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98 ー憩いー
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「これはどこの言葉だ。お前が話していた言葉とは違う」
ようやく、フォーエンはその睫毛を上げた。
あと少しで、その長い睫毛の長さを測るところだった。
「それ、英語。別の国の言葉だけど、学校で習うの」
聞いていて区別がつくのがすごいと、本当に感心する。
今自分が話している言葉がどうなっているのかよくわからないが、前に話していた日本語とは区別がつくのだろう。
「試験があるから、ちゃんと勉強しないとダメなんだ」
「お前は記憶力が悪いからな」
この野郎。
想像通りの毒舌だ。言葉が通じなくてもそんな予感はしていたが、やはりいい性格をしている。
「だから、勉強してんの。すぐ忘れちゃうから」
「こちらの言葉は覚えたのだろう」
普通そう思うであろうが、そうではない。
フォーエンのよく頑張ったな。とでも言わんばかりのお言葉を頂いて恐縮だが、残念ながらそんな真似はしていない。覚えようとはしていたが、そこまでのものではなかった。
そして、今話している言葉は、自分は日本語だと思っている。それが通じるようになっただけだ。
けれどまた不思議なことに、前に勉強したこちらの文字を写した写真も読めることに気づいた。だが日本語の文字も読める。
つまりこちらの言葉も日本語も、どちらも同じに見えているわけではないのに、読めて話せるのだ。
それをフォーエンに説明すると、心底嫌そうな顔をされた。
努力していないわけではないので、その害虫を見る目はやめていただきたい。
隣で大きくため息も付いてくれる。相変わらず嫌味っぽい男である。
「つまり、こちらの言葉はお前の話す言葉と同じように聞こえるわけか」
それが、完璧ならばよかったのだが。
残念ながら、文字を書くことには問題があった。
英語で話せても綴りがわからないのと同じで、読むことはできるのだが書くことに関しては難があった。平仮名は書けても漢字がわからないように、難しい言葉に至っては、特に書けないことが多いのである。
漢字の書き取りができないレベルと同じなのかもしれない。ある程度は書けても、ある程度を越えると書けないのだから。
まあ、読めるので問題はないかもしれない。とりあえずは話せるのだから、よしとしている。
フォーエンは不服そうな顔をしてくれたが、まあ、いいではないか。
「戻ってきて話せてよかったよ。最初、変なとこにいたし」
「どこにいたわけだ」
「知らないとこ。小さな町で、働ける場所を探したら、王都で働けるって話だったから、一緒に付いて来ただけ。行く場所ないし働けるならって」
フォーエンは大仰にため息をついた。
今の話でなぜため息をつくのか。ちらりとこちらを横目で見やって、再びため息である。
本当に話すのを嫌な気分にさせる。
「なぜ、私のところに来ない」
その言葉に何か意味が含まれているわけではない。
フォーエンは、不服そうな顔をして言った。間違いなく、言葉通りの意味だけだろう。
赤面しそうになって、何とかそれは堪えた。誤解させるような言い方をするんじゃない。
「こっち来た時、前と同じ場所じゃなかったんだもん」
来れるものなら行っていたが、行けるわけがないだろう。そもそも時代が違うのだと思っていたのだし。
フォーエンはため息の後、イヤホンを人の手に放り投げた。ついでにスマフォの音楽も消してくる。使い慣れすぎだ。
「私が来るのわかってたの?」
「わかっていた。お前が姿を消すことも再び戻ることも」
「どうやって?」
「星見がいる。初めに会っただろう。ウーゴの木の下で」
この世界に来て、最初に会った男は織姫フォーエンと彦星である。フォーエンの後ろで遠慮がちにしていた、ウーゴの木の蜜をくれた人のことだ。
「星見が、お前が消えて現れることを予知していた。星が流れて失い、また得られると」
「星が流れる…。それって流星だよね。どうしてわかるの?そしたら、私が次帰れる日もわかるの⁉︎」
やはり、流星は自分の行き来に関わりがあるのだ。星が流れてそれと同じように自分もあちらへ流れて行く。
「星見はウーゴの木で先を占う。お前に関しては数日のことが現れるだけだ。お前が戻る日がすぐ現れるわけではない。その時が来ればわかるのだろう」
戻られる。
それを、嬉しく思わないわけがない。
しかし、口にしながらも、どこか重く感じるものがあった。
いや、そんなこと、考える必要はないと、頭の中でかぶりを振る。
「私に関してはわかるってよくわかんないけど、でも、帰れる日が来るってことだよね!こないだ流星見た時帰れなかったけど、また来たら帰れるんだよね!」
帰りたくないと願って、そのおかげかあの時は戻らないで済んだ。だが次は逃せない。
ここにいる間にどれくらいの時間が向こうですぎるのかわからなくなった今、早く帰れるに越したことはなかった。
「帰りたいのか?」
なぜそんなことを思うのか?とでも言いたげな顔をして問うてきた。むしろ、その問いに問い返したい。
「あ、当たり前じゃん。私にだって生活はあるんだから。早く帰んなきゃ学校だってあるし、親だって心配するし」
ついどもって、理音は足元に目線を下ろした。
変な感情を持ちそうになるだろう。
帰ってほしくないの?
それを口にする勇気もないのに、そう思ってくれたら嬉しいなどと、自分勝手なことを考える。
「次の流星が見れるまで、どれくらい時間がかかるんだろ。あっちの時間とこっちの時間が比例してないから、向こうでどれくらいの時間を取られてるのかわからないし」
「どういう意味だ?」
時間は、あちらとこちらで比例していない。
こちらの二ヶ月ちょっとが三時間であったことと、けれど戻って来た時の時間は別の時間軸だったことを説明すると、フォーエンは少しだけ沈黙した。
そのことについて疑問を持たれるよりも、フォーエンがこことは違う別の世界について疑問を持たないことに驚いた。
確かに、タブレットなどの機器は持っているとしても、別の国から来たと言う方が納得できるだろう。他の世界から来たと言って納得できるほど、頭が柔らかいとは思えないのだが。
けれど、フォーエンはすんなりとそれを受け入れている。それが何だか不思議だった。
そこを理解する理由があるのだろうか。
「ねね、私がどこから来たか知ってるの?」
「知らん」
即答である。
どこから来たかは知らずとも、他国から来たわけではないとわかっている。謎だ。
フォーエンは理音の疑問がわかっていると、一度息をついてみせた。何と説明しようか迷うような、そんな一息だ。
「星が流れる時に、私の運命を左右する何かが現れる。星見が予見したことだ。その日付もわかっていた。テイカクが最大にして輝く時、星が流れる」
テイカクとは大月のことだ。
「この国はウーゴに守られ、その先を知らされる。現れる何かは、必ずウーゴの下に出でるだろうと」
何か。と言うならば、人だともわかっていなかったようだ。そこで理音が現れたわけである。
いきなりミニスカートを履いた女が転げてたら、パニックになるだろうが。
しかしあの時は、フォーエンと彦星がこちらを見ていただけだ。ただし、何だこれは、の目つきではあったが。
「それは一度消えて、再び現れる。テイカクが最小になる時と、また最大になる時。星見の言う通りお前は一度現れ、そして消えて、また現れた。ただ二度目はウーゴの下にはいなかった。星見が外れたと思っていた。二度と現れないのであれば、」
フォーエンはそこで言葉を止めた。
現れなかったらどうだと言うのだろう。大体、フォーエンの運命を左右するとか大げさな話に聞こえる。
自分がここにいて何かするとでも言うのか。いや、信じていないのかもしれない。運命を左右する者を、囮に使うのだから。むしろ、いい囮ができてラッキーくらいに思っているのではないだろうか。
しかし、それで納得した。ここに閉じ込められた理由が。皇帝であるフォーエンの運命を変えるのであれば、それはまた面倒な者が来たわけである。
フォーエンは顔を上げて理音を見つめたが、理音こそフォーエンの顔をまじまじと見つめた。
紺色の瞳はどこか宇宙の色のように思えて、その美しさに心を奪われそうになる。
理音の好きな色だ。
「綺麗な瞳の色だよね」
「は?」
心底、何言ってんだお前。の嫌そうな顔をされた。褒めてるのに、その顔はひどい。
「お前は、脈絡がないな」
「よく言われる。考えてること、全部声に出しちゃうよねって」
「馬鹿なだけだろう」
やかましい。
ほとほと、失礼なやつである。
「とにかく、フォーエンの運命左右するとか、大げさでしょ。テイカクが最大になったら、私帰れるかもだし?で、相談なんだけど、暇だから何かお手伝いとか、働けないかな。囮するならするでいいけど、あれは夜ここにいればいい感じじゃない?だったら昼間とか、動けるとこないかなー。前に大尉のとこでお手伝いしたみたいに、お手紙配達とかでいいから。暇なの。ひまひま」
理音の提案に、フォーエンは無言で返す。
反対しているのかただ考えているのか、どちらかは判断できなかった。無表情でこちらを見たままだからである。
フォーエンは、時折人の顔をじっと見て、ため息をつくことがあった。それからお前馬鹿だな。の目線をよこしてくる。
今回もそれかと思った。大きくため息をついたからだ。
「お前が姿を消したことは、外の者は知らぬ。最近、姿を現していない程度だろう」
「それって?」
どういう意味だろう。
「いなかったことは気づかれていない。お前が戻ってくるとわかっていたため、いるように装っていた」
どこまで周到なんだそれ。半ば呆れるが、しかし理音は予想通りに戻ってはこなかった。
それはそれは、結構誤魔化すの苦労したのではないのだろうか。
そうであっただろう。フォーエンは小さく息を吐く。
「しばらく姿を現していなかったせいで、生きているのか死んでいるのか、噂にはなっていたようだがな。だが、今、お前がここにいれば問題ない」
ということは、やはり囮は続行ということである。
ならば、いつも通り呼ばれた時以外は、ここから出られないということなのか。
がっかりと肩を下ろすと、フォーエンは気にせず続けた。
「今回の件が落ち着けば宴も行う。その際にはお前には出てもらう。それ以外は、今の所役目はない」
なるほど。そこから囮再出発と言うところか。
いるのかいないのか、存在もあやふやな状態では囮にもならない。しかし姿を現せば、やはり生きているのだとわかって、囮続行となるのだろう。
さて、その宴だが。宴とは何の宴か。思い当たるものがあった。
「お誕生会?ユウリンさんが言ってた。今度誕生日なんでしょ?」
「…どうでもいい」
「何で?生まれた日おめでとうだよ!ちゃんとお祝いしなきゃ!二十歳でしょ?美味しいご飯食べて、ケーキ食べて。あ、ケーキないか。甘いもの食べて!でも宴だと食べられないから、後でちゃんと食べられるとこでお祝いするといいのに」
「食い物ばかりか?」
「プレゼントもだよ。贈り物!欲しい物あるの?あ、でも皇帝て欲しい物なんて手に入っちゃうもの?じゃあ、やっぱりケーキ!こっちってそう言うお祝いの甘いものとかないの?折角のお誕生なら、美味しもの食べれた方がいいでしょ?」
「子供だな」
「子供だもん」
祝ってもらうのならば自分の好きなものを食べたい。だが宴ではあまり物を口に入れられないのだから、別でパーティを開けばいいではないか。それなら好きなものが食べられる。
フォーエンは軽く笑って、風に凪いだ髪を抑えた。
今日は髪を下ろしているので、襟元で漆黒の絹のような髪がするりと流れた。
綺麗な髪。
自分の髪の毛が何だか恥ずかしい。自分の方が短いのに、フォーエンの方が潤った髪である。しかもいい香りがする。
女子っぽいところですら負けている事実。何とも虚しい。
「それは?」
フォーエンは当然のようにノートパソコンに手を出してきた。
最初から気になっていたのではなかろうか。自分の元に引き寄せて、蓋を開ける。タブレットと勘違いしていたのかもしれない。中を開けて静かになった。
「ノートパソコンだよ。タブレットとは違う。私、こっちにデバイス忘れちゃったから、親に古いのもらったの。スマフォももう一つあるから、こっち持ってていいよ。充電器私持ってていい?ノートパソコンの方が使う時間もたないんだ。こっちの予備の充電器渡しとくから。それ、ノートパソコンで充電できてるから使えるよ」
ぽいぽいフォーエンに渡して、フォーエンはそれを黙って受け取った。
さて、何から説明すればいいのか。彼はもちろん使い方を知りたがっている。
機能を全て教えていたら日が暮れるな、と思いつつ、一番使うであろう同期の仕方から教えることにした。
ようやく、フォーエンはその睫毛を上げた。
あと少しで、その長い睫毛の長さを測るところだった。
「それ、英語。別の国の言葉だけど、学校で習うの」
聞いていて区別がつくのがすごいと、本当に感心する。
今自分が話している言葉がどうなっているのかよくわからないが、前に話していた日本語とは区別がつくのだろう。
「試験があるから、ちゃんと勉強しないとダメなんだ」
「お前は記憶力が悪いからな」
この野郎。
想像通りの毒舌だ。言葉が通じなくてもそんな予感はしていたが、やはりいい性格をしている。
「だから、勉強してんの。すぐ忘れちゃうから」
「こちらの言葉は覚えたのだろう」
普通そう思うであろうが、そうではない。
フォーエンのよく頑張ったな。とでも言わんばかりのお言葉を頂いて恐縮だが、残念ながらそんな真似はしていない。覚えようとはしていたが、そこまでのものではなかった。
そして、今話している言葉は、自分は日本語だと思っている。それが通じるようになっただけだ。
けれどまた不思議なことに、前に勉強したこちらの文字を写した写真も読めることに気づいた。だが日本語の文字も読める。
つまりこちらの言葉も日本語も、どちらも同じに見えているわけではないのに、読めて話せるのだ。
それをフォーエンに説明すると、心底嫌そうな顔をされた。
努力していないわけではないので、その害虫を見る目はやめていただきたい。
隣で大きくため息も付いてくれる。相変わらず嫌味っぽい男である。
「つまり、こちらの言葉はお前の話す言葉と同じように聞こえるわけか」
それが、完璧ならばよかったのだが。
残念ながら、文字を書くことには問題があった。
英語で話せても綴りがわからないのと同じで、読むことはできるのだが書くことに関しては難があった。平仮名は書けても漢字がわからないように、難しい言葉に至っては、特に書けないことが多いのである。
漢字の書き取りができないレベルと同じなのかもしれない。ある程度は書けても、ある程度を越えると書けないのだから。
まあ、読めるので問題はないかもしれない。とりあえずは話せるのだから、よしとしている。
フォーエンは不服そうな顔をしてくれたが、まあ、いいではないか。
「戻ってきて話せてよかったよ。最初、変なとこにいたし」
「どこにいたわけだ」
「知らないとこ。小さな町で、働ける場所を探したら、王都で働けるって話だったから、一緒に付いて来ただけ。行く場所ないし働けるならって」
フォーエンは大仰にため息をついた。
今の話でなぜため息をつくのか。ちらりとこちらを横目で見やって、再びため息である。
本当に話すのを嫌な気分にさせる。
「なぜ、私のところに来ない」
その言葉に何か意味が含まれているわけではない。
フォーエンは、不服そうな顔をして言った。間違いなく、言葉通りの意味だけだろう。
赤面しそうになって、何とかそれは堪えた。誤解させるような言い方をするんじゃない。
「こっち来た時、前と同じ場所じゃなかったんだもん」
来れるものなら行っていたが、行けるわけがないだろう。そもそも時代が違うのだと思っていたのだし。
フォーエンはため息の後、イヤホンを人の手に放り投げた。ついでにスマフォの音楽も消してくる。使い慣れすぎだ。
「私が来るのわかってたの?」
「わかっていた。お前が姿を消すことも再び戻ることも」
「どうやって?」
「星見がいる。初めに会っただろう。ウーゴの木の下で」
この世界に来て、最初に会った男は織姫フォーエンと彦星である。フォーエンの後ろで遠慮がちにしていた、ウーゴの木の蜜をくれた人のことだ。
「星見が、お前が消えて現れることを予知していた。星が流れて失い、また得られると」
「星が流れる…。それって流星だよね。どうしてわかるの?そしたら、私が次帰れる日もわかるの⁉︎」
やはり、流星は自分の行き来に関わりがあるのだ。星が流れてそれと同じように自分もあちらへ流れて行く。
「星見はウーゴの木で先を占う。お前に関しては数日のことが現れるだけだ。お前が戻る日がすぐ現れるわけではない。その時が来ればわかるのだろう」
戻られる。
それを、嬉しく思わないわけがない。
しかし、口にしながらも、どこか重く感じるものがあった。
いや、そんなこと、考える必要はないと、頭の中でかぶりを振る。
「私に関してはわかるってよくわかんないけど、でも、帰れる日が来るってことだよね!こないだ流星見た時帰れなかったけど、また来たら帰れるんだよね!」
帰りたくないと願って、そのおかげかあの時は戻らないで済んだ。だが次は逃せない。
ここにいる間にどれくらいの時間が向こうですぎるのかわからなくなった今、早く帰れるに越したことはなかった。
「帰りたいのか?」
なぜそんなことを思うのか?とでも言いたげな顔をして問うてきた。むしろ、その問いに問い返したい。
「あ、当たり前じゃん。私にだって生活はあるんだから。早く帰んなきゃ学校だってあるし、親だって心配するし」
ついどもって、理音は足元に目線を下ろした。
変な感情を持ちそうになるだろう。
帰ってほしくないの?
それを口にする勇気もないのに、そう思ってくれたら嬉しいなどと、自分勝手なことを考える。
「次の流星が見れるまで、どれくらい時間がかかるんだろ。あっちの時間とこっちの時間が比例してないから、向こうでどれくらいの時間を取られてるのかわからないし」
「どういう意味だ?」
時間は、あちらとこちらで比例していない。
こちらの二ヶ月ちょっとが三時間であったことと、けれど戻って来た時の時間は別の時間軸だったことを説明すると、フォーエンは少しだけ沈黙した。
そのことについて疑問を持たれるよりも、フォーエンがこことは違う別の世界について疑問を持たないことに驚いた。
確かに、タブレットなどの機器は持っているとしても、別の国から来たと言う方が納得できるだろう。他の世界から来たと言って納得できるほど、頭が柔らかいとは思えないのだが。
けれど、フォーエンはすんなりとそれを受け入れている。それが何だか不思議だった。
そこを理解する理由があるのだろうか。
「ねね、私がどこから来たか知ってるの?」
「知らん」
即答である。
どこから来たかは知らずとも、他国から来たわけではないとわかっている。謎だ。
フォーエンは理音の疑問がわかっていると、一度息をついてみせた。何と説明しようか迷うような、そんな一息だ。
「星が流れる時に、私の運命を左右する何かが現れる。星見が予見したことだ。その日付もわかっていた。テイカクが最大にして輝く時、星が流れる」
テイカクとは大月のことだ。
「この国はウーゴに守られ、その先を知らされる。現れる何かは、必ずウーゴの下に出でるだろうと」
何か。と言うならば、人だともわかっていなかったようだ。そこで理音が現れたわけである。
いきなりミニスカートを履いた女が転げてたら、パニックになるだろうが。
しかしあの時は、フォーエンと彦星がこちらを見ていただけだ。ただし、何だこれは、の目つきではあったが。
「それは一度消えて、再び現れる。テイカクが最小になる時と、また最大になる時。星見の言う通りお前は一度現れ、そして消えて、また現れた。ただ二度目はウーゴの下にはいなかった。星見が外れたと思っていた。二度と現れないのであれば、」
フォーエンはそこで言葉を止めた。
現れなかったらどうだと言うのだろう。大体、フォーエンの運命を左右するとか大げさな話に聞こえる。
自分がここにいて何かするとでも言うのか。いや、信じていないのかもしれない。運命を左右する者を、囮に使うのだから。むしろ、いい囮ができてラッキーくらいに思っているのではないだろうか。
しかし、それで納得した。ここに閉じ込められた理由が。皇帝であるフォーエンの運命を変えるのであれば、それはまた面倒な者が来たわけである。
フォーエンは顔を上げて理音を見つめたが、理音こそフォーエンの顔をまじまじと見つめた。
紺色の瞳はどこか宇宙の色のように思えて、その美しさに心を奪われそうになる。
理音の好きな色だ。
「綺麗な瞳の色だよね」
「は?」
心底、何言ってんだお前。の嫌そうな顔をされた。褒めてるのに、その顔はひどい。
「お前は、脈絡がないな」
「よく言われる。考えてること、全部声に出しちゃうよねって」
「馬鹿なだけだろう」
やかましい。
ほとほと、失礼なやつである。
「とにかく、フォーエンの運命左右するとか、大げさでしょ。テイカクが最大になったら、私帰れるかもだし?で、相談なんだけど、暇だから何かお手伝いとか、働けないかな。囮するならするでいいけど、あれは夜ここにいればいい感じじゃない?だったら昼間とか、動けるとこないかなー。前に大尉のとこでお手伝いしたみたいに、お手紙配達とかでいいから。暇なの。ひまひま」
理音の提案に、フォーエンは無言で返す。
反対しているのかただ考えているのか、どちらかは判断できなかった。無表情でこちらを見たままだからである。
フォーエンは、時折人の顔をじっと見て、ため息をつくことがあった。それからお前馬鹿だな。の目線をよこしてくる。
今回もそれかと思った。大きくため息をついたからだ。
「お前が姿を消したことは、外の者は知らぬ。最近、姿を現していない程度だろう」
「それって?」
どういう意味だろう。
「いなかったことは気づかれていない。お前が戻ってくるとわかっていたため、いるように装っていた」
どこまで周到なんだそれ。半ば呆れるが、しかし理音は予想通りに戻ってはこなかった。
それはそれは、結構誤魔化すの苦労したのではないのだろうか。
そうであっただろう。フォーエンは小さく息を吐く。
「しばらく姿を現していなかったせいで、生きているのか死んでいるのか、噂にはなっていたようだがな。だが、今、お前がここにいれば問題ない」
ということは、やはり囮は続行ということである。
ならば、いつも通り呼ばれた時以外は、ここから出られないということなのか。
がっかりと肩を下ろすと、フォーエンは気にせず続けた。
「今回の件が落ち着けば宴も行う。その際にはお前には出てもらう。それ以外は、今の所役目はない」
なるほど。そこから囮再出発と言うところか。
いるのかいないのか、存在もあやふやな状態では囮にもならない。しかし姿を現せば、やはり生きているのだとわかって、囮続行となるのだろう。
さて、その宴だが。宴とは何の宴か。思い当たるものがあった。
「お誕生会?ユウリンさんが言ってた。今度誕生日なんでしょ?」
「…どうでもいい」
「何で?生まれた日おめでとうだよ!ちゃんとお祝いしなきゃ!二十歳でしょ?美味しいご飯食べて、ケーキ食べて。あ、ケーキないか。甘いもの食べて!でも宴だと食べられないから、後でちゃんと食べられるとこでお祝いするといいのに」
「食い物ばかりか?」
「プレゼントもだよ。贈り物!欲しい物あるの?あ、でも皇帝て欲しい物なんて手に入っちゃうもの?じゃあ、やっぱりケーキ!こっちってそう言うお祝いの甘いものとかないの?折角のお誕生なら、美味しもの食べれた方がいいでしょ?」
「子供だな」
「子供だもん」
祝ってもらうのならば自分の好きなものを食べたい。だが宴ではあまり物を口に入れられないのだから、別でパーティを開けばいいではないか。それなら好きなものが食べられる。
フォーエンは軽く笑って、風に凪いだ髪を抑えた。
今日は髪を下ろしているので、襟元で漆黒の絹のような髪がするりと流れた。
綺麗な髪。
自分の髪の毛が何だか恥ずかしい。自分の方が短いのに、フォーエンの方が潤った髪である。しかもいい香りがする。
女子っぽいところですら負けている事実。何とも虚しい。
「それは?」
フォーエンは当然のようにノートパソコンに手を出してきた。
最初から気になっていたのではなかろうか。自分の元に引き寄せて、蓋を開ける。タブレットと勘違いしていたのかもしれない。中を開けて静かになった。
「ノートパソコンだよ。タブレットとは違う。私、こっちにデバイス忘れちゃったから、親に古いのもらったの。スマフォももう一つあるから、こっち持ってていいよ。充電器私持ってていい?ノートパソコンの方が使う時間もたないんだ。こっちの予備の充電器渡しとくから。それ、ノートパソコンで充電できてるから使えるよ」
ぽいぽいフォーエンに渡して、フォーエンはそれを黙って受け取った。
さて、何から説明すればいいのか。彼はもちろん使い方を知りたがっている。
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