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第二章 到着した王都サンドイで
第九話 マーリル、会議室に居ました
しおりを挟むサティアの国にいる戦闘職の者たちは主に三つに分けられる。騎士と軍人、そして冒険者だ。
騎士は主に王族・貴族の護衛やその周辺、人の警護が主な仕事となるため身分のしっかりした者しかなれず、家を継げない貴族の次男以降の子弟が着く事が多い。上位騎士になれば一代限りの騎士爵が勲爵され、功績をあげれば正式な爵位を下賜されることもある。平民から成り上がるには余程の強力な伝手でもなければほぼ無理と言っていい。
一方軍人は国全体を守護することを主な仕事としている。国同士の戦争などにも駆り出され、よほど腕に自信がなければ続けられる事は難しい。しかし貴賤は問わず、給与も国から出るためやはり家を継げない村の子供たちがなることが多い。平民の憧れの職種第一位だ。ここから功績を上げ騎士になる者も少なからずいる。
冒険者は国に仕えているわけではないが、傭兵扱いになり有事の際は依頼としてだされる。
報酬は区々なために冒険者が国の有事に出張ることは、相手が魔物でない限り早々ない。
ここで少し立場が変わってくるのがSランク冒険者である。
国が指名依頼を出してしまうと冒険者は余程の理由がなければ断ることが出来ないため、それは依頼ではなく命令になってしまう。
そこで作られたのが有事の際に国が命令できる手練れの冒険者――『Sランク冒険者』という身分だ。自由を尊ぶ冒険者が国に仕えることはそうそうないが、有事の時だけに使える権力――政治に絡まないことを条件に侯爵位と同等の権利を有する――と給与を条件に互助組合の他に国が身分を保証したのだ。
国として冒険者に指名依頼を出せるのはSランクのみ。あとは依頼という形で自らが受けるかどうかを決められるようにしている。これは教会――語り部との約定にも定められている。
語り部は互助組織だ。国が一方的に搾取することを善しとはしていない。
国の認可を受けていない裏ギルドなるものも存在するが、今は割愛する。
そして、騎士団と軍の頂点に立つ存在として総司令官がおり、その下には副司令官がいる。勿論貴族の出で騎士団から選ばれるが、正しく智力も膂力も兼ね備えた人物が抜擢されるそうだ。
閑話休題。
「では、今回のカメンドはSSS級で間違いないのか?」
総司令官であるファンダルは重々しく口を開いた。
マーリルにはその意味が全く伝わってこなかったが、『SSS級』辺りで部屋の中の空気が変わったことを感じた。殺気がどういうものか今一わからないマーリルだったが、『全ての邪気を祓うモノ』が発動しそうなほどにはピリピリと肌を焼く感覚はあった。たぶんこれがそうなのだろう。
今何が行われているかというと、『大規模魔物討伐部隊編成』という、主に魔素が原因で溢れた魔物を討伐するための部隊編成の会議である。
会議室に居たのはサティア国の重鎮たちと、武官の代表者たち――総司令官と騎士団長と将軍と、それぞれの補佐官たちだ。
それに国に仕えるSランク冒険者だという二人の男女とディストだ。おまけに何故だかマーリルもこの場にいた。ディアを肩に乗せて。本当に何故だかはわからない。
「はい。先日森に調査に入り、カメンドの痕跡をこの目で確認しております。また、王都支部のギルドマスターも後に確認済みであり、既に上位の冒険者に調査依頼を出しています」
「そうか」
そんな調査結果を眈々と報告しているのはディストであり、マーリルが見掛けなかった数日は森に入り何かの調査をしていたようだ。何か――大規模討伐の対象である魔物であろう。
「わかった。間違いないようなのでこの場で言っておこう。今回の大規模討伐のカメンドはSSS級『スコーピオンキング』だ。過去にあった大規模討伐の比ではないことが予想されるため、慎重に話していきたいと思う。異論は?」
「発言よろしいでしょうか」
「言ってみろ」
決定打のように言い切ったファンダルに対し、挙手して発言を求める者がいた。国の武を司る者――軍の頭――将軍イリアルドだと後に聞いた。
「今までの大規模討伐でSSS級のカメンドは確認された記憶はないはずです。どのような調査結果か教えて頂いてもよろしいでしょうか」
魔物ランクは冒険者のランクと同じく下はFランクからあるが、上は少し違う。単体の最高ランクはSランクであり、統率者――下位種を合わせた群れ全体――はAAA級以上となる。
AAA級は『破壊級』と呼ばれ、村一つ二つは簡単に消えるくらいの強さと言われている。
S級は『破滅級』と呼ばれ、村で言えば十は消える。
SS級は『災害級』と呼ばれ、人の力では抗えないと言われている。
SSS級は前例がないが『不滅級』と呼ばれ、最早神に祈ることも馬鹿馬鹿しいと言われるほどだという。
今回の大規模討伐の統率者はそんなSSS級だという。とても信じられるような話ではないのだろう。
「そうだな。ディストよ、お前が調べた結果報告をしてくれ」
「はい」
そして語られたのはマーリルがこの場にいる意味であり、これからの大規模討伐の、果ては世界のいく末を左右する重要な話だった。
▽
「よし!諦めよう」
マーリルは早々に諦めた。諦めが肝心という言葉を思い出したのだ。何を諦めたかというと、
「マーにぃ様、本当にいいのですか?」
ナイティルが悲しそうにしながらマーリルに問いかけた。
「何故マーリルは出来ないのだ?」
クルディルは案山子に狙いを定めながら、イメージトレーニングをしながらも僅かに怪訝そうにマーリルを見た。
マーリルが諦めた物――攻撃魔法である。
「出来ないモノは仕方がない」
マーリルは特になんでもないように言い切った。練習当初の嘆きようが嘘のようである。
「お主、攻撃魔法が使えない理由に心当たりがあるのではないか?」
「…………」
無言は肯定。クルディル大正解である。
マーリルは大興奮で攻撃魔法の練習を開始したのだが、発現はしても発動はしなかった。
あまりのショック具合にいじけてしまったが、よくよく考えてみればそれを自分は使うことが出来るのか、と思い直した。
元々使えなかったのかもしれないし、小緑鬼を討伐してはじめて生き物――魔物の定義はおいておいて――を殺したトラウマで生き物を殺す魔法をマーリルの意志を魔力が汲んだ結果使えなかったのかは既に調べる術はない。
攻撃魔法が使えない、という結果だけで十分だっだ。
使えたとしても結果は変わらないのだ。マーリルは殺したくないという気持ちが強く――日本人的思考で言えば当たり前の感覚――、魔物を前にして発動出来るかわからないからだ。
しかし『郷に入っては郷に従え』という言葉がある通り、マーリルの考えをこの世界の人に押し付ける気も勿論ない。それにこの世界で生きると決めたマーリルの考え方を変えるべきなのだということもわかっている。
ただ、マーリルの意志を乗せる魔法は、結局攻撃系は使えないのだということは何となくわかった。ある意味簡単に意思を魔力に乗せられる弊害と言ってもいい。
唯でさえ危機感の薄いマーリルにとって、それはとんでもなく不利なことだったが、それをこの二人の王子殿下に言うつもりはなかった。
「ナイティルもクルディルもありがとう。でも、大丈夫」
マーリルは笑顔で御礼を言った。もう何も聞かれないように、そっと微笑んだ。
「――――っ、わかった。では、私に付き合え。マーリル」
「ぼ、僕も練習します!マーにぃ様を守ります!」
「ナティにはまだ早い!わ、私がマーリルを守るから大丈夫だ!」
「クルにぃ様ずるいです!」
可愛い兄弟喧嘩が勃発した。
(ありがとう)
微笑ましいやり取りを見ながら、マーリルは口の中でだけ再度礼を述べた。可愛い可愛い双子の二人を思い浮かべながら。
それからディストは別に依頼があると言う数日の間は王城で勉強したり、魔法を教えたり――クルディルの例からどうやら教えることは可能らしかった――しながら、案外楽しく過ごす事が出来た。
今後どうしたらストロバリヤに行くことが出来るのか勿論気にはなるが、今はディストから待てを言われているので待つしかマーリルには出来なかった。
――カー
それに宿屋に閉じ込めていた――と言えば語弊があるが魔烏の雛を一人で外に出してあげられなかった――ディアを連れてくる許可が出たため、マーリルは意外と楽しく王城を満喫していたのだ。それともう一つ。
「マーリル殿、これはいかがかしら」
「あ、えっとそれはですね」
二人の王子の教師であるサツキリアと和解したのである。
もともときつい言い方と鋭い視線のせいで誤解されがちなのだが、サツキリアという女性は決して嫌な人ではなかった。貴族と言うことを鼻にかけているわけではなく、矜持を持って魔術騎士団に入り国に仕えている。尤も研究肌の人間であり、好奇心に負けてしまってマーリルに問い詰めてしまっただけだった。
その態度が軟化――したように見える――したのが、ディアをつれてきたからだ。
「ディアちゃんいらっしゃい」
――カー
先にも聞いていた通り魔烏の雛は貴重な存在だ。野生は愚か、街で飼育しているものも滅多にお目に掛かれない。それは偏に幼少期が極端に短いことも由来しているのだが、
「マーリル殿」
「はい?」
マーリルが知る――発動可能な――魔法を教えたり、サツキリアからこの世界の魔術や魔法を教えて貰ったり実際に発動してみたりしながら、時折ディアを観察しているサツキリアはディアを呼んだ。
ディアは勿論警戒度Maxで訝しんでいたようだが、サツキリアが単純に観察したいだけなのだと気が付いたのと、美味しい果物を持ってきてくれるので近くに寄るくらいは許したようだ。それを見ながらサツキリアはマーリルを呼んだ。
「この子……本当に魔烏の雛なのでしょうか?」
「え」
マーリルが魔烏を見たのはディア一家だけなので、他と比べた事がないのだがディストは確かに魔烏だと言っていた。
「そう聞いていますが」
「…………そう」
目を細め鋭い眸をさらに尖らせて果物を突くディアを見ている。
マーリルも視線をディアに移すと、
「―――――っ!あ、れ」
(ディアってあんなんだっけ!?)
ディアの身体の変化に気が付く。
完全に烏の形状をしていたディアの下半身が――――――
「四つ、足?」
獣の形をしていた。
「ディア?」
――カ―クルル
「でぃ、ディアさ、ん?」
――カークルル
おかしい。ディアの鳴き声も変わってきている。
はじめ会った時は確実に『カラス』の見た目だったのに、今はどうだろう。下半身が四足になり獣の様になってしまった。顔は烏の頃の面影は残しつつ、少し鋭く――とは言えまだ子供だからか幼いようには見えるのだが――猛禽のようになってきているではないか。
まるで『グリフォン』のように。
「魔獣って進化するんだ……」
「過去にそういった事例は報告されていません」
鋭いつっこみありがとうございます。マーリルは心の中でサツキリアに頭を下げた。
「……アヴァ・エだから、でしょうか……」
「アヴァ・エってディアのことですよね?」
「そうですわ」
マーリルは二人の王子とともに教育を受けていた。その中にも当然神話を元にした歴史の話があり、多少は聞いていたのだ。教育と言ってもほとんどがマーリルが知らない常識や一般知識で、これから必要になるだろう事を中心にして知識を仕入れていた。
この世界の創世神話と共に『始祖種』というものと、『始鳥』というものは微かに聞いていた。頭の片隅にあったそれは、『ディア』が関係していると聞いた瞬間、マーリルの中でストロバリヤの次に重要項目となった。
そして、これがマーリルが大規模討伐会議に参加していた理由であった。
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