メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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32.次元の狭間

23.ラブストーリーは突然に

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 中は不快な空気で満ちている。いったいいつからこの淀んだ空気が支配するようになったのだろうか。
 それは一切分からないが、今は淀んでいる。

「コフッコホッ」

 あまり積極的に掃除をしていないため、埃が舞っている。

 淀んだ空気、少女の放つ陰気なオーラ、常時舞い狂っている埃。そのすべてが合わさって、部屋の空気が色づいて見えた。
 中に籠る少女は完全なる引き籠りだ。一度は更生したものの、また引き籠ってしまった。再び、完全なる引き籠りになってしまった。

 元から活発に行動する方ではない。しかし、少女には大人が積極的に取り入ろうとするほどの力を持っていた。
 一般の者より多く保有できる魔力、そして、それを上手に操る魔力操作の技術を持っていた。だが、それ以上に少女の銀の瞳が求められた。

 魔眼。その能力は鑑定眼。多くの人々が、喉から手が出るほどに欲する能力だ。

 この部屋にやってくる者は、その力を我が物にしようとしてくる。力ずくで運び出そうとしてきたり、物で釣ろうとしてきたり、ある時は孤児院そのものを買収しようとした者もいた。その時はシラスタ教のアルロスが漢気溢れる交渉によって事なきを得た。
 いついかなる時も、シラスタ教が陰で守ってくれていた。その中でもコストイラは特別だった。

 その顔を見るまで、何度か扉越しに会話したことがある。昏く翳った部屋でぬいぐるみと本に埋もれていた少女はいつだって決まった台詞を吐いていた。

「今日は何? 帰って」

 そんな時、コストイラは他の人達と違った。

「は? 冗談じゃねェ! お前の手を強く握って、絶対に連れ出してやるからな!」

 埃だらけの部屋で、本を閉じた。

「コフッコホッ」

 少女は咳き込んだ。

「貴方に用はないの」
「うぐ! いっつも誘っているのに、挫けちまいそうだ。でもな、絶対振り向かせてやるからな!」

 少女セルンはぬいぐるみを掴んで、しかし、どこか連れだしてほしそうに目を瞑った。

 次の日、ドアの向こうで呟く声がなかった。今日は来ていないのだな、とどこか安心しながらも、寂しさがあった。
 この時、コストイラの限界はすでに超えていた。我慢できなくなっていたのだ。その様子を見ていたフラメテとテシメは悪い顔をして言った。

「「さらってこい」」

 コストイラと対面した時はかなり衝撃的だった。盛大に窓ガラスを割り入ってきたのだ。

「ハハッ! やっぱ超可愛いじゃねぇか。よし! 一緒にケーキ食おうぜ!」

 そして、コストイラはセルンの手を掴んで、無理矢理外に出た。

 それからもコストイラはセルンの元に来た。時には窓を突き破り、時には扉を蹴破ってきた。六回目頃からセルンも諦めた。それどころか、自分から部屋を出るようになっていた。
 セルンはコストイラとともに遊び、コストイラとともに食事をした。セルンにとって、コストイラこそがすべてであり、コストイラとともにあるのが、生きる意味だった。
 コストイラとともにいる時間が一年を過ぎた頃、コストイラの姿が見えなくなった。最初の頃は体調を崩した、と教えられた。風邪一つ引いたことがなかったので、少し違和感があったが、あまり疑わなかった。
 とはいえ、セルンがシラスタ教と繋がりを持っていたのは、コストイラがいたからである。セルンは次第にシラスタ教の元に行かなくなった。
 今日こそは、今日だったら、と何度希望を持っても、今日もまた、今日だってほら、と絶望していく。希望値がー1000になっても、コストイラを待ち続けた。
 その頃にはもうシラスタ教の繋がりは希薄といっていいだろう。シュルメに頼んで用意してもらった、のっぺりとしていて何も彫られていない面だけだった。
 それを見るたびに自殺を考え直した。いつかコストイラが会いに来るかもしれない。その思いが、その希望が、その絶望が、少女の生きる枷となっていた。

 また今日も期待してしまう。窓を突き破られるのではないか。扉が蹴破られるのではないか。天井が抜けて上から降ってくるのではないか。

 その登場を考えるだけでもくすりとくる。しかし、それをしてくれる人はいない。孤児達も最初は連れ出そうとしてくれたが、もう諦めてしまった。

 トントンと階段を上ってくる足音が聞こえてくる。優しくなおかつ無遠慮なそれだ。シスタールチアではない、しかし、孤児達でもない。

 誰だ?

 緊張してしまう。既に少し涙目になっている。
 足音的にすでに部屋の前に来ている。怖い。
 誰か来て。誰か助けて。いや、誰かなんかじゃない。来いよ、こういう時に来るのがコストイラだろ!?

 ドガンと扉が蹴破られた。扉が埃を巻き込みながら、部屋を横切る。舞い狂う埃が廊下の光を浴びて、キラキラと光っている。
 向かいの壁に戸が衝突する。
 少し見えていた足が廊下に消えていく。

 普段であれば、こんな乱暴な者は多少力づくでも攻撃をしてお帰り願う。

 しかし、この者は違う。胸が高鳴る。このまま身を委ねてしまいたいと思える。

「相変わらず陰気臭ェ部屋してんな。埃っぽすぎて喘息になっちまうぜ。よし! 一緒にケーキ食おうぜ!」

 セルンのダムは容易に決壊した。
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