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118 ー火蓋ー
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「リオ、ン、」
なんじゃい、その呼び方。
そう呼んだのはハルイだ。緊張した面持ちがまるでロボットで、今にも右手足が一緒に出そうである。
「来たんだ。リオン。休んだから何かしているのかと」
何かって何を想像したのだろう。セイリンはあの時のことをどう納得したのか気になるところだ。理音も何と説明しようか、実のところ夜中に悩んでいたわけなのだがあまりいい言い訳が思いつかなかった。なので風邪をひいていたとごまかした。ごまかせていなそうだが。
特にハルイはウンリュウの皇帝陛下発言が気になって仕方がないのだろう。ギクシャクした動きは理音の前だけで、横目でちらりと見つつ、すぐに視線を避ける。
本当は一体何者なのか、どうすれば教えてもらえるのか、教えてくれるのか、ハルイの心の声が漏れてくる。
その姿にセイリンが苦笑いばかりする。荷物運びの指示を出してはハルイの尻を押した。
「気になって仕方がないんだよ」
「そうだよねー」
わかっているがどうにも説明し難い。できないのだが。
「実際さ、別に誰かの子供とかじゃないし、特別ってのもウンリュウさんが大げさに言っただけでね」
「でも、理音がハク大輔の紹介を得ているのは事実だし」
「うーん」
それを言われると唸るしかない。
フォーエンが頼んだのだろうが、ハク大輔に頼んだ人がいるなんて言ったが最後、セイリンであればすぐにフォーエンを思い浮かべるだろう。ハク大輔に何かを頼める者など、ごく少数なはずだ。
「ハク大輔より、ウンリュウさんとか他の部下の方の方がよく話したことあるんだよね。そのツテみたいなもので、ハク大輔も仕方なくって感じ?」
「でもヘキ卿とも親しいよね」
「ヘキ卿は、お屋敷で働いてたことあるから知ってるだけ」
「あるんだ…」
「うん、転々としてるから」
「そんなこと、あり得るんだ…」
「え?ないの?」
「ないよ。宮廷に出仕しているのに、他のお屋敷で働くなんて」
いいとこのお坊ちゃんが、人様の屋敷で働くことなぞないだろう。ごもっともな話である。そこからすでに理音はイレギュラーだ。イレギュラーだらけである。
「特別扱いは、あるけどね。でも私がどうこうって話じゃないし。何してもいいってわけでもない。だから気にしないでいいよ。今回は私もその特別を使いきったけどね。今考えるとよく通ったなーくらいで。いやもう、おかげで怖いことなった。目付けられた。次はもう無理だなー。刺されそう」
「何したの、リオン…」
次に無理をして何かを行えば、コウユウに暗殺されそうである。シャレにならない。
「特権を我が物顔で使うとね、大きなしっぺ返しが来るんだよ。今回のツケは大きいな、きっと。身の程をわきまえないと身を滅ぼす。身の丈ってのは自分で作らないと」
人に与えられた仮の物だ。それをさも自分の物のように扱ってはならない。
コウユウは大きくそれを理音に言いたいだろう。本来ならばのたれ死んでいるかもしれないのに。
「リオンって、初め適当すぎていかにもな子供だと思ったんだけど」
「…何それ」
それは間違いなくバカにした言いようである。いかにも、のカテゴリーはよい言葉には思えない。
「ミンランみたいな、ああいう親の名前で偉ぶってる頭の悪い部類じゃなくてね、」
この子毒舌だ。さらっと毒を吐いている。
「親がいいから、適当にやっておけば官位をもらえるって勘違いしている頭の悪い子供と同じだと思ってた」
散々な言いようである。大人しそうにして頭の回転の良さそうなセイリンは、口が悪ければフォーエンに近い雰囲気かもしれない。言葉遣いが荒いのとは違う、毒を吐く方だ。
「僕たちはやっぱり親の位で上下がつくからね。官位になれてもそこは血筋って言うものが入ってくる。この建物で働いている子供はそれなりに位はいいけれど、でも高位の方々が連れていたりする子供に比べればどうしても劣るんだ。そういうのを恨む子もいるし卑屈になる子もいる。だからミンランなんかは自分より下位の子供を虐めて、それを発散するんだよ。何をしても落ちることはあっても、上がりきることができないから。それをよく知ってる」
子供のころから身分に囚われる。歴史上でもよくある話だ。
「リオンはそういうのも何にも考えてなさそうだから、仕事も適当にやるかと思ったんだけど、何も知らないだけでやることは真面目にやるし、ハク大輔の名を出して偉ぶるわけでもなかったから、一体何なのかなってずっと思ってたんだ」
「働きに来てるのに、そんな色々考えることなくない?」
「そうそこ。ここは通過点だからね、働いてるけど、お金を得るためにやってるわけじゃない」
「顔を覚えたりしてもらうためってやつ?」
「うん。だからおべっか使ったりとか、素行に気をつけたりとかね」
中学生くらいがそれだと、殴りたくなる気がする。中学生が考えていることなど、大人には簡単に読まれるだろう。どんな意味を持って接してきているのか、想像はつくものである。中学生はまだ子供で未成熟だ。高校に入って年が少し上になっただけで話を聞いていても子供だなと思うのに。
「そんなあざといことしても、しょうもないでしょう」
「あざといって言っちゃうのがリオンだよね。僕もそう思うけど。でもそういうのが、ここでは大切なこともあるんだよ」
子供なのに大人の世界で働く。そのギャップは本人たちを変に大人にしていくのだろうか。本来ならば学んで遊ぶような年頃なのに、大人たちに混じっているのだから。
「結局何が言いたいのかって言うと、リオンみたいな子供が多いといいなって、思っただけ」
「可愛いこと言うな、セイリンは」
ちょっと今きゅんときた。毒舌からのデレである。しかも爽やかに笑顔でいいなって、何だそれ。年下に告白された気分だ。全く違うけれど。
「リオンは僕より年上みたいなこと言うよね。歳は僕の方が上なのに」
それは嘘なので。二歳上でございます。セイリンは中学三年生か。こんなものだっただろうか。もっと自分はバカだった気がする。
「セイリン可愛いぞ。ちょっと撫でたくなる」
言いながら撫でてみる。髪の毛が柔らかくて気持ちいい。
「撫でてるよ…。僕の方が身長も高いんだけど」
「可愛さに身長なんて関係ないよ。ハルイも可愛いけどね。弟っぽくて。うちはお兄ちゃんでアホだから、セイリンの方がよっぽど大人びてるわ。私も人のこと言えないし」
「リオンは大人びてるのかそうじゃないのかがよくわからない」
年ごまかしてますしね。とは言えない。
「お兄さんは官位なの?」
当然の質問がきた。そう考えるのは普通なのだろう。宮廷で働ける立場であればその兄弟も同じ場所で働くくらいのものだと思われる。実際そうなっている。セイリンの姉がフォーエンに嫁いでいるように、皇帝に関わる仕事をするのがここの普通なのだ。
「うちのお兄ちゃんは服飾系でね、学校行ってる。離れて暮らしてるんだけど、たまに会うと大変。変な服とか着せられる」
「何それ」
笑って何それ、ではない。本当に、何なのそれ?という疑問顔だった。やはりこちらの常識とは一致しない。
「リオンのお兄さんなのに、女性のような仕事をされているの?」
「あ、そうくる?そっか、服は女子の作る仕事かー。私の国は男性も女性もないよ。まだそこまで平等じゃないけど、仕事を選ぶことに男女は関係ない。政治に関わる人も同じくね。こっちって女性はいないよね」
「…いるはいるけれど、後宮の中だけで、宮廷ではすごく稀だよ。まだお会いしていないのかもしれないけれど、治部の少丞は女性。他にもいるけれど、高い位の人はあまり」
「だろうね。女性なんて会わないもんな。女の権利が低い国か。まあ発展途上だから、変わるにはこれから長くかかるんだろな」
どの世界も古来女性の権利が低いのはなぜなのか不思議である。やはり狩猟などで食を得るための力がどうしても違うためなのだろうか。
「お兄さんは手先の器用な方なんだね。服を作るって女性のように器用でないと難しいだろうし」
「そうだねー。奴の作る服なんて着れないけど。奇抜すぎて。そのくせ人が着てるものにケチつけてくるからね。流行りの着方とか教えてくれるけど、私あんまり興味なくて」
「仲が良いんだ?」
「良いと思うよ。セイリンは?お姉さんと仲良くないの?」
「姉は気が強いくせに頭が悪いから、あまり相手したくないんだ」
相手って。姉にまで毒舌である。うんざり言うところが本気だ。
「皇帝陛下からのお手がつかないのに父がやきもきしているけれど、僕からすればざまあみろって言いたいくらいには仲が悪いかな」
セイリンさん。顔が恐いです。ニヤリと笑う辺り、仲の悪さが滲み出ている。
どうやったらそこまで仲が悪くなるのだろうか。
「家としては皇帝陛下に見初めてもらって子供ができればいいんだけれど、僕からすれば姉の子供なんて間違いなく愚息だろうから、皇帝陛下に申し訳たたないと思う」
弟よ、そこまでか。
言葉に棘のあるのを聞けば余程仲が悪いのだろう。もしフォーエンと姉の間に子供ができれば確かに家にいいのだろうし、セイリンにも恩恵があるはずなのだが、それでも嫌がるとあれば相当だ。内大臣の娘の言葉を借りれば、それこそ次代となる得る子供になるのに。
「今は国が安定していなくて相手を選んでないだけだから、今後あるかもしれないのに」
「今の状況が続けば後宮は入れ替えを行うよ。新しい方も入られる。だから姉には是非落籍してもらいたい」
「セイリンさん…」
弟にそこまで言われる姉って、何とも切ない。セイリンが年齢よりずっと落ち着いた子のため、その姉の馬鹿さ加減が想像できないのだが。
「でも入れ替えってあるんだ。何人もいるんでしょ?本人が決めるの?」
「皇帝陛下自身がお選びになるわけじゃないよ。後宮の司が決めるんだ。そこは皇帝陛下の御意志も汲んでいるだろうけれどね。全員を変えるわけじゃないよ?下の方からとか問題がある方とかをね」
シビアな世界なのだろうか。しかし大人数すぎて選ぶのも大変そうである。皇帝が気に入ればすぐに通うことも起きるので、会って見初められれば勝ち組なわけだ。
選ばれずにじっと待ち続けるくらいならば、外に出て新しい相手を見つけた方が幸せに思えるのだが、それはまた価値観の違いである。嫌だといって後宮から抜け出すこともできないのだろうから、後宮に入ってしまったら耐えることが必要だろう。
「女性も、大変だな」
何もしないで日がな一日すごすのだろうか。
シュンエイのように、することもなくただ時間が経つのを待つだけに明け暮れて。
配達をし終えたハルイが帰ってきた。理音を見ると、またぎこちなく動き出す。
「ハルイ、やめなよ。おかしいから」
「むしろ難しいよね、その歩き方」
「いや、だって、おま、あなたが」
言葉遣いを改めるのか改めないのかどっちなのか。ハルイはリオンにどう接していいのか未だ考え中のようである。
「やだわハルイさんたら。言葉遣い荒くてよ」
「リオンもおかしいよ」
「くそ、おちょくんなよ!」
「だって変なんだもん、ねー」
「ねーじゃねえ!」
ハルイはまだ中学一年生で、言われたことや気づいたことをダイレクトに受け止めてしまうのだろう。
ここにいると学校を思い出す。くだらないことで笑ってはしゃいで、自分の日常が戻ってくるような感覚になる。
学校、行ってないな。
何ヵ月行っていないだろうか。カレンダーを見ていなければ、時間の経過は全くわからなくなるだろう。
「リオン、そっち頼むなー」
「はーい」
指示されて宛先へと配達に行く。この日々が積み重なっていくと、帰る時間になるだろう。
「失礼致します、文をお持ち…」
ノックをして返事をもらってから扉を開けた時である。いきなり背中に衝撃が走って、理音は床にひれ伏した。
「おい、どうした」
「いったあ…」
背中が鳴った気がする。しかも突然すぎて受け身も取れなかった。持っていた荷物が床に散らばって、部屋の中の大人が拾ってくれる。
「大丈夫か。足を引っ掛けたのか」
引っ掛けたくらいで大の字ですっ転んだりはしない。背中がひどく痛んで、それをさすった。衝撃の感覚から腕や肘の類で押されたわけじゃない。多分蹴られたのだろう。後ろに誰がいたかは見ていないが、思いつく顔は一人である。
「気をつけろよ。大事な書類もあるだろうに」
「すみません。ありがとうございます」
渡すべき書類を手渡して、理音は部屋を出た。まだ背中が痛む。
「あのガキんちょ…」
今目の前に現れたら飛び蹴りを食らわしてやりたい。できないけれど。それくらい腹が立った。自分の背中に足跡でもあるのではないだろうか。
あの子供、セイリンが名を出したので思い出した、ミンランである。前に蹴りを食らわしたのを根に持っているのだろう。だがそれはお互い様だ。やられたらやり返しただけで、恨まれることではない。
ただの蹴りではなく勢いをつけて蹴られたのだろう。背中の痛みは取れず、トイレで確認すれば痣になっていた。
顔を見ていないため間違いなくとは言えないが、だが昼間ににやにや笑い顔のミンランを確認したので十中八九あの子供だろう。
なので、理音はそこでキレることにした。
仕事に戻ろうとするミンランの肩を掴むと、そのまま壁に叩きつけたのである。殴るわけではない、壁に足を勢いよく音を立てて踏みつけると、腕での壁ドンでなく足での壁ドン体勢で言いやった。
「くそガキ。次は私の番だからな。覚えておきなよ」
どこのヤンキーである。いきなりの宣言にミンランは微かに怯えただろう。迫力に気圧されて身を竦ませた。それは言い切った理音の後ろでセイリンが焦ったほどで、その脅しは、その日の内に子供たち全員に知れ渡った。
こうして、戦いの火蓋は切って落とされたのである。
なんじゃい、その呼び方。
そう呼んだのはハルイだ。緊張した面持ちがまるでロボットで、今にも右手足が一緒に出そうである。
「来たんだ。リオン。休んだから何かしているのかと」
何かって何を想像したのだろう。セイリンはあの時のことをどう納得したのか気になるところだ。理音も何と説明しようか、実のところ夜中に悩んでいたわけなのだがあまりいい言い訳が思いつかなかった。なので風邪をひいていたとごまかした。ごまかせていなそうだが。
特にハルイはウンリュウの皇帝陛下発言が気になって仕方がないのだろう。ギクシャクした動きは理音の前だけで、横目でちらりと見つつ、すぐに視線を避ける。
本当は一体何者なのか、どうすれば教えてもらえるのか、教えてくれるのか、ハルイの心の声が漏れてくる。
その姿にセイリンが苦笑いばかりする。荷物運びの指示を出してはハルイの尻を押した。
「気になって仕方がないんだよ」
「そうだよねー」
わかっているがどうにも説明し難い。できないのだが。
「実際さ、別に誰かの子供とかじゃないし、特別ってのもウンリュウさんが大げさに言っただけでね」
「でも、理音がハク大輔の紹介を得ているのは事実だし」
「うーん」
それを言われると唸るしかない。
フォーエンが頼んだのだろうが、ハク大輔に頼んだ人がいるなんて言ったが最後、セイリンであればすぐにフォーエンを思い浮かべるだろう。ハク大輔に何かを頼める者など、ごく少数なはずだ。
「ハク大輔より、ウンリュウさんとか他の部下の方の方がよく話したことあるんだよね。そのツテみたいなもので、ハク大輔も仕方なくって感じ?」
「でもヘキ卿とも親しいよね」
「ヘキ卿は、お屋敷で働いてたことあるから知ってるだけ」
「あるんだ…」
「うん、転々としてるから」
「そんなこと、あり得るんだ…」
「え?ないの?」
「ないよ。宮廷に出仕しているのに、他のお屋敷で働くなんて」
いいとこのお坊ちゃんが、人様の屋敷で働くことなぞないだろう。ごもっともな話である。そこからすでに理音はイレギュラーだ。イレギュラーだらけである。
「特別扱いは、あるけどね。でも私がどうこうって話じゃないし。何してもいいってわけでもない。だから気にしないでいいよ。今回は私もその特別を使いきったけどね。今考えるとよく通ったなーくらいで。いやもう、おかげで怖いことなった。目付けられた。次はもう無理だなー。刺されそう」
「何したの、リオン…」
次に無理をして何かを行えば、コウユウに暗殺されそうである。シャレにならない。
「特権を我が物顔で使うとね、大きなしっぺ返しが来るんだよ。今回のツケは大きいな、きっと。身の程をわきまえないと身を滅ぼす。身の丈ってのは自分で作らないと」
人に与えられた仮の物だ。それをさも自分の物のように扱ってはならない。
コウユウは大きくそれを理音に言いたいだろう。本来ならばのたれ死んでいるかもしれないのに。
「リオンって、初め適当すぎていかにもな子供だと思ったんだけど」
「…何それ」
それは間違いなくバカにした言いようである。いかにも、のカテゴリーはよい言葉には思えない。
「ミンランみたいな、ああいう親の名前で偉ぶってる頭の悪い部類じゃなくてね、」
この子毒舌だ。さらっと毒を吐いている。
「親がいいから、適当にやっておけば官位をもらえるって勘違いしている頭の悪い子供と同じだと思ってた」
散々な言いようである。大人しそうにして頭の回転の良さそうなセイリンは、口が悪ければフォーエンに近い雰囲気かもしれない。言葉遣いが荒いのとは違う、毒を吐く方だ。
「僕たちはやっぱり親の位で上下がつくからね。官位になれてもそこは血筋って言うものが入ってくる。この建物で働いている子供はそれなりに位はいいけれど、でも高位の方々が連れていたりする子供に比べればどうしても劣るんだ。そういうのを恨む子もいるし卑屈になる子もいる。だからミンランなんかは自分より下位の子供を虐めて、それを発散するんだよ。何をしても落ちることはあっても、上がりきることができないから。それをよく知ってる」
子供のころから身分に囚われる。歴史上でもよくある話だ。
「リオンはそういうのも何にも考えてなさそうだから、仕事も適当にやるかと思ったんだけど、何も知らないだけでやることは真面目にやるし、ハク大輔の名を出して偉ぶるわけでもなかったから、一体何なのかなってずっと思ってたんだ」
「働きに来てるのに、そんな色々考えることなくない?」
「そうそこ。ここは通過点だからね、働いてるけど、お金を得るためにやってるわけじゃない」
「顔を覚えたりしてもらうためってやつ?」
「うん。だからおべっか使ったりとか、素行に気をつけたりとかね」
中学生くらいがそれだと、殴りたくなる気がする。中学生が考えていることなど、大人には簡単に読まれるだろう。どんな意味を持って接してきているのか、想像はつくものである。中学生はまだ子供で未成熟だ。高校に入って年が少し上になっただけで話を聞いていても子供だなと思うのに。
「そんなあざといことしても、しょうもないでしょう」
「あざといって言っちゃうのがリオンだよね。僕もそう思うけど。でもそういうのが、ここでは大切なこともあるんだよ」
子供なのに大人の世界で働く。そのギャップは本人たちを変に大人にしていくのだろうか。本来ならば学んで遊ぶような年頃なのに、大人たちに混じっているのだから。
「結局何が言いたいのかって言うと、リオンみたいな子供が多いといいなって、思っただけ」
「可愛いこと言うな、セイリンは」
ちょっと今きゅんときた。毒舌からのデレである。しかも爽やかに笑顔でいいなって、何だそれ。年下に告白された気分だ。全く違うけれど。
「リオンは僕より年上みたいなこと言うよね。歳は僕の方が上なのに」
それは嘘なので。二歳上でございます。セイリンは中学三年生か。こんなものだっただろうか。もっと自分はバカだった気がする。
「セイリン可愛いぞ。ちょっと撫でたくなる」
言いながら撫でてみる。髪の毛が柔らかくて気持ちいい。
「撫でてるよ…。僕の方が身長も高いんだけど」
「可愛さに身長なんて関係ないよ。ハルイも可愛いけどね。弟っぽくて。うちはお兄ちゃんでアホだから、セイリンの方がよっぽど大人びてるわ。私も人のこと言えないし」
「リオンは大人びてるのかそうじゃないのかがよくわからない」
年ごまかしてますしね。とは言えない。
「お兄さんは官位なの?」
当然の質問がきた。そう考えるのは普通なのだろう。宮廷で働ける立場であればその兄弟も同じ場所で働くくらいのものだと思われる。実際そうなっている。セイリンの姉がフォーエンに嫁いでいるように、皇帝に関わる仕事をするのがここの普通なのだ。
「うちのお兄ちゃんは服飾系でね、学校行ってる。離れて暮らしてるんだけど、たまに会うと大変。変な服とか着せられる」
「何それ」
笑って何それ、ではない。本当に、何なのそれ?という疑問顔だった。やはりこちらの常識とは一致しない。
「リオンのお兄さんなのに、女性のような仕事をされているの?」
「あ、そうくる?そっか、服は女子の作る仕事かー。私の国は男性も女性もないよ。まだそこまで平等じゃないけど、仕事を選ぶことに男女は関係ない。政治に関わる人も同じくね。こっちって女性はいないよね」
「…いるはいるけれど、後宮の中だけで、宮廷ではすごく稀だよ。まだお会いしていないのかもしれないけれど、治部の少丞は女性。他にもいるけれど、高い位の人はあまり」
「だろうね。女性なんて会わないもんな。女の権利が低い国か。まあ発展途上だから、変わるにはこれから長くかかるんだろな」
どの世界も古来女性の権利が低いのはなぜなのか不思議である。やはり狩猟などで食を得るための力がどうしても違うためなのだろうか。
「お兄さんは手先の器用な方なんだね。服を作るって女性のように器用でないと難しいだろうし」
「そうだねー。奴の作る服なんて着れないけど。奇抜すぎて。そのくせ人が着てるものにケチつけてくるからね。流行りの着方とか教えてくれるけど、私あんまり興味なくて」
「仲が良いんだ?」
「良いと思うよ。セイリンは?お姉さんと仲良くないの?」
「姉は気が強いくせに頭が悪いから、あまり相手したくないんだ」
相手って。姉にまで毒舌である。うんざり言うところが本気だ。
「皇帝陛下からのお手がつかないのに父がやきもきしているけれど、僕からすればざまあみろって言いたいくらいには仲が悪いかな」
セイリンさん。顔が恐いです。ニヤリと笑う辺り、仲の悪さが滲み出ている。
どうやったらそこまで仲が悪くなるのだろうか。
「家としては皇帝陛下に見初めてもらって子供ができればいいんだけれど、僕からすれば姉の子供なんて間違いなく愚息だろうから、皇帝陛下に申し訳たたないと思う」
弟よ、そこまでか。
言葉に棘のあるのを聞けば余程仲が悪いのだろう。もしフォーエンと姉の間に子供ができれば確かに家にいいのだろうし、セイリンにも恩恵があるはずなのだが、それでも嫌がるとあれば相当だ。内大臣の娘の言葉を借りれば、それこそ次代となる得る子供になるのに。
「今は国が安定していなくて相手を選んでないだけだから、今後あるかもしれないのに」
「今の状況が続けば後宮は入れ替えを行うよ。新しい方も入られる。だから姉には是非落籍してもらいたい」
「セイリンさん…」
弟にそこまで言われる姉って、何とも切ない。セイリンが年齢よりずっと落ち着いた子のため、その姉の馬鹿さ加減が想像できないのだが。
「でも入れ替えってあるんだ。何人もいるんでしょ?本人が決めるの?」
「皇帝陛下自身がお選びになるわけじゃないよ。後宮の司が決めるんだ。そこは皇帝陛下の御意志も汲んでいるだろうけれどね。全員を変えるわけじゃないよ?下の方からとか問題がある方とかをね」
シビアな世界なのだろうか。しかし大人数すぎて選ぶのも大変そうである。皇帝が気に入ればすぐに通うことも起きるので、会って見初められれば勝ち組なわけだ。
選ばれずにじっと待ち続けるくらいならば、外に出て新しい相手を見つけた方が幸せに思えるのだが、それはまた価値観の違いである。嫌だといって後宮から抜け出すこともできないのだろうから、後宮に入ってしまったら耐えることが必要だろう。
「女性も、大変だな」
何もしないで日がな一日すごすのだろうか。
シュンエイのように、することもなくただ時間が経つのを待つだけに明け暮れて。
配達をし終えたハルイが帰ってきた。理音を見ると、またぎこちなく動き出す。
「ハルイ、やめなよ。おかしいから」
「むしろ難しいよね、その歩き方」
「いや、だって、おま、あなたが」
言葉遣いを改めるのか改めないのかどっちなのか。ハルイはリオンにどう接していいのか未だ考え中のようである。
「やだわハルイさんたら。言葉遣い荒くてよ」
「リオンもおかしいよ」
「くそ、おちょくんなよ!」
「だって変なんだもん、ねー」
「ねーじゃねえ!」
ハルイはまだ中学一年生で、言われたことや気づいたことをダイレクトに受け止めてしまうのだろう。
ここにいると学校を思い出す。くだらないことで笑ってはしゃいで、自分の日常が戻ってくるような感覚になる。
学校、行ってないな。
何ヵ月行っていないだろうか。カレンダーを見ていなければ、時間の経過は全くわからなくなるだろう。
「リオン、そっち頼むなー」
「はーい」
指示されて宛先へと配達に行く。この日々が積み重なっていくと、帰る時間になるだろう。
「失礼致します、文をお持ち…」
ノックをして返事をもらってから扉を開けた時である。いきなり背中に衝撃が走って、理音は床にひれ伏した。
「おい、どうした」
「いったあ…」
背中が鳴った気がする。しかも突然すぎて受け身も取れなかった。持っていた荷物が床に散らばって、部屋の中の大人が拾ってくれる。
「大丈夫か。足を引っ掛けたのか」
引っ掛けたくらいで大の字ですっ転んだりはしない。背中がひどく痛んで、それをさすった。衝撃の感覚から腕や肘の類で押されたわけじゃない。多分蹴られたのだろう。後ろに誰がいたかは見ていないが、思いつく顔は一人である。
「気をつけろよ。大事な書類もあるだろうに」
「すみません。ありがとうございます」
渡すべき書類を手渡して、理音は部屋を出た。まだ背中が痛む。
「あのガキんちょ…」
今目の前に現れたら飛び蹴りを食らわしてやりたい。できないけれど。それくらい腹が立った。自分の背中に足跡でもあるのではないだろうか。
あの子供、セイリンが名を出したので思い出した、ミンランである。前に蹴りを食らわしたのを根に持っているのだろう。だがそれはお互い様だ。やられたらやり返しただけで、恨まれることではない。
ただの蹴りではなく勢いをつけて蹴られたのだろう。背中の痛みは取れず、トイレで確認すれば痣になっていた。
顔を見ていないため間違いなくとは言えないが、だが昼間ににやにや笑い顔のミンランを確認したので十中八九あの子供だろう。
なので、理音はそこでキレることにした。
仕事に戻ろうとするミンランの肩を掴むと、そのまま壁に叩きつけたのである。殴るわけではない、壁に足を勢いよく音を立てて踏みつけると、腕での壁ドンでなく足での壁ドン体勢で言いやった。
「くそガキ。次は私の番だからな。覚えておきなよ」
どこのヤンキーである。いきなりの宣言にミンランは微かに怯えただろう。迫力に気圧されて身を竦ませた。それは言い切った理音の後ろでセイリンが焦ったほどで、その脅しは、その日の内に子供たち全員に知れ渡った。
こうして、戦いの火蓋は切って落とされたのである。
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※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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