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第二章 到着した王都サンドイで
第七話 ディスト、痕跡を発見する
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第一章では他視点は閑話にしていましたが、今回は話の本筋なので閑話にはしてません。第一章のほうも今後見直すかもしれません。
題名が難しい・・・
よろしくお願いします!
――――――――――
「これは……」
人一人見当たらない森の奥深く、一人の男の声が静かに響いた。
男――ディストは懐から筒状の小さな笛を取り出し息を吹き掛ける。人の耳には聞こえない音域のそれは、ある魔獣を呼び出すものだ。
間も無くディストの視界に入ってきたのは、猛禽類と思わしき一羽の鳥だった。
腕を挙げるとその鳥はディストの腕に止まり、クルルと小さく喉を鳴らす。それにディストは逆の手を翳すことにより答え、鳥の足に何かをくくりつけると「頼むぞ」と一言声をかけて空に解き放った。
鳥は一度ディストの頭上を旋回してから、どこかに飛びさっていった。
「あとは……こっちも報告か」
ぽつりと一言呟いた。
時は数日ほど遡る。
「では、大規模魔物討伐部隊編成、ということで異論はないだろうか」
単に『大規模討伐』と略されることもあるそれは、冒険者互助組合主導の魔物討伐であり、年に数回のもはや恒例と化した行事である。
魔物が自分たちの領域から出てくる理由はいくつか考えられる。
魔物たちの領域の濃い魔素の中以外でも生きていられる弱い個体が、人の生きる領域――薄い魔素――に出てくる場合。
『統率者』と呼ばれる大王鬼などが、下位種を統率して群れで人を襲うために出てくる場合。そして、
「森の魔素が溢れたのか。予想よりもはやいな」
濃くなった魔素のために魔物が溢れだし、行き場を失い追い出された大勢の魔物が人の領域に大群で雪崩込んでくる場合だ。
今回の様な『大規模討伐』は定期的に溢れる魔素のために、『氾濫』という現象が起きる。それは慣れたはずのもので、恒例の出来事のはずだった。はずだったのだが―――――
王都サンドイにある冒険者互助組合。
ギルドマスターの執務室に四人の人間たちが居た。
ギルドマスターである明らかに元冒険者然りとした筋骨隆々の壮年の男。
真面目な顔をしてマスターの話す言葉を聞き逃さないと真剣な表情の20代前後の若い男と、至極どうでもよさそうに話を聞いているのか聞いていないのかわからない女。
そして、調査結果――国王よりスクラムから万能薬の依頼を受けた道中ついでに受けた森の調査である――を話すディストだ。
ディストはある予兆を感じていた。
元々年に数度定期的に行われる『大規模討伐』は、溢れる魔素の影響で魔物が凶暴化したり街道に現れはじめたりと何らかの前兆がある。その為定期的に下位の冒険者に探索依頼を出し備えているのが通例であった。
今まで何年も何十年も繰り返している事からある程度の周期もわかっていたのだが、今回は少々勝手が違っていた。
ディストはスクラムからサンドイに帰還途中で遭遇した、俄かには信じられない結果をギルドのマスターに報告していた。
「魔烏が襲われた」
「―――――!?」
危険探知の物凄く高い魔烏が襲われる事態になるのは、溢れた魔物の大群がいる場所から逃れてきた可能性が高い。マーリルから聞いた話を元にそんな魔烏の状態を伝えた。
本来魔物の領域の片隅に巣を作る魔烏が、人の領域に近く、そして雛を合わせてボロボロになっていることは人にとっても異常事態と言っても過言ではない。
「それに……魔烏が『魔石』を食べていたそうです」
「なに!!!」
魔獣は魔力を糧に食物を得るものの、魔力その物である魔石を食べるわけではない。そんなことをしていれば魔石を魔道具などに加工して使用している人の街など堪ったものではない。
魔獣は魔力を含んだ植物や果実、そして魔物を食物としている。魔獣と分類される生き物は他者の魔力を一度魔素に戻し自らの魔力に変換する事が出来るため、人のように一度魔力を取り除いて摂取する必要がない。しかしそれは直接そのまま魔力の塊を食べられるのかというとそうではない。
「魔獣が魔石を食べるなんて聞いたこと無いんですけどぉ」
間延びした話し方をするのはこの部屋にいる唯一の女であるSランク冒険者のラリアだ。『暴風の申し子』と二つ名が付いている風の魔法を得意とする魔法使いだ。耳をほじったり欠伸をしたりと話を聞いていなさそうで、しかしきちんと聞いていた話に当然の疑問を投げかけた。
「アヴァ・エ……」
半信半疑と言ったような、信じたくないような気持ちが透けて見える僅かに震える声で呟いたのはギルドマスターであるタップスだ。
始鳥。それは全ての鳥型魔獣の始祖と考えられている魔獣である。これは鳥型で会って四足歩行の獣型なら始獣、魚型なら始魚とそれぞれ存在する。但し伝承の中では、と注釈が付くが。
魔獣は動物が魔素を取り込むと知恵が付き魔獣になると言われている。また知能をなくし、本能のみになると魔物になると言われているのだ。しかし魔物や魔獣は始祖が存在し、それらから今の形になったという説も存在するのだ。
それは今までに発見記録がなく証明できないために動物から進化したものの方が有力ではあったのだが、始祖が存在するとは研究者の中では実しやかに囁かれている話でもあったのだ。
始鳥が出てくるのは所謂神話の中の話であり、現実に存在するとは思われていなかったのだ。しかしその神話の中に魔石を飲み込む場面が描かれており、そしてともに描かれているのが―――――
「始祖種が存在するって言うのぉ」
緊張感の欠片も無い話し方ではあるが、ラリアの表情は打って変わって真剣身を帯びていた。
「まだ可能性の一つだが、な」
魔獣に始祖が存在するように魔物にも始祖が存在する。勿論これも実在の話が伝わっているわけではないが、限りなく事実に近い話として、また御伽噺として伝承が残っている。
始祖種。それは別名『はじまりの魔物』とも呼ばれる魔物の祖として物語の中に登場する。負の感情を持った人が死してなお生き物を恨んだ果ての姿と言われているそれは知能も理性も無く、ただ全ての生き物を憎むことだけを目的とした醜悪な魔物である。
『アヴァ現れる処、はじまりの魔物現れん』
創世神話のとある個所の一節である。
創世神話は限りなく真実に近い過去の話とされているが、しかしてそんな昔の話を信じている者はあまりいない。魔物が魔素で変質した動物、という話が常識であるのならば尚のことだ。
そう、事実だと知っている者以外は。
「俺が調査に行ってきます。もしも痕跡がみつかれば――――」
――グルトに連絡をいれてください。
「―――――!?」
息を呑む部屋に居た者を無視する形でディストはそう言い残し、単身森へ入っていった。
――――――――――
教会運営冒険者互助組合。それは誰しもが知るところではあるが、教会と言っても神を信仰する教会とは少し違うとは余り知られていない話だった。
その昔、ヒトはある過ちを犯した。
神により裁かれ、そしてそれは今も終わりを迎えていない。
ヒトは今もまだ贖罪を続けている。それは魔物――『はじまりの魔物』が現れたこと、つまりヒトに対して脅威が現れた事こそヒトが罪を犯した証であり、罰を受けているという事なのだ。そんな罪の証である魔物を屠ることを贖罪とし、それを主導していたのが『教会』だった。
再び過ちを繰り返さないように教え導いた教会が、今の神を信仰する本来の『教会』という形に収まった。
再び過ちを忘れないように罪である魔物を狩ることを贖罪として主導していく者を、語り部とし冒険者互助組合を創設した。
元は同じ集まりが別かたれたのだが、それを知る者はあまりいない。一般人にとってさして変わりあるものではなかったからだ。教会は教会であり、冒険者互助組合を運営し神を信仰している。その事実だけで十分だったのだ。一般的には一口に『教会』とし、どちらの本部も西大陸にあるサングリア山脈の袂にある大神殿を住み処としている。そのため冒険者互助組合は教会が大元だという認識がされ、『語り部』という名前自体も一般的には知られていない。
しかしギルドマスターはそのうちには入らない。否、Sランク冒険者も同じく『語り部』の意味を知っている。
国と教会の関係はどこも似たようなもので、お互いに不干渉を貫いている。それは勿論語り部も同じで、飽くまで教会は神を信仰するヒトを正しき道に導く事を目的としている。それに関しては国に干渉されず、また神の信仰を口実に政治的介入しないことを誓っている。
また冒険者互助組合を運営している語り部も魔物の脅威を拡げないことを目的としているため、その名の通り『お互いを助け合うこと』だけを行っている。
二つの教会が世界を掌握しようとしたらその通りになってしまうために各々の国はお互いに譲歩しあい、国は魔物の脅威を取り除き人々の心の拠り所となる教会を黙認しているのが現状であった。しかし教会のほうも国々からどう見られているかを知っているために、必要以上に国に関わることをしないようにうまく距離を取りながら付き合ってきたのだった。
▽
ディストは人伝に聞いた魔烏の話だけでなく、他に始祖種に関する痕跡がないか森を調べ廻っていた。
そもそもそろそろ『大規模討伐』の時期であり、その前兆として魔物の中でも比較的弱い――魔物の中ではという意味で人にとっては勿論脅威に他ならないが――小緑鬼の大量発生は過去にもあったことなのだ。
先にも説明した通り『大規模討伐』は濃くなった魔素のために魔物が溢れだし、行き場を失った追い出された大勢の魔物が人の領域に大群で雪崩込んでくることを示す。
本来『魔素溜まり』と呼ばれるような場所でしか濃くなることはなく一定なはずなのだが、何らかの原因で一時的に濃くなり魔素の中で生きる魔物が増えるのだ。そのため淘汰されるのは弱い魔物なのは自然の摂理であり、弱肉強食を地で行く魔物の世界では当たり前の出来事だった。
しかしディストはそれでも違和感を拭えないでいたのだ。
それは小緑鬼の群でも、増してそれを率いていた『統率者』である大王鬼が居たことでも無い。
大王鬼が怯えていたように見えた事だ。
魔物は知能を持たない。小緑鬼を率いているのも知能が合っての行動ではないのだ。本能が自分の下位種を率いることで自らの敵であるヒトを屠る為に必要だったからなだけであり、自分の考えがあって動いているわけではない。
また魔素が溢れだし他の強力な魔物から淘汰されて逃げて来たのも考えての行動というよりも、ただの生存本能に従っての行動であり、強力な魔物よりもヒトから生息地域を奪う方が楽だと言う本能に従ったに過ぎない。
昨今世界に溢れる魔素が上昇傾向にあるらしい。そもそも何故魔素が減少したのかも解明されておらず、また何故定期的に魔物の生息区域の魔素が溢れだすかも解明されていない。いつから増え始め、いつから魔法使いも増え始めたのかもわかっていない。
それがわかれば何かがわかるかもしれないが、今はまだ何もわかってはいない。
「これは……」
ディストが腕を回しても決して回りきらないような太さの大木の上部。
そこには無数の切り傷が刻まれていた。
魔物や魔獣、動物では届かないような遥か上の部分にその傷をディストは発見した。
警戒心が強い魔烏が人の領域にまで侵入して魔石を飲み込むまでに追い込まれた理由。飛行型の魔物に襲われた可能性も無いことはないが、魔物に襲われるような場所に巣を作ることは考えられない。そもそもマーリルはマルトルからほど近い場所で巣を発見しているのだ。魔烏が雛を産んでから移動したとは考えられないため産む前に逃げてきたと考えられる。にも関わらず親鳥も、そして雛もボロボロだったのだ。
そうして考えられるのは、
「斥候、魔物の……――――!?」
魔物は知能がない。これは魔物の定義の話だ。
しかし一つだけ、否一種類だけそんなことをする魔物がいる。
「アヴァ・モント……」
ディストは思わずと言った風に声に出していた。
魔烏が襲われ逃げてきたにも追いかけて来たにも拘らず仕留めもせずに戻って行った。そして、細かい傷。あれは獣型の魔物のつけた傷ではない。もっと小さな、そう蟲のような―――――
「スコーピオンキング……――――」
始祖種、王色蠍。
蟲型の魔物を統率し、他の魔物と違い斥候を出してヒトや他の敵になりそうな生き物の様子を窺う。
決して知能があるわけではない。それも込みで本能なのだ。
この世界に生きる全てを滅ぼすために存在する人の罪の証、始祖種。
静かに忍び寄る足音が、聞こえた気がした。
――――――――――
説明回で申し訳ないっす。もっとうまく説明したい・・・
もう一話ディスト視点続きます。
御読みいただきありがとうございます!!
題名が難しい・・・
よろしくお願いします!
――――――――――
「これは……」
人一人見当たらない森の奥深く、一人の男の声が静かに響いた。
男――ディストは懐から筒状の小さな笛を取り出し息を吹き掛ける。人の耳には聞こえない音域のそれは、ある魔獣を呼び出すものだ。
間も無くディストの視界に入ってきたのは、猛禽類と思わしき一羽の鳥だった。
腕を挙げるとその鳥はディストの腕に止まり、クルルと小さく喉を鳴らす。それにディストは逆の手を翳すことにより答え、鳥の足に何かをくくりつけると「頼むぞ」と一言声をかけて空に解き放った。
鳥は一度ディストの頭上を旋回してから、どこかに飛びさっていった。
「あとは……こっちも報告か」
ぽつりと一言呟いた。
時は数日ほど遡る。
「では、大規模魔物討伐部隊編成、ということで異論はないだろうか」
単に『大規模討伐』と略されることもあるそれは、冒険者互助組合主導の魔物討伐であり、年に数回のもはや恒例と化した行事である。
魔物が自分たちの領域から出てくる理由はいくつか考えられる。
魔物たちの領域の濃い魔素の中以外でも生きていられる弱い個体が、人の生きる領域――薄い魔素――に出てくる場合。
『統率者』と呼ばれる大王鬼などが、下位種を統率して群れで人を襲うために出てくる場合。そして、
「森の魔素が溢れたのか。予想よりもはやいな」
濃くなった魔素のために魔物が溢れだし、行き場を失い追い出された大勢の魔物が人の領域に大群で雪崩込んでくる場合だ。
今回の様な『大規模討伐』は定期的に溢れる魔素のために、『氾濫』という現象が起きる。それは慣れたはずのもので、恒例の出来事のはずだった。はずだったのだが―――――
王都サンドイにある冒険者互助組合。
ギルドマスターの執務室に四人の人間たちが居た。
ギルドマスターである明らかに元冒険者然りとした筋骨隆々の壮年の男。
真面目な顔をしてマスターの話す言葉を聞き逃さないと真剣な表情の20代前後の若い男と、至極どうでもよさそうに話を聞いているのか聞いていないのかわからない女。
そして、調査結果――国王よりスクラムから万能薬の依頼を受けた道中ついでに受けた森の調査である――を話すディストだ。
ディストはある予兆を感じていた。
元々年に数度定期的に行われる『大規模討伐』は、溢れる魔素の影響で魔物が凶暴化したり街道に現れはじめたりと何らかの前兆がある。その為定期的に下位の冒険者に探索依頼を出し備えているのが通例であった。
今まで何年も何十年も繰り返している事からある程度の周期もわかっていたのだが、今回は少々勝手が違っていた。
ディストはスクラムからサンドイに帰還途中で遭遇した、俄かには信じられない結果をギルドのマスターに報告していた。
「魔烏が襲われた」
「―――――!?」
危険探知の物凄く高い魔烏が襲われる事態になるのは、溢れた魔物の大群がいる場所から逃れてきた可能性が高い。マーリルから聞いた話を元にそんな魔烏の状態を伝えた。
本来魔物の領域の片隅に巣を作る魔烏が、人の領域に近く、そして雛を合わせてボロボロになっていることは人にとっても異常事態と言っても過言ではない。
「それに……魔烏が『魔石』を食べていたそうです」
「なに!!!」
魔獣は魔力を糧に食物を得るものの、魔力その物である魔石を食べるわけではない。そんなことをしていれば魔石を魔道具などに加工して使用している人の街など堪ったものではない。
魔獣は魔力を含んだ植物や果実、そして魔物を食物としている。魔獣と分類される生き物は他者の魔力を一度魔素に戻し自らの魔力に変換する事が出来るため、人のように一度魔力を取り除いて摂取する必要がない。しかしそれは直接そのまま魔力の塊を食べられるのかというとそうではない。
「魔獣が魔石を食べるなんて聞いたこと無いんですけどぉ」
間延びした話し方をするのはこの部屋にいる唯一の女であるSランク冒険者のラリアだ。『暴風の申し子』と二つ名が付いている風の魔法を得意とする魔法使いだ。耳をほじったり欠伸をしたりと話を聞いていなさそうで、しかしきちんと聞いていた話に当然の疑問を投げかけた。
「アヴァ・エ……」
半信半疑と言ったような、信じたくないような気持ちが透けて見える僅かに震える声で呟いたのはギルドマスターであるタップスだ。
始鳥。それは全ての鳥型魔獣の始祖と考えられている魔獣である。これは鳥型で会って四足歩行の獣型なら始獣、魚型なら始魚とそれぞれ存在する。但し伝承の中では、と注釈が付くが。
魔獣は動物が魔素を取り込むと知恵が付き魔獣になると言われている。また知能をなくし、本能のみになると魔物になると言われているのだ。しかし魔物や魔獣は始祖が存在し、それらから今の形になったという説も存在するのだ。
それは今までに発見記録がなく証明できないために動物から進化したものの方が有力ではあったのだが、始祖が存在するとは研究者の中では実しやかに囁かれている話でもあったのだ。
始鳥が出てくるのは所謂神話の中の話であり、現実に存在するとは思われていなかったのだ。しかしその神話の中に魔石を飲み込む場面が描かれており、そしてともに描かれているのが―――――
「始祖種が存在するって言うのぉ」
緊張感の欠片も無い話し方ではあるが、ラリアの表情は打って変わって真剣身を帯びていた。
「まだ可能性の一つだが、な」
魔獣に始祖が存在するように魔物にも始祖が存在する。勿論これも実在の話が伝わっているわけではないが、限りなく事実に近い話として、また御伽噺として伝承が残っている。
始祖種。それは別名『はじまりの魔物』とも呼ばれる魔物の祖として物語の中に登場する。負の感情を持った人が死してなお生き物を恨んだ果ての姿と言われているそれは知能も理性も無く、ただ全ての生き物を憎むことだけを目的とした醜悪な魔物である。
『アヴァ現れる処、はじまりの魔物現れん』
創世神話のとある個所の一節である。
創世神話は限りなく真実に近い過去の話とされているが、しかしてそんな昔の話を信じている者はあまりいない。魔物が魔素で変質した動物、という話が常識であるのならば尚のことだ。
そう、事実だと知っている者以外は。
「俺が調査に行ってきます。もしも痕跡がみつかれば――――」
――グルトに連絡をいれてください。
「―――――!?」
息を呑む部屋に居た者を無視する形でディストはそう言い残し、単身森へ入っていった。
――――――――――
教会運営冒険者互助組合。それは誰しもが知るところではあるが、教会と言っても神を信仰する教会とは少し違うとは余り知られていない話だった。
その昔、ヒトはある過ちを犯した。
神により裁かれ、そしてそれは今も終わりを迎えていない。
ヒトは今もまだ贖罪を続けている。それは魔物――『はじまりの魔物』が現れたこと、つまりヒトに対して脅威が現れた事こそヒトが罪を犯した証であり、罰を受けているという事なのだ。そんな罪の証である魔物を屠ることを贖罪とし、それを主導していたのが『教会』だった。
再び過ちを繰り返さないように教え導いた教会が、今の神を信仰する本来の『教会』という形に収まった。
再び過ちを忘れないように罪である魔物を狩ることを贖罪として主導していく者を、語り部とし冒険者互助組合を創設した。
元は同じ集まりが別かたれたのだが、それを知る者はあまりいない。一般人にとってさして変わりあるものではなかったからだ。教会は教会であり、冒険者互助組合を運営し神を信仰している。その事実だけで十分だったのだ。一般的には一口に『教会』とし、どちらの本部も西大陸にあるサングリア山脈の袂にある大神殿を住み処としている。そのため冒険者互助組合は教会が大元だという認識がされ、『語り部』という名前自体も一般的には知られていない。
しかしギルドマスターはそのうちには入らない。否、Sランク冒険者も同じく『語り部』の意味を知っている。
国と教会の関係はどこも似たようなもので、お互いに不干渉を貫いている。それは勿論語り部も同じで、飽くまで教会は神を信仰するヒトを正しき道に導く事を目的としている。それに関しては国に干渉されず、また神の信仰を口実に政治的介入しないことを誓っている。
また冒険者互助組合を運営している語り部も魔物の脅威を拡げないことを目的としているため、その名の通り『お互いを助け合うこと』だけを行っている。
二つの教会が世界を掌握しようとしたらその通りになってしまうために各々の国はお互いに譲歩しあい、国は魔物の脅威を取り除き人々の心の拠り所となる教会を黙認しているのが現状であった。しかし教会のほうも国々からどう見られているかを知っているために、必要以上に国に関わることをしないようにうまく距離を取りながら付き合ってきたのだった。
▽
ディストは人伝に聞いた魔烏の話だけでなく、他に始祖種に関する痕跡がないか森を調べ廻っていた。
そもそもそろそろ『大規模討伐』の時期であり、その前兆として魔物の中でも比較的弱い――魔物の中ではという意味で人にとっては勿論脅威に他ならないが――小緑鬼の大量発生は過去にもあったことなのだ。
先にも説明した通り『大規模討伐』は濃くなった魔素のために魔物が溢れだし、行き場を失った追い出された大勢の魔物が人の領域に大群で雪崩込んでくることを示す。
本来『魔素溜まり』と呼ばれるような場所でしか濃くなることはなく一定なはずなのだが、何らかの原因で一時的に濃くなり魔素の中で生きる魔物が増えるのだ。そのため淘汰されるのは弱い魔物なのは自然の摂理であり、弱肉強食を地で行く魔物の世界では当たり前の出来事だった。
しかしディストはそれでも違和感を拭えないでいたのだ。
それは小緑鬼の群でも、増してそれを率いていた『統率者』である大王鬼が居たことでも無い。
大王鬼が怯えていたように見えた事だ。
魔物は知能を持たない。小緑鬼を率いているのも知能が合っての行動ではないのだ。本能が自分の下位種を率いることで自らの敵であるヒトを屠る為に必要だったからなだけであり、自分の考えがあって動いているわけではない。
また魔素が溢れだし他の強力な魔物から淘汰されて逃げて来たのも考えての行動というよりも、ただの生存本能に従っての行動であり、強力な魔物よりもヒトから生息地域を奪う方が楽だと言う本能に従ったに過ぎない。
昨今世界に溢れる魔素が上昇傾向にあるらしい。そもそも何故魔素が減少したのかも解明されておらず、また何故定期的に魔物の生息区域の魔素が溢れだすかも解明されていない。いつから増え始め、いつから魔法使いも増え始めたのかもわかっていない。
それがわかれば何かがわかるかもしれないが、今はまだ何もわかってはいない。
「これは……」
ディストが腕を回しても決して回りきらないような太さの大木の上部。
そこには無数の切り傷が刻まれていた。
魔物や魔獣、動物では届かないような遥か上の部分にその傷をディストは発見した。
警戒心が強い魔烏が人の領域にまで侵入して魔石を飲み込むまでに追い込まれた理由。飛行型の魔物に襲われた可能性も無いことはないが、魔物に襲われるような場所に巣を作ることは考えられない。そもそもマーリルはマルトルからほど近い場所で巣を発見しているのだ。魔烏が雛を産んでから移動したとは考えられないため産む前に逃げてきたと考えられる。にも関わらず親鳥も、そして雛もボロボロだったのだ。
そうして考えられるのは、
「斥候、魔物の……――――!?」
魔物は知能がない。これは魔物の定義の話だ。
しかし一つだけ、否一種類だけそんなことをする魔物がいる。
「アヴァ・モント……」
ディストは思わずと言った風に声に出していた。
魔烏が襲われ逃げてきたにも追いかけて来たにも拘らず仕留めもせずに戻って行った。そして、細かい傷。あれは獣型の魔物のつけた傷ではない。もっと小さな、そう蟲のような―――――
「スコーピオンキング……――――」
始祖種、王色蠍。
蟲型の魔物を統率し、他の魔物と違い斥候を出してヒトや他の敵になりそうな生き物の様子を窺う。
決して知能があるわけではない。それも込みで本能なのだ。
この世界に生きる全てを滅ぼすために存在する人の罪の証、始祖種。
静かに忍び寄る足音が、聞こえた気がした。
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説明回で申し訳ないっす。もっとうまく説明したい・・・
もう一話ディスト視点続きます。
御読みいただきありがとうございます!!
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身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
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