詠み人知らず、言わずと知れて。

立花伊作

文字の大きさ
80 / 148
事実は小説より奇なり

風の電話

しおりを挟む
とある噂で聞いた話だ。

岩手県のどこかに風の電話があるらしい。

その電話は死者と電話が出来るのだという。

周りは何もなく、
ただ電話ボックスだけが佇んでいる。

そこに足を運ぶ人は言った。

「少しでも声を聞きたいと思うのは、
   可笑しいのですか?」

馬鹿げたものだと分かっている。

そう分かっていても縋らずにはいられない。

想像でしかない愛しい人の声を聞いて、
安心したい自分がいる。

あの人はあの波に攫われた。

流されて行ってしまった。

何故自分だけが生き残ってしまったのか。

あの時自分が助けに行っていれば、
あの時自分がそこにいなければ。

あの人は死ななかったかもしれない。

もしあの時自分が手を伸ばせていれば、
あの子は助かったかもしれない。

今ここで、
微笑むことが出来たかもしれない。

たら、れば、なんて、
考えてもきりがないことくらい、
分かっているのに。

それでも考えずにはいられない。


目の前で知人が流されて行く。

友人が流されて行く。

自分の不甲斐なさは、
自分が助かるための力となった。

生き残ってしまった自分を許して欲しい。

大切なあの人も、愛しい君も、
あの波に流された。

この世に残されたのは、
この命と喪失感だけ。

生き延びた喜びよりも、
助かった罪悪感が勝る。

死者たちの亡霊が自分の後ろから見つめているみたいに背中が重い。

冷たい目で見つめているみたいな視線が痛い。

寂しいと思う資格なんてない。

悲しい、と。

苦しい、と。

寒い、と。

感じてしまう自分をどうか許して欲しい。


声を聞きたい。

会えるものなら、会いたい。

今すぐにでもこの崖から身を投げて、
貴方の所へ行きたい。

でもそれはきっと、
貴方が許さないのだろう。

生きている、という重み。

初めて実感する命の重み。

呆気なさ、尊さを、
この身にのしかかる何かが教えてくれた。

生きてしまって、ごめん。

生き延びてしまって、ごめん。

でも、死にたくなくて、ごめん。

でもやっぱり、死にたくなって、ごめん。

大切な貴方がいない。

愛しい君がいない。

笑顔でそっと背中をさすってくれる、
そんな存在がいなくなることが、
こんなにも、淋しいなんて。

いつもは鬱陶しいくらいに突っかかってくる人が、急にいなくなってしまうことが、
たまらなくつまらないなんて。

「…もしもし?」

届けたい思いが、ここにある。

「…ごめんね。」

それでも、貴方の所へは。

「…会いたいよ。」

決して届くことはない。

「…声が、聞きたいよ。」


受話器の向こうには、誰もいない。

分かっているけれど、
いて欲しいと願うから。

「…ありがとう。」

妄想の中で、何度も何度も、
返事を聞いた。

貴方の声を。


_________________生きろ。


受話器の先で、掠れたような音で。

だが確かに。

風の音がしたような気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...