メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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8.魔王インサーニアを討て

14.船さえ吞む

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 カレトワは不思議だった。



 いつの間にか存在し、世話をし始めた魔物だ。パンタレストに言うと眉根を寄せられた。とりあえず放置することに決めた。そのうち何か分かるだろうと考えたのだ。結果、何も分からなかったが。とはいえ、相手は自分に対して有益なことしかしていない。喋ってくれないのでいまいち意思疎通出来ないが、ともに過ごしている内に何となく感情が分かるようになっていた。料理を残した時のしょんぼり感はいまだに忘れられない。任務に失敗した時、慰めようとしてくれていた。いつの間にか情が移っていた。昔、世話をしてくれていたネラに似ているからだろうか。ネラは3メートルもないが。



 だからこそ、刀で殺されそうになった時、咄嗟に窓から飛び出していた。足元から水を出しながら落ちていく。細剣と刀が交わりあい、刀の進行を止める。氷の女王の表情は変わらない。しかし、カレトワには驚いているのが、手に取るようにわかった。















 上から人が落ちてきた。魔物を護っていることからおそらく敵だろう。黄色の長い髪に青色の目。半袖に短パンで瑞々しい肢体を惜しげもなく晒していた。手にしている細剣から、速度を重視した剣士だろう。



『ラ――――――――』



 氷の女王は玲瓏な声を響かせ、冷気を放出する。コストイラは止めようと駆けるが、カレトワが立ち塞がる。カレトワはパワーこそないが、技術は凌駕していた。流れるような動きでコストイラの攻撃を往なし、逆にコストイラに浅い傷を創らせていく。



 カレトワの速度が増していく。コストイラを抜き、シキを抜き、パーティ最速のアシドを抜いた。原因はおそらくカレトワの速度上昇だけではない。その後ろ、氷の女王の冷気だ。寒さで身が縮こまり、うまく足が回転しないのだ。こっちは遅くなり、あっちは速くなっている。



 しかし、いくら相手が速かろうと戦う方法ぐらいある。コストイラは武器に炎を纏わせ、斬りかかる。カレトワはバックステップを踏み躱す。最速の細剣で反撃。細剣はコストイラの首を捉え、入り込み止まった。コストイラの首に刃が少し入り込んだところで、影のように後ろにいたシキに細剣が止められていた。



 後ろからアシドが突進してきた。カレトワは咄嗟に後ろに跳んだ。跳んでしまった。前からくる槍に対して後ろに跳んでしまったのだ。攻撃の延長線上に。穂先はカレトワの左肩を貫き、なお勢いが失われない。



「うぉおおおおおおおっっ!!」



「ふぐぅううううううっっ!!」



 カレトワは一度両足が浮いてしまった。ウェイトのないカレトワには止める手段は細剣しかない。しかし、左肩の痛みで、細剣を握るだけで振るほどの力が出ない。ドンと背中に衝撃が走る。壁か?いや、違う。後ろにいるのは氷の女王だ。勢いは止まらない。ドガンと先程よりも大きな衝撃に襲われる。今度こそ壁だ。















「うるせぇ、出来損ないが!」



 カレトワは頬を殴られ、壁に叩きつけられる。カレトワは眦に涙を溜めながら、熱を孕む頬に手を当てる。カレトワの住む村はコードといい、水の村と言われている。由来は簡単で、住民が全員、水属性だからだ。



 カレトワはいじめられていた。水に関する価値観の違いだ。今回もそうだった。



 父母は水とは柔軟なものだと主張した。筒に入れば筒の形に、枡に入れば枡の形になる。水は何にでも合わせられる柔軟なものだ。



 そう言われた時、カレトワは不思議に思った。確かに柔軟だ。それは分かる。しかし、水は岩をも穿つことが出来、鉄さえも斬ることが出来る。水は我を通すことが出来る。なぜ合わせなければいけないのか?



 父と口論になり手を出された。ほら、またパターナリズム。アタシの考えを受け入れる柔軟性がないじゃないか。



 カレトワは15の夜。鐘の音を鳴らした直後に村を飛び出した。村を飛び出して初めて食べたアップルパイというものに衝撃を受けたことは今でも覚えている。体内に電流が走った気がした。



 数年後、カレトワはコードに戻った。



 門に立っていたおじさんは訝しんだ顔でこちらを窺うが、美しく成長したカレトワはにこりと笑うと近付いていく。



「何のようだ?カレトワ」



 門衛のおじさんもカレトワが飛び出したのは知っている。なぜ戻って来たのか、疑問に感じながら用事を聴く。



「アタシね、過去の嫌なことは克服すべきだと思うんだよね」



「?」



 答えの意図が読めず、眉間にしわが寄る。カレトワは過去を断ち切った。それも物理的に。



 その日、コードは廃村になった。















 回想はわずか1秒の出来事だった。一般の感覚でいえば僅かだろう。しかし、この場において1秒は十分すぎるほど長かった。



 氷の女王はシューと音を出し、オレンジと黒の混じった煙を昇らせていた。



 死。明確に意識せざるを得ない単語。すでに氷の女王の煙の出が少ない。おそらくもう助からないのだろう。それを悟ってかこちらに何か流し込んできている。傷口が凍り、固まっていく。大丈夫だ。まだ動ける。



「ありがと」



 小さく、短いお礼。氷の女王がピクリと体を震わせたのが分かった。氷の女王の感覚が流れ込んでくる。何?敵討ちや仇討なんかはするなって?ふぅん。それが君の考えなんだ。分かったよ。約束してあげるさ。



 アシドが槍を抜き去る。カレトワはアシドの足を払い、こけさせる。カレトワは最高速で氷の女王の脇を通る。



「ありがと」



 もう一度礼を言った。氷の女王の口角が少し上がった気がした。嬉しかったのだろう。



 後ろは追ってこない。深追いは避けたのだろう。懸命だ。でも、罠だとしても追ったことがいい方もある。今回は来ない方がアタシは嬉しい。



 自室に辿り着く。窓の外を見る。7人が集まっている。今後のことでも話しているのだろう。カレトワは蒼い宝玉を摑み、窓を開ける。木の軋む音を聞いた7人がこちらを見上げた。



「へ」



 聞こえているかどうかわからないが、カレトワには関係ない。蒼い宝玉を放り投げた。7人は何かの攻撃と勘違いしたのか、落下地点から離れる。宝玉は地面に落ち、割れた。宝玉はそんなに脆かったのか。警戒しながら7人は割れた宝玉に近付く。



 カレトワは窓から離れ、ベッドに座る。溜め息を一つ吐き、横になる。氷の女王のことを想いながら目を閉じた。















 アレン達は戸惑っていた。敵が自分から大事なものを壊したのだ。意味が分からない。



「偽物か?」



「いいえ。本物よ。紅い宝玉の時と同じ魔力の流れをしているわ」



「じゃあ、どうするんだ?」



「…………」



「追うか?次行くか?」



「追ってもいらないことになるわ。それに意味もないし」



「じゃあ、次行くか?」



 行き詰ったか?そこで今まで沈黙を貫いていたコストイラが口を開く。



「次で良いんじゃねェか?もう目的は達してんだろ。ここに留まる理由なんてない。あの幹部に固執することもないしな」



 全員が考え込む。確かにそうだ。ここであの幹部を追いかけても利益がない。



「そうですね。次の塔に行きましょう」



 アレン達はカレトワをおいて次に行くことにした。エンドローゼが振り返る。カレトワが気になっているようだ。



「治してあげたいの?」



 アストロに言われてエンドローゼは肩をびくりとさせる。



「か、か、かい、回復してあげたいです。で、で、でも。て、て、敵ですから」



「そう」



 エンドローゼは迷いながらも、置いて行かれないようにアストロの後を追う。















 カレトワは7人がいなくなるのを見計らい、氷の女王の前に立つ。壁に凭れ掛かる氷の女王の頭は立っているカレトワの頭と同じ高さにある。



「ゴメン。救えなかった」



 カレトワは氷の女王に謝りながら、食卓にいつの間にか飾られていた花を女王のお腹においてあげる。普段自由に生き、迷惑をかけてきたが、いざこの瞬間が訪れると涙があふれてきた。



『ちょっといいかい?』



 涙を溜めながら振り返ると、不思議な少女2人組がいた。



 一人は狐の顔を模した仮面をした和装の少女。顔は見えないがオーラから不機嫌さが伝わってくる。相手の強さもビンビンに伝わってくるので自然と涙が引っ込んだ。まずい。本能が言っている。この少女はアタシのレベルの2倍近くは上だ。敵対は得策ではない。



 もう一人は緑の髪をした少女。少しだけ脚が浮いているようにも見える。勘が告げているがこの少女は幽霊なのだろう。こちらは表情が見えており、分かりやすく不機嫌だ。むしろ2人ともここまで不機嫌なのに敵対していないなんてことがあるのだろうか。今は剣を身につけていない。どうあがいても勝てないどころか逃げられもしないかもしれない。



『ハァ』



 溜め息だ。緑の少女は溜め息を吐き、仮面の少女を見る。



『この女性?』



『……そうだね。お願い』



 この会話が何を意味しているのかカレトワには分からない。警戒してしまう。逃げるにしても戦うにしても中途半端に上がった手を見て2人の少女は何も反応しない。



『感謝しなさいよ。あの娘があなたの傷に後ろ髪引かれたりしなければ、こんな事なんかしないからね』



「へ?」



『2度目は言わない』



 聞き返そうとしてもプイとそっぽを向かれてしまった。その直後に体を淡い光が包んだ。これはかつてもらったことがある回復魔法だ。かけてくれた緑髪の少女は少しつらそうな顔をすると、氷の女王の方に歩いていく。



『その子はどうなの?』



『うん。この子はいい子だね。天国に行けそうだよ』



「え?天国?」



 緑髪の少女はカレトワの目を見て言う。



『うん。天国』



 何も分からずカレトワは固まってしまう。その隙に少女は氷の女王の体に触れる。



『じゃあね』



 そう言うと緑髪の少女は姿を消す。一瞬過ぎて何も分からなかった。瞬間移動。どこに消えてしまったのか。



『じゃ、私達はやる事やったから。もうどっか行くね。気持ちは切り替えることね』



 捨て台詞のように言うと狐の面の少女は振袖を翻し、歩き始める。森に入る前に一人の男が姿を現す。少女は男の左手首を摑む。少女が一回こちらを向く。そのまま瞬間移動した。



「何だったんだ?」



 何一つ疑問が晴れることなく何もかもが終わった。すべてに置いてけぼりにされ、カレトワは大切な人を失った。気持ちの整理がつかないカレトワは自身のベッドに身を沈め、眠ることにした。
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