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32.次元の狭間

8.大蛇を操る年端もいかぬ少女

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 今は昔。かつてのクリープラント、ワズ地域を治めていた者達がいた。
 これはその者の間に起きた、国譲りの陰で行われた、クズエアー族と神の子のお話。

 まだ神在りし頃に、ワズ地域を統べていたのは、年端の行かぬ少女であった。しかし、その少女には特別な力があり、ワズにおいて、王であり、祭り神だった。
 その特別な力というのが、災いを創り出す大蛇を操る、というもの。

 少女はある日、色がすっかり抜けたような色白の顔を晒し、ただ、

「退屈だ」

 一言で語った。

 侍従達は冷や汗を掻いた。この少女の一言は、それだけで世界が変わる。大蛇が暴れれば、向こう三百年は植物も育たぬ土地となるだろう。

 彼女はさらに問うた。

「幸せとは? 私は知らぬがよいのか? ただただ掴めないものなのか?」

 雛人形が如く、ピシッと座る少女が少しだけ上を向き、天井に阻まれた空を見る。

 侍従達は言葉を躊躇った。
 その侍従達を値踏みするように、少女は見下ろしている。無感情に冷たく刺さるその視線に、侍従達ごますりは汗に溺れてしまう。

 王にとって「生死」は「統計」でしか見れない。神の願いを叶えることができたとしても、個人の幸せは訪れず、退屈な時だけが過ぎていく。
 しかし、その少女の凍った幸にも、雪解けの東風が吹いた。

 幾代目かのクズエアー族の侍従。神と契りを交わさんとする男。歴史書に記されることの一切ないレベルの人だ。
 だが、彼女は初めて、人並みの”幸せ”を知った。

 終末を憂うような人の目を裏切るように、少女の頬は赤く染まる。旦那を慕うその瞳は、見た目通り、年相応の少女そのものだった。
 一途な愛へと溺れる彼女は、まるで人のようであった。

 しかし、いつかこの純情が途絶えてしまうというのであれば、いっそこのまま……。

 その時代を表すように描かれた絵画の華やかさが、その当時を語っていた。絵の外にいてさえ色づく世界は、彼女を盲目へと導いた。
 彼女の幸福しあわせは、誰もが認める程の有頂天であった。

 しかし、時は云った、そんなものは許さぬ、と。

 少女が腹に命を秘めた時、戦の足音が聞こえてきた。いまだ鳴り響くそれは序曲だというのに、少女の動揺は大きく、そしてまともだった。
 近づいてくる彼のくには、併合を唱えていた。弱小国であるため、抗うことなど容易い。そのはずなのに、憂う人の顔が脳裏に浮かび、腹とともに、後ろめたさも膨らんでくる。

 夫はそんな少女を見て、またね、という言葉すら残さず、国を護り征くために去った。
 その背中を止めたかったが、少女は一人の妻であると同時に、王であり祭り神である。贔屓など、許されるはずがなかった。

 少女の胸を支配する不安を、見ないようにしていたある日、待ち惚けた報せがやってきた。

「彼は戦により…………」

 少女はただ茫然とした。泣いたり、喚いたり、暴れたり、そのようなことは一切なく、ただただ茫然とし尽くした。

 話はそこで終わらなかった。何の生気のなくなった少女を憂いて、大蛇が動いたのだ。主の抱えているものをすべて払ってやろう、と力を振るった。

 この大蛇は普通の大蛇ではない。災いを創り出す大蛇なのだ。
 敵国がいかなる犠牲を払ったのかを少女はよく知らない。しかし、相手国は頑張って勝利を収めたらしい。その点は感心する。
 そして、少女達の国は敵に渡った。
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