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第一話 たび の おわり▼
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「――また会おう! 俺、絶対に迎えに行くから! もう一度冒険者になって、世界のどこにいても見つけ出してやるからな!」
――それは、ありふれた冒険の終わりだった。
26歳の終わり、俺たち――冒険者パーティ『銀翼の鷹』の冒険は、唐突に幕を閉じた。大陸を揺るがす大事件とまではいかない。けれど、長年拠点にしてきたあの街のギルドの連中くらいは、惜しんでくれただろうか。……いや、どうだろうな。あいつらのことだ、表向きは神妙な顔をして、裏では「やっと厄介払いできた」なんて言いながら、祝杯をあげていたかもしれない。それも冒険者らしいっちゃらしいか。
嘆きの森の調査。瘴気に満ちた古代遺跡の奥深く、巨大なバジリスクの幼体との死闘は、今でも悪夢に見る。
俺の振るうミスリルのダガーと、ドワーフのバルガスが振り回す黒鉄の戦斧。エルフのセレナが放つ氷結魔法と、ハーフビーストマンのファルコのまるで曲芸みたいな弓捌き。どれか一つでも欠けていたら、俺たちは間違いなく、あそこで朽ち果てていた。あの時嗅いだ、バジリスクの腐った肉と血の混じった臭い。肺を焼くような瘴気の熱さ。今でも鼻の奥にこびり付いているような気がする。
駆け出しのころに受けた、盗賊団『黒い牙』の討伐依頼もそうだ。あの頃の俺たちは、若くて、未熟で、無鉄砲で……とにかく、勢いだけは一人前だった。何度も死にかけた。盗賊たちの罠にかかり、毒矢を受け、意識が朦朧としたこともあった。
視界がぼやけ、体が痺れる。そうして失血死を覚悟した瞬間、セレナの治癒魔法が俺を包み込んだ。温かい光が体中を駆け巡り、凍りついた心臓が再び動き出すような感覚。あの時、俺は確かに、仲間の大切さを知った。村人の笑顔を見て、宴会に出て――命がけで依頼をやってよかったんだって、たしかに思えたんだ。
村娘たちが差し出す、冷えたエールと温かい手料理。焚き火を囲んでの歌と男たちのへったくそな踊り。村人たちの感謝の言葉と笑顔。あの夜の熱気は、今でも肌で感じられる。……あの娘、可愛かったな。今頃どうしてるだろうか。
――Bランク。
俺たち『銀翼の鷹』が辿り着けたのは、そこまでだった。冒険者ギルドに登録されている冒険者のランクは、FからSまで存在する。Fは駆け出し、E、Dと続き、C、Bは中堅、Aはベテラン。そしてSは大陸でも指折りの英雄級だ。 Sランクともなれば、その名は吟遊詩人によって歌い継がれ、歴史書に名を残すことだってある。アレスティア大陸には、そんなSランク冒険者パーティ『レジェンド』がいた。彼らは、まさに伝説。俺たちなんかとは格が違う。俺がこの世界に生まれてから、ずっと目標にしてきた伝説の冒険者。
たかがBランク、されどBランク。……少なくとも、前世を含めて、俺の人生で最も輝いていた日々だった、と断言できる。Fランク冒険者だった頃に、初めて手にした鋼鉄の剣。錆び付いて刃こぼれだらけだったけど、それでも俺にとっては宝物だった。毎晩寝る前に磨いては枕元に置いていたっけ。……懐かしいな。あれ、どこにやったかな。
純白の幌馬車から眺める、どこまでも続く大平原。涙ぐむ三人の仲間たちに別れを告げた時のことは、昨日のことのように思い出せる。
「……太陽が目に染みやがる」
バルガスはゴツゴツした手で乱暴に目元を拭った。俺とこいつのコンビから『銀翼の鷹』は始まったんだ。ドワーフらしく情に厚い奴で、こんな風に涙もろい。酒癖は最悪だし、酔うとすぐに暴れ出す。 数えきれないほど迷惑をかけられて、それを遥かに超えて救われた。憎めない奴だった。ドワーフガルドに帰ってからも、元気にやっているだろうか。
「私、ムーンウィスパーの雑貨屋で働いてるから、さ。……たまにでいい。絶対顔出してよね」
セレナは顔を逸らしながら呟く。こんな言葉を聞けるとは思わなかった。いつも冷静沈着で、何を考えているのか分からない奴だったからな。でもあの時、普段は長い銀髪に隠されているセレナの耳が、少し赤くなっていたのが見えた気がした。いつも冷静な彼女なら、きっと雑貨屋でもうまくやるだろう。ハーフエルフ特有の長い耳が、感情の揺れに合わせてかすかに震えていた。
「ま、せいぜい長生きしろよ。お前は僕がいないとすぐに野垂れ死にそうだからな」
ファルコは、いつもの皮肉めいた口調で、あいつなりに精一杯の別れの言葉を紡いだ。……ああ見えて寂しがり屋なんだよな。あいつのことだ、きっと今頃、どこかの街で女を引っ掛けて、楽しくやってるだろう。
馬車はもう出立しようとしている。御者の合図と、馬のいななきが俺たちの言葉をかき消していく。真っ赤な夕焼けが目に滲み、吹いて来る風が妙に冷たくて、涙が止まらなかった。……あの時、俺は確かに、夢が終わったんだと感じた。
「寂しいけど――」
最後に俺は、絞り出すように言った。
「――今日で、さよならだ!」
古代遺跡の最深部。罠にかかったファルコを庇い、俺は右腕に深手を負った。もう剣を振るうことはできない。巧妙に隠された罠。床に仕掛けられたスイッチを踏んだファルコに、無数の矢が降り注いだあの日。咄嗟に庇った俺の右腕を、鋭い痛みが貫いた。
……熱い。痛い。折れたか? いや、それどころじゃない。
視界が歪み、意識が遠のいていく。セレナの叫び声が遠くで聞こえた気がした。
右腕で剣が振るえなくなる。鍵開けの精度が、投擲技術が急速に落ちる。それだけじゃない。
俺の右腕はもはや、日常生活を送るにも不十分なほどに壊れていた。それが、俺たちの冒険の終わりだった。
俺たちの、熱くて、苦しくて。
それでいてどうしようもなく眩しい日々は、こうして終わったんだ。
――それは、ありふれた冒険の終わりだった。
26歳の終わり、俺たち――冒険者パーティ『銀翼の鷹』の冒険は、唐突に幕を閉じた。大陸を揺るがす大事件とまではいかない。けれど、長年拠点にしてきたあの街のギルドの連中くらいは、惜しんでくれただろうか。……いや、どうだろうな。あいつらのことだ、表向きは神妙な顔をして、裏では「やっと厄介払いできた」なんて言いながら、祝杯をあげていたかもしれない。それも冒険者らしいっちゃらしいか。
嘆きの森の調査。瘴気に満ちた古代遺跡の奥深く、巨大なバジリスクの幼体との死闘は、今でも悪夢に見る。
俺の振るうミスリルのダガーと、ドワーフのバルガスが振り回す黒鉄の戦斧。エルフのセレナが放つ氷結魔法と、ハーフビーストマンのファルコのまるで曲芸みたいな弓捌き。どれか一つでも欠けていたら、俺たちは間違いなく、あそこで朽ち果てていた。あの時嗅いだ、バジリスクの腐った肉と血の混じった臭い。肺を焼くような瘴気の熱さ。今でも鼻の奥にこびり付いているような気がする。
駆け出しのころに受けた、盗賊団『黒い牙』の討伐依頼もそうだ。あの頃の俺たちは、若くて、未熟で、無鉄砲で……とにかく、勢いだけは一人前だった。何度も死にかけた。盗賊たちの罠にかかり、毒矢を受け、意識が朦朧としたこともあった。
視界がぼやけ、体が痺れる。そうして失血死を覚悟した瞬間、セレナの治癒魔法が俺を包み込んだ。温かい光が体中を駆け巡り、凍りついた心臓が再び動き出すような感覚。あの時、俺は確かに、仲間の大切さを知った。村人の笑顔を見て、宴会に出て――命がけで依頼をやってよかったんだって、たしかに思えたんだ。
村娘たちが差し出す、冷えたエールと温かい手料理。焚き火を囲んでの歌と男たちのへったくそな踊り。村人たちの感謝の言葉と笑顔。あの夜の熱気は、今でも肌で感じられる。……あの娘、可愛かったな。今頃どうしてるだろうか。
――Bランク。
俺たち『銀翼の鷹』が辿り着けたのは、そこまでだった。冒険者ギルドに登録されている冒険者のランクは、FからSまで存在する。Fは駆け出し、E、Dと続き、C、Bは中堅、Aはベテラン。そしてSは大陸でも指折りの英雄級だ。 Sランクともなれば、その名は吟遊詩人によって歌い継がれ、歴史書に名を残すことだってある。アレスティア大陸には、そんなSランク冒険者パーティ『レジェンド』がいた。彼らは、まさに伝説。俺たちなんかとは格が違う。俺がこの世界に生まれてから、ずっと目標にしてきた伝説の冒険者。
たかがBランク、されどBランク。……少なくとも、前世を含めて、俺の人生で最も輝いていた日々だった、と断言できる。Fランク冒険者だった頃に、初めて手にした鋼鉄の剣。錆び付いて刃こぼれだらけだったけど、それでも俺にとっては宝物だった。毎晩寝る前に磨いては枕元に置いていたっけ。……懐かしいな。あれ、どこにやったかな。
純白の幌馬車から眺める、どこまでも続く大平原。涙ぐむ三人の仲間たちに別れを告げた時のことは、昨日のことのように思い出せる。
「……太陽が目に染みやがる」
バルガスはゴツゴツした手で乱暴に目元を拭った。俺とこいつのコンビから『銀翼の鷹』は始まったんだ。ドワーフらしく情に厚い奴で、こんな風に涙もろい。酒癖は最悪だし、酔うとすぐに暴れ出す。 数えきれないほど迷惑をかけられて、それを遥かに超えて救われた。憎めない奴だった。ドワーフガルドに帰ってからも、元気にやっているだろうか。
「私、ムーンウィスパーの雑貨屋で働いてるから、さ。……たまにでいい。絶対顔出してよね」
セレナは顔を逸らしながら呟く。こんな言葉を聞けるとは思わなかった。いつも冷静沈着で、何を考えているのか分からない奴だったからな。でもあの時、普段は長い銀髪に隠されているセレナの耳が、少し赤くなっていたのが見えた気がした。いつも冷静な彼女なら、きっと雑貨屋でもうまくやるだろう。ハーフエルフ特有の長い耳が、感情の揺れに合わせてかすかに震えていた。
「ま、せいぜい長生きしろよ。お前は僕がいないとすぐに野垂れ死にそうだからな」
ファルコは、いつもの皮肉めいた口調で、あいつなりに精一杯の別れの言葉を紡いだ。……ああ見えて寂しがり屋なんだよな。あいつのことだ、きっと今頃、どこかの街で女を引っ掛けて、楽しくやってるだろう。
馬車はもう出立しようとしている。御者の合図と、馬のいななきが俺たちの言葉をかき消していく。真っ赤な夕焼けが目に滲み、吹いて来る風が妙に冷たくて、涙が止まらなかった。……あの時、俺は確かに、夢が終わったんだと感じた。
「寂しいけど――」
最後に俺は、絞り出すように言った。
「――今日で、さよならだ!」
古代遺跡の最深部。罠にかかったファルコを庇い、俺は右腕に深手を負った。もう剣を振るうことはできない。巧妙に隠された罠。床に仕掛けられたスイッチを踏んだファルコに、無数の矢が降り注いだあの日。咄嗟に庇った俺の右腕を、鋭い痛みが貫いた。
……熱い。痛い。折れたか? いや、それどころじゃない。
視界が歪み、意識が遠のいていく。セレナの叫び声が遠くで聞こえた気がした。
右腕で剣が振るえなくなる。鍵開けの精度が、投擲技術が急速に落ちる。それだけじゃない。
俺の右腕はもはや、日常生活を送るにも不十分なほどに壊れていた。それが、俺たちの冒険の終わりだった。
俺たちの、熱くて、苦しくて。
それでいてどうしようもなく眩しい日々は、こうして終わったんだ。
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