群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

文字の大きさ
124 / 244

124 ー黒ー

しおりを挟む
 耳に響く、しじまが痛い。

 痛いような気がした。それが耳の中ではなく、頭の痛みだと気づくのに、時間はかからなかった。

 気がついたのは、何かが耳に届いたからだ。

 何かを言い合っているか、一人は甲高く、一人は泣いているように呻きながら話している。
 話の内容は、よくわからなかった。ただ、人が二人いて、言い合っているのはわかる。一人が怒鳴り散らせば、一人が泣くからだ。

 体が冷えているのか、寒気で震えた。辺りが暗いのか、自分の目がよく見えていないのかがわからない。どこからか風が流れてきてそのせいで寒いのだろうが、もう日が暮れているのだろう。夜になって気温が下がってきているのだ。
 二人は言い合いをやめると、そこから離れていった。ケンカはやめたらしい。物音を立てないように歩きながら、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 少しずつ手足の感覚が戻ってきていたが、やはり目が見えなかった。どうやら目隠しをされているようだ。それから、くつわをかまされている。人生二度目の猿ぐつわだ。声を出さないように結ばれている。そして、手も足も動かない。

 前に拉致された時のような状況だった。頭が痛いのは殴られたせいだろう。そんなところまで同じである。
 ただ違うのは、寒気がひどいことだ。

 昼間は暑かったのに、なぜこんなに温度が低いのだろう。目隠しのせいでどこにいるのかわからないため、辺りを確認することもできない。
 帯にカッターやペンを隠し持っていても、いきなり頭を殴られたらどうしようもない。次からはヘルメットがいるんじゃないかと、本気で思う。

 白昼堂々と、白昼でもないが、夕暮れのまだ人のいる時間帯に、よくも人の頭をボールのように叩いてくれるものである。
 ひどい痛みなのは道具を使われたからだろう。側頭部の痛みと共に、髪に垂れるものがあって、その匂いで血が流れているのに気づく。
 これだけ思い切りよく頭を殴られたら、そろそろ頭が悪くなりそうだ。

 状況を把握するには、まずは落ち着くことだ。理音は自分がどんな状態なのか、ゆっくりと確認することにした。
 手足を動かしながら、拘束している物を取ろうとする。足首と膝と、それから手首に紐がまかれている。手はやはり後ろ手で結ばれていて、腕が痛い。起き上がりたいが、頭痛がするせいか、起き上がる力が出なかった。
 自分がいる場所もわからない。動きはないので、また馬車の中というわけではないが、四方に触れる物がなかった。地面は床のようなので部屋の中だとは思うが、風が入ってくるところを考えると、閉めきられた部屋ではなさそうだった。

 頭痛がひどすぎて、意識を保つのが難しい。殴られたせいだろう。血液が多く流れているせいではないとは思う。そこまで血は流れていない。
 体を捻って仰向けになろうとすれば、軽くめまいがした。ぐるりと頭の中で体が回る感覚を覚える。
 波に揺られているような、酔うような感覚だ。

 気持ち悪いな。
 そして寒い。

 凍死はしないだろうが、低体温症になりそうだ。
 震えから、意識朦朧、血管の収縮。呼吸が荒く、体温が徐々に低下していく。

 考えて、頭の中でかぶりを振る。そんな最悪の状況を考えるならば、できることを考えるべきだ。
 まずは手足を何とかするのが先だろう。
 もそもそ動いていれば緩まるかと思ったが、中々上手くいかない。寒気がひどく、動きが鈍った。指先が震えて、手がかじかんでくる。

 ああ、これは、まずいな。

 この寒気はまずい。震えが止まらず、指先は氷のように冷たくなってきている。
 大体、どれくらいここに放置されているのだろう。今が何時かもわからなかった。
 息をすれば段々荒くなってきた。身体中が震えてくる。痙攣を起こしているのか、がたがたと震えてきた。
 一度落ち着かなければ、このまま感情に押し流されそうになる。

 寒すぎて震えて、何が起きているのかわからない恐怖に苛まれる。
 寒さだけでも何とかしたいのに、風がその思いを吹き消した。
 冷えた風が入るのだ。一体どんな場所なのだろう。王宮の中なのか、それとも外なのか、それもわからない。
 風のせいでか頭痛が増してくる。考える力がなくなりそうになって、何とか手足を動かした。その腕に鋭い痛みが走る。

 何かが腕に刺さった。大きな棘にでも刺されたような痛みで、それが腕の中にまだ入っている。床の板がささくれていたか、理音が動いたせいで突き刺さったのだ。どうやら板もボロボロの場所に寝かされているらしい。
 痛んだが、それでも腕を動かした。とにかく手の紐を取らなければ話が進まない。
 けれどきつく結ばれているか、ビクともしない。時計をしていたが、それよりも手の方に結ばれているので、時計も腕にめり込みそうだった。

 寒気で意識が飛びそうになる。かじかんだ指先は動きにくく、何度か動いては休むと、その間に意識が朦朧としてきた。

 起きているのか、自分でもわからなくなる。
 動いていたのか、眠っていたのか、境界が曖昧になって、いつしか眠りについた。





 一面に続くエメラルド色の中、美しき極彩色のサンゴ礁と、そこに隠れるように色鮮やかな魚が優雅に泳ぐのを見ながら、息苦しさと焦りを我慢したことがある。
 足がつくはずなのに、地面を蹴ることができない。海の色はエメラルドでありながら透明で、地面が見えるのに足の指先に感触がなかった。

 ああ、溺れているんだ。

 そう気づいた時には大量に水を飲んで、息苦しさに身悶えもできなくなっていた。
 目の前の景色だけは、よく記憶している。
 自分がどれだけ焦り、手足をばたつかせたことか。
 焦れば焦るほど、地面がどこだかわからなくなる。落ち着けば簡単に顔を上げられるのに。

 海の中は寒い。
 指先も冷えて、感覚が薄れてくる。

 沈む体はすでに動かすことができず、ただ目の前に青色の美しい魚が横切ったことを鮮明に覚えている。
 綺麗だな。と思った。
 一度しか見なかった、濃い青の、宝石のような輝いた魚だ。

 ぼやけた色に影がかかって、時折黒と混じった色が目に入った。闇と、微かに橙とその中心に濃い青が見える。何かに反射したように紺や青に見えて、それが何なのかぼんやりとした頭で考えた。
 どこかで見たことのある色だ。

 耳の中ではざわめきがひどく、波の音のようにも聞こえた。
 溺れた海は夏にしては少し冷たくて、そのせいで手足の感覚がないのだと思った。
 また溺れたのだったか、溺れた時のことか、何なのかよくわからない。
 ただ波の音のようなノイズの中に、聞いたことのある音があって、それが何の音なのか考える。
 その時波が起きて大きく揺れた。揺れているのは頭の中で、目が回るのか先ほどの色が見えなくなった。
 周りの色も変わっていき、黒から灰色、橙となって、再び黒が目に入った。それは揺れて、時折頰や首元に触れた。

 微かに感じるものが何なのか考える間に、再び黒へと戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...