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第五話 ちりょう の おわり▼
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治療は長丁場になりそうだった。パンをむりやり口に詰め込み、なりふり構わずに体力を振り絞る。
――街でリーシャが持たせてくれたパン、まだ温かいな。後で礼を言わないと。
ギデオンは震える手でエリクサーの封を開け、エリスの口元に運ぶ。甘く、どこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。ゆっくりと、一滴ずつ、エリスの喉に流し込んでいく。
それだけではない。ギデオンは毒消し効果のあるエルムントハーブ、魔力を回復させるマナの結晶……。その全てを、惜しげもなく、次々とエリスに与えていく。その手つきはどこかぎこちない。冒険者を引退してから、久しく他人を治療することなどなかったからだ。
「頼む……効いてくれ……!」
それでも祈るような気持ちで治療を続け、ことあるごとにエリスの様子を見る。ふと、エリスの首元に、小さな銀のロケットペンダントが下がっているのに気づいた。聖王国の紋章が刻まれている。そっと手に取ると、微かに温かい。
(これは彼女の大切なものなのか?)
ロケットをそっと開くと、中には聖王国の家族と思しき小さな肖像画が入っている。よく見れば、肖像画の裏に小さな文字で何かが書かれている。
《エリス、我が愛し子に》
父からのメッセージだろうか? ギデオンは、ロケットペンダントをそっとエリスの胸元に戻した。
エリスが小さくうめき声を上げる。
「魔王……いや……!やめてください……私は……!」
「おい、しっかりしろ――!大丈夫、大丈夫だ。きっと助けるから」
勇者エリスは苦しそうに顔を歪め、うわ言を呟く。その言葉は、途切れ途切れで、はっきりとは聞き取れない。しかし、その声には、深い悲しみと絶望、そして、かすかな抵抗の意思が滲んでいた。
雪のように白い肌が今は熱に浮かされて赤く染まっている。彼女の額に次々と浮かぶ汗のしずくを、冷たい水で洗った布で拭きとり続ける。効果があるかないかもわからないまま、ひたすらエリスの名前を呼んだ。
綺麗事かもしれない。それでも、今度こそ誰かを守れるかもしれないと思ったんだ。
ゲームの中の知識だけじゃない。この世界に生きてきた経験と力で、今度こそ――
(何があったんだ?原作にないはずのイベントか?成長しきっていない勇者に目をつけて早期に襲撃をかけたのかもしれない。群魔暴走《スタンピード》か?……くそっ、不確定要素が多すぎる)
ギデオンは、エリスの過去に思いを馳せる。この世界はゲームとは違う。何が起こっても不思議ではない。
あれからどれほどの時間が経っただろうか。気付けば彼女の苦しそうな声は収まり、ささやかな胸のふくらみを上下させて穏やかな寝息を立てている。峠は越えたようだ。
「……よし」
安堵の息を漏らしたその時、小さく何かが動く気配がした。視線を向けると、小屋の入り口付近、薄闇の中に二つの青い光が浮かんでいる。
それは小さな獣だった。ふわふわとした灰色の毛並み、ピンと立った耳、そして、澄んだ青い瞳。
俺の飼っている子オオカミ、シルヴァだ。
警戒するようにエリスをじっと見つめている。その瞳には、野生動物特有の鋭さと、子犬のような無邪気さが同居していた。
ギデオンは、そっと手を伸ばしてみる。指先から漂う薬草の香りにシルヴァは一瞬身を引いたが、すぐに小さな鼻をクンクンと鳴らし、ギデオンの手に擦り寄ってきた。 ふわふわと柔らかい毛並み。温かい体温。ギデオンは、その感触に心が安らぐのを感じた。
「シルヴァ、森で怖い目にでもあったか?」
子オオカミは、ギデオンの言葉が分かるのか、小さく「クゥーン」と鳴いた。まるで、肯定するような返事だった。
「よしよし、怖かったな」
ギデオンは、子オオカミの頭を優しく撫でる。その毛並みは、想像以上に柔らかく、温かい。まるで、上質な毛布に触れているような心地よさだ。
ふと、エリスの方を見ると、子オオカミのシルヴァは興味深そうにエリスを見つめていた。微かに震えているようにも見える。 シルバーウルフは魔力に敏感な種族だ。エリスの持つ、微かだが確かに存在する光の魔力に引き寄せられているのかもしれない。
「森で拾ってきてな。怪我してたから、手当てしてるんだ。昔のお前と同じだな」
ギデオンがそう言うと、シルヴァはまるでエリスの魔力を確かめるかのように、そっとエリスに近づき、その顔を舐めた。
「……ははっ。賢いなー、お前は」
シルヴァは、ギデオンの言葉に反応するように、嬉しそうに尻尾を振った。まるで、子犬が飼い主に甘えるような仕草だ。その様子に、ギデオンの心は自然と落ち着きを取り戻していく。
窓の外は、まだ深い闇に包まれていた。小屋の隙間から吹き込む冷たい空気がギデオンの頬を撫でる。外では焚き火の残り火がパチパチと音を立て、微かに周囲を照らしている。
「あぁ、安心したら眠たくなってきたな……」
ギデオンは何とも言い難い表情で、ベッドの上に眠るエリスを見つめた。
――"ブレイブ・クロニクル"の主人公。世界を救う運命に会った少女がこの森で倒れていて、しかも彼女には追討令が出ている。
――この先世界はどうなっていくのだろう。そんなことを考えようと思ったが、疲労で頭がうまく働かない。エリスが裏切っていたら、俺は真っ先に殺されるかもしれない、とも思う。しかし眠気が抗いがたく襲ってきて、ギデオンは膝からベッドの横に敷いてあった毛皮に崩れ落ちた。
「わる……い……シ、ルヴァ、この……子の見張り……を……」
眠気によって曇る頭で、エリスの様子が変わったときのためにどうにか愛狼に指示を出そうとする。そこでギデオンが目にしたのは、だらしなくよだれを垂らして幸せそうに眠る子オオカミだった。
――こいつ、もう寝てんじゃねーか……!
――街でリーシャが持たせてくれたパン、まだ温かいな。後で礼を言わないと。
ギデオンは震える手でエリクサーの封を開け、エリスの口元に運ぶ。甘く、どこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。ゆっくりと、一滴ずつ、エリスの喉に流し込んでいく。
それだけではない。ギデオンは毒消し効果のあるエルムントハーブ、魔力を回復させるマナの結晶……。その全てを、惜しげもなく、次々とエリスに与えていく。その手つきはどこかぎこちない。冒険者を引退してから、久しく他人を治療することなどなかったからだ。
「頼む……効いてくれ……!」
それでも祈るような気持ちで治療を続け、ことあるごとにエリスの様子を見る。ふと、エリスの首元に、小さな銀のロケットペンダントが下がっているのに気づいた。聖王国の紋章が刻まれている。そっと手に取ると、微かに温かい。
(これは彼女の大切なものなのか?)
ロケットをそっと開くと、中には聖王国の家族と思しき小さな肖像画が入っている。よく見れば、肖像画の裏に小さな文字で何かが書かれている。
《エリス、我が愛し子に》
父からのメッセージだろうか? ギデオンは、ロケットペンダントをそっとエリスの胸元に戻した。
エリスが小さくうめき声を上げる。
「魔王……いや……!やめてください……私は……!」
「おい、しっかりしろ――!大丈夫、大丈夫だ。きっと助けるから」
勇者エリスは苦しそうに顔を歪め、うわ言を呟く。その言葉は、途切れ途切れで、はっきりとは聞き取れない。しかし、その声には、深い悲しみと絶望、そして、かすかな抵抗の意思が滲んでいた。
雪のように白い肌が今は熱に浮かされて赤く染まっている。彼女の額に次々と浮かぶ汗のしずくを、冷たい水で洗った布で拭きとり続ける。効果があるかないかもわからないまま、ひたすらエリスの名前を呼んだ。
綺麗事かもしれない。それでも、今度こそ誰かを守れるかもしれないと思ったんだ。
ゲームの中の知識だけじゃない。この世界に生きてきた経験と力で、今度こそ――
(何があったんだ?原作にないはずのイベントか?成長しきっていない勇者に目をつけて早期に襲撃をかけたのかもしれない。群魔暴走《スタンピード》か?……くそっ、不確定要素が多すぎる)
ギデオンは、エリスの過去に思いを馳せる。この世界はゲームとは違う。何が起こっても不思議ではない。
あれからどれほどの時間が経っただろうか。気付けば彼女の苦しそうな声は収まり、ささやかな胸のふくらみを上下させて穏やかな寝息を立てている。峠は越えたようだ。
「……よし」
安堵の息を漏らしたその時、小さく何かが動く気配がした。視線を向けると、小屋の入り口付近、薄闇の中に二つの青い光が浮かんでいる。
それは小さな獣だった。ふわふわとした灰色の毛並み、ピンと立った耳、そして、澄んだ青い瞳。
俺の飼っている子オオカミ、シルヴァだ。
警戒するようにエリスをじっと見つめている。その瞳には、野生動物特有の鋭さと、子犬のような無邪気さが同居していた。
ギデオンは、そっと手を伸ばしてみる。指先から漂う薬草の香りにシルヴァは一瞬身を引いたが、すぐに小さな鼻をクンクンと鳴らし、ギデオンの手に擦り寄ってきた。 ふわふわと柔らかい毛並み。温かい体温。ギデオンは、その感触に心が安らぐのを感じた。
「シルヴァ、森で怖い目にでもあったか?」
子オオカミは、ギデオンの言葉が分かるのか、小さく「クゥーン」と鳴いた。まるで、肯定するような返事だった。
「よしよし、怖かったな」
ギデオンは、子オオカミの頭を優しく撫でる。その毛並みは、想像以上に柔らかく、温かい。まるで、上質な毛布に触れているような心地よさだ。
ふと、エリスの方を見ると、子オオカミのシルヴァは興味深そうにエリスを見つめていた。微かに震えているようにも見える。 シルバーウルフは魔力に敏感な種族だ。エリスの持つ、微かだが確かに存在する光の魔力に引き寄せられているのかもしれない。
「森で拾ってきてな。怪我してたから、手当てしてるんだ。昔のお前と同じだな」
ギデオンがそう言うと、シルヴァはまるでエリスの魔力を確かめるかのように、そっとエリスに近づき、その顔を舐めた。
「……ははっ。賢いなー、お前は」
シルヴァは、ギデオンの言葉に反応するように、嬉しそうに尻尾を振った。まるで、子犬が飼い主に甘えるような仕草だ。その様子に、ギデオンの心は自然と落ち着きを取り戻していく。
窓の外は、まだ深い闇に包まれていた。小屋の隙間から吹き込む冷たい空気がギデオンの頬を撫でる。外では焚き火の残り火がパチパチと音を立て、微かに周囲を照らしている。
「あぁ、安心したら眠たくなってきたな……」
ギデオンは何とも言い難い表情で、ベッドの上に眠るエリスを見つめた。
――"ブレイブ・クロニクル"の主人公。世界を救う運命に会った少女がこの森で倒れていて、しかも彼女には追討令が出ている。
――この先世界はどうなっていくのだろう。そんなことを考えようと思ったが、疲労で頭がうまく働かない。エリスが裏切っていたら、俺は真っ先に殺されるかもしれない、とも思う。しかし眠気が抗いがたく襲ってきて、ギデオンは膝からベッドの横に敷いてあった毛皮に崩れ落ちた。
「わる……い……シ、ルヴァ、この……子の見張り……を……」
眠気によって曇る頭で、エリスの様子が変わったときのためにどうにか愛狼に指示を出そうとする。そこでギデオンが目にしたのは、だらしなくよだれを垂らして幸せそうに眠る子オオカミだった。
――こいつ、もう寝てんじゃねーか……!
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