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第一章 異世界到着!目指せ王都!
閑話5 スタンガート、不思議な少年を押し付けられる
しおりを挟む『スクランズ領のスクラムにあるイオシュネ商会』といえば王都でも結構な有名度を誇る商会だ。何が有名かと聞かれれば一番は『万能薬』だが、魔の森は魔物の楽園と呼ばれるくらい魔物が多くいるので当然『魔石』も有名だ。
そんな有名な商会は王都に支店を持たない。それにも実は様々な理由が存在する。
次期会頭のスタンガートは今日も王都へ行商に行くために準備をしている最中だった。何を持っていって、何を置いていくか散々悩み、これだけはどうにか出来ないかと思案して、寝る時間を惜しみながらも準備を進めている最中に来客があった。
(この忙しいのに勘弁してくれよ)
そんな気持ちを隠す事無く表情に出しながら店舗の方に行くと、いたのはこのスクランズの領主であるジョイル=スクランズだった。
それがスタンガートとマーリルの邂逅だった。
▽
「纏え鎧よ―――強化」
大鬼王率いる小緑鬼の群れに襲われたスタンガートは、魔術の身体強化を施した。
スタンガートは冒険者ではないので、強敵を倒すほどの腕を持っているわけではない。しかし辺境と分類されるスクラムから、定期的に10日も掛けて王都を往復するのだ。嗜むくらいには戦うことが出来る。
それはスクラムの商人のほとんどに言えるわけで、何もイオシュネ商会が特別なわけではない。
「スタン!ゴブリンメイジがいる!」
「まかせろ!」
マーリルに良いところをみせてやろうと思っていたわけではないが、何と無く恰好つけて飛び出した自覚はある。しかし一度戦闘になってしまえばスタンガートの頭を占めるのは目の前にいる醜い魔物だけだ。
いつまで続くのかというほど湧いて出てくる小緑鬼を撲殺しながら、スレイが発見した小緑鬼魔師を視界に納める。スタンガートの方が当然スレイよりも弱いのだが、巨体ながら身軽に動けることと小緑鬼魔師くらいならば魔物ランクDほどだ。十分スタンガートにも対処できる。
そう思いながら狙いを定めて跳躍しようとした時、
―――――ドガガガッッ!!!!
物凄い轟音が響き渡った。
何が、と思わないでもないが、スタンガートによそ見している余裕はない。とにかく目の前の小緑鬼を殴り続ける。
「ちっ」
視界に小緑鬼魔師を収めながらも、湧き出る雑魚が邪魔をしてなかなか先に進めない。スタンガートは思わず舌打ちした。
「スタンどけろ!」
「おわっ」
スレイの巨剣が横に一閃した。
それだけで前に居た小緑鬼が次々と屠られていく。
「おらぁっ!」
スレイが開けてくれた道を跳びながら進み、漸く小緑鬼魔師と対峙した。その途端、ブツブツと詠唱していた小緑鬼魔師が魔術を放った。
手の平大の火の玉が高速でスタンガートにせまる。スタンガートを捕らえるほどの速度ではなかったために反射でよけると、その巨体と同じく太く長い足で蹴り倒した。身体強化を施した蹴りは強烈で、その一撃で小緑鬼魔師は沈んだ。
まさか自分が避けた火の玉がマーリルに当たっているとは思わずに。
▽
「あの坊ちゃん……マーリルは大丈夫なのか……」
「…………」
ディストは答えない。
あと少しで王都へ着くと言う時に一行は魔物の群に囲まれてしまった。それは通常では考えられない程の規模であり、長年行商に出ることの多いスタンガートが初めて見た程だった。
たまに小緑鬼が出たり、大熊が出たりはしていた街道に、まさか『統率者』がいるような魔物の群れがいるとは思わなかったのである。
ただ幸いだったのはSランクを持つディストがいたことだ。群の数はそこそこであったが、統率者を倒す事が出来れば後は小緑鬼程度ならばどうとでもなる。
これにマーリルが名乗りを上げるとは思わなかったが。
「あいつは……何者だ?」
「…………」
変わらずディストは何も答えない。
マーリルは小緑鬼を前にまさかの『マジックボックス』から、『かたな』を取り出した。
『かたな』は昔居た渡り人が考案されたと言われている細みの片刃の剣で、ただ作成方法があまりにも技術が必要だったため、必要技量を持ったドワーフが居らず新たなる武器としては確立しなかったものだ。
過去に造り出された現存している武器を取り扱ったことがあるスタンガートには、マーリルが取り出した剣が『かたな』であるとすぐにわかった。
マーリルははじめから不思議な奴だった。
貴族の子弟かと思えば素直で偉ぶったところもなく、そして自分の危機管理が出来ていない。渡り人に知り合いがいるらしく料理のレシピを持っていて、自分で売ったにも関わらずその代金を受け取ろうとしない。
ジョイルに頼まれてはいたのだ。素性は明かせないが王都まで無事に送り届けることを『湖を守るモノ』からの正式な依頼としてスタンガートは受けていた。
多少商会の雑用として扱き使っても問題ないと言われてはいたが、往路の水の魔術を使わせることで役割を果たさせているので邪魔にしかならない商売関係には手をつけさせなかった。幼いながらも男ならば少しくらい好きにさせても問題ないだろうと街につけば好きにさせていた。
それは間違いだったのかはスタンガートにはわからない。誘拐されたときもスタンガートも一緒にいたので、結果は変わらなかったと思う。
ただ誘拐されたというのにあんなに暢気にしているとは思っていなかった。あまつそんなことがあった後に宿を抜けだし、『魔烏』なんぞテイムしてきやがった。マーリルには危機感というものが備わっていないと思われる。
そしてこれだ。
戦闘など経験が浅い――もしかしたら皆無だったのかもしれない――くせに、自分らを馬車に押し込んで自分が戦うと言い放った。
スクラムの商人たちは行商に出る者は多い。そのため戦闘を心得ている者は多いのだ。
だからスタンガートもカイティスも戦闘に参加したため、マーリルを気遣う余裕はなかった。戦えると言っても本業の冒険者には敵う筈もない。
気が付けば周りに居た小緑鬼は全て屠られ、血塗れのマーリルはその中心で茫然と立っていた。
ディストに声を掛けられるまで気付かなかったらしく、一瞬ディストと何かのやり取りをしてから―――――――
「あれ、魔法使ってたよな。掃除じゃなかったし、あんな綺麗に、」
「スタンガート」
「…………」
漸く口を開いたかと思えばディストはスタンガートを愛称で呼ばなかった。真剣に話をする気があるらしい。
「今日見たことは忘れろ。あんた達も、忘れてくれ」
「っ!なんっだよそれ!」
「何でも何もない」
「マーリルはうちの従業員だ!」
「一時的なものだろう」
「それでもっ!」
「スタンさん。耳、耳出てますって!」
「…………くそっ」
ディストの言葉に一瞬で頭に血が上ったスタンガートは、怒声をあげながらディストに詰め寄った。カイティスに指摘されなければ一発殴っていたかもしれない。
スタンガートは半獣人だ。というより、スクラムの街で店を営んでいる者はほとんどが獣人である。
それはその昔のスクランズの領主がスクラムが発展している途中に、移住したいと言う者の規制のために差別されていた獣人を移住させ、人族は条件をつけたためなかば獣人の街の様になったのがはじまりと言われている。
サティアの王族や貴族には獣人差別をする者は少ないとはいえ、今でも残る人族選民意識はなくなってはいない。そのため王都に支店を持たず、こうしてわざわざ行商に出ているのだ。
一度で運べる量が限られているために『スクラムの特産品』の希少価値をあげていることと、スクラムにやってくる人を増やしているためでもあるが。
スタンガートは兎の獣人である。興奮したりすると耳や尻尾が出るのだが、尻尾は短いためズボンの中で見えてはいない。意識してしまいこむ。
親にどうこう言うつもりはないが、こんな筋骨隆々の巨漢に兎の耳が生えているなど笑い話を通り越して恐ろしい。そんな理由もあり普段は獣人の特徴でもある耳や尻尾は消しているのだが、一番は慣れるためである。
獣人は本来の姿が自然体なのだ。いくら隠して人族と同じような見た目に出来ても不快感が拭えない。そのため人族の前に出ることの多い商人は普段から隠して過ごしている者が多い。
「くそっ」
ディストは気の置けない友人だ。だから融通のきかない性格だということも知っている。
たかだか一週間ほどの旅の共でしかなかったマーリルだが、それでも寝食をともにしてきたのだ。何か自分に出来ることがあるのならとスタンガートは悔しい気持ちでいっぱいになる。
「マーリルが顔を出したら普通に接してやってくれ」
ディストはスタンガートをはじめ、周りにいる男たちを一人一人見ながら言った。
「……っ。わかったよ!」
スタンガートにはこう言うしか出来なかった。
目的地は王都『サンドイ』だ。あと三日もすれば着くだろう。そこでマーリルともお別れとなる。
はじめからわかっていたことなのだ。
各地を旅しながら行商にでることの多いスタンガートは、今までも数えきれない程の出会いと別れを繰り返してきた。
勿論拠点はスクラムなので家族や友人も多々いる。しかし旅先で会った人々とはまた思いが違うのだ。
同じ場所にいる人たちとは再会もする者もいるが、お互いに旅先で会ったのならば一期一会になることも少なくはない。
命の軽いこの世の中で、最初で最後の出会いというのも数多く存在したのだ。
マーリルとは何故だかそんな一時の邂逅で済ませたくはないとスタンガートの心は言っていた。危なっかしいあの坊主は、これからもそんな命の危機感を持たずに突き進むような予感がしていたのだ。
しかしスタンガートに出来ることはもうほとんどない。王都まで辿り着けば、そこで終わりだ。
「ディスト……」
「なんだ」
「マーリルのこと、頼んだぞ」
「ああ」
同じような眸をしたディストに頼むことしか、スタンガートには出来なかった。
スタンガートの心の奥深くに潜む想いはなんだったのか、結局別れるその時もわからなかった。
「ご心配おかけしました」
籠る前よりは幾分か落ち着いたような笑顔で馬車から顔を出したマーリルを皆は笑顔で出迎えた。
「この!心配させやがって」
「わ!」
燻った想いを隠す様にスタンガートは、マーリルの頭をぐしゃぐしゃに掻きまわした。
マーリルには心配させた仕返しの様に感じていたようだが、スタンガートは僅かに違う想いを混ぜて頭を撫でる。
「うえ!のわ!」
スタンガートに便乗する形でカイティスもスレイもマーリルの頭をぐしゃぐしゃと撫でたのでうやむやになってしまった。
それでいいと思った。
この想いは知らなくてもいい感情なのだとスタンガートはどこかで理解していた。だから―――――
「お別れだ」
またどこかで会おう、という想いを込めてスタンガートは笑って別れを告げた。
――死ぬなよ。
そんな気持ちも込めて。
――――――――――
マーリルが女の子として出会っていたなら違う未来があったかもしれません。
元々スタンガートさんがヒーローの予定だったんですよねー(爆)でも書いていく途中で「こいつヒーロー向きじゃないな」となってしまったのでした。
閲覧ありがとうございました!
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