三角関係の不純物

激辛甜瓜

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06. 鬱積 side H

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 母の曽祖父がイタリアの人だったこともあり、少しだけ白人の特徴が身体に現れていた。淡い栗色の瞳の周りには、青い輪っかがかかっていて、幼稚園では「王子様みたい」と人気者になった。
 
 中学に入ったあたりから、自分が人より少し優れているのではないかと思い始めた。それほど必死に勉強をしなくてもそれなりの成績に落ち着けたし、身体を鍛えているわけでもないのにスポーツは一通り出来たからだ。
 そして、初めての彼女が出来たのも中学の頃だった。言い寄られて付き合ってはみるものの、年相応な彼女たちとの会話に面白みは感じない。どこか虚無感を抱きながら、付き合っては別れ、付き合っては別れを繰り返した。眉を下げて瞳を揺らし、〇〇にはもっといい人がいるよ、ごめんね、と尤もらしい理由と共に伝えれば、相手は涙を流して受け入れてくれる。なんとも退屈な毎日に、どこか達観した態度の俺には、色んな人と遊んで捨てても、寄ってくる女の人は後を絶たなかった。
 
「⋯ねえ、蒼生(あお)の好きなタイプってどんなの?」
 
 自分よりも10も年上の幼なじみが、小声で聞いてくる。髪色や瞳の色はよく似た兄。まーるいフォルムの運動嫌い、毎日毎日机に向かっては感情の見えない表情でひたすら問題集を解き続け、社会人になってからはパソコンに向かってばかりの兄。そんな兄に好意を寄せているという美人の年上の幼なじみに、興味が湧いたのは何故だっただろうか。
 年齢の近い女の子たちと同じように、年上のオネーサンも簡単に落ちるのだろうか、という興味だったかもしれない。
 努力型の兄を尊敬はしているけれど、そんなに努力をする理由が分からない。そんな兄を好きだという女性の心理を知りたかっただけかもしれない。
 あとは単に、大人の色気というものに、興味があったかもしれない。
 
 会話の中にそれとなく好意を紛れ込ませて、子供特有の甘えをくりだせば、あっという間にさゆは俺に夢中になった。兄をチラチラ見ていたはずの時間は俺のご機嫌取りに使われ、兄に会いに来ていた家は俺に触れるために来るようになる。
 強か、そして、頭がいい。それがさゆに対する印象だ。どんな手を使ってでも自分に飽きさせないという意地も垣間見える程に、様々な駆け引きを仕掛けてきた。
 
「わたしのことだけ好きって誓えるなら、触れてもいいよ。でも最後まではダメ。わたし、初めてだから」
 
 そう言われながら、唇を舌が這う。その感覚に、背筋がぞくりと震えた。さゆの初めてを奪ったのは、それからそう時間がたたないうちだ。自分よりうんと年上の女性を、自分の好きなように開発していくことに覚えた感情は、それまで遊んできたどんな女の子たちよりに対しての気持ちよりも膨れ上がり、そのうちお互いに依存し合うようになった。
 
「本当にわたしだけ?」
「連絡帳見せて」
「この子はだれ?」
 
 歪んだ愛情を向けられて、ちょっとだるいと思いつつも、高校に入っても俺たちは身体を重ね続けていた。
 俺との未来に不安を感じていたのは、多分本当だったのだと思う。かつて片思いをしていた兄に擦り寄って行ったのは、俺に対する当てつけか。それとも、恋の再来か。
 
 ───知りたくもないし、興味もない⋯はずだ。
 
 けれど、自分が開発した身体を、よりにもよって兄にかっさわれていくことは、なんだか嫌で、兄との結婚が決まっても、俺たちの関係は歪んだまま続いていて、それはいつもさゆからだった。
 
「なんとも思わないの?」
「わたしが、他の人に抱かれても我慢できるの?」
 
 付き合う、といった明確な関係性を持たない俺たち。確信的な言葉を伝えない俺。その全てに怒ったように、「今更、わたし以外の人、抱けるの?」と首元に舌を這わせるさゆを止められないのは、罪悪感もあったかもしれない。
 
 さゆの嬌声を打ち消すほどの雨が屋根や地面を打ち鳴らす雨の日、よく身体を重ねていた美術準備室で、俺たちはまた爛れた関係を結んでいて、それは俺にとってはただ過ぎていくだけの日常の一コマのはずだった。
 聞きなれたさゆの声とは違う、誰かの声が聞こえて、全身の毛が逆立つような感覚が全身を駆け巡る。睨みつけるように窓に目をやると、真っ直ぐにこちらを見て、涙を流す志野原さんの姿が見えた。
 
 ───あぁ、綺麗だな。
 
 やり慣れた行為───感じ慣れた快楽を上回るほどの快感が全身をめぐって、その視界の中の全てが、俺に染まってしまえばいいと思った。
 その後、あっさりとさゆを切り捨てたことへの後悔はない。罪悪感は今も消えていないけれど。聞かれていることも知っていて、強めに拒否したのも、好きだったなんて今更伝えたのも、理由は分からないけれど、なんとなく志野原さんに聞いて欲しいと思ったからだ。
 
 

「⋯きみだったのね?」
 
 兎の顔と共に志野原みほと書かれたシールが貼られたありがちなビニール傘を持って、慌てて戻った昇降口。大きなコンクールで賞を取り表彰され、全国区の新聞にも名前が載るほどの有名人が、準備運動をしていた。雨の中走って帰るつもりなんだな⋯ということだけは分かったけれど、そんなに全力で準備運動をすることあるか? と口角が上がる。
 その時点でもう面白い。それなのに、頑なに「少年」と呼び続けることも、変に笑いを誘う。学校一の有名人は、飾らない人柄の、俺からすればとんでもなく笑いのネタになる人だった。
 
 廊下ですれ違えば声をかけるようになった。興味のあるものを真っ直ぐ見つめるその瞳は、一点の曇りもない。
 安井先生の頭を瞬きひとつせずに見つめていた時には、勢いよく吹き出しすぎて自販機で買ったいちご牛乳が三分の一無駄になり、和泉が服を変えなければならなくなった。
 
 その後、安井先生の寂しい頭皮が『宝石』となって華々しいデビューを飾ったのを見た時は、雷を落とされたような感覚がして、それと同時に、あの瞳にじっと見られるということは、こうやって不思議な世界観で描かれる未来が待っているのかと、戦慄せざるを得えなかった。
 自分の通う学校の先生を宝石泥棒として描くのも相当にアレだし、スポットライトを浴びている宝石と泥棒の中で一番輝きを放っているのがおでこと言うのもなかなかである。志野原さんの手で表現されたそれらには、惹き込まれる何かがある。あえて言葉にするならば、小さな子供が考える突拍子もないことに似ている。



「⋯⋯泣かないで、長谷川くん」
 
 そう言って頬に触れる手は、雨の中だというのに信じられないほど暖かい。理由も分からず流れた涙は、雨に上書きされていったはずだ。それなのに、彼女の瞳に映る俺は、泣いているように見えたのだろうか。
 それほど込められていない力で抱き寄せられ、すんなり肩に顔を埋める。両手で髪の毛と背中を掻き込むように抱きしめたのは、さゆに対しての気持ちだったのだろうか───それとも。



 双方共になにか予感のようなものはあった。翌日から、俺たちはただの同級生に戻ったはずだった。10年後の記憶の中で、うっすら浮かび上がるだけの、そんな関係に。



 廊下から、落ち着いた志野原さんの声がする。人懐こい笑みを浮かべて彼女に絡むのは、クラスのムードメーカーの野口湊月だ。笑いながら口にする「しの」の呼び方に、無意識に喉元から「はっ⋯」と声が漏れる。
 ちらりと見た志野原さんの体調は、あまり優れないようだった。頬が赤い。瞳も潤んでいる。声は、いつもより元気がなく思えた。沙苗がジャケットも無しで隣を歩くのに、身体に巻き付けたブランケットの中ですら寒そうなのは異常だろう。
 特に廊下に用事もないのに、野口に声をかけて、ふたりの会話を邪魔してみる。目の前で目を瞑って前に倒れ込んだ志野原さんの身体が、野口の胸元にすっぽり収まり、「しの」と呼びながら抱きとめる姿が視界に入った瞬間に、頭の中で何かがブチブチと音をならした。
 
「───志野原さん、保健室行こう」
 
 だらりと垂れる腕をとって自分の首にかけ、「え、おい。長谷川?」と聞く野口に、「先生に、俺保健室って言っといて」と伝えると、そのまま両膝の下に手をかけて持ち上げる。
 無意識のまま胸元に顔を擦り付ける様子を見せた志野原さんに、ようやく喉元まで溜まっていた鬱憤が消えた。周りの女子生徒のキャーキャー言う声がうるさい。さらにその向こうから、幼なじみである沙苗の怒鳴り声がして、それを窘める和泉と野口の声がした。
 
 保健室につくと、保健の先生が慌ただしく出ていくところだった。

「えっ、どうしたの? 大丈夫?」
「ちょっと熱があるみたいで、ベッド貸してください」

 長谷川くんなら安心ね、1時間くらいで戻るわね、と去っていく先生の後ろ姿を見ながら、圧倒的な信頼感を持たれていることを鼻で笑う。お行儀なんて投げ捨てて足でドアを開けると、悲鳴をあげ始めた腕を救済するために、慌ててベッドまで進んだ。

 ジャケットとカーディガンを脱がせる。されるがままの志野原さんは口が少し空いていて、頬の赤さも相まってその奥に見える舌が艶かしい。
 一度そう認識してしまうと、もうだめだった。愚息すぎる息子が、身体の中心部で存在をアピールし始める。

 この後眠っている間に汗が出るだろう、と。締め付けると呼吸が苦しいだろう、と。慣れた手つきでYシャツのボタンを外し、ブラジャーのホックを外す。自分でも呆れるほどに、一寸の狂いもない手の動きに、なんて子どもらしからぬ性活を送っていたのだろうと乾いた笑いが込み上げた。
 ベッドに横たわらせて、その横に座り込む。布団を首元までかけてもまだ寒そうに震える志野原さん。頬に触れると、気持ちが良さそうに擦り寄ってくる。なんだか気まずさが込み上げて慌てて手を離した。さながら、気まぐれな猫に懐かれたような感覚だ。
 隣に横たわったのは───決して下心なんてものではなくて、暖を提供するためなんだ。だから掛け布団の中にも入っていないでしょう? と聞かれてもいないのに言い訳をする。

 酷く魘されて、額に汗も浮かんでいる。ただ見ているだけ。ただ額に手を添えただけ。それなのに、込み上げては飲み込む感情は、今まで志野原さんに感じていた〝面白い〟とは全く違うものだ。

 2人だけの空間は静寂に包まれている。そんな空気を破るように志野原さんの口から出た言葉は、「やめ、て。みつき、くん」で、声が耳に入った瞬間に心臓が軋んで体温が冷えていく感覚がした。指先は氷を触っているのかと思うほどに震え、「───は?」の音は声にならない。

 ───おかしいな⋯冷静じゃいられない。

 志野原さんの体を包む布団に潜り込んで、志野原さんのおでこに手を当てる。冷え性の手の冷たさが心地いいのか、「はぁっ⋯」と息を吐いた表情は、廊下で倒れた時に比べると少しだけ和らいだように見える。どくどくと鳴り響く心臓を押さえつけるかのように目を瞑って、ぐるぐると回る思考に蓋をした。
 遠慮がちに腕で体を抱き寄せると、背中を向けて丸くなった志野原さんの呼吸が落ち着き始めた。身体の前が全て、志野原さんの熱で温められていく。
 後頭部に鼻を当てると、シャンプーと汗の匂いが混じった匂いが鼻に届いた。その匂いにすら、嫌な気がしないものだからよっぽどなんじゃないか⋯。触れた部分も汗が染み込んで、しっとりとしている。必死に熱を下げようと志野原さんの身体の細胞が頑張っているのだと思うと、ただただ不思議の国の住民に見えていた志野原さんを、愛おしく思った。

 ───童貞か、お前。

 頭の奥の昔の自分が嘲笑う。いつもみたいに、テキトーに触れて、テキトーに挿れて、テキトーに甘えた言葉を投げかけて、最後にテキトーに理由をつけて終わらせればいい。得意だっただろう、気持ちのこもらない行為も、本音なんて一つも含まない愛のささやきも。

 うるさい、出てくるな。こめかみあたりが酷く痛む。そのまま、深い夢の中へと誘われた。

 
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