群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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103 ー意味ー

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「まだ、部屋帰んないでいいの?」
「ああ」
「じゃあ、これやろ。オセロ!眠気覚ましに!ゲームの仕方教えるから」

 ノートパソコンにはゲームが大量に入っている。インターネットに繋げないでできるゲームもいくつか入っていた。これは対戦ができるし説明するのも楽なゲームで、手取り早く時間が稼げる。
 フォーエンが部屋に戻らないのは、囮として理音を使うには通う時間が短すぎるからだろう。皆が寝静まった頃に戻るのかもしれない。そうであればゲームの一回二回はできる。

 オセロのやり方を教えれば、フォーエンは興味深そうに画面を眺めた。白と黒の石を置けば逆の色になることにも興味津々なのである。
 そういえばこういったCGは見せたことがなかった。そのため色を変更させるのに、フォーエンは自分の頭を駆使してきた。
 ルールを覚えれば、やり方なぞ簡単なのである。

「うそ、負けた」
 角を取った方がいいとか、相手の駒も読むんだよとか、適当なアドバイスをしただけなのに負けた。ルールが簡単なので、フォーエンにかかれば楽勝らしい。
「お前が弱いんだろう」
 毒舌は忘れない辺り、フォーエンだ。

「いやいや、気抜いちゃっただけだから。次は勝つから」
「単純な盤上遊戯だな。わかりやすいが深い」
 老若男女ができるゲームだ。フォーエンも気に入ったか、進んで駒を進めてくる。
 これはよい時間つぶしになるかも。

「もう負けた!」
「お前、弱すぎるな」
 初心者に弱者呼ばわりされるとは。頭の回転が早いので、先を読む力が強いのかもしれない。
 AIに相手を任せて、その対局を眺めることにした。しかしレベル設定が低いせいか、楽に勝ってしまう。なので最高レベルにしてみせる。それでやっと盤上がゆっくりと進み始めた。先ほどまでは考える暇なしにぱちぱちうっていたわけだが。

 フォーエンとAIのオセロ対局は、フォーエンの暇つぶしになるようだった。時折フォーエンが目を眇める。
 考えてる、考えてる。
 理音と先ほど戦った顔なんて澄ましたものだった。相手にもならないといったところか。腹立つ。
 あとでパズルゲームでもやらせてみようか。それならば自分の方が勝てるだろう。さすがに勝ちたい。
 これからたまにこうやって、夜に時間を潰さなければならなくなるのだろう。
 他のゲームは何があったか考えながら盤上を見ていると、時間も時間のためうとうととしてきた。
 フォーエンはもう二戦目に入っている。先ほどAIに負けたので悔しいのだろう。

 時間は大丈夫なのだろうか。
 もうとっくに次の日に入っている。
 けれど、帰ろうとしない。
 フォーエンがここに来て、誰かが迎えに来ることはまずない。あるとしたら、何か大切な有事があるくらいだろう。
 前に一度人が呼びにきたことはあったが、たった一度だけだった。他に誰かが来たことはない。
 フォーエンが自分で帰ろうとしない限りは。

 この時間までいる理由。

「あ」
 声に出すと、フォーエンが顔をこちらに向けた。
「フォーエン、眠くなったら、そこのベッド使いな」
「ベッド?」
 ベッド通じない。
「えーっと、寝るとこ。寝台?明日起きれなくなると困るから、もう寝たら」
 フォーエンが不機嫌なわけだ。囮のためにわざわざここに来るのだから。

 この時間にフォーエンがいる理由を、すぐに考えればよかった。

 通うにも理由がある。
 このレイセン宮に、フォーエンの相手がいるのだと思わせるためのものだ。
 それが昼来られなくなったら、夜に来るしかない。夜来るならば、次の日までそこにいるだろうが。
 なぜ気づかなかったのだろう。
 いつも世間話のような何でもないことばかり話して、しばらくすれば帰るので、気にもしなかった。気づかなかったら、ずっとゲームをしていたかもしれない。
 そんなことで徹夜などしてどうするのだ。

「それ、寝台まで持ってっていいから。そっちでやりな。ほら立って、移動移動」
 フォーエンからノートパソコンを取り上げて、寝台に投げ捨てると、後ろからついてきたフォーエンを部屋に押し込めた。
「おやすみ」
 扉を閉めて、フォーエンを寝室に閉じ込める。
 早く言えばいいのに。言わないところを見ると、言いたくないし気づかれたくないしで、眠いのも我慢するつもりだったのだろうか。

 フォーエンが自分に興味がないくらい、わかっている。
 だったら、命令でもすればいいのに。
 寝台は使うから外に出ていろとか、何でもいいからここで時間を潰す必要があると言えばいいのだ。自分は雇われの身で、それを拒否することなどない。

 部屋を別に用意しないということは、このレイセン宮にいる人間にも、それは知られたくないのだろう。
 ツワから何か聞いたのか問うてきたことを考えれば、ツワは知っているのかもしれないが、多分それは彼女だけだ。
 それならば、自分はこの部屋で、長椅子でも使って眠るのが妥当だろう。
 長椅子のクッションを枕がわりにして、羽織りを毛布がわりにするしかない。
 広げていたタブレットをしまって、スマフォのアラームを設定し直す。朝方鐘は鳴るのだが、慣れてくると気づけないのだ。
 今日は特に眠るのが遅いので、起きれる自信がない。


「別に、傷ついたりしない」
 小さな呟きは、自分の耳にも届かない。

 ここにいるのは一時だ。自分は帰り、元の生活に戻る。
 一喜一憂しても意味はない。

 意味はないのだ。


 フォーエンは今後、また夜に来ることになる。ツワに何か掛ける物を用意してもらった方がいいかもな、と考えながら目をつぶって少し経てば、すぐに眠気が来た。

 どちらかと言えば図太い方に入るので、案外床の方が寝返りを自由に打てて眠れるかもしれない。
 ただ、羽織では掛物としては少し薄く、肌寒かった。
 どこからか入ってきた風に、寒さで羽織を引き寄せると、それがばさりと浮いた。
 否、自分が浮いて、羽織を置いていった。

「な、何!」
 目の前に見えた濃紺の瞳は、月の明かりに映し出され、まるで地球のように青く澄んで見えた。フォーエンの白皙の肌は一層白く、その表情は雪の女王のように凍えそうなほど美しい。

 魅入られる。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 長椅子から剥がして、細腕のくせに理音を軽々と運ぶと、フォーエンは理音を寝台に放り投げた。
「あだっ」
 抱きかかえられておろされたベッドの上、優しくおろされずに転がされて、勢い余ってベッドで一回跳ねた。
 転がった理音を押しやって、フォーエンは横になると、無言で背を向けてしまった。
 壁際に追いやられた理音を放置して、そのまま眠る気だと、理音の下にある掛物を引っ張る。それで更に転がった。
 ここで眠れと言うことだろうが、いやいや、それはダメだろう。しかも本人、相当不機嫌である。
 月の光のせいで鋭さを残したわけではあるまい。理由はよくわからないが、とにかくご機嫌が底の方にある。

「私、長椅子で平気だけど」
 一応言ってみた。が、背を向けたままのフォーエンは、無論シカトだ。
 嫌で怒っているくせにここで眠れとか、全くもって意味がわからない。
 夜ここに来るのが嫌で不機嫌だったのではないのだろうか。言葉に出してくれないものだから、色々通じないことが多すぎる。
 言ってくれなければわからないのだが、それを口にするほどプライドは低くなく、孤高の皇帝陛下様である。この場で理由が話されることはないだろう。
 短い付き合いなのにそれがわかってしまっているので、ここは言う通りにするしかない。

「私、寝相悪いから、蹴るかもよ」
 ベッドはキングサイズで、一回転しようと転げ落ちたりはしないが、寝返りをうちすぎてパンチか蹴りは入れそうな予感がする。
 しかも一度眠れば起きないと思うので、やりっ放しで気づかないだろう。念のためその申告はしておく。

「蹴り返すからいい」
 そうきたか。ならば気にしないでいいだろう。掛物の端をもらって、壁側に向いて寝転がる。
 ベッドの上は広いので、大の字で寝ない限りは攻撃したりしないと思うのだ。なので、できるだけ端に行った。
 寝言でも言えば聞こえるかもしれないが、そこは眠っているので聞こえないと思うことにしよう。

 同じベッドで眠るのは避けたいのが、正直な心だった。
 緊張するのと、嬉しいような気もするのも反面、複雑な気持ちと、こんなところにいてもと言う虚無感。それから、小河原への罪悪感。
 言い訳がましく、仕方がなく、とでも言うのだろうか。
 小河原の気持ちを考えると、居心地が悪かった。

 そんなことを考えつつ、やはり図太い神経の持ち主である理音が寝入るのは、とても早かった。
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