メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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33.魔大陸

16.水の中に蠢くもの

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 先程までプスプスと煙を上げていたコストイラは、エンドローゼの手によって治された。ついでに大量のお叱りも受けた。満身創痍なコストイラは、ふらふらとヲルクィトゥに近づいた。

「これからどうするんだ?」
「フム。心の中で何かが疼いている。私を突き動かすのは、探索と未知への渇望と欲求だと思っていた。しかし、君と戦い、今は清々しい気持ちを手にしている。探索と未知以外への欲求が私にあったのだと感じたよ。私は世界を二度見た。一度目の記憶は奪われてしまったが、再びこの世界の美しさと神秘さを目の当たりにできて嬉しく思う。今はこの気持ちをもう少し噛み締めていたい。私はここにいよう」
「……えらく饒舌なところから、アンタの気持ちを察せられるよ」

 コストイラは少し頬を引き攣られながら、ヲルクィトゥに背を向けた。

「オレはもう行くぜ、老兵」
「あぁ、行ってこい、若人よ。何事も挑戦だ。信じて行けば、仮に負けたとしても得るものもあろう。行くがいい、強靭な戦士よ。君は自らの誇りを証明した。良き運命が君の行く未来で待っているだろう」
「……言い残すことはねぇか?」
「フム?」

 コストイラは頭を掻いて、足元の小石を見た。

「今のアンタは相当饒舌だ。絶対何か話したりないだろう。そんなオーラをしているよ」
「フム。久し振りの感情だからだろうか、とても高揚しているな。では一つだけ」
「ほら、やっぱりあったよ」

 コストイラは観念したように天を仰いだ。ヲルクィトゥは音を殺すようにくすくす笑った。

「刀もとい剣は我々の身体の延長であり、自分の周りの世界を形成するもの。そのための神聖な道具だ。だからその刃を研いでおくことは神聖な行為でもある。鍛錬、そして向上を努々忘れるな」
「当たり前だ」





 理想郷の先はまだ美しい景色が広がっていた。国立自然公園のような美しい自然だ。
 本当にどこかの行政が管理しているかのように、手入れされており、何も出てこなかった。

「マジで何も出てこねぇ」
「で、でも、どこかで様子を窺っているんじゃ」
「気配もない」

 コストイラとアレンが不安を口にする。シキも、自身の気配読みに間違いがあるのではないかと疑い、目視でも確認している。
 しかし、結局何も出てくることなく、美しい景色を抜けた。

 そこにあったのは廃村だった。
 廃村と言われると納得できるほど、ボロボロだった。
 人の気配は勿論ない。魔物の気配は意外にもない。

「何もないな」
「自然と崩れたって感じだな。何かに襲われたってわけじゃなさそうだな」
「ちゃんと整頓されている。急いで出て行ったという感じではないな」

 今までの廃村と違うのは、魔物すらその場にはおらず、自然と荒廃していた。

 コストイラ達はアストロも含めて通り抜けた。
 そこには湖があった。美味しそうな鍋の黄金スープのような色をしている。

「これはヤバい。もう何かよく分からないけど、ヤバい。だって、色が水のしていい色じゃねぇだろ、これ」
「確かに、これはテンションが上がらねぇ。何か、泳ぎたいってならねぇな」

 コストイラが湖から少し離れる。アシドは一回湖を覗き、すぐに離れた。

「あそこに向こう側に行くための橋が架かっているわ」
「……ちょっと先が見えないな。今度こそなんか出てくるだろ」

 アストロが指を差す橋を見て、コストイラはさらにげんなりとした。




 この頃、村が変わってしまった。
 この村は漁によって成り立っている。収入源の八割が漁によるものだと言っていいだろう。

 その漁をしている湖に異変が訪れていた。

 元の湖は大きく壮観であった。巨大湖は対岸がギリギリ見える程で、白い雲の元で霞む水平線はまさに海原そのものである。照り付ける太陽の光を反射し、美しい紺碧色に輝いていた。
 湖の香りを運ぶ港風、響き渡る水鳥の声。水夫達の喧騒も、その景色の美しさに一役買っていた。

 しかし、過去の一地点イマは違う。湖は色づき、住む魚さえ変化してしまっていた。
 漁夫の娘であったリーナは変形してしまった魚を手に涙を溜めていた。歪かつ強固な鱗が生えようとしている。

 この湖は最悪だ。魔物が生まれてしまった。陸上であれば対処しやすいが、水中の魔物の対応は難しい。
 漁の収穫量はえげつない程落ちていた。魚が魔物に食われまくってしまう。大国は金で解決することができるだろうが、この村は駄目だ。収入源が減るだけで破滅だ。

 金を稼ぐには漁をする必要がある。漁をするには湖に出なければならない。そして、出れば魔物に襲われる。

 リーナは限界がきて、自ら湖に出た。
 その時初めて知った。漁師の大変さを。おそらく皆が思うような苦労ではない。魔物と戦わなければならないという大変さだ。
 魔物は船を破壊してきた。

「は?」

 リーナは魔物の習性を知らなかった。

 シーサーペントはリーナの脚に噛みついた。痛みに喘ぎながら、水面に手を伸ばそうとする。
 しかし、その手にもシーサーペントが噛みついた。メリメリと左腕が千切り取られた。
 水中で音のない絶叫をする。シーサーペントのせいで水底に沈んでいく。

 こうなると、自分の右足が千切られていないことが不思議になってくる。
 リーナは右足を見た。先程は素早く泳ぎ去ってしまったため見えなかったが、今回はシーサーペントの凶悪な面が見えた。

 心が負けてしまった。

 生を捨てたい、とか、死を望んでいる、とか、そういうことは一切ない。ただ、抵抗するための心が折れてしまった。強烈な希望がなければ、もう立ち上がれない。
 しかし、その希望はすぐに見つけられた。

 シーサーペント越しに光が見えた。希望の光。導く光。生の光。

 意の決まった少女は右足を捩じり噛み千切らせ、身を自由にする。
 残された右腕を左足を必死に動かし、湖底に向かう。

 二匹のシーサーペントが残りの四肢に噛みついた。過ぎたるアドレナリンによって痛みを感じない。
 噛み千切れた勢いのまま、回転して湖底へと落ちる。そして、湖底の光に噛みついた。
 途端、体にシーサーペントが噛みついた。

 メキメキと体から異常な音を出しながら、光を噛み砕いた。




 リーナが目を覚ますと、湖底で横たわっていた。
 息ができる。ここは陸上ではなく水中だ。人間ではできない芸当だ。もう私は人間ではないのか。
 頭上ではシーサーペントが悠々と泳ぎ、エルダーサーペントがヴァイパーを食べていた。

 私は無視されている。仲間だと捉えられているのか、取るに足らないと思われているのか。

『何があったの?』

――私が教えよう。

 湖の声が聞こえた。

――君はシーサーペントに食われたが、その前に魔物に成ったのだ。おせっかいだったかもしれないが、助けさせてもらった。手足は無理だったがね。

 リーナは自身の体を見下ろした。確かに手足がない。完全に達磨だ。

――済まない。もし望むのであれば、水を蹴る足を造ろう。水を掴む手を造ろう。水を操る槍を授けよう。さぁ、何を望む?

 リーナは目を瞑った。

 リーナは湖が好きだ。愛していると言っていい。
 父が漁に出る湖が好きだ。
 兄が店をする湖が好きだ。
 母が話をする湖が好きだ。
 将来は湖に生きる人になりたいと願った。

 だからこそ、リーナは口を開いた。

『側にいてほしい』

――分かった。それが君の願いだというのなら、私は君の近くにいよう。




 チャポンと目だけを水面から出す。リーナの視線の先には二隻の手漕ぎボードがいた。

『あれは?』

――勇者一行だね。

『何で襲われてないの?』

――では、君はあれを襲おうと思うかい?

思う・・。でも、殺されちゃう・・・・・・

――その通りだ。

 リーナと湖は、互いに即答しながら会話していく。湖はリーナの疑問に対して、優しく丁寧に答えていった。

――リーナが殺されると感じたように、この湖に住む者達は恐怖している。いや、リーナ以上の野性の勘によって、君よりも怖がっているやもしれん。グリフォンやドラゴンといった、一部の、プライドの高い魔物は、死ぬと分かっていても立ち向かうだろう。この湖で言うと、ギガントイールとかね。しかし、君が戦いたくないという意志を見せている。それによって他のものが戦わないのだ。

『フーン』

 話が若干長かったため、少し話を聞き流しながら、返事した。ボートの者達は幾許か揉めているが、何を話しているのだろうか。というか、一人、目合ってない?

『ねェ、もし私が戦うって言ったら、皆はどれくらい手伝ってくれるの?』

――そうだね。この湖に住む魔物は全員死を前提に突っ込むだろう。私も全力で援護しよう。私は高潮や渦潮は創れるが、攻撃方法がないのだ。ゆえに援護しかできん。しかし、それでも全力は尽くそう。やるのか?

 その言葉を受けて、リーナは目を瞑った。

『いい、しない。だって、私は今が一番幸せなんだもん』
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