メグルユメ

32．次元の狭間

4．陽熱炎神ギニョール！

「ぁ？」

　スルトの口から自然と声が出た。何の意図のない、無意識の声だ。

『ムムム？』

　白黒の体をロゼ色に染める妖艶な女は、噛んだままになっている肉を食い千切った。
　女の両目がこちらを向いている。スルトはマズイ、バレた、と思った。扉を壊すかもしれない、という威力で開けた勢いは、いったいどこへ消えてしまったのだろうか。

　スルトは逃げ出したい気持ちに駆られた。しかし、スルトは強い意志で、それを留めた。

　女が食べている肉は、スルトを怖がらず、迎え入れてくれた方なのだ。
　蒼炎大鳳インフェルノや炎竜フレアドラゴン、そして黒炎巨人スルトの主である者が喰われているなど、あってはならないことであり、許してはいけない。

『グぬぬ』

　今すぐに獣のように物分かりの悪い者になって、飛びかかりたいという衝動に駆られる。訳の分からぬ獣のように、相手を引き裂いて、千切りつくしたいという激情が押し寄せてくる。
　しかし、理性がそれをさせてくれない。中途半端に身に着けてしまったがゆえに、ブレーキとして邪魔してくる。

『う～ム。随分と面妖な顔をするものじゃ。何もそのような芸を披露すべく、ここにおるわけではあるまい。貴君は何をしに来たのじゃ？』

　口の中の肉を腹へと落とし、女は心底不思議そうに尋ねた。

　それが一つのきっかけとなった。

『お前が。お前が主様をぉおおお!!』

　分かりやすい激高を向けられ、女は少し驚いたような顔をする。
　本気だ。本気で分かっていないのだ。なぜ自分に怒りが向いているのかが、さっぱりなのだ。
　信じられない。明らかに人の心を持ち合わせていない。見た目的にも人とは言い難い容姿をしている。
　人型をしているが、背には小さな翼が生えている。体が白と黒で構成されており、白い部分は淡く発光して、黒い部分は遠近感を狂わせるほどに影が生まれている。
　これだけなら、いや、これだけでも十分人間とかけ離れた生態をしているが、問題はこの女の持つオーラだ。

　このスルトはかなりと特殊な個体で、人のことをオーラで識別することができる。その目が告げている。この女は普通ではない。何が普通でないかを語るには、感覚的な話になってしまう。しかし、あえて言葉にするのなら、混ざり者。通常のミックスとはまるで違う。後付けのミックスだ。

『ほ』

　攻撃しようと身を捩じり、硬く握りしめた拳をぶつけようとした直前、後0.1秒で触れるという時に動いた。

　女は背を反らし、脚を真上に蹴り上げた。
　突き出した右腕が半ばから弾けた。

　スルトの目が丸くなる。痛みが認識できない。おそらくすぐに激痛が来る。人が脚の小指をタンスの角にぶつけたような感覚だ。

　くる。

　そう覚悟を決めた時、胸元を蹴られた。スルトが背を壁にぶつける。肺の中に辛うじて残された空気で切り札であり、秘密兵器であるアレ・・を呼ぶ。

『陽熱炎神ギニョール！』

　その名が屋敷に響き渡る。女は何の名なのか分からず、頭にクエスチョンマークを浮かべるが、関係ない。食うか。

　ガンガンガン。

　何かがぶつかる音。何かが迫っている。天使と悪魔の合いの子が顔を上げた。

　ジンジンジン。

　何かが燃える音。これは正義の怒り。正義の炎。

『何じゃ？』

　女がキョロキョロしているが、残念。音の正体は下からだ。

　ゴッ！　スルトの座っていた床が破壊された。

『巨体合体！』
『は？』

　スルトが下から来た者と合体した。

　魔物となってしまった魂をスパークさせて、主の尊厳を守ってみせる！　熱く燃える合体人形！

　陽熱炎神ギニョールが降臨した。