群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

文字の大きさ
69 / 244

69 ー皇帝とはー

しおりを挟む
「今の皇帝になって、国って安定してないんですか?」
「何よ、急に」
「いえ、皇帝ってよく変わってるって聞いて」
「あそっか、あんたってよそから来たんだっけ」

 よそもよそ。世界すらもよそだが、とりあえずはうんうん頷いてみる。

「そうねー、私の知っている内じゃ、皇帝は五人変わってる?かしら。覚えてないわね。それから変わったかって言われると、誰の時代で変わったかはわかんないわ。気づいたら変わってたりしたし、それで生活が変わるかって言ったら、そう変わったものじゃないし」

 しばらく官吏が実権を握っていたこともあるのだから、誰がトップに立とうと同じだったのだろうか。
 キノリは捻り出すように言葉を紡ぐ。

「子供の頃は戦争が多かったわね。他国との戦争があって、町からも男を何人出さなきゃいけないとかで、友達のお父さんが兵士として連れられたことがあったわ。それがなくなった頃には皇帝がよく変わるようになって、親がよく物価がどんどん高くなっていくって言うのは聞いてた。最近は、そうねえ、今の皇帝なんてほんとつい最近だから、何が変わったとかはないと思うわ」

 つい最近。
 確かにフォーエンが皇帝になってから、それほど長くは経っていないのだろう。
 だからこそ彼は妻も娶れず、彼の進むべき国政に横入りし、邪魔をする者たちをあばこうとしている。

「安定って、どう言うことを言うのかしらね。前からずっと町の外に一人で出るのは怖いし、夜なんて絶対外に出られないし。むしろ、悪くなったんじゃない?他国との戦うことはないけど、国内で出兵ってあるわよ。前も、謀反を企てたって兵士が出たし。そこまで大きな戦いじゃなかったけど、国内で戦争があったわ」
 それは理音も知っている戦いだろう。
 宴の最中に争いになった、あの事件が原因で、フォーエンは兵士を出した。あれは無事に終わり、謀反の残党も倒せたのだろう。

 キノリはそんなことはどうでもいいように、内戦なんて畑が荒らされるだけだと愚痴った。

「よかったなあって思ったのは、近くの川の氾濫がなくなったことかしら」
「氾濫?雨が少なくなったとか?」
「やだ、違うわよ。堤を作ってくれて、洪水がなくなったの。あれは本当に嬉しかったわ。毎回大雨が降ると、床まで水が溜まって来ちゃってねえ。男衆が商品をあちこちに運んで、もう大変。夜中対応して、その後泥の処理して、あれがなくなったのは助かったわ」

 ライフラインの設定である。
 それを行える余裕ができたのならば、安定に近づいているのだろうか。
「市井に目が向けられて、市民にお金を使える、いい皇帝ってことじゃないんでしょうか?」
 どうにかフォーエンの悪評は払拭したい。そんな軽い気持ちでフォローしてみたが、キノリからは残念な言葉が返ってきた。

「皇帝陛下なんて、何にもしないでしょ。いい服着て、美味しいご飯食べてさ。綺麗な女の人に囲まれて、ぬくぬく生きてるのよ。そんな殿上人が、市井に目を向けるわけないじゃない。堤を作ってくれたのも、町のお役人だわ。皇帝なんて誰がなっても同じよう。戦争さえしなければいい皇帝で、今の皇帝は戦争をするもの。だから悪い皇帝よ」


 実際、フォーエンがどんなことをしているのか知らないので、それを否定することはできなかった。

 自分が一体フォーエンの何を知っているかと問われれば、何も知らない。
 ただ近くにいる時に勉強を教えてくれて、覚えていないと見下してきたり、スカートで足を開けば本気で怒ってくる男である。
 そして記憶力が普通の倍はあり、勉強熱心で、多分真面目な性格だと思われる。
 そこが惹かれた理由なのかもな、と思うわけだが。

 さすがに、全否定されると凹む。

 確かに、戦争をしなければいい皇帝と言いたい。あの粛清も必要があるのかと問われれば、理音には成否はわからなかった。
 ただ、殺されてしまったら何もできなくなるのは確かである。そのために必要だと言われれば、応としか言えない。
 しかし、市民にとってはそんなものどうでもいいだろう。自分たちが平和で安心して生きていられれば、今後のためと言われても疑問を持つ。

「王様って、大変なんだあ」
 自分の身を守りつつ、国を良い方向へ導かなければならない。たかだかそこそこ二十歳前後の男が、一つの国を担っているのだから。

 そして、それを邪魔する輩がいる。

「何を、そんな暗い顔をしているの?」
「ナミヤさん」
 腕に何かを抱えているナミヤは、後ろから声をかけてきた。まだ屋敷に着く前の、壁沿いの道だ。

「お買い物ですか。今日も文をお持ちしたんですが」
「お茶ぐらい出すから、寄っていきなさい。丁度、菓子を買ってきたんだよ」
 文を出そうとすると、その前に歩まれてしまった。渡すことができずに仕方なく後ろを着いていく。

 ナミヤは普段通りの柔らかな笑顔だ。前にナラカが現れた時とは違う。
 屋敷はすぐそこで、入ればいつも通りアイリンがいた。
 今日は、他の男たちは集まっていない。ウンリュウがいないが、監視をしているとしたら、折を見て後から来るのかもしれない。
 その代わりのように、見たことのない男が、アイリンと同じ席に着いていた。

「買い物ついでに、どこの子を連れて来た?」
 結うことなく黒の艶やかな髪を垂らした男が、悠然と座っている。
 足を組むでもなく、背もたれに寄りかかるでもなく、やけに姿勢のいいまま、どっしりと椅子に腰を下ろしていた。
 ウンリュウのように筋肉質な男だ。 
 ここにはいかつい男たちが集まってくるが、この男もその一人なのだろう。綺麗な顔をしている割に胸板が厚い。
 けれど、どこか雰囲気が彼らとは異質な気がした。いや、彼ではなく、他の者たちの雰囲気と言うべきか。
 アイリンはいつも通り軽く笑って理音を迎えたが、普段のように肘をついていないからだろうか。

「彼は、いつも文を持ってきてくれるんですよ」
 言われて急いでそれを出す。
 ナミヤは笑顔で受け取ると、お茶とお菓子を出してくれた。
「久しぶりに手に入ったお菓子なんだよ。最近、糖の買い占めが多くて、菓子屋も手に入らないとぼやいていたんだ」
「お砂糖の買い占めですか?出来が悪かったとかで?」
 まるでオイルショックやバター不足のようだ。お一人様一つのご購入とはいかないのだろうか。

「糖を買い上げて、市場を上げているんだよ」
「市場操作ですか?それで不足しちゃったら、文句出ちゃうでしょうに」
「文句はもう随分出ているよ。でも仕方がない。皇帝陛下の命令と言う噂だから」
「フォーエンの?」
 言って言い直す、皇帝陛下のですか!?
「何でまた、皇帝陛下がそんな市場操作を?そんなことしたら、みんな怒っちゃうでしょう。立場、悪くなっちゃいません?」
「なるだろうな。既に商家と市民の対立があった。商家同士でももめているみたいだ。だが皇帝陛下の命令だとすれば、商家も何もできない。商家に渡る前に買い尽くされているようだから、文句も言えないのかもしれないが、これが続くようなら不満は大きくなる一方だ。皇帝陛下へのあたりも悪くなるだろう」
「皇帝陛下は、市民の不満よりも、金を貯めることに力を入れていると言う。あと、甘党だとか噂するやつもいるね」
 砂糖を買い占めるまで甘党ってどんなだ。
 甘い物を好んで食べていたわけではないので、かなりの皮肉なのだろう。

 しかし、フォーエンがそんなしょうもない金の稼ぎ方をするとは、中々頭が悪い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...