群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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164 ージャカー

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「ギョウエンさん、レイシュンさんって、二人のどっちか疑ってんですか?」

 帰り道、ギョウエンと二人になり、理音はそのまま思ったことを問うことにした。
 レイシュンの思っていることなど理音には計れない。何かを考えているのはわかるけれど、それが一体何のためなのか、理音にわかるはずがなかった。

 ギョウエンはしらっと言う。
「何のことでしょうか」
 白々しいにも程がある。理音は明かに呆れた間抜け顔でギョウエンを見やった。見られたギョウエンは知らんぷりである。気付いているくせに。

「リンネさんって、そんなに他の人の話、聞こうとしなかったんですかね」
「さあ、どうでしょう。リンネは元々口数が少なく、リンネ以上の知識を持っている者はおりませんから」
 それは前にも聞いた。だからと言って、人の話を聞かないと言うことにはならないし、例え聞いたとして、なぜレイシュンはそんなに驚いたのだろうか。

「嬉しそうでしたね」
「え?」
 突然の言葉に頭を傾げると、ギョウエンはその青灰色の瞳を理音に向けた。
 珍しい。そう思うと、ギョウエンはぽそりと呟く。

「レイシュン様です。嬉しそうでした」
「ああ」
 確かにあの笑顔は嬉しい笑顔なのだろう。そして悪巧みを考えている顔に違いない。何かよからぬことを考えているはずだ。ただの憶測だが。

「嬉しそうに笑う割に、悪いこと考えてそうですけど」
「そう思われますか?」
 疑問形だが、ギョウエンらしからぬ驚いた声だった。見上げればやはりギョウエンは理音をはっきり見やって、むしろ凝視した。
 いつもどこを見ているかわからないような、睨まない限り理音の姿を視線にも入れないのに。
 余程驚いたかのように、立ち止まった。

「思いますが。いつも悪い顔するなあって」
「なる程。あなたが気に入られるわけですね」
 何だ、その感想。

 ギョウエンは納得したように頷くと、何事も無かったように歩き始める。理音は慌てて足を動かした。足の長さの分ギョウエンはゆっくり歩いてくれていたが、急に歩かれるとやはり差が出る。
 そして忘れていたと歩みを遅めた。

「あの方はいつもあの様な振る舞いなので、女性は概ね好感を持つ様です」
「はあ、そうでしょうね」
「性質は全く別のものですが」

 おお、付け足すね。
 そりゃ、ちゃらいだけでは州侯などできぬだろうに。こちらでは簡単に引きずり落とす者がいそうである。足を引っ張るのはどこにでもいるが、ここは多そうでならない。

「ですが、女性でそう言った印象を早い段階で気付く方は初めて見ました」
「はあ。よっぽど猫被ってるんですね」
 理音の言葉に、ギョウエンが目を丸くした。その顔に、理音が目を丸くした。
 え、うけたのだろうか。ギョウエンは再び他所を向くと、こほんと咳払いをする。
「リンネもジャカも、レイシュン様が連れた者ですが、二人とも訳ありなのです」
 笑いはすぐ終わったらしく、何事も無かったかのように話を始める。さっきまでは話す気はなかったはずなのだが。
 今の話でギョウエンの琴線に触れたらしい。この人やっぱり面白いな。

「殺されたウルバスは昔、バラク族の住む山の近隣を警備を任されておりました」
 ギョウエンは急に始めた。バラク族の住む山ならば、リンネが付近に住んでいた山だろう。
 そうであると、地滑りの話をし始める。
「村人を助けるべく兵士であったにも関わらず、人を呼んでくると言ったきり、ウルバスは村人を捨てて逃げたんです」
「それでリンネさんが恨んでるってことですか?」
 リンネからはそんな話は一切聞かなかった。恨んでいたら、兵士が助けに来なかったから人が死んだなどの恨み言を言いそうだが。

「ウルバスは罰を受け、次に町の衛士になりました」
 理音の質問は完全シカトだ。しかも表情、感情ともなく話してくれるので、ロボットがニュースを読み上げているように思える。
「ジャカとその姉が強盗に襲われ、姉が殺された際、その時もウルバスは逃げたそうです。目の前で襲われたのを見ておきながら」

 二人とも恨みがある。ギョウエンは静かに言った。
 つまり二人とも動機があるのだ。それをレイシュンは知っていたわけだが。
 それでも、悪巧みをする顔をした意味がわからない。理音は唇をすぼめた。

「リンネの植物の知識はこの城にいる誰よりも広く深い。リオン様がそれ以上の知識を持っているとリンネは考えたのでしょうが、レイシュン様が喜ぶ理由はわかりません」
 何かに利用できるとでも思われただろうか。謎である。
「リンネが信用するならば、ジャカも信用するでしょう。それを喜ばしく思われたのかもしれません」
 二人から信頼を得られたと言うことだろうか?リンネが信用すればジャカも信用する。二人は余程信頼し合っているようだ。しかし、知識がほんの少しあっただけで、リンネはともかくジャカまでそう思うだろうか。
 だがギョウエンは植物に関しては、と付け足した。それなら納得である。

「レイシュンさんは植物の知識に関して、私がリンネさんたちから信頼できることを喜んだってことですかね」
「おそらく」
 そうだとして、それがなぜ嬉しいのか、良くわからない。やはり謎だ。

「私が王都から来たからって、わざわざ口にした感じもありましたけど、それはどう思います?」
 それについても何かヒントくれないかな。と期待したが、ギョウエンはしれっとしていた。存じません、と言われて、逆に何か知っているのではないかと疑いたくなる。
「大切なお客様だとお伝えしたかっただけでしょう」

 そのしれしれな感じで言うあたり、絶対嘘に思えるんだが。
「脅した感じではない気もするんですけど。まあいいや、その線で二人を探りましょう。私も、気になっていることはある」
 レイシュンの悪口はやめておいて、理音は気になっていたことを思い出す。

 誰が殺したにせよ、どこかに木札が隠されている可能性がある
 毒を使用する、その方法を書いた札が。





「この薬草の管理って、全部ジャカさんがやってるんですか?」

 理音は薬草棚から引き出しを取り出すと、中に入っていた薬草を埃よけの紙と下敷きの紙ごと、丁寧に地面に敷かれた布の上に並べた。
 広い布の前で、ジャカも同じように薬棚から引き出しを取り出す。中身を全て出し、引き出しの中をきつく絞った雑巾で拭き、乾拭きをしてから、新しい紙を引いて薬草を元に戻した。

「僕がこちらで働かせていただくようになってからは、僕が管理しています。今まではリンネさんが一人でやっていらっしゃいました」
「こうやって、紙に包んで?」
「ええ。ナモリ様から教えていただいたと聞いています。薬草の高価な紙をためわざわざ買っていただいています。エンシ様がいらっしゃった頃からそうしていたようなので。この薬棚はエンシ様がお使いになっていたそうですが、エンシ様が亡くなった後は無人でした。ナモリ様が整えたそうです」

 紙は高価。そりゃ王都の書類だって木札があるはずだ、と納得して、棚に薬を戻す。
「じゃあ、前からお城の中にも外にも、医務所ってあったんですね」
「こちらの棟は薬草を加工するために造られたと聞いています。匂いなどもありますから。今でも採れた薬草はここで種分けをし、ナモリ様のいる医務所や外部の薬師にも渡しています」
「へえー」
 お城御用達薬草と言ったところか。

 ジャカは取り出した薬草の埃やゴミを取り除いている。
 薬草の種類は全て合わせていくつあるのか、棚がずらりと並ぶ全ての引き出しに入っているのだろう。
 乾燥された葉を見ながら、その保管状況を確認した。紙を上にかけているので埃も殆どない。雨が降らないせいか乾燥しているので、湿気った感じもなかった。下敷きの紙も厚手で綺麗なものだし、管理は行き届いている。
 結構な頻度で掃除をしているのだろう。マメなものだ。

「あ、ベイだ。そう言えば、お風呂に入ってました」
 月桂樹の葉を見つけて理音はそれを指でくるくる回した。見慣れた葉っぱである。料理に使いたい。お肉が食べたくなる葉っぱである。
「べい、と言うのですか?そちらは胃腸用でお茶として飲むことが多いですが、城では湯に入れるんですね」
「生の葉っぱならお風呂に入れて、乾燥してたらお茶とか料理に入れたりしますね。消化器系、神経系に効果あって、料理の香り付けにもいいしで、万能ですから。私もよく使います。家でお風呂に入れたりはあんまりしないですけどね」

 市販で売っている月桂樹は乾燥したものばかりだ。生の葉を手に入れることはない。月桂樹は大木になるし、ただでさえ狭い庭に大木を植えているので、あまり使わない木を庭に植えることはない。
 お風呂ならば他に効能のあるハーブがあるので、わざわざ月桂樹を植えることはなかった。
 肉料理によく使うローズマリーは鉢植えであるし、などと考えていると、ジャカが遠慮気に聞いてきた。

「ご自宅に、湯殿があるのですね」
 え、ないの?と聞き返しそうになって、理音は言葉を止めた。
 ないよ。こっちの世界、きっと家にお風呂ない。後宮ですら風呂に入るのは数日に一度。湯をもらって身体は拭くが、湯殿に入りお湯を使うことは毎日ではない。
 湯を沸かすことに時間と燃料がやたらかかるこの世界、一般家庭にお風呂があるわけなかった。
 つまり、身分の違いがわかる話になるのである。失敗した。

「えーと、私、人様の家にご厄介になっていて、その方のお屋敷にお風呂あるので」
 なんて、嘘ではないが微妙な言い訳をして、引き出しの中を片付ける。
「…その葉は、エンシ様が大切にしていた木だそうです」
「へえ、そうなんですか?使い勝手いいからかな?」
 ジャカの話が逸れて、心の中で安堵する。軽率な会話は危険だ。

 月桂樹はギリシア神話でアポロンに捧げられた木とされている。栄光と勝利の花言葉を持つ月桂樹のリースを頭の上に乗せている像などは有名だ。シャンプーハットに見えると言ったら先輩に怒られたのを思い出す。ギリシア神話は天文部でよく読まされた。
 どっかの巫女が魔除けのため、どっかの神殿の屋根に葺いたとか何とか。茅葺(かやぶき)屋根ならぬ、月桂樹葺屋根。爽やかな匂い付きで神殿内消臭である。効果すごそう。

「どなたからか、送られたものだとか。庭園の一角に植えられて、その後エンシ様は亡くなられたそうです」
 突然、暗い話に突入した。
 鉢植えで育てていて、大木になるからと庭に植えたら、その後すぐ暗殺されたのだろうか。
 英知と栄光のシンボルである月桂樹を送るとか、趣味いいなとか思ったのに、魔除け終了である。

「花は小さくて可愛いからですからね。こっちは、木とか送る習慣あるんですか?」
「いえ、そう言ったことはないかと。花は送りますが、木は。もしかしたら、花が咲いていたものを送られたのかもしれません」
「植木で送られてきたら、母親とかものすごく喜びそうです」
 理音の言葉に、ジャカが微かに笑う。
「花言葉が勝利だったことを思い出しました」
「花言葉、ですか?」
「あんまり、聞かないですかね」
「すみません、僕はあまり」

 まあ、普通そうだろう。頭の中ではベートーベンの歓喜の歌が流れてきた。母親が枝振って喜ぶ様がイメージできて、つい笑いそうになる。母親は植物をこよなく愛するので、お花や種やらを頂くと歌い出すのだ。懐かしい母親の姿を思い出しながら、その引き出しを持ち上げた。
 自分で思い出してしんみりしてしまった。家族のことは思い出さないようにしていたのに。

 家族の元へ帰る前にフォーエンの元へ帰らなければである。レイシュンはいい加減ハク大輔に連絡してくれただろうか。助けが来るのを待つより、自分で帰る方が早い気がしてきた。
 足を完全に治し、帰るための方法を考える。例え道がわかっても、お金の問題があるのだ。一体幾らかければ王都まで行けるのだろう。現実は厳しいはずである。その料金を考えるだけで頭が痛い。ここで薬草作るの手伝うから、給金出してもらえないだろうか。

 ため息混じりで理音は次の引き出しを取りに行く。
 足が曲がりにくいので、木箱を借りてそこに座らせてもらっているが、立ち上がろうとするとよろめいた。

「大丈夫ですか!?」
 途端、ジャカの心配声が飛んできた。
 そんなよろけていないので、気にしないでいいのだが。
 しかし、ジャカからすると理音はレイシュンの客。どうしても気を遣わねばならない相手になるようだ。何せ理音が来ると、監視、もとい護衛の兵士二人もついてくる。どうしても身分ある人の印象があった。

 ジャカは支えるように手を差し伸べようと躊躇った。おそらく、理音がレイシュンの客なので触れていいか迷ったようだ。身分的な話である。身分差があるのに勝手に触れるなど、貴族からすれば言語道断だろう。そんなことを気にされる身分ではないが、理音は大丈夫だとゆるりと笑んでジャカを見遣った。

 近付いてまじまじ見ると、本当に綺麗な子である。大きな瞳に長い睫毛。キメの細かい肌。柔らかな栗色の髪、繊細な指先と細い肢体。
 フォーエンより女の子っぽいんだよな。お肌つるつる綺麗美人。
 理音がおめかしでされる、けばけば化粧と十二単のような重い着物と髪飾りをすれば、間違いなくジャカの方がフォーエンの隣に座っても違和感がない。

 美人って得だな。フォーエンと一緒にいて絵になるレベルってすごいぞ。
 理音は苦笑いをしながら次の引き出しを取り出した。
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