メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

文字の大きさ
648 / 684
33.魔大陸

19.凍れる時

しおりを挟む
 勇者一行は無事に対岸へと辿り着いた。

 この湖の対岸が見えなかったのは、広大すぎることが原因かと思っていた。もちろんそれも原因の一つなのだろうが、どうやら他にも原因があったらしい。
 対岸は視界不明瞭な程吹雪いていた。
 その白が対岸を隠していたのだ。

「サ、寒いぞ」

 フウは寒さに慣れていないようで、身を震わせながらシキに抱き着いている。シキは鬱陶しそうにフウを剥がそうとしている。
 コストイラは寒さでテンションがガタ落ちだ。まだ陸に上がって五分も経っていないにもかかわらず、もう帰りたがっている。

「おう、もう行こうぜ。とっとと抜けたい」

 落ち込みすぎているコストイラに、アストロが笑いそうになる。

 ドスンという音が聞こえた。コストイラは敵をまだ見ていないが、盛大に舌打ちをした。完全に苛立っている。

 吹雪の中、立っていたのは氷の羚羊だ。鬣が氷でできており、口の端から白い息が漏れている。

「悪いな。オレは今、チョー苛立っているんだよ、この寒さのせいでな!」

 コストイラが一気に跳躍し、灰色の首を狙い刀を振るう。炎は纏わない。雪が融けて雪崩になってはたまらないからだ。

『ビュロロロロロロロロ!!』

 フリーズガゼルが鳴きながら氷の槍を作り攻撃してくる。フリーズガゼルは防御などしない。攻撃に対して、さらなる強い攻撃で押し返すのがこの羚羊のスタイルだ。
 コストイラは空中で刀を振り、氷の槍を打ち落とす。そのまま氷の槍の勢いを利用して一回転して、今度こそ氷結の羚羊フリーズガゼルの首を狙う。
 フリーズガゼルがさらに氷の槍を生み出すが、それよりも早く首に辿り着いた。

 戦闘が開始して一分も経たずして終了した。

「え、赤髪、早い」
「我慢の限界なんだよ」
「え、赤髪、早い」

 もう寒すぎて震えの止まらないコストイラにフウが突っ込んでいる。そんなフウもまだシキにくっついたままだ。何かもうシキは諦めている。

「コストイラが早いのは確かだけど、私達もそんなに長く耐えられるわけじゃないわ。早く抜けましょう」

 アストロの意見に無言で賛同し、全員が歩き出す。

 吹雪が激しくなる中、仲間が一人増えた勇者一行が進行する。

 しばらく歩いていると、目の前の岩に腰かけている人が見えた。

「先人か」
「いるものなのね。まぁ、いてもおかしくないわよね。ここに辿り着く道はいっぱいあるわけだしね」
「一応挨拶するか?」
「軽く会釈くらいはしておきましょう」

 勇者一行がゆっくりと人影に近づくように歩く。

「え?」

 誰が出したのか分からないが、その光景は目を見張るものだった。

「つら、ら?」
「ま、まさか」

 吹雪で見えにくくなっていたため気付けなかったが、その顔、体、装備には氷柱が垂れていた。
 エンドローゼが急いで近づき、遠慮なしに女に触れた。脈がない。それどころか、冷たすぎて指の皮がくっついてしまいそうだ。

「……そうか、寒さに負けちまったのか」

 コストイラが、明日は我が身だと思いながら呟いた。レイドは両手を合わせて、仏を鎮めている。

 コストイラが首を傾げる。

「あれ? 何か、どっかで見たことありそうな顔してんな」

 コストイラが女の顔を覗き込む。思い出そうと頭の引き出しを探し回っているが、全然思い出せそうにない。
 コストイラはわりと雰囲気で人を覚えるため、顔の特徴が覚えられないのだ。

「ロケットをつけてる」
「じゃあ、この女の身内に届けてやるか」

 コストイラがロケットを外し、自身の目線の高さにまで上げる。

「なぁ」
「どうしたの? 何か分かったの?」
「今、寒いだろ?」
「えぇ、そうね」

 コストイラがロケットを摘まんで持っていた指を解放した。しかし、ロケットは重力に従わない。

「冷たすぎて皮膚がくっついちまったんだけど」
「不用心に触れるからでしょ」

 即答で突っ込まれてしまった。
 コストイラは静かにぺりぺりと皮膚を剥がす。何とか傷を最小限に抑え、ロケットを開けてみた。

 そこで、コストイラは目を見開いた。目玉に直接雪が当たり、すぐに閉じた。

「どうした?」
「何か分かったの?」
「あぁ、ただ身内に届けるのは難しそうだ」

 コストイラはロケットに入っていた小型の似顔絵をアストロ達に見せた。

「あ」
「これって、まさか」
「あぁ。ペデストリだ。この女は行方不明となっていたペデストリの姉だ」

 コストイラは静かにロケットを女にかけ直した。

「こいつはこの女のものだ。持っていくんじゃなくて、遺しておくべきだ」
「そうだな」

 勇者一行+αはペデストリの姉に祈りを捧げ、その場を後にした。

 吹雪が荒れる中、歩を進める。
 雪が視界を塞ぐ世界は、進む者の感覚を狂わせていく。それは勇者達であっても例外ではない。

「マジで、ここ何処だ?」
「全然この吹雪を抜けられる気がしないわね」

 コストイラのテンションがガタ落ちどころではない。もう歴史的な大不況のような下降の仕方だ。
 アストロもレイドも全員が緩やかに下降している。

「なぜ、火、使わない?」

 フウが子供のように頬を膨らませ、コストイラとアストロに文句を言う。
 コストイラは下がりすぎたテンションのせいで、取り合ってすらくれない。
 アストロはコストイラと違い、きちんと顔を見て説明してくれる。

「火を使うと、雪が融けて滑りやすくなっちゃうのよ。ただ足が滑って転ぶだけじゃなくて、雪崩の原因になってしまうのよ。だから使わないの。それに魔力効率が良くないし」
「ふぅん。雪崩ってなんだ?」

 フウは雪崩を知らないらしく、シキの頬をペチペチし始めた。

「雪崩は災害。逃れるのはほぼ不可能」

 シキはフウの後頭部を殴りながら説明した。肝腎な雪山で起こる、障害物がないところで起きやすい、などを話していないのはいいのだろうか。

「アタシ、足速い。逃げ切れる」
「じゃあ、誰か抱えて逃げて」
「……シキなら」
「私、アシドは駄目」
「ムムム」

 フウは悩んでしまった。なぜ二人が駄目なのかは考えればわかる。足が速いからだろう。では、誰を抱えて走る?

「……軽そうな、そこの少女」

 選ばれたのはエンドローゼでした。

「その雪崩の話はいいんだけどよ、あれ」
「ン? 何?」
「見たことあんだけど」

 コストイラの指差すそれを目撃した途端、アストロ達は固まった。

 それは寒さに負け、氷柱の張った女だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...