花魁鳥は夜に啼く

北大路美葉

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第二話「変身」

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 天美《あまみ》空子《そらこ》は普段、夜に一度就寝すると朝まで目覚めることはない。成長期に相応しく、健康な安眠を享受している。ただ、この晩は例外であった。
 耳元で鳴り響く携帯電話が、眠る空子を叩き起こした。
 着信は、夏海《なつみ》景《けい》からであった。
「んあ。ケイちゃん、こんばんみょー」
「クウコっ。大地、どうしてる!?」
「ほへ? 大地?」
「あの後帰ってきたのは、送ってくれたメールで知っとるけどよ。今この時間、大地はどうしてる? 寝てるか?」
「……何のことっすかね?」
 ケイちゃんは何を言っているのだろう、と空子は思った。時計を見ると、午前二時直前を指している。こんな時刻に、小学一年生が寝ていないはずなどないではないか。お姉さんである自分だって、眠くてたまらないというのに。
「とにかく今、大地が寝てるかどうかだけ見てこい。ちゃんと寝とったら、それでいい」
 心なしか、景の息が弾んでいるようにも聴こえる。空子はこの辺りでようやく目が覚めてきた。
「ん、ちょっと、見てくる」
 卒園するまでは祖母と並べて床を敷いていたが、大地は今春、祖母が他界してからも独り、仏間で就寝するようになっていた。
 慌てて自室を出て階段を駆け降り、仏間へと急ぐ。トイレに灯りは点いていなかった。
 仏間の障子をそっと開いて、空子は息を呑んだ。掛布団が跳ね散らかり、寝乱れた跡の残る敷布団があるばかりだった。
「……ケイちゃん……!」
 握りしめた携帯に向かって、空子はかすれた声を出した。声というより、ほぼ吐息だった。
「どうした! 大地、いたか!?」
「いない。大ちゃん、いないよっ!」
 冷水を浴びたように、体が固まった。血の気が引くとはこのことをいうのだと、空子は解った。耳が痺れた。
「どっ、どうしよう、これって、どういう、どこに」
「落ち着け。ちょっと話するから、大きい声出すなよ」
「お母さんたちに」
「言うな。騒ぐな。聞けクウコ」
「う、う、うんっ」
 はあ、と息を吐く。空子の深呼吸を確認すると、景は噛んで含めるように言った。
「今な、大地の後を、着いて走ってる」
「へっ」
「これ、やばいかも知れんぞ。絶対普通じゃない」
「は? ……なに、どういうこと……?」
「窓から外を見たら、青白い火の玉みたいなのが飛んでて、その後をパジャマの子供が歩いててな。よく見たら、大地そっくりだったんで、窓を開けて声かけたんだよ」
「大ちゃん、そっちに行ってんの?」
「声が届かない距離じゃなかったのに無視されたんで、慌てて外に出たら、すごく遠くを歩いてた。もう、何十メートルも先だった。相変わらず火の玉も飛んでて、すげぇ気持ち悪かったけど、あたし、走って追いかけた。でも、距離が開くばっかりで、追いつかない。ふらふら歩いてるくせに、あたしが走っても、全然追いつかない」
 電話越しにも、景の息が切れるのが分かった。
「大地は歩いてんのに、あたし、追いつけないんだッ!」
「なにそれ、そんな——」
 そのとき、不意に空子の頭の後ろで、ノックのような音がした。
 携帯を握り締めたまま、空子が振り返って見ると、そこには仏壇があるばかりである。
 声も出せずそちらを見つめていると、再度コンコンと音が聴こえた。
「ひょわぁ」
「何だ。どうしたクウコっ」
 音は明らかに、閉じられた観音開きの扉の、内側からしている。
 気味悪く思い扉を見つめているうち、またもコンコンと叩かれた。
「ケイちゃあん。仏壇から、誰かお客さんみたいなんだけど……」
「はああ?」
「とりあえず、開けてみるね……」
「すまんクウコ、よく分からん。一旦切るわ。あたし、コトにも電話しとくから!」
「えー、ちょっと待って……」
 電話は景から切られてしまった。
 仏壇のノックは、間隔を置いてまだ続いている。
「まじ怖《こえ》ぇ……中に誰かいるのかなぁ? 大ちゃんはケイちゃんの方にいるみたいだから違うし……お母さんに言わなくていいんかな。でもこれって、誰だろ……あ、お婆ちゃんか!?」
 怖いので、空子はわざと独り言を呟きながら、半ベソで仏壇の錠を開く。
「へーいへい……いま開けますってェ」
 きい、と軽く音を立てて扉が開いた。
「——夜分に大変恐れ入ります」
「阿吽《あうん》と申します」
 空子は初め、仏像が並んで立ち上がっているのかと思った。
 人形のような小さな男二人が、仏壇の内部に立って最敬礼していた。
 仮に琴律あたりが見たならば、掌サイズの精巧な可動フィギュアに見違えたであろうか。
「天美空子様でございますね」
「私共《わたくしども》“根之國ねのくに”から大切なお話がございます」
「……はい?」
 男らは揃って半裸で、小さいながらも筋骨隆々、褌をきりりと締めた上にひらひらとした薄布のようなものを纏っている。仏像や仏画を知る者であれば、男らが金剛力士《こんごうりきし》、俗に云う仁王《におう》さんの格好をしていると気付くであろう。
 殊更に目を引くのは、銀色のうねった頭髪である。片方の男は短髪を刈り込んでいるのに対し、もう片方の男は膝へ届こうかという長髪を、水中にあるかのようにゆらゆらと蠢めかせていた。
「あンのぉ……」
「はい」
「伺います」
「今、取り込んでるますンで、ちょっと……」
 空子は既に軽く混乱している。
「これは失礼致しました」
「弟御・大地様の件でございますね」
「え。大地のこと知ってんのぉ?」
「丁度お話し差し上げようという心づもりでございました」
「これより我々から申し上げる件がまさに大地様についてでございます」
 小さな二人は揃って頭を上げ、空子の目をじっと見つめた。恐ろしく端正な、女性ならば誰が見ても見惚れるであろう容貌であったが、あいにく今の空子はそれどころではなかった。
「大変申し上げにくいのですが」
「大地様は“尸澱《シオル》”に魅入られました」
「そして勾引《かどわ》かされました」
 男らは再び目を伏せて告げる。
「しおる? 誰?」
「簡単に申しますれば亡者」
「もうじゃ?」
「まずはこちらをご覧くださいませ」
「我々よりご説明いたします」
 長髪の男が空子の目の高さまで飛び上がり、空中に指で線を引いた。
 指の軌跡はそのまま四角の枠として残り、デジタルタブレットの液晶パネルのように、空子の眼前に実体化する。
 空子にはもう、何がなんだか分からない。
 宙のパネルには、和服の上にエプロンを纏い笑顔を浮かべた女性の映像が、まるでビデオのように現れる。軽快なBGMも流れ始めた。
『お亡くなりになりました中津國《なかつくに》の皆様、はじめまして。根之國《ねのくに》へ、ようこそいらっしゃいました。これより、私共《わたくしども》根之國や、天上にあります天津國《あまつくに》、十万億土の涯《はて》である黄泉國《よもつくに》、そして尸澱《シオル》および醜女《シコメ》についてご案内いたしましょう』
「ぅおおい、ダメっすよ、こういうの。お母さんたち、わりとすぐ起きてきちゃうんすからっ」
「ご心配には及びません」
「音声は空子様のお耳にしか入りませんので」
「そして現在の空子様のお声も我々にしか届いておりません」
「はぁ、そう、なんすか……」
 空子はまず、目の前の出来事をとりあえず受け入れようと努めた。得体の知れぬ小さな男たちが仏壇から出てきて、突拍子もない話をしている。どうやら夢ではなさそうだが、然《さ》りとて現実かどうかを確かめる術《すべ》もなかった。
 本当なら、今にも家を飛び出して弟を探したいが、夜の町を闇雲に走り回って見つかるものとも考えにくい。それならば、弟について何かあるという男たちの話を聴くのが、いっそ現実的だとも思えた。
「ただこれは根之國へおいでになった方々へ向けた研修資料でございまして」
「今回のような特殊な事例には一部未対応の内容となっております」
「御了承くださいませ」
 ただ正直、空子は気が気でなかった。こんなことをしている間にも、弟は深夜の屋外をふらついており、友人がそれを追いかけてくれているらしいのだ。訳の分からぬ研修ビデオなど観ているような気持の余裕は無かった。
「えっと、でもあたし、今こんなの観てる場合じゃない、んです、けど……」
「ご心配には及びません」
「我々により」
「この仏間の中だけではございますが」
「時の速度を調整させていただいております」
「現在空子様には普段通りに動いているように感じておられることでしょう」
「しかしそれはこの仏間の中だけでございます」
「つまり相対的にこの外は非常にゆっくり動いていることになります」
「空子様がこのお部屋よりお出ましいただいた際には」
「ものの数秒も時は経っておりません」
「はー、そりゃあ、不思議なことができるもんなんすね……」
 半ば無理やり納得させられた格好になってしまった。今の空子にしてみれば、言われたことをそのまま鵜呑みに受け入れるしか仕様がない。
 しかしそうまでして、空子に何を教えようというのだろうか。
 男が喋り終えると、一時停止状態であった映像と音楽が再び流れ始める。
『第一部・根之國について。“中津國《なかつくに》”、つまりこれまで過ごしておられた世界にてお亡くなりの皆様はまず、私共《わたくしども》の居ります“根之國《ねのくに》”においでになります。そしてどなた様も平等に、閻魔大王の裁きを受けていただくことになっております』
 画面の中では、エプロン姿の女性がフリップを持って説明をしてくれている。
 ——つまり、人間は死んでから行く先を地獄と極楽とに振り分けられるが、この際に一旦集められ通過してゆく場所が“根之國《ねのくに》”なのだという。
 生前の行いによって裁かれ振り分けられた結果、残念ながら黄泉國《よもつくに》、いわゆる地獄に堕とされた亡者は、生前の罪によって姿形を変えられ、“尸澱《シオル》”と呼ばれることになる。苦しみを受けながら徳を積んで、生まれ変わるため励むこととなる。犯した罪の大きさによっては何百年もに亘って責苦を受け続けるのだという。
 ここまでは、空子にも理解できた。しかし、どうも話が見えない。
「それで、それが大地と、どう関係するんすかね」
「この先は我々よりご説明いたします」
「私どもは根之國《ねのくに》にて亡者の警備を勤めております“阿吽《あうん》”」
「いわば現世と死後の世界の境目に居ります門番役でございます」
「はあ……」
「今回警備にあたっていた我らの目を掻い潜り」
「黄泉比良坂《よもつひらさか》を逆下《さかくだ》り道反《ちがえし》の岩戸をこじ開けて」
「この中津國《なかつくに》に舞い戻った尸澱がおります」
「あーすいません、あたし、よく分かんねっす……」
 空子は今にも半べそをかきそうな顔である。
「つまり地獄に堕とされることになったにも拘《かかわ》らず遁走《とんそう》しこの世に戻ってしまった者がいるのです」
「えええー! そんなこと、しようと思って、できることなのっ」
「その者が此のたび大地様に目を付け攫ってしまったようでございます」
「な、な、なんで大ちゃんを」
「それは私共《わたくしども》にも解りかねます」
「本当に申し訳ございません」
「その尸澱は二百年ほど前に黄泉《よみ》へ堕とされた者でございまして」
「大地様とは当然面識も無く」
「恨みなど抱《いだ》きようも無いはずなのです」
「恐らくは亡者当人の生き方死に方に未練が残っていたのではないかと思われるのですが」
 非日常的かつ非常識な話をいっぺんに聞かされ、空子はだんだん怖ろしくなってきた。弟が夜中に消えたというだけでも大変なことなのに、事が怪談めいてきたのだ。
 つまり、昔々に死んで、地獄から甦った者によって、全く無関係の弟が、寝ているところを何処かへと連れて行かれてしまった、ということか。俄かには——いや、到底信じがたい話である。
 しかし仏壇の中の不思議な男たちは、空子の目の前にいる。話の内容の是非はともかく、現実を超えたことが実際に起こっているのは、疑うべくもない。
 景の話によれば、大地はふらふら歩いていたというではないか。火の玉が飛んでいたというから、それが死者——であろうか。男の子だから、不思議な現象に惹かれるのも分からないでもないが、そんなものを面白がって夜中に出歩くような子とも思えなかった。
「それで、あたしどうしたらいいのぉ? ケイちゃん、超あし速いけど、このまま追いかけてもらってたって、捕まえられるかどうか、わかんないんだよう!?」
「お恥ずかしい話ではございますが」
「根之國《あちら》より出奔し中津國《こちら》に逃げ込まれてしまうと」
「私共《わたくしども》では対処致しかねるのです」
「しかも今回の尸澱《シオル》めは」
「時を経て良からぬ力を得たことによりすでに醜女《シコメ》へと変化《へんげ》しております」
「そこで根之國を代表し我々より折り入ってお願いがございます」
「空子様に尸澱を鎮めていただきたいのです」
「……は?」
 話が見えず目を瞬《しばたた》かせる空子を見ながら、二人の男は身振り手振りを混じえながら話を続ける。
「醜女《シコメ》というのはいわゆる鬼女《きじょ》」
「黄泉に堕とされた女の尸澱が凶暴化し仮の肉体と共に良からぬ力を得たもの」
「生身の方々の手に負えるものでは本来ございません」
「それを空子様のお手で鎮めていただきたく」
「——ちょちょちょちょ、ちょーっと待って」
 空子はそれを慌てて遮る。何やら、聞き捨てならない事を言われた。
「しずめるって、どういう事? あたしが、何かすんの?」
「左様でございます」
「大変厚かましいお願いなのですが」
「空子様には」
 二人は一度言葉を区切り、息を吸い込むと、声を揃えて告げた。
「『エトピリカ』へと変身し」
「イオマンテを行っていただきたく」
「つまり」
「醜女《シコメ》と闘い鎮めていただきたいのです」
「はい?」
「もちろん変身及び戦闘のための準備はさせていただいております」
「我々阿吽あうんが全力でサポート致しますのでご安心を」
「あ、あ、あ、安心なんてできるかー!」
 空子は男たちに掴みかかった。二人は短く悲鳴をあげて、ソフビ人形の如く空子に握られる格好になる。
「なに、戦うって、あたしがー!? たった今、逃げて来たのは怖いお化けだって言ったじゃんか、そんなの無理だって分かるでしょ常識的に! あんたたちができないのに、なんであたしにそんなこと頼むのー!! 意味わかんない、無理無理無理無理!!」
 ぶんぶんと振り回され、二人の男は目を回す寸前で空子に告げる。
「大地様を——」
「お救いに——」
「なれるのは——」
「『エトピリカ』だけで——」
「ございますのです——」
「……エ、エトピリカ……?」
 空子の手からようやく離された小さな男たちは、ふらふらしながら着地し、再度頭を下げた。
「エトピリカとは」
「空子様が変身なさるお姿です」
 宙にふわりと浮いて仏壇を出ると、男たちは空子の手を片方ずつ取った。
「大変お待たせをいたしました」
「これより大地様」
「及び夏海景様の元へ」
「参りましょう」



 景は走った。バスケで鍛えた健脚をフルに発揮して、息が切れるのも厭わず、親友の弟を追いかけた。しかし、どういう訳かじりじりと引き離されてゆく。小学一年生が頼りなげな足取りでただ歩いているだけなのに、全力で駆けるスポーツ中学生が全く追いつけない。頭がおかしくなりそうだった。
『——夏海《なつみ》さん! 言われるとおり、寺町から回り込みましたよ!』
 景の携帯電話は、最前から龍泉寺《りゅうせんじ》琴律《ことり》とつながっていた。
「よし。コトとあたしとで、挟み撃ちだ。何だか訳わかんねえのが飛んでるけど、知ったことか!」
 夜半過ぎにも拘らず、琴律はすぐに跳ね起きて事情を飲み込み、飛び出してきてくれた。普段は理屈っぽくつんつんしているように見えて、こういうときには頼りになる奴だと、改めて景は思った。
 景は、琴律に電話でルートを指示しながら疾走した。大地の前を先導するかのように飛ぶ青い火の玉が、ちょうど琴律の家の裏手側へ向かったことで、寺町にある古い集合墓地付近を抜ける、長い一本道へ入るであろうと読んだのであった。
「大地《だいち》つかまえたら、家で待ってるクウコに届けて、ゆっくり寝るぞ」
『了解です。クウコさんには明日、何か奢ってもらいましょう!』
「けど彼奴《あいつ》、大地がいないって分かったときも、泣いてなかったからな。それと相殺して、割り勘にしてやってもいいな!」
『ふふ、そうですねっ』
 やがて曲がり角を折れると、景の読み通り、共同墓地の前の緩やかな坂道に出た。一本道に、琴律・火の玉・大地・景が直列する格好になる。辺りに民家はなく、夜中でも街灯が点いていて、道の先まで見通せた。
 琴律に気付いたかのように、火の玉が空中に静止し、大地も立ち止まった。
「よっしゃ! コト、そこのバケツに、用水を汲め! その飛んでる奴にぶっかけたれ!」
「承知しましたっ」
 琴律は景に言われるがまま、墓地の前に用意されている手桶をコンクリートの用水槽に突っ込んで、カビ臭い水を汲んだ。
「おい、分かるか! こっち来い大地ーっ!」
 景の大声に合わせるように、琴律が手桶を振るって水をぶち撒ける。静止したままの火の玉は呆気なく水をかぶり、ジュッという音と共にかき消えた。
 それと同時に、大地の姿も消え失せた。
「……へっ?」
 静かな一本道に、しばらく二人の弾んだ息と足音だけが響いた。
「大地! どこ行った大地ー!」
 景の怒鳴り声も虚しく、大地の姿は見当たらない。
「——夏海さん。あそこを……」
 琴律の指差す先を見遣ると、暗い墓地の奥がぼうっと明るくなっている。景と琴律が少し踏み込んで見ると、それは先ほどの青い火の玉であった。ただ、飛び回ってはおらず、墓地の一角で静止している。
「おい、あんな火が燃えて……墓場が火事にならんかな。大丈夫か?」
「さっきの火の玉だけみたいですね。大ちゃんを探さないと」
 風はほとんど無いのにゆらゆらと揺れている火は青白く燃え、墓地の片隅に置かれた、ひとつの石に灯っている。石には小さな人型が彫られていたが、手入れをする者も無いのか、時と共に朽ちて、辛うじてそれと分かる程度であった。
「お地蔵さんか」
「無縁仏《むえんぼとけ》でしょうか……」
「なにそれ」
「ただ身寄りが無いという方だけではなくて、身内に罪人がいたり、いわゆる賤しい商売をした方であったり——というのは、墓を造ってもらうことができず、こうしてお寺の庭に埋められたらしいんです。ここは昔、投げ込み寺だったと聞きますから」
「ふーん……大地となんか関係あるのかなあ」
「さすがに、大ちゃんとは無関係でしょうね。ここがお寺だったのは、まだ大政奉還も為っていない頃ですし」
 ようやく息が落ち着いてきた二人は、火の玉を訝しがりながらも、大地を探すために暗い墓地の中を歩き出した。琴律はキーホルダー型の小さなLEDライトを持ってきていたようだが、前方を明るく照らすという訳にはゆかず、気休め程度にしかならなかった。
 景は家を飛び出したとき、ちょうど就寝前であったためTシャツと短パン姿であったが、落ち着いて琴律を見ると、寝間着の甚兵衛羽織《じんべえばおり》のまま出て来るわけにはゆかなかったらしく、短めのサマードレスに着替えていた。普段意識することのない自分との女らしさ、可愛らしさの差のようなものを認識して、景は少し気後れしてしまう。
「コトってさ、わざと難しい言葉使うよな」
「難しくはないですよ。そのうち、学校で習います」
「そうかよ……」
 ——なんだか背後が明るいな、と感じて景が振り返って見ると、石に灯っていた青白い火が少しずつ勢いを増していた。みるみるうちに先ほどの何倍にも大きくなった炎が、二人の背丈を越すほどに立ちのぼっている。
「——というかこれ、やばいんじゃねえ?」
「水を汲んで来ましょう!」
 琴律が墓地の入り口に向かい、景が燃える石に向かって同時に駆け出した、そのとき。辺りに女の声が響いた。
「——憂《う》き世じゃ。あら憂き世じゃ」
「何だ?」
 笑うようでもあり、呻くような声でもあった。
 二人は足を止め、辺りを見回す。
「石——からでしょうか?」
「まさか……」
 すでにめらめらと音を立ててさえいる炎はあくまでも青白く、不気味に燃え盛っている。
「童《わっぱ》を訊ねるかや。ほほ、栓無きこと。此《こ》れな坊主は、妾《わたし》の呉れた菓子を食らうておる。最早《もはや》戻れはせぬわ」
 声は琴律の言うとおり、燃える炎の中から聴こえるようだった。
「だ——誰だッ」
「姿を見せなさい!」
 震える声で怒鳴る二人の背後から、じゃり、と地面を踏む音が聞こえた。
 振り向くと、闇の中からふらりと、パジャマ姿の子供が現れた。
「大地!」
「大ちゃん!」
 駆け寄って、親友の弟の肩をつかんだ景は、途端に違和感を覚えた。冷たい。
 パジャマがぐっしょりと濡れそぼっている。そして、真夏であるというのに——いや、むしろ生きているとは思えないほどに、大地の全身は冷え切っていた。
「おい、大地……大丈夫か?」
 背格好や髪型はどう見ても見慣れた大地のものであったが、俯いた顔には生気がなく、ぶつぶつと何事かを唱えている。景の背筋もぞくりと冷えた。
「な、な、夏海さん。見てください……!」
 大地の体を抱きしめながら景が振り返ると、青い炎の中から、白い脚が出ていた。
「な——」
 白い膝小僧と脛が、白い着物の裾から大きく覗いている。そして足には足袋と、少し前に流行した厚底靴のような三枚歯の履物とが履かれている。履物には赤い鼻緒が付いており、二人にもそれが下駄だと分かった。
 それに続いて、白い着物に包まれた尻と腰、これまた白い腕とが、炎の中から現れる。
 あまりのことに、二人は声も出せない。
 最後に、長い黒髪と、冷たい美しさをたたえた瓜実顔《うりざねがお》が現れた。
「妾は遂に、こうして空蝉《うつせみ》の浮世にぞ出《いず》る。浮世《うきよ》は憂《う》き世《よ》じゃ」
 白い着物と黒髪をなびかせた女が、炎を背負い、二人の前に立った。香を焚いたような匂いがふわりと漂った。
 髪は太い紐を用いて背中で無造作に束ねられ、大きく張った尻の下まで伸びている。着物の帯は緩く腰で結わえられているだけで、袷の隙間からは豊かな乳房の谷間が覗いていた。
 片手には黒檀《こくたん》の煙管《きせる》を携えており、先端の雁首《がんくび》からは白い煙がたなびいている。
「だいたい先《せん》から、汝《うぬ》らは何じゃ。駆けずり、童《わっぱ》を追うて来てまで、妾に喰われたいかや」
 女は手にした煙管を咥えると、物怠《ものだる》げな仕草で紫煙を吐き出す。煙草は辺りに甘ったるい匂いを撒き散らし、中学生二人の頭をくらくらとさせた。
 女の顔立ち、作る表情、物腰、所作。それらすべてが、生身の人間ではこうはゆくまいとさえ感ぜられる、氷のように鋭く冷たい美しさを湛えている。
 果たして、これが現実であろうか。大地のこともすべて、最初から夢なのではないか。そうであったらどんなに良いか——と景は思っていた。大地を抱く腕は冷え切って痺れ、歯の根は合わずがちがち・・・・と鳴った。
「おいコト……これって、一体全体、どうなってんだ……?」
「分かりません。どうやら、ただの幽霊ではないようですね」
 琴律もさすがに震えながら、景と共に大地の肩を抱いた。
「そうだな。此奴《こいつ》、足があるもんな」



 家を出て、空子《そらこ》は二人の男に導かれるまま、息を切らせて走った。
 元来、空子は物事を深く気にせず、悩む、気に病む、という感情とは無縁の生活を送っていた。今もこうして、空子の目の高さに浮き、そのまま地面と平行に宙を滑ってゆく男たちの後を着いて走っていても、不思議なこともあるものだなぁ、という程度の認識である。
 しかし、弟が得体の知れぬ怖ろしい者に勾引《かどわ》かされ、夜中に姿を眩ましたとあっては話は別だ。いくら時間を止めていたとはいえ、行方を眩ませた弟をそのままにしてじっと話を聞いているというのは、のんびり屋の空子にとってさえ、殺人的なストレスであった。
 時間を止めていられるのなら、止めている間に弟を探しにゆけば良いではないか、と訴えもした。が、
「大変申し訳ございません」
「我々が時の流れを調整できますのは」
「物理的に囲われた限定的な空間のみでございます」
「今回の場合はご自宅の仏間になります」
「空子様が外に出られますと周囲との境目が無くなりますので」
「我々の力が適用されなくなってしまいます」
「何卒ご理解いただきたく存じます」
 時間を止められるのは、一部屋の内部だけだと説明されてしまった。
 ここまでするからには、この二人は自分によほどの事をさせるつもりであろうと、空子は走りながら考えていた。



「坊。妾が主《ぬし》に遣《や》った砂糖菓子は、旨かったであろう。彼《あ》れな菓子は、黄泉《よみ》の味じゃ」
 女が煙管を持った手首をクイと返すと、景の腕の中の大地《だいち》から力が抜け、糸が切れたように頭ががくりと倒れこむ。
「うわっ」 
「何をしたんです!」
 琴律《ことり》は慌てて大地の頭を腕に抱え、女の方を睨みつけた。
 景《けい》も大地の身柄を琴律に預けて立ち上がる。
「手《て》ン前《め》ェ……大地におかしなことしやがったら、赦《ゆる》さんからな!」
「ほほ。妾を赦さんとな。背後帯《うしろおび》の小娘が、どの口《くち》こいて言いさらす」
 着物の裾から程よく肉のついた太腿を覗かせながら、女は二人の方へ一歩進み出た。
「ほぅれ、小さき坊よ。腹が減ったろう、まず手始めじゃ」
 紅を引いた唇で、大地に向けて呼びかける。
「そこな新造《しんぞ》と小娘から喰《く》らうて仕舞うがよいわ」
 琴律の腕の中で、大地が愕々《がくがく》と震え始めた。喉から、ウウウウウウと幼い子供とは思えぬ唸り声をあげる。白目を剥き、口から泡を噴き、熱病の如き大量の発汗とともに、爪で自らの顔面を掻きむしった。
「おいあんた、この子に何した!? 警察呼ぶぞ!」
 景は携帯電話を取り出しながら、琴律と大地、目の前の女とを交互に見遣《みや》る。
 おかしな薬物《ドラッグ》でも用いたのであろうか、それならば警察よりも先に救急か——と瞬時に考えを巡らせる。しかし同時に直感で、警察の手に負える存在ではなかろうな、とも思えた。
「大ちゃんっ、大ちゃんっ」
 琴律は目に薄《う》っすらと涙を浮かべて、悲鳴めいた声をあげた。腕に抱く子供を気遣うというよりも、現在の状況が怖ろしくなったのだった。それを隠すように、大地の頭を撫で、冷たい身体をさらに強く掻き抱く。
 次の瞬間、琴律の手の中で、大地の頭髪がごっそりと抜けた。
「え——?」
 琴律が本格的な悲鳴をあげる間もなく、抱いていた頭の皮と、つかんでいた腕の皮がずるりとめくれる。赤い肉と、奥の方に白い骨が見えた。
 これまでの人生に於いて全く知り得なかった、生きた肉が崩れる感触に、琴律は言葉も出ない。手の中に残った大地の肉は、青白い炎をあげて燃えた。
「やあっ——いやっ!」
 琴律は震えて、大地をその場に突き放してしまった。極度の緊張で荒げた息を整えきれず、墓地の石畳にへたり込む。
 大地は顔や腿の肉も崩れて剥がれたままで、震え、低く唸り続けている。
「このォ……ふざけんなよ! 人様ん家《ち》の子供に、何してんだ!」
 景は堪えきれず、目の前に立つ女に飛びかかった。だらしなく着崩された着物の衿元を力任せにつかみあげる。
「えぃ、喧しいのう。白妙の衿が汚れようが。触るな、小娘」
 女は咥えていた煙管を離すと、至近距離にある景の顔に向け、口から煙を噴き出した。
「うわっ」
 煙たさと匂いの甘ったるさに、景は思わず手を離し、その場に尻餅をついてしまう。携帯電話が手から離れ、石畳に転がった。
 高下駄を履いた足で、女が景の顔を蹴り上げた。
 景は琴律の足元を通り越して後ろの墓石まで転がり、仰向けに倒れこむ。口の端が切れ、血が滲んだ。
「くっそ、痛《いて》えなっ、この……」
「夏海さんっ」
 琴律が叫び声をあげた。景は口元を拭いながら、琴律の方に目を向ける。
 肉が剥がれて其処彼処《そこかしこ》から骨を覗かせた大地が四つん這いになり、全身を震わせている。
 何の比喩でも誇張でもなく、その様は獣であった。
 があ、と一声あげると、大地の全身が膨れ上がった。パジャマが裂け、続いて背中の肉が裂けた。
 夜目《よめ》にも分かるほどの、真っ赤な血の噴出。それとともに背から突き出たのは、巨大な尖骨であった。決して人体には存在しない形と大きさを目にして、景は声を裏返らせる。
「おい、何だ、何だこれっ」
「わ……分かりません……!」
 景も琴律も、これを大地だとは認めたくなかった。認めるわけにいかなかった。
 全身から杭のごとき太さの骨が幾本も飛び出して、そのたびに大地の身体は血に染まり、人の形から遠ざかる。
「ほほほほ。形《なり》は小さいが、立派な獅子口《ししぐち》じゃわ。女子《おなご》の柔肉《やわしし》、飽くほど喰らえよ」
 女は大地だった獣《もの》を横目で見遣りながら、悠長な歩き方で琴律に近づいた。
「妾は、汝《うぬ》で遊んでやろう」



 真っ暗な道から、街灯の点いた道へ出た。空子はようやくどこを走っているのか見る余裕が出た。見憶えのある道だった。
「目的地周辺です」
「お疲れ様でした」
 阿吽が空子の耳元で告げた。
「……カー、ナビ、かっ……」
 息が切れて、空子はまともに言葉を返せない。景はこんな思いをして、大地を追ってくれていたのだ。そう思うと、涙が出そうだった。
「恐れ入りますが私・吽形《うんぎょう》は暫し失礼致します」
 長髪の男が空子に耳打ちすると、印を結び、すっと消えた。
「さあ空子様こちらでございます」
 残った短髪の方は空子の手を取り、暗い集合墓地の方へ向かおうとする。
「ね、ねえっ」
 ようやく声を出せるほどに息を整えた空子は、自分の手を引く小さな男に問いかけた。
「はい」
「えと、ここって、お墓……じゃないんすかね……?」
「左様でございます」
「ええっ、ここなのぉ!? 大ちゃん、お墓にいるってことっ?」
「仰有るとおりでございます」
「そんなぁ——」
 空子はもはや半泣きで、短髪の男・阿形《あぎょう》の後を追った。



 景はもはや半泣きになっていた。
 眼前に、涎を垂らした大口が迫っている。熱く、ぷんと臭い吐息が顔にかかる。
 それ《・・》は既に子供の大きさですらなく、猛獣と呼んでも差し支えない姿と化していた。まるで狂った犬の如く目の前の“肉”にかぶりつこうとし、慌てて飛《と》び退《ずさ》った景のTシャツの裾を食いちぎった。
「こんなの……どうすりゃいいんだよ……」
 景は声をあげて泣き出したいのを堪え、全身から骨を突き出させた血塗れの化物から、墓地の中を逃げた。
 地方都市の共同墓地は女子中学生が自由に逃げ回れるほど広くはなく、等間隔に建てられた石塔や敷かれた砂利が邪魔をして、焦燥の炎に焼かれた景の呼吸を更に乱した。
 この春、ぴかぴかのランドセルを背負ってポーズを決める大地。
 『ウェイバード』の可動フィギュアを買ってもらって喜ぶ大地。
 幼稚園で、描いた絵を褒められたと言って自慢する大地。
 遊びに行こうとする空子にすがり、自分も遊ぶと言って泣く大地。
 お姉さん気取りの空子の腕の中で抱かれ、小さく寝息を立てる大地。
 それは生まれた時から昨日まで育つ様子を見てきた、親友の弟。末っ子の景にとっては、半分が弟のように思っていた節《ふし》もあったというのに。
 自分を喰らおうと牙を剥いているのは、一体何だ?
「ちっくしょおお……」
 悔しくて、情けなくて、鼻がつんと痛んだ。目頭から、熱い涙が零れた。



 女は足に力が入らなくて動けない琴律に手を伸ばし、腰まである黒髪を掴んで引っ張りあげる。白く露わになった首筋に顔を近づけると、すん、と嗅いだ。
「うん? 汝《うぬ》は——」
 怪訝な顔をして、女は琴律の顔をじろじろと眺める。
「ほほ。なんと、これは面白い。汝《うぬ》が、生娘《きむすめ》かや。抑《そも》、齢《とし》は何《なん》ぼじゃ?」
 琴律は涙目で女を睨みつけ、
「数えで十四です。それが何か?」
 と答えた。
 女は一瞬呆気に取られた顔をしたが、
「……それならそれで、遊び方はある」
 にたり、と厭らしく笑う。
 女は琴律の髪をつかんだまま目の高さまで引っ張りあげると、その胸の膨らみを乱暴に鷲掴みにした。
「うッ……痛《い》っ……た……ッ」
 そのまま力任せにぎりぎりと、琴律の乳房を服の上から握りしめる。
「ほ、汝《うぬ》が十四《じゅうし》とな。よくもまあ、斯様に恥知らずな身体を見せびらかして歩いておるものよ」
「痛ッ、痛い、やめて、やめなさい……!」
 琴律は女の腕を叩いて抵抗するが、女は意に介するふうもなく、琴律の胸から手を離すと、今度はワンピース型サマードレスの裾をめくり上げた。
「汝《うぬ》には、これが似合いじゃわ」
 女が力任せにスカート部分を引き裂いた。白い太腿と下着のレースが顕《あらわ》になり、琴律は痛みと恥ずかしさに身を捩《よじ》る。
「ほほほ。垂乳根《たらちね》の新造《しんぞ》かと思ったれば、よもや髪上げもしておらぬ産子《おぼこ》とはなぁ。やぁれ可笑《おか》し。ほほほほ」
 女は琴律の髪を離し、どさりと地面に投げ出した。
「ううっ、痛っ……」
「その肉、妾が喰《く》らうてやろうよ。男の手の付いておらん肉は、さぞ旨かろうよなぁ!」
 冷たいながらも美しかった女の顔が鬼面《きめん》の如く歪み、目尻《まなじり》と口角が異常なほど吊り上がった。
 その顔を見て、もはやどんなに悲鳴をあげても助かるまいと琴律は悟り、覚悟を決めた。目頭から、湯のごとく熱い涙が流れる。
「そこまでです」
 声を響かせ、銀髪をなびかせて、人形ほどのサイズの男が舞い降りた。
 男にしては長すぎるウェーブヘアーをゆらゆらと動かし、守るように琴律の顔の前で腕を広げて、鬼女の前に立ちはだかる。
「これが最後通牒《さいごつうちょう》ですよ橋姫《はしひめ》」
「ふん。汝《うぬ》らか。斯様な処まで追うて来たとて、最早妾を連れ戻すこと能《あた》わぬぞ」
「天美大地《あまみだいち》様をお放しいただきたい」
「ほほほ。妾としても、何百年の永きを堪《こら》えに堪《こら》えて、せっかく舞い戻った娑婆《しゃば》じゃによってな。確《しっか》と肉を喰らうまで、おめおめと連れ戻されて堪るものか。童《あれ》にも役立ってもらわねばならんし、断る——と言うては?」
「大変残念ですが私共と致しましても平和的交渉を打ち切らざるを得ません」
 不意のことに驚きを隠せず、琴律は目を瞬《しばたた》かせる。
「な——なんです……?」
 銀髪の小さな男は、琴律に向き直って最敬礼の姿勢をとった。
「龍泉寺琴律様でございますね」
「え……ええ。あのう、貴郎《あなた》は?」
「恐れ入りますが細かいお話は後ほど」
「は、はあ」
「ほほほほ。童《わっぱ》は妾の呉れて遣った砂糖菓子にて黄泉《よも》つ竈食《へぐ》いし、疾《と》うに獅子口《ししぐち》の態《なり》じゃわ。今頃は小娘の肉を鱈腹《たらふく》喰らうて、親獅子《おやじし》にでも成りよろうて」
 橋姫と呼ばれた女は煙管を一口吸うと、浮いている男に向けて振り払った。あわや叩き落とされる、という寸前で男はそれを躱し、琴律の手を取る。
「夏海景様をお助けくださいませ」
「えっ」
「厚かましくも我々阿吽あうんからのお願いでございます」
 そう言うと、男は墓地の奥へ進んだ。琴律は手を引かれるまま慌てて立ち上がり、後を追う。
「ふん、小役人が小賢しい。逃《のが》れられると思うてか」
 橋姫は煙管をぽんと叩《はた》くと、再び石地蔵を踏みつけ、燃え続ける青い炎の中へ踏み入った。



「うわッ」
 草の根に足を取られ、景は砂利の上に転んだ。
 うおう、という吠え声とともに、高い位置から獣の爪が降りかかる。
 景は咄嗟に半身をひねり、両腕をクロスさせた。そのまま生腕で、獣の腕を受け止める格好になる。
 運よく爪こそ刺さらなかったが、バットで殴られたような衝撃と痛みに、中学生の少女が耐えられるはずもなかった。背中が砂利に擦《す》れ、Tシャツの破れる音がした。
「ぐぅおお……痛ってぇっ……!」
 景の顔も身体も汗と涙と埃にまみれ、どろどろに汚れていた。が、それ以上に、生まれた頃から可愛がってきた少年《こども》の変貌ぶりが信じられず、涙が止め処なく溢れた。
「大地ぃ……お前、大丈夫かよう……! 可哀想にな、訳のわかんない女に怖い目に会わされて、こんな姿にされて……。クウコも、景姉ちゃんも、お前のこと、すぐ治してやるからな……待ってろ!」
 涙でぐしゃぐしゃになりながら、景は笑顔を作った。
「夏海さん!」
 琴律の声。砂利を踏みながら、景のいる方向へ走ってくる。
「コト、来るなーッ!」
 友の身を案じ、景は暗闇に向かって叫ぶ。
「夏海さん、こちらへ! ここなら大丈夫です!」
 すっかり暗さに慣れた目に、小さな白光が見えた。琴律が、持って来ていた小さなLEDライトを振って、景に合図を送っている。
 景は一瞬の隙をついて、自分に覆いかぶさろうとする獣の腹に渾身の蹴りを入れた。獣が蹌踉《よろ》めいたところを見逃さず、琴律の持つ小さな光に向かって、全力で駆ける。
 普段は日除けに使われている程度であろう、ほんの簡素な、屋根と柱だけの四阿《あずまや》に琴律が立っていた。
「コト、無事か!?」
「夏海さんこそ、よくぞご無事でっ」
「残念ながら、あんまり、無事じゃねえわ」
 息が切れ、全身が痛んだ。
 見れば、琴律も薄手のスカートをびりびりに裂かれ、腿やら下着やらが露わになっている。
「ひっでぇ……」
 実のところ、景にとっては琴律は、憧れに近い、『きれいな女子』のイメージそのものである。お転婆で口の悪い自分が持ち合わせない『女の子らしさ』を、琴律は完璧に持っている。そう思っている。
 それゆえ、そんな琴律をこのように無残な姿に変えてしまった着物の女に対して、景は湧き上がる恨みの感情を隠せなかった。
「コトも、ムチャクチャされたみたいだなあ……ちくしょうあの女ッ」
「夏海さんほどではありませんけど……」
「——夏海景様でございますね」
 闇から響く男の声に驚いて景は琴律の後ろを見透かすが、人の姿はない。
「私《わたくし》は吽形《うんぎょう》と申します」
 琴律の肩あたりに、人形のような男が浮かんでいる。
「あまり時間がございませんので手短にご案内いたします」
「うわ、何だこれっ」
「私も驚いています……」
 あまりに現実離れした出来事が短時間のうちに続いて感覚が麻痺したのか、然《さ》して魂消《たまげ》た様子もなく、景は小さな男をしげしげと見つめた。
「ここは壁に囲われておらず結界をうまく構築できませんので」
 闇の中に、ぐおぐおと吠える声が響く。大地の姿を捨てさせられた猛獣が、景を追ってきていた。
「彼方《あちら》からは我々の姿も声も届かぬ状態にしてありますが時の流れは変えられません」
 吽形が両手を合わせてぱん、と鳴らし、円を描くようにして二人の周りを飛んだ。
「まずはお二方にこれを」
 小さな男が宙を移動した軌跡には線香花火のような光が舞い、一瞬で集まって形を成した。
 宙に現れ、二人の足元に落下したのは、一組ずつの手甲と脚絆である。
「景様琴律様に何《いず》れかを装着していただきます」
 景はしゃがみこんで両方を拾い上げると、手に取ったものを眺めた。
 手甲は文字通り手の甲から肘までを覆い、脚絆は足首から脛を覆うほどのものであった。どちらもやや厚手ではあるがごく普通の布製で、大きな獣から体を守れるほどの代物《しろもの》には見えなかった。
 荒い息を整えながら、景が苦笑いして見せる。
「あのさ、あんた、仏《ほとけ》さん? 申し訳ないけど、ご覧の通りあたし怪我してんだわ。こういうのいいからさ、大地とあたし等《ら》、どうにかして助けてくんね?」
「申し訳ございません」
 吽形は深々と頭を下げた。
「我々は間接的なお手伝いこそ可能ですが直接尸澱シオルや生者の方に手出しはできかねるのです」
「どういうことです? これで身を守れと仰るんでしょうか」
 琴律も脚絆を手に取りながら訊ねる。
「ある意味それもございますが——続いてこれを」
 吽形は再度光を放ちながら飛び、鈍く輝く珠《たま》を現出させた。
「わぁ」
「きれい……」
 それは宝石のように透き通り、夜の闇の中にあっては異質な、しかし優しく白い光を放った。命の危険すらある非常時であったが、つい二人は、それに見惚れてしまう。
 珠はゆっくりと落下し、二人の手に乗る。夏の夜に、冷んやりと触り心地が良かった。
「何だこれ、あたしらにくれるの?」
「こちらは霊的エネルギーの結晶でございます」
「れい的?」
「エネルギー、ですか?」
「亡者の残留思念をデジタル化つまり数値化かつ物質化し抽出したもの」
「はあ……」
「すまん、わっかんねえわ」
 日頃からITや二次元のコンテンツに慣れ親しんだ琴律ですら、首を傾げたくなる話であった。ましてや、そういった話に疎い景にはちんぷんかんぷんである。
「簡単に言うならばお亡くなりになった方がこの世に遺《のこ》した“念《おもい》”を目に見える珠にしたものでございます」
「初めから簡単に言えよ。——別に、まだ簡単じゃないけどさ」
「それはつまり——亡くなった方の遺された気持を取り出して集めて、私たちが使用する、ということですか」
「仰有るとおりです」
「あの、正直それは……私には、抵抗のあるお話です……」
 琴律は綺麗な眉根を寄せて、吽形に問う。
「先人のお心などを、私たちなどが使わせていただいてもよろしいのでしょうか?」
「左様でございますね——」
 吽形は二人の周囲を飛び回りながら解説を始めた。
「——人の死んだことのない場所というのはそうはございません」
「ええ、それはそうだと思います」
「つまり人の遺した“念《おもい》”——魂とはあらゆる時あらゆる地に存在するのです」
「え……ええ」
「人の念《おもい》というのは何かの所為《せい》で消えて無くなったりするものでもございませんしどれが誰の魂とはっきり分けられるようなものでもございません」
「ええ……。分かるような、そうでもないような」
 琴律は、やたら饒舌な、小さな仏像のような男の話を必死に聞き込んだが、完全に理解することはできないだろうと感じた。しかも、この非常時にきちんと聞くような話ではなかろうとも思えた。ちらりと横を見たが、景は初めから聞いていない様子だった。
「これも霊《たま》すなわち魂《たま》を珠《たま》へと加工したものとお考えいただきたく」
「あの……分かりました。また後日、教えていただきますので……あまり、タマ、タマと仰らないで……」
 なぜか少し顔を赤らめながら、琴律が俯いた。
 吽行は二人の間をゆっくりと飛びながら、脚絆と手甲を指す。
「まず先ほどの防具を装着しまして」
「どっちかをか?」
「この珠をそれらにインストールしていただきます」
「インストール?」
「具体的にはこの珠に直接打撃を与え分解することでインストールされ防具が霊力にコーティングされます」
 景は先ほどからずっと、頭に「?」マークを浮かべている。
「使用権限はこの珠一つにつきお一人ずつですのでご了承くださいませ」
「まるで、コンピュータとソフトウェアのようですね。そうすれば、この防具が強化される、とか?」
「それもございます」
 吽形は一度言葉を切り、二人の目を見つめて言った。
「お二人には『エトピリカ』に変身し尸澱《シオル》と戦っていただきたいのです」
「……はい?」
「……エ、ト、ピリカ?」
「……変身?」
「……戦う?」
「エトピリカは私共根之國ねのくにに与《くみ》しご協力いただく戦士でございます」
 困惑する二人を尻目に、吽形はそのまま説明を続ける。
 手短に、なんて言っておきながら、やたらくどくどと講釈を垂れやがる。——そう感じ、景は苛立ちを覚えていた。
「本来ならば丁寧な研修をさせていただくところですが今回は非常時ということもありいきなり実戦になってしまいまして誠に申し訳ございません」
「ちょ、ちょっと、宜しいですか」
 琴律が目を白黒させながら、吽形に詰め寄る。
「はい」
「この防具を身につけて、私たちに『戦え』と仰るんですか」
「其の通りでございます」
「『変身』ですか!?」
「左様でございます」
「私たち二人で戦うって、その——大ちゃんと、ですか!?」
「正確にはお二人だけではございません」
「なに?」
 景も怪訝な顔で、宙に浮く吽形を睨みつける。
「そしてお相手は当然大地様などではなく橋姫でございます」
「はしひめ、ですか?」
「先ほどの尸澱の女でございます」
「おい、あたしにも訊かせろ」
 痛む腕を押さえ、顔を歪めながら、景が前へ出た。
「いま出してくれたこれって、二人分だよな。まだ誰か、他にいるってのか? あの幽霊女と戦うって、あたしたちの味方ってことか? そいつも、変身させるのか」
「仰有るとおりでございます」
「誰だ、それは!」
 景は憤っていた。
 こんな危険で恐ろしい目に会わされる者が、他にもいるのだという。しかしその者は今、この場にはいない。どこかからやって来て、助けてくれようというのか。それとも、何も知らぬまま、巻き込まれてしまうのか。いずれにしても、この事態とは無関係の者であろうにと、無性に腹立たしい思いだった。
 全身の痛みと、暑さからくる不快、襲い来る者への恐怖、状況に対する困惑などが綯《な》い交《ま》ぜになり、景は頭が混乱すると同時に、何かを殴りつけ、ぶち壊したい衝動に駆られていた。その感情を怒りと呼ぶのだと、自覚はできていない。誰でもいい、自分と敵対する者がいるなら、思い切り暴れて、鉄拳を叩きつけてやりたかった。
 暗闇から、重い足音と荒い呼吸音が大きく響いてきた。獣の吐く息と体臭が、二人の鼻を衝《つ》く。
「それは——」
「浮世は憂き世じゃ。あら憂き世じゃ」
 二人の顔のすぐ横の闇に、青い火の玉が舞った。
「うわっ」
「きゃあっ」
 景と琴律は慌てて身を翻したが、態勢を崩して転倒する。
 火の玉は横一文字にぱっくりと裂け、破《やぶ》れ提灯《ちょうちん》のお化けの如く大口を開いて、呵《か》々々と嗤《わら》った。ぼっと大きく燃え上がり一瞬消え失せた後《のち》、奇っ怪な哄笑とともに何十にも増えて、二人を取り囲む。
 その一つずつが次々に、獣を象《かたど》った面形《おもてがた》へと変わった。隈取を入れた白い狐、双眸を爛々と光らせた怪猫、牙を剥き出した狒々《ひひ》らが、墓地の闇の中で声をあげて笑う。
 二人は石畳の上で声も出せずに這いつくばり、不気味に浮かぶ何十もの面を眺めるばかりである。
「うぐッ——」
 長い髪を引っ張られ、琴律ががくんと仰け反った。
「コトっ」
「橋姫っ」
 景と吽形が同時に叫び声をあげて振り返る。
 琴律はそのまま後方に投げ出され、尻餅を搗《つ》いた。
「あうっ……」
「あ、彼奴《あいつ》か……!」
 怪我の痛みと疲れにかすむ景の目に見えたのは、墓地の闇の中に白く浮かんだ、鬼女・橋姫の腕と顔。
「小賢しい真似をしよるものよ。妾と獅子口《ししぐち》から隠れ果《おお》せるなどとは、よもや思うまいなぁあ?」
 橋姫は全身のあちこちに青い炎を纏いながら、煙管を吸って紫煙を吹き出す。琴律から抜けたものであろう、指に絡みついた数本の髪を頭上に掲げ、声を張った。
「坊よ、来《こ》よ。肉は此処《ここ》ぞ!」
 反対側の闇の中から、猛り狂った獣が躍り出て、四阿の柱に体当たりをした。屋根を支えるだけの柱は簡単に圧《へ》し折れ、弾みで景もそこから投げ出される。獣の胴体に直接ぶつかられていたら、どうなっていたか分からなかった。
「ほほ。汝《うぬ》ら小娘が、獅子口に抗《あらが》うたとて詮なきこと。大人しく其の身を差し出し、肉を喰わせよ」
 元は小学一年生であったはずの猛獣が、景ら二人のいる方へ向き直り、牙の合間から汚く黄ばんだ涎を垂らして、があああ、と咆哮した。じっとりと湿っていた夏の夜の闇が、びりびりと引き攣った。
「景様」
 吽形が顔の横へと降りてきた。
「このままではお二方も」
「分かってるよッ!」
 渡された珠を胸に抱えたまま、側に落ちている手甲を拾い上げる。
「くっそォ、殺されるよりはマシだ。やったらァ」
 琴律の方に目を遣ると、彼女もよろよろと立ち上がるところだった。その手には、脚絆を握りしめている。
 景と琴律は、与えられた手甲と脚絆を手早くそれぞれの手脚に結び付けた。すっぽりと填めて紐で結わえるだけのごく簡単な作りであったため、装着に手間取る事こそなかったが、やはりこの世ならざる化物《ばけもの》どもから身を守れようとは思えなかった。が。
(——ただいま、おねえちゃん!)
(——おう。大地、お帰り! お腹減っただろー!)
 大地の顔と、家で祈りながら待っているであろう空子の顔とが、二人の脳裏にフラッシュバックする。
「コト、いくぞ!」
「はい! ——あらっ!?」
 琴律の手からは、いつの間にか珠が失せていた。
「あっ、あの、吽形さん……すみませんっ」
 吽形は慌てて琴律の眼前へすっ飛んで来る。
「珠を失くされたのですか琴律様」
「なっ、えっ、おまっ、何やってんだよぉ!?」
 出鼻を挫かれた景も、泣きそうな顔をしている。
「ご、ごめんなさい。さっき、転んだときに……」
「非常時ですので仕方がありませんが——」
 吽形は琴律の眼前で、珠をきらきらと生成する。琴律はそれを受け取ると、吽形にぺこりと頭を下げた。そのまま橋姫の方へ向き直り、その顔をぐっと睨みつける。
 橋姫は、大地の眼前に煙管をかざし、獣と化して唸り続ける彼の挙動を抑えた。
「現身《うつせみ》の小娘でしかない汝《うぬ》らが、其の様な態《なり》で何を武張《ぶば》ってみせる心算《つもり》かは知らぬが——よもや、妾に荒事で抗おうなどと抜かすまいな?」
 人ならざる冷たい美貌を更に一際《ひときわ》凍てつかせ、眦《まなじり》を吊り上げる。
「其れならば、魂極《たまきわ》る人の身には耐え切れぬ痛み苦しみを与え、地《つち》に叩き伏せねばならん」
 煙管の向こうで、獣がたまらず、喉を鳴らした。コンクリートで舗装された足元を、前肢でごりごりと引っ掻いて、涎を垂れ流す。
「見よ、童《わっぱ》も腹を空かせておる。妾とて元々、汝らの心胆を寒からしめんという狙いではない。夜目も利かぬに、夜干玉《ぬばたま》の暗きを闇雲に逃げ、徒《いたずら》に存《ながら》えんと欲したとて、詮無きことじゃ。妾も再三言うておろうが」
 女は悠長な構えで煙管を咥え、深く吸う。吐き出された煙は女の吐息と甘く混じり合って、夜の墓場に似つかわしくない匂いを撒き散らす。
「其れとも汝《うぬ》ら、おとなしく其の身の肉を差し出し妾に喰うてもらうたが増《まし》であったと、千切られながら泣いて悔やむが好《よ》いか!」
「うるっせえンだよ。先刻《さっき》から勝手なことをべらべら喋りやがってよ」
 焦れた様子の景が、足元に唾を吐き捨てて啖呵を切る。
「死人に口無しって知らんのか。黙ってろ、くそ女《あま》! 一度死んだような糞雑魚《クソザコ》に、生きてるあたし等《ら》がやられると思うか! 死ぬような雑魚は、死んでろ!」
 蟀谷《こめかみ》に青筋を立てながら、口を突いて出てくる暴言を無遠慮に並べ立てる。
「あたしだってなあ、大地を元通り返してくれりゃ、百発だけぶん殴って赦してやるよ!」
 景の顔を横目で見ながら、琴律も震えを堪えて口を開く。
「私も、この苛立ちを、もう抑えられません。こうすれば気が治まるというものが、自分にも分かりません」
 この震えは、恐れに因るものか、それとも怒りに因るものか。
「大ちゃんを奪い返すため……貴女《あなた》を打《ぶ》ち壊します」
 景は白く光を放つ珠を頭上へと投げた。
 琴律は珠を足元へと落とした。
「おおらあ!」
 怒号一閃、景が拳を突き上げ、落下してくる珠に渾身のパンチを叩き込む。
 琴律は無言で膝を上げ、落とした珠を踵で踏み抜く。
 ——強く。強くなって。
 ——あなたは、生きて。
 二人の頭の中に一瞬、囁きが届いた。
 ごく薄いガラスが割れるような小気味良い感触とともに、珠は光の粒を撒き散らして砕け、二人の全身を一瞬で覆った。
「あなや——何じゃ、此《こ》れは!?」
 橋姫は眩しさに片目を眇《すが》め、袖で頭を覆う。
 次の瞬間、二人の体を包んでいた光が剥がれて弾け、爆風の如き勢いで橋姫と獣を巻き込み、噴き飛ばした。
 悲鳴とともに橋姫は墓地の砂利の上に転がり、獣は石塔に叩き付けられる。
 夏の夜の墓場の闇に、ぼんやりと浮かび上がる少女二人の姿。
「“エトピリカ”ここに降誕《うま》れり——ですね」
 吽形は上空からそれを眺め、満足気に呟いた。
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