群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

文字の大きさ
56 / 244

56 ー秘密ー

しおりを挟む
 少し離れての警備。
 しかし、かなり近いところでの警備。
 なのでシュンエイの姿はいつも部屋の中で見れるのだが、言葉を交わすことはなかった。

 ちなみに部屋は広く、布のパーテーションで仕切られているので、はっきりと姿が見られるわけではない。
 パーテーションと呼ぶわけないが、理音からしたらパーテーションである。御簾とも違うし衝立とも違うようなのだが、名はわからない。従ってパーテーションである。
 しかし同じ部屋だけあって、彼女が側にいる女官と話すことはしっかりと耳に入った。 
 部屋には彼女にぴったりと付き添う若干年配の女性、ツワのような立場だろう。その人とあと二人女性がいるだけだ。

 そして理音がパーテーションの後ろで彼女の警備をする。
 更に部屋の外に男性が二人。
 つまり、現実部屋の中で話を聞くのは理音までになる。外の男にまでは聞こえない。だからこそ、このポジションを男にされるのは確かに嫌であろう。
 何せ微妙な話も多い。つまり夜の話だが。未だ旦那様がこちらに来ない。のような話題が多い。
 シュンエイ的には良いらしく、安心している様なことを口にしているが、シュンエイの家にとっては良い話ではないだろう。

 ツワポジションの彼女、名はユムユナだが、ユムユナはそれをかなり気にしているようだった。
 そのため、よくシュンエイに文を書かせる。
 嫌々それを書かせると、理音にその文を大尉の従者へ渡せと命令してくるのだ。
 そうして今日も文を預かると、理音は爛々と部屋を出ることになった。

 何と言っても息がつける。
 文を預かると、別の仕事も頼まれることが多いのである。あの部屋でじっと時間がすぎるのを待つくらいならば、外で何かしていた方が気が紛れていい。
 今の所特に問題はないので、大尉の屋敷に入ることに嫌気はない。ただ気兼ねしないと言うことではないので、挨拶などは気をつけなければならなかった。

 シュンエイの部下であるわけで、その部下が粗相をするとシュンエイの恥になる。そのためシュンエイの屋敷から出る時は、特に所作を間違えないように気を遣わなければならないのだ。
 とは言え、余程のことがない限り、目くじらててて怒られることはない。
 通りすがりの従者や女官に挨拶をしっかりすれば問題はない。作法は教わっている。
 もしも旦那様に出会ってしまったら、すぐに邪魔にならないように脇に退いて跪き、顔を見せないように頭を下げておけばいい。ただそれだけだった。



「失礼します。シュンエイ様より、文を預かって参りました」
「やあ、また会ったね」
 いつもはいるはずのない男が部屋にいて、理音は一瞬動きを止めた。

 嫌な奴がいる。

「ユウリン様、お仕事中、申し訳ありません」
 頭を下げるのは、礼節をわきまえなければならないからだ。仕方なく頭を下げる。
「構わないよ。少し休憩しているだけだから」
 笑って返すその顔が嘘くさい。

 理音はこの男が若干苦手だった。

 あまり会いたくない男、ユウリン。
 彼は大尉の側近で、なぜかよく文を渡すための部屋にいることが多い。

 理音が入った部屋は、大尉に渡す文を預ける場所である。
 理音はこの部屋までしか入られない。奥にまで入る許可が出ないので、この部屋で待機している従者に文を渡しているのだ。

 しかし、たまにユウリンがここにいる。

 本来であればここに待機しているのはユウリンではなく、下使えに近い従者である。
 そんな従者がいるような場所に、大尉の側近であるユウリンがいるのは少々おかしい話で、何のためにいるのか知らないが、とにかく身分的にいてはならない人だった。

 だがいるのである。
 ただいるだけならば問題はないのだが、この男、理音を見るたびにちょっかいを出してくるのだ。

 そのちょっかいが、また微妙なのである。

「大尉への文なら、私が渡しておくよ?」
「いえ、ユウリン様のお手を煩わすことはできません。従者の方に渡すよう言われてますので、お仕事を続けてください」

 そんなの渡しちゃえばいいじゃん。と理音も思うのだが、これがダメらしい。
 文を渡す相手は必ず従者に。ユムユナのお言葉である。
 大尉に直に渡すのもダメ、まさかの正妻が渡してあげるよと言ってきてもダメ。従者以外は絶対ダメ。
 それがなぜダメなのかと言うと、まず大尉に直は失礼である。これは何となくわかる。側室の従者が直接大尉に文を渡す。仕事の話であればともかく私情である。お仕事中かもしれない大尉に、それは邪魔でしかならない。それで渡してしまうと、シュンエイの監督不行き届きになるわけだ。

 そして正妻がダメ。
 わかりやすく握りつぶされるかもしれないから、ダメなのである。

 更に他の人間。
 これはいいだろうと思うのだが、やはりダメだ。文を渡すことが仕事の従者がいるのである。それが仕事なのだから、彼らに任すのがスジ。それには理由がある。
 例えば、下位の者だとちゃんと渡さないかもしれないため、信用性がない。なのでダメ。
 そして大尉付きの側近たち、ユウリンのような者に渡すと、これもまた仕事の邪魔になるからダメなのだ。
 ダメダメづくしである。とにかく従者に渡せ。それだけだ。
 そのため、ユウリンが渡してあげるよ?などと優しく言ってきても、絶対渡してはならない。

 それを知っているのに、この男、しつこく言ってくるのである。

 そして、そう言うときに限って、従者がこの部屋にいない。
 その間は従者を待たなければならず、このユウリンと二人きりが続くわけだ。



「リオンは真面目だね。私は気にしなくていいと言っているのに」
「いえ、これは私の仕事ですので、お気になさらないでください」
 つか、いい加減にしろよ?の意味も込めてやりたい。だがここは我慢である。
 おおい、従者早く戻ってこいよ。トイレかよ。お腹でも痛いのかよ。

「リオンは、外国から来たんだって聞いたんだ。色々理由があってシュンエイ様付きの従者になったとか。そうなの?」
 この男が、自分が女であるか知っているかはわからない。そして、その外国から来た。はどこルートで聞いたのか気になるところだが、聞くのは危険だ。逆に経緯を聞かれて、話さなければならないことになる方の確率が高い。
 なので、下手なことは言わないのが得策である。

「その様な大した話はございません」
 ここは笑顔で返してみる。嘘くさい笑顔だと自分でも思うが、それでそのまま静かに立って待つ。早く帰ってこないかな、従者。

「リオン、実はね、君に頼みたいことがあるんだ」
 唐突な言葉は不安しか呼ばない。
 理音は嫌すぎる。の顔を辛うじて出すことなく、どのようなご要件でしょうか。と応えた。
「外への用事なんだ。たまに私からの文を、とある方に渡してほしい」

 胡散臭い仕事である。

 女かな?と脳裏に浮かんだのは、そこそこユウリンの顔の造形が良いからだ。
 言ったのはキノリであるが、女中たちの反応は概ね良い。遠目から見るだけでもと、つい視線を向けてしまう。らしい。理音には理解できないことだが。
 そして、奥さんがいないようである。そこが狙い目だと、この家に来て一週間も経たない内に女中たちの口端に上がっていた。
 その男が、女に文を渡したいと言っても納得の行動であるが、だがしかし。

「私の一存では、お受けいたしかねます」
 お前には仕えてねえよ。と暗に示す。
 いや、この男に関わりたくないだけだが。どちらにしてもシュンエイかユムユナか、許可が必要だろう。勝手に外には出られない。
「もちろん、シュンエイ様には許可をいただくよ。それならいいよね」
 なら私に聞くなよ。心の声を口にはせず。それでしたら。と笑顔で返す。
 もうこの猿芝居がつらくてたまらない。思うことを口に出せないストレスは、案外たまりやすいのだと気づいた。
「なら、あとで」

 かなり気安い話し方が、なおさら気に食わないのかもしれない。
 ユウリンはそれだけ言うと、微笑んで部屋を出ていた。
 その微笑みも、何か含んだ笑みに見えて仕方がない。
 しかも部屋を出ていったならば、ここで一体何をしていたのか問いたい。
 あの男はただ長椅子に座って、窓の外を眺めていただけなのだ。仕事など何もしていない。
 毎度ここで出会うのは仕事をさぼっているとしか思えなかった。
 実際さぼっているのだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

処理中です...