で手伝いをしてもらうつもりだったが、予定が変わった。ディストが先に行ったから直ぐに返答はあるだろう」
「…………」
マーリルにはスタンガートが何を言いたいのかわからないが、話しはどんどん進んでいく。
「王都に入ってディストと合流したら解散だ」
「え」
「俺たちがサンドイにいるのは一週間くらいだ。覚えておけ」
「え」
戸惑うマーリルに変わらず視線を遣りながらスタンガートは一言言った。
「お別れだ」
おかしいとは思っていたのだ。『雑用』などと言って雇われておきながら実際マーリルが働いたのは王都に来るまでの旅支度と、旅の間の飲み水の調達だけだ。しかも町や村に寄れる時は寄っていたため、マーリルが使用した水の魔術は数回しかない。
それもスチマの街の様に到着してから部屋に追いやられて、後は好きにしていいと自由行動だ。
何故今の今までそんなことにも気付かなかったのかと、恥ずかしくなった。
初めての異世界。初めての旅。初めての戦闘など言い訳ならいくらでも出来るが、雇われたという事実があったのならば仕事をしなければならなかったのは間違いない。
それでも今までそんな指摘をされなかったのは、確実にスクランズ侯爵であるジョイルか間接的にマヌアーサ、またはヴィアーナからマーリルのお守を頼まれていたのだろう。
「――――っ!」
子供扱いされて当然だ。自分はまだ誰かを守れるほど大人ではない。せめて自分のお守くらいはしなければならない。スタンガートに、この旅に気付かされてしまった。
マーリルは不甲斐なさに溜め息を一つ吐くと、口を開いた。
「スタンガートさん……」
「ああ」
「カイティスさん、」
「はいっす」
「ミールさん」
「ん」
「スレイさん」
「おう」
様々なことがこの10日間の旅であった。
異世界という日本の常識が全く通じない世界に来た事。
真亜莉の弟妹たちに会うにはまだ時間も方法も模索しなければならないこと。
真亜莉自身の命のタイムリミットが開始されてしまったこと。
自分が意外に子供で我儘だったこと。
魔法が使えて、それが知られることがとても危険だということ。
ディアという相棒に出会ったこと。
マヌアーサやヴィアーナと会ったことを始め、この旅でお世話になったスタンガートやカイティス、ミールやスレイという冒険者、そして今この場にはいないディストに出会ったこと。
真亜莉が日本にいたころには、こんな交友関係を築くことは出来なかった。見た目だけで稀有な存在だった真亜莉を同じ人として扱ってくれる友人がいなかったからだ。
しかしここには見た目だけで真亜莉を特別視するものはいない。だからこそマーリルとして好きに甘えてしまった結果、沢山の人に迷惑をかけてしまった。自覚は勿論ある。
楽しかった。大変だったし疲れた身体は否定は出来なかったが、マーリルは一言で言うならばこの旅は楽しかったのだ。だから―――――
「ありがとうございました」
精一杯の感謝を笑顔に乗せてマーリルは皆に頭を下げた。
王都サンドイに入る為の門の行列はもうすぐ目の前で切れている。みんなと別れるのはもうすぐだ。
―――カー
「そうだね」
またすぐに会えるよ、とディアに励まされた気がした。寂しい気持ちも勿論あるが、これからの出会い。そしてまた再会できることを楽しみに悲しい気持ちには蓋をした。
「さぁいこう」
まだまだ自分には知らないことも知りたい事も多すぎる。まずはこのサティア国で出来ることをしなければ。
マーリルはすがすがしい気持ちで門を通った。
「マーリル!」
「ディストさん!」
(さぁこれから何があるのかな)
マーリルは自分に死亡フラグがバリバリ立っていることを一端忘れて、ディストに駆け寄った。
――――――――――
第一章終了です。長かったような気がしますが、先もまだまだ長そうです。
次は王都篇ですが、さくっと行きたいと思います。
閑話二つに番外編を挟んで第二章開始です!
お付き合い頂きありがとうございます。
今後ともよろしくおねがします!!
読みづらかったらすいません。
残酷描写ありの、ちょいとシリアスです。お気をつけください!
――――――――――
「どこ、だ……?ああ、そうだ、」
キョロキョロと見るとここは見知った馬車の中だと気付く。横になるスペースはないので、壁に背をつけている状態でマーリルは座っていた。
虚ろな目で辺りを見渡して、とても静かなことに気付く。馬車の外に人の気配はするので皆は外にいるのだろう。
小緑鬼との戦いからどのくらいの時間が経ったかはわからないが、外はまだ明るくそんなに経っていないのだろうと思われた。
「――――っ」
生々しいイキモノを殺す感触。
鼻が麻痺するほどに被ったイキモノの血。
裂けた腹と飛び散った内臓。
「ウッ……」
朝から何も食べていない胃は空っぽだったので、胃液だけ逆流しそうだ。
吐くな。忘れるな。殺した。自分が奪った。
マーリルは必死で吐き気を我慢する。
自分の意志でやったことだ。この世界で生きるということは、そういうことなのだ。
「くっ……」
知らず視界が歪む。
吐き気を我慢は出来ても、漏れ出る涙は我慢できなかった。
『初心者冒険者の登竜門』
これを乗り越えなければ、マーリルは大事な弟妹たちに自分の力で会いに行くことは出来ない。
▽
「マーリル!」
焦ったようなディストの声に、マーリルは背後の気配に気付く。
いつの間にか馬車から大分離れていたらしく、小緑鬼に囲まれていた。
―――バチッ!
『全ての邪気を祓うモノ』が発動して、小緑鬼に殺意の籠った攻撃をされたことを知る。
(どう考えてもこのネックレスが、一番チートだ!)
内心そんなことを考えて、小緑鬼の攻撃がマーリルに届かないことを確認してから刀を横に薙いだ。
魔力の纏った刀は切れ味が抜群で、マーリルに近かったものから小緑鬼は上下に別たれていく。
「ウッ……」
地球じゃこうもいかないだろう。生き物の筋肉や骨はそれほどまでに脆くはない。
しかしここは異世界だ。
――――地球の常識は通じない。
マーリルが持つ刀に薄く魔力が纏っているため、血糊が張り付く事はなく切れ味が変わることがない。しかし、マーリル自身は違う。
小緑鬼から流れ出る命の証拠である血を、容赦なく浴びることとなった。
(魔物だから血が緑色だと思ってた)
小緑鬼の血の色はヒトと同じ赤い色をしていた。尚更生き物を殺していることを実感せざるを得ない。
「くっ!」
鋭い痛みがマーリルの左腕から走った。
「っんのぉぉお!」
未だ溢れかえる小緑鬼の奥の方から魔術を打たれたようだ。アボロスバスティが弾かなかったところをみると、マーリル自身を狙ったものではなく流れ弾なのだろう。そんなことを気にしている余裕がないマーリルは、腕から流れ落ちる血の感触には気付かず目の前の戦闘に集中する。
これが小緑鬼でよかったのだろう。先程から集中出来ないのだ。それは血を被れば被るほど顕著に現れていて、マーリルの動きが鈍る。
身体強化は魔力常時消費型の魔法だ。そのため意識して掛けていなければ解けてしまう。これが魔術の身体強化であれば魔力が切れるまで自動でかかったままなのだが、魔法は意志に反映されるのだ。
マーリルの身体強化が解け始めている。最弱の魔物でなければ、アボロスバスティがなければ、とっくに大怪我を負っていただろう。
「――――……ル!」
マーリルは刀の切れ味だけでゴリ押しする。
「―――――……リル!」
未だ魔力が宿ったままの刀は、的確に小緑鬼を切り裂いていく。
「――っ、マリール!!」
「――――っ」
ディストの声にハッとしたマーリルは、そこで漸く動きを止めた。
「マーリル……大丈夫か?」
「…………」
とっくに戦闘は終了していたようで、大鬼王を倒したディストがマーリルのすぐ近くに来ている事にも気が付かなかった。
「おい」
「大丈夫……です」
残りの小緑鬼が逃げていくのが視界の端に映ったが、直ぐにミールによって倒されていた。
周りを見渡してみればマーリルが屠った小緑鬼の死骸と、憐れむような心配しているような瞳の男たちが居た。
一番心配しているだろう目の前の男――ディストに漸く視線を上げた。。
血塗れのマーリルに対し、大鬼王を倒してから加勢に入ってきたディストはそれほど返り血を浴びていない。それは確実に技量の差で、経験の差だ。
その綺麗な顔を見て、自分の血塗れの手とを見比べた。
「―――っ」
身体に纏わりつくイキモノだったものが気持ち悪い。
髪の毛の一本一本に絡み付いている気がして、自分がしたことがどういう行為なのか知らされている気がして、
「―――っ」
殺した。殺した。
――――イキモノノイノチヲウバッタ。
「……っ、一人に、してください」
「……わかった。その前にお前その格好、……っ」
ディストに指摘された瞬間魔力の光りがマーリルを包み込み、血塗れの顔も、臓物を被った服も、元の綺麗な状態になった。
『浄化』という掃除の元となった魔法だ。修復はしないため、マーリルの左腕だけは切れた服と傷だけは残ったまま。
血の気の引いたマーリルの顔が露になり、左腕の傷にも気が付いたディストは、何かを言い掛けたがマーリルは気付かなかった振りをして馬車に歩を進めた。
体育座りをして膝に顔を埋める。自分の殻に閉じ籠るように、何も考えたくないと言わんばかりに現実から顔を背けたかったが、左腕の痛みで現実を思い知らされた。
「痛いなぁ……」
本当に痛かったのは傷の痛みか、それとも――――――
どれくらいそうしていただろう。眠っていたわけではないが、時間の感覚はない。
幌から漏れでる外の光はまだ明るいが、馬車が動くことはなかった。
(心配……してるよね……)
だがこのまま出ていって何もなかった顔も、そして何かを言われたとしても受け入れることも出来ないと思った。
(誰か……)
これまでマーリルが誰かに助けを求めたことはない。
自分はいつでも助ける側で、助けを求めることはしてはいけないと思って生きてきた。無意識にしていたことだが、双子の弟妹が近くに居たこともその一因だったのだろう。
(だれ、か……)
今心の中に思い浮かんだのは、母に似た誰か。
(アーナ……さん)
少し甘えてもいいだろうか。たった三日しか過ごしていないあの湖を思い浮かべて、マーリルは思う。
いつでもいらっしゃいと言ってくれたヴィアーナの笑顔を頼ってもいいだろうか。
「アーナさん……」
マーリルは呟くようにヴィアーナの名前を呼ぶ。
マーリルの心は辟易していたのだ。心に負担になるほど生き物を殺した感触も、赤も、鉄のような臭いも、そう簡単には記憶からなくなってはくれない。
この世界にきて一週間。気が張っていた状態が戦闘を経験して、終了して、緩んでしまったのかもしれない。
そんな時にあの壮大な湖が脳裏を過り思い浮かべたマーリルに、魔力はどこまでも意志を叶えてくれる。
馬車の中からマーリルの姿が、消えた。
▽
「いいから!そこにお座りなさい!」
「あ、アーナ。そうプリプリするでな、」
「おすわり!」
「わふっ!」
マーリルが次に目を開けたときには、ヴィアーナとマヌアーサの寸劇が開催せれていた。マヌアーサは何かをして怒らせたのか、ヴィアーナに怒鳴られていた。背の高い偉丈夫がおすわりしている姿は滑稽だった。
「ふふ」
「なんだこれ」と思いながらも思わず笑ってしまったことで、二人はマーリルに気が付いたようだ。
「やだ!マーリちゃんいたのぉ」
変なところ見せちゃったわ、とヴィアーナは照れていた。
「それより本当に『転移』でき、」
たのね、とは続かなかった。マーリルが思わずヴィアーナに抱きついたからだ。
「あらあら、まぁまぁ」
優しくゆっくりと背を撫でてくれるヴィアーナの手が暖かくて、マーリルは視界が歪んだ。「随分大きな子供ねぇ」と、ゆったりとした話し声を耳元で聞きながら、マーリルはぐちゃぐちゃだった思考が少しだけ和らいでいく気がした。
170センチあるマーリルが160センチないヴィアーナに抱き付くと、マーリルがヴィアーナを抱き締めているような形になる。
しかしヴィアーナの20代半ばほどに見える見た目とは違う、長年生きた包容力はきちんと滲み出ていて、マーリルを優しく包み込んでくれていた。
「アーナ……さん」
「なぁに?」
「僕……私、イキモノを殺したんです」
「うん」
「は、初めて……命を奪って……」
「……」
「相手は、魔物だったけど……」
マーリルはポツポツと今日あった出来事を口にした。ヴィアーナは聞き取りづらいマーリルの言葉でもきちんと拾い上げてくれて、背中を撫でてくれた。ポンポンと優しい感触は一定のリズムを刻む。
「後悔は……していない……でも、」
「うん」
「これからこの世界で生きていくって、決めたのに……」
「うん」
「慣れることなんて……出来ないと思って……」
「うん」
真亜莉はこの世界で生きていくと決めた。二人の大事な弟妹と同じ空の下で、幸せになって生きてやると決めたのだ。
ただただ誰かに庇護されながら、仕事でも貰って生きていくだけならば今のマーリルにも出来るだろう。幸い一番のネックとされている渡り人の言語の問題はマーリルにはない。
しかしそれを良しとしないからこそ、マーリルはマーリルなのだ。
自分のための幸せは、自分の力で見つけたい。
いろいろな覚悟が必要だった。
命の軽いこの世界で、一歩踏み出すと命の奪い合いが日常茶飯事なこの世界で、自分の力で生きていくということは女の身であるマーリルには少々辛い現実だった。
だが、自分で決めた。
だから慣れない世界にも必死で慣れようとした。だが、どれが正解なのかマーリルにはわからなかった。
「なら、慣れなきゃいいのよ」
「え」
「たとえ相手が魔物だろうと、一つの命ということに変わりはないわ。それでもそれを知った上で前に進みたいと言うのなら、」
「…………」
「慣れなきゃいいの。忘れなきゃいいのよ。貴女に必要なのは生き物を殺すことに慣れる事じゃない」
―――その殺した生き物の命を背負ってなお、生きる覚悟よ。
ポロリと瞳から一滴流れ落ちたのは、涙の雫だったのか、鱗だったのかはマーリルにはわからない。
「確かに日本に比べたら命のやり取りは日常的に起きているけど、」
この世界の人は必死に生きているだけであって、必ずしも全ての人が好き好んで生き物の命を奪っているわけではない。
生きるために、奪われないために、弱肉強食の世界で生きているだけだ。
「貴女が決めたことをしなさい。それでも迷ったら……」
ヴィアーナは一度言葉を切ってマーリルの前に立った。そして、
「またこうして抱きしめてあげるわ」
「―――――っ」
まるで母親のような包容力があるヴィアーナに、漸く喉の奥に詰まったような思いを吐きだして泣きながら笑うことが出来た。
▽
「ところでその肩に乗っているのは、」
―――カー
ヴィアーナに話を聞いてもらえて幾分かすっきりしたマーリルは、その一言で漸く肩に乗っている存在を思い出した。
「ディアもありがとね」
ずっと黙って着いていてくれた相棒に感謝をしてからヴィアーナたちに紹介した。
「魔烏の雛のディアです」
―――カー
ディアもしっかりと挨拶ができたようだ。
「くくっ」
「マヌアーサ様?」
ずっと傍観していたマヌアーサがいきなり笑い始めたので、不思議に思い問い掛けるように名前を呼んだ。
「魔烏の雛を『使い魔』にしたか」
「えっと、はい……たぶん」
マーリルに自信がなかったのはテイムと使い魔の違いがわからなかったからだ。
ゲームなどで一般的に使われている『テイミング』は手懐けるという意味だ。そういう意味では間違っていないのだが、『使い魔』とはなんだろう。
「使い魔とは魔力の共有化をして繋がりを作った魔獣のことだ」
テイムは名前をつけて主人と認めて貰うことで使い魔もそこまでは一緒だ。しかし使い魔は更に魔力の共有化が出来ることらしい。
例えばディアの『目』を使ってマーリルが景色を見ることが出来たり、マーリルの魔力を使ってディアが魔法を使う事が出来るということだ。
(何そのチート!)
「ディア凄いね!これからもよろしくね!」
―――カー!
ディアの意識がまだ幼いためにそこまでいろいろと出来ないが、これから育っていきはっきりとお互いに意思疏通ができると徐々に出来る幅が増えていくらしい。
マーリルはディアを見ながら誉めておいた。ディアも嬉しそうだ。後で濃厚な魔力を贈呈しよう。
「それにしても魔烏の雛って……どうやって使い魔にしたのよ」
「あ……」
ディアとの出会いを聞かれて一瞬戸惑う。ディストにグリグリされた頭の痛みと、スタンガートの鬼の形相を思い出してマーリルは瞳を彷徨わせた。
そんなマーリルの様子にヴィアーナは遠い目だ。また何かやらかしたのだと予想がついたのだろう。
「えっと実は、」
ディアとの経緯について説教をされたのはヴィアーナで三人目である。これも仕方ないかとマーリルは怒られながら少しだけ笑った。
それを聞いていたマヌアーサが、またも笑い声を上げてヴィアーナに二人まとめて怒られるまでもう少し。
「二人ともそこにおすわり!」
「は、はい!」
「わふっ!」
ヴィアーナの怒鳴り声と二人の焦った声そして、
―――カー!
楽しそうな魔烏の雛の声が湖の周辺に響き渡った。
落ち着いたマーリルは、暫くしてディストたちの元へ戻った。
馬車の中を誰も覗いていなかったのか出ていったことにも帰ってきたことにも気付かれていないようで、馬車から出ると心配そうな瞳たちとかち合った。
否、ディストは特大の溜息を吐きだしていたことから、『転移』を使っていたことには気が付いているようだ。
しかし僅かに硬いながらも笑顔を取り戻したマーリルを見て、頬笑みを返してくれたので不問としてくれたようだ。マーリルは誤魔化す様に苦笑いをした。
「ご心配おかけしました」
ここにいるのは皆、戦える力を持った者たちだ。みんな通ってきた道なのだろう。頭を下げるマーリルを次の瞬間みんなは揉みくちゃにした。
「わ」「うえ!」「のわ!」
嫌に力の籠ったその洗礼は、心配させたことへの仕返しと乗り越えたことへの激励にも思え、マーリルは大人しく享受することにした。
暫くしてみんなも満足したのか漸くマーリルは解放された。バッチリとボロボロだが、気持ちはとてもスッキリとしていた。
ちなみにディアは勿論避難済みだ。恐ろしく危機察知能力が高いもので。
そんな幌の上に止まるディアをジト目で見ていると、
「おい!」
「ふぁい!」
ディストに声を掛けられた。
堪らず背筋が伸びたのは、最近説教を受けるためにディストの声に身体が反応してしまっているようだ。グリグリは痛かった。
「もう大丈夫か?」
「え」
「悪かったな」
「大丈夫です!僕はこれから妹と弟に会いに行かなきゃならないんです!だから、」
―――このくらいはこなさないと!
マーリルは新たに決意をした。
▽
「ほわぁ!おっきな壁ですね!」
スクラムを出て約10日。漸く到着したのはサティア国王都『サンドイ』だ。マルトルよりも高い外壁に囲まれた大都市である。
マルトルからの街道はサンドイの南側の門に到着し、今もサンドイに入りたい商人や旅人たちの行列で賑わっている。
流石に王都に入るだけあり荷の確認や身分証の確認でそれなりに時間がかかるらしく、マーリルたち一行も例に漏れず列に並んでいる最中だ。
「王都は人が多いだけありギルドも何ヵ所かあって、店の数も半端じゃないすよ!」
「わぁ!」
王都に入るためだけでも速くて一時間ほどかかるらしく、その間に暇をもてあましたカイティスに説明を受けていた。
「マー坊は王都初めてか……」
「はい」
「なら楽しみだね」
「はい!」
いつの間にか呼び方が変わっているミールと何時でも元気なスレイにも声を掛けられて、マーリルの期待は否応にも高まっていく。ちなみ初めてミールに呼ばれた時には豆腐が食べたくなった。豆腐はあるんだろうか。
マーリルたちが小緑鬼の襲撃を受けた日、マーリルが魔の森から帰って来てから誰からも何も言及を受けなかった。たぶんディストが何か言い含めてくれたのだろうと、マーリルからは特に何も言わなかった。
(明らかに驚いてたもんね。あの飛ぶ光の刃……)
マーリル自身もあれが何かわからなかったので忘れることにした。
その当人であるディストはこの場にいない。互助組合に報告があるらしく、Sランクギルドカードを見せて颯爽と一人王都へ入っていった。
「マーリル」
「はい」
「ちょっと事情が変わった」
「え」
そうスタンガートに声を掛けられてマーリルは後ろを振り返った。
今御者台にいるのはマーリルとカイティスで、外を見ながらみんなと話をしていたのだが、スタンガートがいやに真剣な声を出すものだから姿勢を正した。後ろを振り返るのであまり意味はないが。
「王都で手伝いをしてもらうつもりだったが、予定が変わった。ディストが先に行ったから直ぐに返答はあるだろう」
「…………」
マーリルにはスタンガートが何を言いたいのかわからないが、話しはどんどん進んでいく。
「王都に入ってディストと合流したら解散だ」
「え」
「俺たちがサンドイにいるのは一週間くらいだ。覚えておけ」
「え」
戸惑うマーリルに変わらず視線を遣りながらスタンガートは一言言った。
「お別れだ」
おかしいとは思っていたのだ。『雑用』などと言って雇われておきながら実際マーリルが働いたのは王都に来るまでの旅支度と、旅の間の飲み水の調達だけだ。しかも町や村に寄れる時は寄っていたため、マーリルが使用した水の魔術は数回しかない。
それもスチマの街の様に到着してから部屋に追いやられて、後は好きにしていいと自由行動だ。
何故今の今までそんなことにも気付かなかったのかと、恥ずかしくなった。
初めての異世界。初めての旅。初めての戦闘など言い訳ならいくらでも出来るが、雇われたという事実があったのならば仕事をしなければならなかったのは間違いない。
それでも今までそんな指摘をされなかったのは、確実にスクランズ侯爵であるジョイルか間接的にマヌアーサ、またはヴィアーナからマーリルのお守を頼まれていたのだろう。
「――――っ!」
子供扱いされて当然だ。自分はまだ誰かを守れるほど大人ではない。せめて自分のお守くらいはしなければならない。スタンガートに、この旅に気付かされてしまった。
マーリルは不甲斐なさに溜め息を一つ吐くと、口を開いた。
「スタンガートさん……」
「ああ」
「カイティスさん、」
「はいっす」
「ミールさん」
「ん」
「スレイさん」
「おう」
様々なことがこの10日間の旅であった。
異世界という日本の常識が全く通じない世界に来た事。
真亜莉の弟妹たちに会うにはまだ時間も方法も模索しなければならないこと。
真亜莉自身の命のタイムリミットが開始されてしまったこと。
自分が意外に子供で我儘だったこと。
魔法が使えて、それが知られることがとても危険だということ。
ディアという相棒に出会ったこと。
マヌアーサやヴィアーナと会ったことを始め、この旅でお世話になったスタンガートやカイティス、ミールやスレイという冒険者、そして今この場にはいないディストに出会ったこと。
真亜莉が日本にいたころには、こんな交友関係を築くことは出来なかった。見た目だけで稀有な存在だった真亜莉を同じ人として扱ってくれる友人がいなかったからだ。
しかしここには見た目だけで真亜莉を特別視するものはいない。だからこそマーリルとして好きに甘えてしまった結果、沢山の人に迷惑をかけてしまった。自覚は勿論ある。
楽しかった。大変だったし疲れた身体は否定は出来なかったが、マーリルは一言で言うならばこの旅は楽しかったのだ。だから―――――
「ありがとうございました」
精一杯の感謝を笑顔に乗せてマーリルは皆に頭を下げた。
王都サンドイに入る為の門の行列はもうすぐ目の前で切れている。みんなと別れるのはもうすぐだ。
―――カー
「そうだね」
またすぐに会えるよ、とディアに励まされた気がした。寂しい気持ちも勿論あるが、これからの出会い。そしてまた再会できることを楽しみに悲しい気持ちには蓋をした。
「さぁいこう」
まだまだ自分には知らないことも知りたい事も多すぎる。まずはこのサティア国で出来ることをしなければ。
マーリルはすがすがしい気持ちで門を通った。
「マーリル!」
「ディストさん!」
(さぁこれから何があるのかな)
マーリルは自分に死亡フラグがバリバリ立っていることを一端忘れて、ディストに駆け寄った。
――――――――――
第一章終了です。長かったような気がしますが、先もまだまだ長そうです。
次は王都篇ですが、さくっと行きたいと思います。
閑話二つに番外編を挟んで第二章開始です!
お付き合い頂きありがとうございます。
今後ともよろしくおねがします!!
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