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第二章 使えない治療術師

踏み出せない治癒師

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 翌朝我は、ある場所に寄ってから、いつも通り白虎の森へと足を向けた。
 当たり前だが、今日の目的は修行に非ず……

「……良し、出来ているな」

 入口からそう遠くない場所に位置する沼地を確認し、思わず笑みがこぼれてしまう。

 視線の先に倒れているのは、一体の”巨人形ゴーレム”だ。
 ……巨人形ゴーレムと言えば、人々が天職を授かるより遥か昔から存在していたと伝えられている、所謂千年生命体アーティファクト・モンスターの一種である。

 同時にAランク指定されている危険な魔物で、こと耐久力に関しては、他の追随を許さないレベルだ。

 ……と、言っても……それは天然の巨人形ゴーレムの話。
 何を隠そう、この巨人形ゴーレムは我の作ったモノなのだ!

 スキルもう一人の自分スワンプマンで作った自らの分身を、成形モデリングのスキルによって、加工……
 そして、一晩中この沼地で寝かせた。

 相当な労力を費やしたが、その甲斐あってか、どこからどう見ても巨人形ゴーレムにしか見えない。
 とりあえず、これで準備は完了だ。

 後は――――

「いやあ、全く俺たちってツイてるよなー!」

「本当にねえ、まさかあんなに美味しい依頼が丁度張り出されたところだなんて」

「……未知の魔物の討伐、と言っても所詮は白虎の森だしねー。まっ、僕たちの敵じゃないでしょ」

「そうそう、エスラナの言う通りよ。……と、言うかそれよりも……何だか一人だけやけに遅くな~い?」

 白虎の森に踏み入ってきたのは、間違いなくテトのパーティメンバー……確かパーティネーム『麗華の戦神』だったか。
 黙って歩けばいいものを、ルーとかいう女は事あるごとにテトにちょっかいをかけていた。
 他のメンバーも、それに追従するようにテトを攻撃し始める。


 正直、影で見ているだけというのももどかしいのだが……今回の作戦が成功すれば、あの仕打ちも終わるだろう。
 今は……悪いが、耐えてくれ。

 彼らがある程度進んだところで、我は遂に作戦を決行する。

「……行け、存分に…………暴れてこい!」

 倒れこんでいた巨人形ゴーレムを起こし、麗華の戦神の前へ送り出す。

「なっ、なんだ!? このデカい魔物……もしかして、これが依頼の……」

「ジンっ! こいつは恐らく……巨人形ゴーレムだっ!」

「ゴ、巨人形ゴーレム!? エスラナ……あんたそれ、本気で言ってるの!? もし……そうだとしたら、Eランクの私たちじゃとても――――」

「いや、巨人形ゴーレムはAランク指定の魔物の中でも、攻撃力がそれほど高くないんだ。だから……冷静に攻撃を加えて行けば倒せない相手じゃない筈だよ!」

「へっ、なるほどなっ! そうと決まれば……行くぜ、聖剣波セイント・シグナル!」

「……ふふっ、ジンったらやる気満々ね……だったら、こっちも行くわよ! 双牙鞭ファング・ウィップ・セカンド!」

 前衛二人の攻撃が繰り出される。
 どちらも中々いいスキルだが……耐えられる!

 巨人形ゴーレムには防御の指示を出し、まだ動かさない。
 そして……

「よしっ、二人ともありがとう! これで決めるっ! 業炎塊ヴォルカード・ソウル!」

 最後のターゲット、エスラナも、攻撃を浴びせるために近寄ってくる。
 そう……この時を待っていたんだ!

 すかさず、巨人形ゴーレムに隠し持たせていた霧状麻痺毒薬を散布させる。
 この至近距離で放てば、逃げられる者など居ないだろう。


 ただ一人……遠くでおどおどと観戦する、テト以外は!

「く、くそっ……なんだ、これ……」

「か、身体が……うごかないわっ……」

「……これは、麻痺……な、何故……巨人形ゴーレムが……」

 思惑通り、三人は見事麻痺毒に掛かってくれた。
 そう……巨人形ゴーレムは所詮、奴らを動揺させるためのただの囮……真の目的はあの三人全員を麻痺させることだったのだ。
 ……しかし――――

「うぐっ……やはり、我もか……」

 突如、身体に痺れを感じる。
 距離的に薬を吸っている筈は無いのだが……では、何故麻痺がこちらまで届いたのかというと――――

 ズバリ、もう一人の自分スワンプマンの効力なのである。
 このスキルは、自身の約4分の1の能力を持った分身を作り出して、意のままに戦わせる便利な代物だ。
 しかし、皆技オール・スキル故、扱いが難しいという事もまた然り。

 もう一人の自分スワンプマンで作り出した分身が受けた攻撃は、使用者も同じように食らってしまうのである。
 これで最早、我は動くことすらままならない……


 だから……
 後は頼んだぞ、テト!



◇◆◇



 未だに……緊張で足が竦んでしまう。
 レギさんがここまでしてくれたというのに、わたしの心は……今もパーティメンバーへの恐怖で溢れているのだ。

 今、ここで完治パーフェクト・ヒールを使えば……全てが解決する。
 そう思えば思うほど、プレッシャーは高まっていく。

「く、くそうっ……こんな麻痺ごときで……アンタ……テトっ!? そんなところで見てないでさっさと助けなさいよおおおおおおお!」

「お、落ち着けルー! 麻痺を治療する薬なんて、持ち合わせちゃいねえだろ! だからここは――――」

「うるさいわよっ! 使えない治療術師の分際で……アンタ、一人で囮になりなさいよおおおおおおお!」

 ルー様の絶叫で、わたしは再び硬直してしまう。
 ……やっぱり、ダメ……なのかな。

 そう、諦めかけていた最中だった。

「…………」

 勿論言葉は発していないのだけど、目の前の巨人形ゴーレムが僅かに微笑んだ気がした。
 ……そうだ、ここでやらなくちゃ、何のために頑張ってきたのか分からない。

 レギさんは手間暇掛けて巨人形ゴーレムを作り出し、偽の依頼を出してまでくれたんだ……
 改めて、失敗はできないと思いなおす。

 そして――――

「少しだけでいい……神様……弱い私に、ほんの少しの勇気をくださいっ! 完治パーフェクト・ヒール!」

 スキルが発動した瞬間、あたりには神々しい光の雨が降っていた。

「……こ、これは……なんで、僕の痺れが……取れて……」

「まさか……テト……? お前、本当に治癒師の力を――――」

「ジン様っ、その事は後です! 決めるなら今しかありませんっ!」

 ジン様もエスラナ様も、突然の出来事に動揺しているみたいだけど……
 わたしの掛け声で正気を取り戻し、一つ頷いてから攻撃に移った。

「……いくぜ、もう一度くらえっ!  聖剣波セイント・シグナル!」

「援護するよ! 即冷却ファスト・フリーズ!」

 即冷却ファスト・フリーズの凍結効果で、脆くなった部分へジン様――勇者の一撃……

 気づくと、目の前の巨人形ゴーレムは跡形も無く消え去っていた。

「……やった……?」

「ああ! 僕達……巨人形ゴーレムを倒したんだっ!」

 勝利の余韻に浸るお二人は、やがてこちらに視線を移してくる。

「……その、テト…………俺、これまで――――」

「……僕も……本当に……ごめん……キミの事、ずっと……天職を偽った詐欺師だと思って――――いや、そうだとしても……決して許される事じゃない、よね……」

 二人の謝罪は、心からのものであると感じた。
 勿論、それだけで割り切れるものでも無いし……納得いかない部分もあるけれど、これから……

 そう、そんなものはこれから先、長い時間をかければどうにでもなるんだ。

「あのっ、わたしも――――」

「ちょおおおおおおおっとおおおおおおおっ! アンタ達、待ちなさいよおおおおおお!」

 わたしの言葉は、遠くで怒号を飛ばす一人の女性――ルー様によって、完全に遮られてしまった。
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