忘却の海辺

da8

文字の大きさ
27 / 30

乾くもの

しおりを挟む
 騎士団長は机の上で手を組み、椅子に深く座りなおした。
「まあ、そんなものだ。何が残るかは分からない。目を掛けていた騎士が死ぬこともある。いつまでも忘れまいとしていたことも、どれだけ輝いていた瞬間も、時の流れの中で次第に色を失っていく」
 騎士団長は少し寂しそうに見える笑みを浮かべながら、部下たちにそう語った。若き騎士たちは真剣な眼差しで耳を傾けるだろう。彼は部下たちの目をしっかりと見つめ、静かに語り続けた。彼の人生は確かに、剣と共にあった。彼の鎧には幾多もの戦友の血と涙があった。だが、そのことは語ろうとしない。旅の途中に思い出すことはあるだろう。しかし四人の騎士たちと人生の全てを分かち合うことはできないし、その夥しい量の液体もほとんどが時の流れに乾き、また凍り付いてしまう。団長は少し窓際に引いてある、華美ではないが確かに品のある椅子を見つめた。いや、彼はもっと違うものを見ていたのかもしれない。その椅子の近くにある窓だろうか。窓越しに重なって見える遠い過去の出来事だろうか。騎士団長の言葉を聞いているうちに、いつしか彼の部下たちも窓の外を眺め始めていた。彼らの瞳は悲しそうだったが、その内から優しさが溢れ出してくるようでもあった。
「雪はまだ降りそうですね、隊長」
 若い騎士の一人が言った。明るい茶色の短髪が乱れ、そこから冷えた若々しい汗と枯れた木々、そして紅茶の匂いがする。隊長は外を眺める騎士団長の後ろ姿を見ながら、ゆっくりと首肯した。
「雪ってきれいですよね。白くて、冷たくて……」
 女騎士が言った。中堅の騎士は眉を顰め、髭のうっすら残った口を開く。
「雪は嫌いだよ、俺は。寒くて仕方がない。それに、あいつらはすぐに溶けて消えてしまう。何も残さないんだ。何もかもが無意味に思えてくるよ」
彼女はそれを聞き、男の方を向いて微笑んで見せた。
「あなたらしい考え方ですね。でも、私は好き。遠い星が綺麗に見えるところも、雪も、冷たい空気も、澄み渡っていて、透き通っているところも」
 男はため息をつく。隊長は二人を軽く小突き、騎士団長に退室前の挨拶をした。若い騎士は苦笑している。四人を見送りながら、彼はこう考えている。私は多くのものを失い、そして得た。やがてこの職を辞し、遍歴の旅の半ばで朽ち果てることだろう。それで構わないのだ。そうなれば再び子供に戻ることができるのだから。
 緋色のコートの肩回りには、金糸の刺繡に交じっていくつもの雪の結晶がついているだろう。既にあの廃墟さえ存在しないけれど、彼はそれを今でも鮮明に見ている。心の中では、今も昔も変わらない姿で、薄汚れた格好の誰かがそこにいる。
 そして、雪はまた降ってくる。あの白い廃墟にだけ、静かに音もなく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

異世界子供ヤクザ【ダラムルバクト】

忍絵 奉公
ファンタジー
孤児院からスラムで育ったバクト。異空間収納と鑑定眼のダブルギフト持ちだった。王都西地区20番街では8割を縄張りとする先代のじいさんに拾われる。しかしその爺さんが死んだときに幹部同士のいざこざが起こり、組は解散。どさくさにまぎれてバクトが5・6番街の守役となった。物語はそこから始まる。7・8番街を収めるダモンとの争い。また後ろ盾になろうと搾取しようとする侯爵ポンポチーコ。バクトは彼らを越えて、どんどん規格外に大きくなっていく。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...