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第十話 ぼうけんしゃ▼
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舌打ちをし、森の中を駆ける。グリフォンは明らかに俺の匂いを辿っている。
エルムントの街から引き離すという点では好都合だが――問題は俺がいつまでこの鬼ごっこを続けられるか。
森の奥深く、足元を覆う落ち葉が静かに揺れる。ギデオンは息を潜めた。森の静寂が耳に刺さる。枝葉が風にこすれる音すら、やけに大きく響く――
(……見つかったらしんどいぞ)
昔日に見たグリフォンに左腕を噛み裂かれた冒険者の姿が脳裏をよぎる。鋭い鉤爪が空を裂き、肉を引き裂く光景。革鎧を身に着けているとはいえ、あれを防ぐ手立ては今のギデオンにはない。
だが、逃げるわけにもいかない。
小石を投擲し、遠くの木の枝を揺らす。
視界の端に、グリフォンがその爪で周囲の木々ごと大木をなぎ倒すのが見えた。
駆ける。駆ける。少しでも遠くへ。少しでも時間が稼げる方へ。脳裏には、この森に張り巡らせた罠の位置が鮮明に浮かんでいた。小動物用に仕掛けた罠たち――だが今は、それすら頼りにするしかない。
獣道に差し掛かると、ギデオンは地面に隠した縄を引いた。パチンと音を立て、木の枝に結びつけられた針金が跳ね上がる。落ち葉に隠された罠が作動し、グリフォンの片脚に絡みついた。
「――よし!」
だが、束縛は一瞬。グリフォンは咆哮とともに異常な力で縄を引きちぎり、怒りの籠もった目でギデオンを睨みつける。
(力不足かっ)
37歳。数えきれぬ戦いを潜り抜けてきた経験と地の利が、ギデオンに多少の冷静さをもたらしていた。しかし、それでも埋まらない力の差があることも理解している。
ギデオンは腰にぶら下げた煙玉を掴み、素早く地面に叩きつけた。白煙が瞬く間に広がり、視界を遮る。
(今のうちに……)
森の奥へと身を滑らせ、次の罠へと誘導する。木々の間に張り巡らせたロープ、そして枝に吊るされた石の罠。それらがギデオンの手の動き一つで作動する。
グリフォンが煙を突き破り、飛びかかる。しかし、その瞬間、ロープが弾け、重たい石が枝から落下し、その翼に直撃した。
グリフォンは怒り狂ったように咆哮する。だが、まだ倒れない。
(やっぱりこの程度じゃ足止めが限界だな……)
ギデオンの額に汗が滲む。落ち着いて罠を使い、状況をコントロールしているはずなのに、実力差は埋まらない。敵の一撃がかすれば、それだけで終わると分かっている。
グリフォンが再び翼を広げる。大気が唸りを上げる中、ギデオンは深く息を吸い込んだ。
「……速いッ!」
グリフォンの咆哮とともに、鋭い爪がギデオンの背中をかすめる。
間一髪、かわしたものの、次の一撃は防げない。 しかし、グリフォンも負けていない。巨体に見合わぬ俊敏さでギデオンを追い詰める。風の刃がギデオンの頬を掠め、木々を薙ぎ倒す。
「くそっ……!」
体力が削られていく。右腕の古傷が疼き出す。
(このままじゃ……持たねぇ)
グリフォンが翼を広げ、空へ舞い上がる。風圧で周囲の枝葉が轟音を立て、グリフォンは急降下しギデオンを狙う。
「避け──ぐっ……!」
左肩に衝撃。鋭い痛みと焼けるような熱さ。視界が歪む。
(狙ってやがったな)
右腕を庇っていたことを見抜かれた。歯を食いしばる。毒無効スキルがあるとはいえ、限界は近い。
目か翼か。どちらかを潰さないと話にならない。
グリフォンが嘲笑うように迫ってくる。森の木々を縫うように必死で逃げながらダガーを落とさないように左手に括り付けた。グリフォンとの距離は確実に縮まっていく。
魔物とはいえ相手もバカではない。
力が強いだけでは、ここまでの脅威を認定されてはいない。
(――この世界で生きるってのは、こういうことだ)
突然、視界が開ける。ギデオンが飛び出したのは、あの日エリスが血まみれで横たわっていた大樹の広場だった。
この世界に生まれた日のことを思い出す。
まともに金を稼ぐなら冒険者じゃなくたってよかった。宝さがしで一山当てようと夢見て、モンスター退治に命を賭ける。そんな奴らに良識があるはずがないじゃないか。
追い求めるのはロマン――そして自由と興奮。何かを為してから死ぬという、どうしようもない意地。
「俺が勇者を拾ったのも、そういうことか?」
――命を賭ける覚悟もなく、冒険者なんかやっちゃいけない。失うものがなければ獣に堕ちる。理想がなければただの死に損ないだ。
(俺は、どっちだったんだろうな)
その問いに答える暇もなく、ギデオンは右手にそっと吹き矢を構えた。
深く息を吸い込む。恐怖はある。痛みで全身が痺れる。しかし、それよりも、何もせず終わることへの怒りの方が強い。
――なぁ、ギデオン・シルバーハート。命がけでここまでやってきたんだ。せめて守りたいものだけは、守ってから死ななきゃダメだろ?
グリフォンが飛びかかってくる。その巨体が迫る瞬間に吹き矢を構える。急激な方向転換もできず、軌道が直線的になる一瞬。そこに、全てを賭ける。
犬死にはしない。せめてもの足掻きだ。
(地上に引きずり下ろせば、後はエルムントの冒険者がやってくれる。だから――)
「――翼は貰っていくぞッ⋯⋯!」
毒を込めた吹き矢がグリフォンの目に突き刺さるのが見えた。巨体がわずかに軌道を逸らし、その隙を逃さず、ギデオンは地を蹴った。自分でも信じられないほどの速さで――まるで死に物狂いの本能が全てを導いているようだった。
ミスリルのダガーを握り締め、翼へと振り下ろす。硬い骨を断ち切る感触。刃は深く肉を裂き、グリフォンの咆哮が響いた。だが、その瞬間――
(だよな⋯⋯!)
巨体の勢いはそう簡単に止まらない。躱す余裕など、もうなかった。
エルムントの街から引き離すという点では好都合だが――問題は俺がいつまでこの鬼ごっこを続けられるか。
森の奥深く、足元を覆う落ち葉が静かに揺れる。ギデオンは息を潜めた。森の静寂が耳に刺さる。枝葉が風にこすれる音すら、やけに大きく響く――
(……見つかったらしんどいぞ)
昔日に見たグリフォンに左腕を噛み裂かれた冒険者の姿が脳裏をよぎる。鋭い鉤爪が空を裂き、肉を引き裂く光景。革鎧を身に着けているとはいえ、あれを防ぐ手立ては今のギデオンにはない。
だが、逃げるわけにもいかない。
小石を投擲し、遠くの木の枝を揺らす。
視界の端に、グリフォンがその爪で周囲の木々ごと大木をなぎ倒すのが見えた。
駆ける。駆ける。少しでも遠くへ。少しでも時間が稼げる方へ。脳裏には、この森に張り巡らせた罠の位置が鮮明に浮かんでいた。小動物用に仕掛けた罠たち――だが今は、それすら頼りにするしかない。
獣道に差し掛かると、ギデオンは地面に隠した縄を引いた。パチンと音を立て、木の枝に結びつけられた針金が跳ね上がる。落ち葉に隠された罠が作動し、グリフォンの片脚に絡みついた。
「――よし!」
だが、束縛は一瞬。グリフォンは咆哮とともに異常な力で縄を引きちぎり、怒りの籠もった目でギデオンを睨みつける。
(力不足かっ)
37歳。数えきれぬ戦いを潜り抜けてきた経験と地の利が、ギデオンに多少の冷静さをもたらしていた。しかし、それでも埋まらない力の差があることも理解している。
ギデオンは腰にぶら下げた煙玉を掴み、素早く地面に叩きつけた。白煙が瞬く間に広がり、視界を遮る。
(今のうちに……)
森の奥へと身を滑らせ、次の罠へと誘導する。木々の間に張り巡らせたロープ、そして枝に吊るされた石の罠。それらがギデオンの手の動き一つで作動する。
グリフォンが煙を突き破り、飛びかかる。しかし、その瞬間、ロープが弾け、重たい石が枝から落下し、その翼に直撃した。
グリフォンは怒り狂ったように咆哮する。だが、まだ倒れない。
(やっぱりこの程度じゃ足止めが限界だな……)
ギデオンの額に汗が滲む。落ち着いて罠を使い、状況をコントロールしているはずなのに、実力差は埋まらない。敵の一撃がかすれば、それだけで終わると分かっている。
グリフォンが再び翼を広げる。大気が唸りを上げる中、ギデオンは深く息を吸い込んだ。
「……速いッ!」
グリフォンの咆哮とともに、鋭い爪がギデオンの背中をかすめる。
間一髪、かわしたものの、次の一撃は防げない。 しかし、グリフォンも負けていない。巨体に見合わぬ俊敏さでギデオンを追い詰める。風の刃がギデオンの頬を掠め、木々を薙ぎ倒す。
「くそっ……!」
体力が削られていく。右腕の古傷が疼き出す。
(このままじゃ……持たねぇ)
グリフォンが翼を広げ、空へ舞い上がる。風圧で周囲の枝葉が轟音を立て、グリフォンは急降下しギデオンを狙う。
「避け──ぐっ……!」
左肩に衝撃。鋭い痛みと焼けるような熱さ。視界が歪む。
(狙ってやがったな)
右腕を庇っていたことを見抜かれた。歯を食いしばる。毒無効スキルがあるとはいえ、限界は近い。
目か翼か。どちらかを潰さないと話にならない。
グリフォンが嘲笑うように迫ってくる。森の木々を縫うように必死で逃げながらダガーを落とさないように左手に括り付けた。グリフォンとの距離は確実に縮まっていく。
魔物とはいえ相手もバカではない。
力が強いだけでは、ここまでの脅威を認定されてはいない。
(――この世界で生きるってのは、こういうことだ)
突然、視界が開ける。ギデオンが飛び出したのは、あの日エリスが血まみれで横たわっていた大樹の広場だった。
この世界に生まれた日のことを思い出す。
まともに金を稼ぐなら冒険者じゃなくたってよかった。宝さがしで一山当てようと夢見て、モンスター退治に命を賭ける。そんな奴らに良識があるはずがないじゃないか。
追い求めるのはロマン――そして自由と興奮。何かを為してから死ぬという、どうしようもない意地。
「俺が勇者を拾ったのも、そういうことか?」
――命を賭ける覚悟もなく、冒険者なんかやっちゃいけない。失うものがなければ獣に堕ちる。理想がなければただの死に損ないだ。
(俺は、どっちだったんだろうな)
その問いに答える暇もなく、ギデオンは右手にそっと吹き矢を構えた。
深く息を吸い込む。恐怖はある。痛みで全身が痺れる。しかし、それよりも、何もせず終わることへの怒りの方が強い。
――なぁ、ギデオン・シルバーハート。命がけでここまでやってきたんだ。せめて守りたいものだけは、守ってから死ななきゃダメだろ?
グリフォンが飛びかかってくる。その巨体が迫る瞬間に吹き矢を構える。急激な方向転換もできず、軌道が直線的になる一瞬。そこに、全てを賭ける。
犬死にはしない。せめてもの足掻きだ。
(地上に引きずり下ろせば、後はエルムントの冒険者がやってくれる。だから――)
「――翼は貰っていくぞッ⋯⋯!」
毒を込めた吹き矢がグリフォンの目に突き刺さるのが見えた。巨体がわずかに軌道を逸らし、その隙を逃さず、ギデオンは地を蹴った。自分でも信じられないほどの速さで――まるで死に物狂いの本能が全てを導いているようだった。
ミスリルのダガーを握り締め、翼へと振り下ろす。硬い骨を断ち切る感触。刃は深く肉を裂き、グリフォンの咆哮が響いた。だが、その瞬間――
(だよな⋯⋯!)
巨体の勢いはそう簡単に止まらない。躱す余裕など、もうなかった。
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