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33.魔大陸
52.埋もれ木に花が咲き
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「ハハハハハ!!」
キスレは笑いながら刀を振るう。
レイドは超重量の大楯か大剣で対処しなければならず、軽量の刀には速度で構わない。
「その楯凄ぇな。魔術を弾いてきやがる。その楯、超えてぇよなっ!?」
キスレはわざと楯に向かって刀を振った。
勇者一行の中で素のパワー一番はレイドだが、それは同レベルの時の話だ。今、この場においては、レイドはキスレよりもパワーが劣っている。
刀と楯がぶつかる。銅鑼に思い切りバチを叩くが如き音と衝撃がやってきた。
その振動にレイドが眉を顰める。相手は次に何をしてくる?
キスレも震動に苦しんでいた。刀から伝わる震動は、肘や手首を襲っている。刀から手を離してしまいそうだ。
とりあえず震えが止まるまで距離をとっておこう。
追撃がやってくると思っていたレイドは不思議そうにキスレを見つめた。
キスレは左手に刀を移すと、右手に唾を吐いた。そして、強く拳を作ると、すぐに開き、腕を振った。
左手の刀を右手に戻し、構えた。
「ハッハッ! もう一度行くぜ!」
何事もなかったかのようにキスレは駆け出した。
レベルが20近く離れているが、まだ追い着ける。
キスレが楯の中心に狙い、刀を振るう。月天石の楯が火花を散らす。これまでに行われてきた戦闘での蓄積もあり、表面には傷が増えていく。
キスレは右足に炎を纏い、月天石の楯を真正面から蹴飛ばした。パワー負けしたレイドは思わず後退してしまう。
キスレは刀を振り上げる。レイドは後ろ脚に力を込め、一気に前に出た。
「ぬぁ!?」
「ムン!!」
急に前へ出てきたことでタイミングがズラされ、右肩にレイドのタックルを喰らってしまう。
「ハッハッ、流石に瞬殺はされてくれねぇか!」
キスレは嬉しそうに言いながら、距離を取った。
肩に少し痛みを持ちながら、キスレはそれでも笑顔で刀を構えた。
『クァーハッハッハー!』
唐突に落ちてきたのは、白と黒の縞模様をした女だった。その女はサーシャの身長ほどありそうな翼を折り畳み、細身の体にしまい込んだ。
高笑いを止めた女はサーシャを一瞥すると、後ろで四つん這いになっているアレンを見た。
『ウン? 良き人と、何故倒れておるのじゃ? というか、なんかまた傷増えたか?』
ポラリスは一度サーシャを見る。
『傷を作ったのはサーシャではないな』
「は?」
何か、お前じゃ無理だろ、と言われている気がしてくる。
どこか不思議な目で見てくる女に、サーシャはキレそうになる。しかし、大きく息を吸い、心を落ち着かせる。感情的にならない。レイヴェニアとのお約束。
『傷が新しくない。この戦いで負ったものではない。それに焼焦げ臭いが、お主からは火の匂いがせん』
「え、えぇ、まぁ、そうですね」
『というか、燃えて、少し臭いな。肉の焼ける匂いは好きじゃが、お前の焼ける臭いは不快じゃな』
ポラリスは自らの鼻を手で覆い、アレンは睨んだ。
『さて、これをしたのはお主ではないわけだが、この状況、どう考えても敵対じゃね? なら、我も相手しようではないか!』
「……は?」
歌舞伎の見栄のような体勢で宣言するポラリスに、サーシャは心の底から驚いた。いや、別に戦おうとはしていたけど、敵対しようとはしてないよ!?
「え、いや」
『トゥ!!』
アレンも止めようとしたところ、ポラリスは戦闘を開始させた。
かなり勝手なことだが、もうどうしようもない。
サーシャはポラリスの爪攻撃を躱す。右の爪に続いて、左の爪も振るわれる。それも躱した。
サーシャは人狼である。人でありながら、狼でもある。理性や知性を持ちながら、人にはない野生を持っている。内に備わる野性の勘で今までは戦っていたが、レイヴェニアにまずは観察だと言われたため、まずは観察から入る。
この爪攻撃は衝撃波が出てくるタイプではない。いや、出していないだけか?
動きは遅い。見てからでも対応できる。いや、本気ではないだけか?
ポラリスが蹴りを放つ。
サーシャはそれを見てから躱す。
攻撃が当たらないことに眉根を寄せ、距離を取った。
『あ、当たらん。なぜじゃ』
「えっと、大振りだからじゃないですか?」
『成る程!!』
……もしかして、阿保の子か?
『ならば、これじゃ!』
ポラリスは自信満々に掌を向けた。
一振り一振りに大気が鳴く。
莫大な筋肉から繰り出される斧撃に、アシドは冷や汗を流した。
エルフ特有の長い耳を有しているにもかかわらず、ドワーフのような膂力も持ち合わせている。動きを封じようと脚の腱を斬ったはずなのに、不死魔族のように、すでに回復している。
こいつ、何の種族だ?
「儂が何者か、とでも思っておるじゃろ?」
「チッ、心が読めんのかよ」
「読めんわ。まぁ、この戦いが終わったら作ってみるか」
ガストロが斧を振るうと、アシドは飛躍で躱し、槍を薙いだ。
ゴキリとガストロの首が折れた。その瞬間、意識が落ち、体重が数値のみとなった。
槍を振り切ってから、わずか1秒で首が治り、意識が戻ってくる。
「ぬぅん!」
ガストロは地面を弾き、側転して正位置に戻った。
ガストロは二の腕の筋肉を強調するように力を込めて斧を溜める。一瞬でビキビキと血管が浮かび上がり、すぐに解放する。
斧の長さから考えれば、届くはずのない攻撃だ。しかし、圧倒的な筋肉から放たれた斬撃は、斧から離れて衝撃波となった。
アシドは体を斜めにして躱す。その隙を見て、ガストロは距離を詰めてきた。
「く!?」
ガストロが全力で斧を振ってくる。アシドは間に槍を挟み、斧撃を防いだ。
体重の軽いアシドはその場に留まることができず、軽々と飛ばされた。片足を地面に突き刺し、無理矢理止めた。
ガストロは翼を生やし、地面の制約をなしに突進してくる。途中で翼を消し、ガストロは地面を滑っていく。
斧の射程範囲内に入った瞬間、発条仕掛けの人形のように斧を振るう。
アシドは自身の脚力を活かした独特のステップで躱し続ける。最初こそ驚愕したものの、冷静に観察すれば対処できる。
ガストロは斧が当たらないことに痺れ、魔術を発動することにした。
ガストロの体から花の香りが放たれる。それと同時に身体能力が向上した。
アシドはその技を見たことがある。シキだ。シキが使ってるのを見たことがある。シキは花弁が散る技を含めて使っていた。
少し足が速くなったところで、この世界トップクラスのスピードを誇るアシドには辿り着けない。
ガストロはさらに速度を上げようと、両足に雷を溜めた。
強くなりたい。
二人には共通した思いがある。どうして、だとか、どれくらい、だとかは二人でそれぞれ違うだろう。しかし、二人は強くなりたいという願いを持っている。
それは刀に、それは拳に、それは足捌きに出ている。
半径3mの円。それが二人の世界の全てだった。
ヲレスタの拳打、コストイラの斬撃が次々とぶつかる。
「チッ、全然斬れねぇ!」
「ハッハッ! 我が四肢こそが武器だっ! テメェには俺を斬れねぇだろよッ」
刃に拳をぶつけて止める。拳を半歩斜めになるだけで躱す。
コストイラが刀に炎を纏わせ、ヲレスタを逆袈裟に切った。
ヲレスタの鍛え上げられた肉体に炎が這う。肉体は軽く焦げ、うっすらと刀の通った痕が残っていた。
笑えない事態だ。拳闘士とは、刃に負けない体で初めて一人前として認められる。だというのに、傷ができている。
もう遊ばない。
次は刀を折る気で行く。
コストイラが刀から炎を消した。
何だ? 舐めているのか?
怒りを拳に纏わせ、コストイラを睨む。
コストイラが刀を振ってくる。ヲレスタはその炎の纏っていない刀に向かって拳を放った。
ネレイトスライの拳打は本物だ。戦士の素質があるだろう。
しかし、拳打を主としている者からしてみれば、かなり拙いものだ。おかげでエンドローゼでも対処できた。
まっすぐ進むものは、真正面から受けるべきではない。それは馬鹿のする行為だ。
まっすぐ進むものは、横からの衝撃に弱い。
細い骨のみで構成される拳に対して、冷静に横から手首を押した。それだけでエンドローゼへと向かう拳の軌道はズレた。
ネレイトスライは至近距離で魔術を放つ。エンドローゼは咄嗟に後方へと何度も跳ぶ。魔術が押し寄せるよりも早く、後方に逃れた。
エンドローゼに格闘の心得はない。それでもエンドローゼの方がレベルが高く、ネレイトスライは素人格闘であったため、素人的な対処でもなんとかできる。
ヲレスタやコストイラが見たならば、稚拙と断じ、嘲笑するだろうやり取り。それでも本人達にとっては本気だ。
『フン!』
器用に魔力を纏わせた拳を放つ。
「ムン!」
明日は体が痛くなるだろうな、と心のどこかで思いながら躱す。
ネレイトスライはもう一度拳を放つ。今度は真っ直ぐではなく鉤状の拳だ。
エンドローゼは後方への足捌きでも回避する。
そこからのネレイトスライは鉤状の拳や薙ぎ払いの高めの蹴りばかりを繰り出してきた。
何かを狙っている。それが何かは分からないが、危ないことなのはわかる。
先程よりも一歩踏み込んだフック。後方への跳躍では当たってしまう。そう考えると、エンドローゼは屈んで躱した。
なった。
ネレイトスライの目指す形になった。
ここでネレイトスライが口を開いた。
アストロは大の字になっていた。
すでに全身が汗でびっしょりだ。そのせいで服が張り付き、豊満な体の線が浮き出ていた。
豊満ではないが、完璧な姿をしているレイヴェニアは特に嫉妬することはない。
「どうじゃ、神力は」
「……神力、うんぬんより、アンタが、強い!」
息を絶え絶えにさせながら、アストロが答える。レイヴェニアは嬉しそうに口を歪め、アストロの側にしゃがんだ。レイヴェニアは当然のようにアストロの巨乳を揉み始める。
手を払おうとしたが、だんだん呼吸が楽になってきた。この行為に何か意味があったのだろう。
「お前を見た時、蛇のように狡猾で、全てを飲み込みそうな奴じゃと思ったから、糞男に預けたが、うーむ、ヴェーが引き取ってもよかったの。しかし、童がおったし、いや、むしろ、幼馴染との恋愛じゃが、14%、そもそも童がアストロに? ぐぬぬ」
「……何が言いたいのか分からないけど、胸揉むの止めてくれない? もう大丈夫だから」
地面に大の字のまま、レイヴェニアを睨んだ。
レイヴェニアは胸を揉むのを止めることなく、アストロを見つめ返す。
「お前って、良き人はおらんのか?」
「コストイラかアシド。ところで、揉むの止めて」
「即答か。では、どちらと付き合う確率が高いのかの?」
「はぁ、まぁ、三七?」
「ほぉ、三七か」
「だって、アイツ、今はもう私に気持ちが向いていないし。私もその人達に任せていいと思っているし」
「達、まぁ、強き者は色を好むか」
息の整ったアストロがレイヴェニアを見る。もう胸を揉むの止めてくれない。諦めた方がいいか?
そういえば、レイヴェニアの趣味趣向嗜好は何も知らないな。
「……そういうレイヴェニアはどうなのよ」
「色恋か? なれば童じゃ」
「即答じゃん、そっちだって」
アストロが遠い目をする。
「というか、あの子なの? え、それよりも前は?」
「ヴぇーが色恋だと思ったものは、まやかしじゃった。童と出会って、そう思えるのじゃ」
「うわ」
アストロは目を覆いたくなった。身体が痛くて動かないため、無理なのだが。
意趣返しがしたくて聞いただけなのだが、なぜこちらがダメージを喰らっているのか。母の恋愛を聞かされる思春期実子の気持ちになってしまう。
恋する乙女な顔をするレイヴェニアに嫌気が差すが、これこそが彼女である。今更だ。
「もうあの子のところに行くの?」
「もう少し様子見かの。童の下す判断が知りたい」
「変なのに絡まれているけど?」
「混在獣じゃの。あれの強さはそれなりじゃが、童には敵わん。実は童はトップクラスじゃからな。さて」
レイヴェニアはアストロの胸揉みを止め、今度は俵のように担いだ。
「え?」
「ここに放置すれば流れ弾に当たってしまうじゃろ。じゃから、ちょっと安全そうな場所にでも、とな」
「だからって物みたいに」
「ハッハッハッ」
「……手を貸そうと思ってここまでやってきたわけだが……、必要なさそうだな」
『コウガイ!?』
赤い髪を掻き上げながら、そこに拳闘士が佇んでいた。
コウガイ。魔王インサーニアが所有していた魔王軍の幹部をしていた男。当時の時点で魔王インサーニア軍唯一レベル60を超えていた本物の強者。
今、この段階でコウガイはどちらの味方なのか分からない。これでシキ側に着かれていたら、本気で勝ち目がなくなる。
「チッ、一人二人増えたところで、俺のやることは変わらねぇ!」
ニシエはコウガイを無視し、シキへと距離を詰めた。
『コウガイはそちらに着くのかい?』
「済みません、ショカン様。別段、ショカン様への恨みがあるわけでも、お仲間の誰かを憎んでいるわけでもありません。ただ、勇者一行に恩義があるのです」
『妹か』
ショカンはコウガイの胸中を思いながら、目を瞑った。
『済まなかった。僕達では治すことができなかった』
「いえ、ショカン様方は出せる手を尽くしてくださいました。とても感謝しております」
『それはそれ』
「これはこれ」
それを合図として、ショカンとコウガイは構えた。
ショカンはコウガイに近づくことを嫌い、いきなり魔術を放った。
コウガイは腕を罰点状にして魔術へと突っ込んだ。
赤黒いカーテンから現れた拳闘士は、当然のように無傷だ。流石、拳闘士ということだろう。
コウガイが弓を引くように腕を引いた。絶対な破壊の拳が来る。ショカンは焦りを無理矢理抑え込み、疑似的に冷静さを取り戻す。
コウガイとショカンの間に、重力の何十倍もの重さがある空間が出現する。コウガイの拳が超重力の空間に侵入した。
真横へと進んでいた拳に、真上から力が加わる。下に落ちそうになるが、それでも拳がショカンに迫る。
『流石!!』
「フッ!」
ショカンが両手を重ねて、コウガイの拳を受け止めようとする。
パァン!! と大きな音が響く。
両手、特にコウガイの拳を直接受けた左手が痛い。ビリビリ来ている。罅が入ったか?
ショカンは拳の威力を利用して距離をとる。
魔王の息子は本物の魔王の心を芽生えさせ始める。決意を持って、魔王を発動させた。
キスレは笑いながら刀を振るう。
レイドは超重量の大楯か大剣で対処しなければならず、軽量の刀には速度で構わない。
「その楯凄ぇな。魔術を弾いてきやがる。その楯、超えてぇよなっ!?」
キスレはわざと楯に向かって刀を振った。
勇者一行の中で素のパワー一番はレイドだが、それは同レベルの時の話だ。今、この場においては、レイドはキスレよりもパワーが劣っている。
刀と楯がぶつかる。銅鑼に思い切りバチを叩くが如き音と衝撃がやってきた。
その振動にレイドが眉を顰める。相手は次に何をしてくる?
キスレも震動に苦しんでいた。刀から伝わる震動は、肘や手首を襲っている。刀から手を離してしまいそうだ。
とりあえず震えが止まるまで距離をとっておこう。
追撃がやってくると思っていたレイドは不思議そうにキスレを見つめた。
キスレは左手に刀を移すと、右手に唾を吐いた。そして、強く拳を作ると、すぐに開き、腕を振った。
左手の刀を右手に戻し、構えた。
「ハッハッ! もう一度行くぜ!」
何事もなかったかのようにキスレは駆け出した。
レベルが20近く離れているが、まだ追い着ける。
キスレが楯の中心に狙い、刀を振るう。月天石の楯が火花を散らす。これまでに行われてきた戦闘での蓄積もあり、表面には傷が増えていく。
キスレは右足に炎を纏い、月天石の楯を真正面から蹴飛ばした。パワー負けしたレイドは思わず後退してしまう。
キスレは刀を振り上げる。レイドは後ろ脚に力を込め、一気に前に出た。
「ぬぁ!?」
「ムン!!」
急に前へ出てきたことでタイミングがズラされ、右肩にレイドのタックルを喰らってしまう。
「ハッハッ、流石に瞬殺はされてくれねぇか!」
キスレは嬉しそうに言いながら、距離を取った。
肩に少し痛みを持ちながら、キスレはそれでも笑顔で刀を構えた。
『クァーハッハッハー!』
唐突に落ちてきたのは、白と黒の縞模様をした女だった。その女はサーシャの身長ほどありそうな翼を折り畳み、細身の体にしまい込んだ。
高笑いを止めた女はサーシャを一瞥すると、後ろで四つん這いになっているアレンを見た。
『ウン? 良き人と、何故倒れておるのじゃ? というか、なんかまた傷増えたか?』
ポラリスは一度サーシャを見る。
『傷を作ったのはサーシャではないな』
「は?」
何か、お前じゃ無理だろ、と言われている気がしてくる。
どこか不思議な目で見てくる女に、サーシャはキレそうになる。しかし、大きく息を吸い、心を落ち着かせる。感情的にならない。レイヴェニアとのお約束。
『傷が新しくない。この戦いで負ったものではない。それに焼焦げ臭いが、お主からは火の匂いがせん』
「え、えぇ、まぁ、そうですね」
『というか、燃えて、少し臭いな。肉の焼ける匂いは好きじゃが、お前の焼ける臭いは不快じゃな』
ポラリスは自らの鼻を手で覆い、アレンは睨んだ。
『さて、これをしたのはお主ではないわけだが、この状況、どう考えても敵対じゃね? なら、我も相手しようではないか!』
「……は?」
歌舞伎の見栄のような体勢で宣言するポラリスに、サーシャは心の底から驚いた。いや、別に戦おうとはしていたけど、敵対しようとはしてないよ!?
「え、いや」
『トゥ!!』
アレンも止めようとしたところ、ポラリスは戦闘を開始させた。
かなり勝手なことだが、もうどうしようもない。
サーシャはポラリスの爪攻撃を躱す。右の爪に続いて、左の爪も振るわれる。それも躱した。
サーシャは人狼である。人でありながら、狼でもある。理性や知性を持ちながら、人にはない野生を持っている。内に備わる野性の勘で今までは戦っていたが、レイヴェニアにまずは観察だと言われたため、まずは観察から入る。
この爪攻撃は衝撃波が出てくるタイプではない。いや、出していないだけか?
動きは遅い。見てからでも対応できる。いや、本気ではないだけか?
ポラリスが蹴りを放つ。
サーシャはそれを見てから躱す。
攻撃が当たらないことに眉根を寄せ、距離を取った。
『あ、当たらん。なぜじゃ』
「えっと、大振りだからじゃないですか?」
『成る程!!』
……もしかして、阿保の子か?
『ならば、これじゃ!』
ポラリスは自信満々に掌を向けた。
一振り一振りに大気が鳴く。
莫大な筋肉から繰り出される斧撃に、アシドは冷や汗を流した。
エルフ特有の長い耳を有しているにもかかわらず、ドワーフのような膂力も持ち合わせている。動きを封じようと脚の腱を斬ったはずなのに、不死魔族のように、すでに回復している。
こいつ、何の種族だ?
「儂が何者か、とでも思っておるじゃろ?」
「チッ、心が読めんのかよ」
「読めんわ。まぁ、この戦いが終わったら作ってみるか」
ガストロが斧を振るうと、アシドは飛躍で躱し、槍を薙いだ。
ゴキリとガストロの首が折れた。その瞬間、意識が落ち、体重が数値のみとなった。
槍を振り切ってから、わずか1秒で首が治り、意識が戻ってくる。
「ぬぅん!」
ガストロは地面を弾き、側転して正位置に戻った。
ガストロは二の腕の筋肉を強調するように力を込めて斧を溜める。一瞬でビキビキと血管が浮かび上がり、すぐに解放する。
斧の長さから考えれば、届くはずのない攻撃だ。しかし、圧倒的な筋肉から放たれた斬撃は、斧から離れて衝撃波となった。
アシドは体を斜めにして躱す。その隙を見て、ガストロは距離を詰めてきた。
「く!?」
ガストロが全力で斧を振ってくる。アシドは間に槍を挟み、斧撃を防いだ。
体重の軽いアシドはその場に留まることができず、軽々と飛ばされた。片足を地面に突き刺し、無理矢理止めた。
ガストロは翼を生やし、地面の制約をなしに突進してくる。途中で翼を消し、ガストロは地面を滑っていく。
斧の射程範囲内に入った瞬間、発条仕掛けの人形のように斧を振るう。
アシドは自身の脚力を活かした独特のステップで躱し続ける。最初こそ驚愕したものの、冷静に観察すれば対処できる。
ガストロは斧が当たらないことに痺れ、魔術を発動することにした。
ガストロの体から花の香りが放たれる。それと同時に身体能力が向上した。
アシドはその技を見たことがある。シキだ。シキが使ってるのを見たことがある。シキは花弁が散る技を含めて使っていた。
少し足が速くなったところで、この世界トップクラスのスピードを誇るアシドには辿り着けない。
ガストロはさらに速度を上げようと、両足に雷を溜めた。
強くなりたい。
二人には共通した思いがある。どうして、だとか、どれくらい、だとかは二人でそれぞれ違うだろう。しかし、二人は強くなりたいという願いを持っている。
それは刀に、それは拳に、それは足捌きに出ている。
半径3mの円。それが二人の世界の全てだった。
ヲレスタの拳打、コストイラの斬撃が次々とぶつかる。
「チッ、全然斬れねぇ!」
「ハッハッ! 我が四肢こそが武器だっ! テメェには俺を斬れねぇだろよッ」
刃に拳をぶつけて止める。拳を半歩斜めになるだけで躱す。
コストイラが刀に炎を纏わせ、ヲレスタを逆袈裟に切った。
ヲレスタの鍛え上げられた肉体に炎が這う。肉体は軽く焦げ、うっすらと刀の通った痕が残っていた。
笑えない事態だ。拳闘士とは、刃に負けない体で初めて一人前として認められる。だというのに、傷ができている。
もう遊ばない。
次は刀を折る気で行く。
コストイラが刀から炎を消した。
何だ? 舐めているのか?
怒りを拳に纏わせ、コストイラを睨む。
コストイラが刀を振ってくる。ヲレスタはその炎の纏っていない刀に向かって拳を放った。
ネレイトスライの拳打は本物だ。戦士の素質があるだろう。
しかし、拳打を主としている者からしてみれば、かなり拙いものだ。おかげでエンドローゼでも対処できた。
まっすぐ進むものは、真正面から受けるべきではない。それは馬鹿のする行為だ。
まっすぐ進むものは、横からの衝撃に弱い。
細い骨のみで構成される拳に対して、冷静に横から手首を押した。それだけでエンドローゼへと向かう拳の軌道はズレた。
ネレイトスライは至近距離で魔術を放つ。エンドローゼは咄嗟に後方へと何度も跳ぶ。魔術が押し寄せるよりも早く、後方に逃れた。
エンドローゼに格闘の心得はない。それでもエンドローゼの方がレベルが高く、ネレイトスライは素人格闘であったため、素人的な対処でもなんとかできる。
ヲレスタやコストイラが見たならば、稚拙と断じ、嘲笑するだろうやり取り。それでも本人達にとっては本気だ。
『フン!』
器用に魔力を纏わせた拳を放つ。
「ムン!」
明日は体が痛くなるだろうな、と心のどこかで思いながら躱す。
ネレイトスライはもう一度拳を放つ。今度は真っ直ぐではなく鉤状の拳だ。
エンドローゼは後方への足捌きでも回避する。
そこからのネレイトスライは鉤状の拳や薙ぎ払いの高めの蹴りばかりを繰り出してきた。
何かを狙っている。それが何かは分からないが、危ないことなのはわかる。
先程よりも一歩踏み込んだフック。後方への跳躍では当たってしまう。そう考えると、エンドローゼは屈んで躱した。
なった。
ネレイトスライの目指す形になった。
ここでネレイトスライが口を開いた。
アストロは大の字になっていた。
すでに全身が汗でびっしょりだ。そのせいで服が張り付き、豊満な体の線が浮き出ていた。
豊満ではないが、完璧な姿をしているレイヴェニアは特に嫉妬することはない。
「どうじゃ、神力は」
「……神力、うんぬんより、アンタが、強い!」
息を絶え絶えにさせながら、アストロが答える。レイヴェニアは嬉しそうに口を歪め、アストロの側にしゃがんだ。レイヴェニアは当然のようにアストロの巨乳を揉み始める。
手を払おうとしたが、だんだん呼吸が楽になってきた。この行為に何か意味があったのだろう。
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「……何が言いたいのか分からないけど、胸揉むの止めてくれない? もう大丈夫だから」
地面に大の字のまま、レイヴェニアを睨んだ。
レイヴェニアは胸を揉むのを止めることなく、アストロを見つめ返す。
「お前って、良き人はおらんのか?」
「コストイラかアシド。ところで、揉むの止めて」
「即答か。では、どちらと付き合う確率が高いのかの?」
「はぁ、まぁ、三七?」
「ほぉ、三七か」
「だって、アイツ、今はもう私に気持ちが向いていないし。私もその人達に任せていいと思っているし」
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そういえば、レイヴェニアの趣味趣向嗜好は何も知らないな。
「……そういうレイヴェニアはどうなのよ」
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アストロが遠い目をする。
「というか、あの子なの? え、それよりも前は?」
「ヴぇーが色恋だと思ったものは、まやかしじゃった。童と出会って、そう思えるのじゃ」
「うわ」
アストロは目を覆いたくなった。身体が痛くて動かないため、無理なのだが。
意趣返しがしたくて聞いただけなのだが、なぜこちらがダメージを喰らっているのか。母の恋愛を聞かされる思春期実子の気持ちになってしまう。
恋する乙女な顔をするレイヴェニアに嫌気が差すが、これこそが彼女である。今更だ。
「もうあの子のところに行くの?」
「もう少し様子見かの。童の下す判断が知りたい」
「変なのに絡まれているけど?」
「混在獣じゃの。あれの強さはそれなりじゃが、童には敵わん。実は童はトップクラスじゃからな。さて」
レイヴェニアはアストロの胸揉みを止め、今度は俵のように担いだ。
「え?」
「ここに放置すれば流れ弾に当たってしまうじゃろ。じゃから、ちょっと安全そうな場所にでも、とな」
「だからって物みたいに」
「ハッハッハッ」
「……手を貸そうと思ってここまでやってきたわけだが……、必要なさそうだな」
『コウガイ!?』
赤い髪を掻き上げながら、そこに拳闘士が佇んでいた。
コウガイ。魔王インサーニアが所有していた魔王軍の幹部をしていた男。当時の時点で魔王インサーニア軍唯一レベル60を超えていた本物の強者。
今、この段階でコウガイはどちらの味方なのか分からない。これでシキ側に着かれていたら、本気で勝ち目がなくなる。
「チッ、一人二人増えたところで、俺のやることは変わらねぇ!」
ニシエはコウガイを無視し、シキへと距離を詰めた。
『コウガイはそちらに着くのかい?』
「済みません、ショカン様。別段、ショカン様への恨みがあるわけでも、お仲間の誰かを憎んでいるわけでもありません。ただ、勇者一行に恩義があるのです」
『妹か』
ショカンはコウガイの胸中を思いながら、目を瞑った。
『済まなかった。僕達では治すことができなかった』
「いえ、ショカン様方は出せる手を尽くしてくださいました。とても感謝しております」
『それはそれ』
「これはこれ」
それを合図として、ショカンとコウガイは構えた。
ショカンはコウガイに近づくことを嫌い、いきなり魔術を放った。
コウガイは腕を罰点状にして魔術へと突っ込んだ。
赤黒いカーテンから現れた拳闘士は、当然のように無傷だ。流石、拳闘士ということだろう。
コウガイが弓を引くように腕を引いた。絶対な破壊の拳が来る。ショカンは焦りを無理矢理抑え込み、疑似的に冷静さを取り戻す。
コウガイとショカンの間に、重力の何十倍もの重さがある空間が出現する。コウガイの拳が超重力の空間に侵入した。
真横へと進んでいた拳に、真上から力が加わる。下に落ちそうになるが、それでも拳がショカンに迫る。
『流石!!』
「フッ!」
ショカンが両手を重ねて、コウガイの拳を受け止めようとする。
パァン!! と大きな音が響く。
両手、特にコウガイの拳を直接受けた左手が痛い。ビリビリ来ている。罅が入ったか?
ショカンは拳の威力を利用して距離をとる。
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収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
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収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
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「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
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少し冷めた村人少年の冒険記 2
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解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
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解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
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彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
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