メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば

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30.月の船

4.警邏の威信

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「本当か! あんちゃん!」
「あんちゃんと呼ぶのは止めろって言っただろ、ティエナ」
「うぐ!!」

 女に問い詰められるティエリ・パラレルが耳を塞ぎながら、窘められている。無邪気に両手で口を押さえている女はティエリの妹のティエナだ。
 ティエナは警邏隊の実動部隊の隊長だ。その力はサンク国の中でも十指に入るレベルだ。

「本当だ。爆弾魔の居場所が分かった」
「じゃあ、早く行こう!」
「待て! その前に準備していけ。いつも以上に、だ。相手は十四年間も捕まらなかった化け物だ。気を付けろよ」
「当たり前よ!」

 ティエリの冷静な物言いに、ティエナが快活に答えた。そのまま走り去るような勢いで早歩きした。

「たた、台風のような方でしたね」
「いや、台風なんかじゃないよ。アレは太陽さ。全てを照らして明るくする。でも、近くにいすぎると、身が焼けてしまうよ」

 ティエリがどこかティエナを羨ましそうにしながら呟いた。





「皆。よく集まってくれた」

 蒼然とした夜空に見下ろされている。
 深い藍色は皆の気分のようであり、静かに燃える蒼い炎のようですらあった。浮かぶのは宝石のように輝く星々に、皓然たる月の光。雲一つない澄んだ空だ。

 今から狂人的な殺人鬼を捕まえに行こうとしているなど信じられないくらい、凪のように穏やかで、燃え尽きる星のように熱を孕んだ、美しい矛盾の空。

 国の警邏達が広場の中央地帯に集結していた。
 逸る声、緊張の息遣い、不安を隠せないどよめき、様々な声が周囲から聞こえてくる。

「――聞いてほしい!」

 作戦開始の二時間前。
 ざわめきが波のように引いていく中、警邏達の目を集めるのは、やはりティエナだった。

「これより作戦を開始する。既に通達している通り、各部隊は指定されたルートで突入して、目標の爆弾魔を捕まえる」

 警邏の隊長の声は静かで、しかし力強く、揺らぎなかった。

「先に言っておこう。この戦いではおそらく警邏の手柄となることだろう。誰にも知られないまま死地に赴き、見返りのない死闘に身を投じる。ここで散ってしまった者は、その勇姿を知られないまま名を墓標に刻むことになるだろう。かつての同胞達のように」

 ティエナの言葉に少なくない者が視線を地に落とし、あるいは空を眺め、苦渋の感情を隠した。何か話そうとするが、けれど思いは音にならず、呑み込むという結果に落ち着く。
 未だ癒えぬ傷。
 終わらない後悔。
 彼等と同じ爆散という末路を危ぶむ恐怖と不安。
 虚勢では隠せない感情の苗が、警邏達から咆哮の術を奪っている。

「でも、それを犠牲に成り下がりはさせない。これから散りゆく命でさえ、決して犬死などと呼ばせはしない!」

 放たれるその言葉に、その意志に。警邏達が弾かれるように顔を上げた。

「私達はこの命をもって、失われた命の意志を証明しなければならない! 贖罪などない!! 断罪すらありはしない!! そんなものを望む者がこの警邏にいるものか! 彼等の願いはただ一つ――『ふざけた犯人くそやろうに吠え面をかかせろ』!!」

 警羅達の拳が握りしめられた。

 隊長は宣言した。

 遥か古代、帝国歴以前より紡がれてきた英雄達の意志を受け継ぐような言葉の威力。

「三千年の時を超えて、もう一度、私達が世界平和の礎となる」
「「「うぉおおおおおー……っっ!!」」」

 天が唸った。
 地が震えた。

 多くの警邏達の鯨波が空を轟かせる。離れた場所に佇むティエリ達司令部が、その実動部隊の姿を瞳に焼き付けた。
 凄まじい鬨の声は地面を通じ、爆弾魔まで届く。

――やってみろ。

――潰してやる。

 鞘から解き放たれる銀の輝き、剣の音。
 ティエナが頭上に剣を掲げたのを皮切りに、次々と武器が天を衝いた。目を瞑り、祈りを捧げる町の住民も、方向の激流に胸を握りしめる。

「作戦を開始する! 総員突撃! 目標は――狂信者の塔ファナティクス!!」

 後世に決して遺ることのない、国の命運すらかかっていない。しかし、人々にとって、命をかけた決戦が幕を開ける。
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