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166 ー情報ー
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探ると言っても、そう簡単にいくものではない。
あの建物には薬草が保管されているので、城内の端の方に位置している分、警備の兵士がよくうろついている。
庭園付近なため官吏らしき者は全く見ないが、建物にはリンネとジャカの他に雑用を行う者たちが数名いた。他にあの建物に近付くのは体調不良の者か怪我人だけだ。
しかし薬棚のある部屋に入られるのは、リンネとジャカだけだった。部屋には鍵がかかっており、その鍵を持っているのがその二人だけなのだ。
城の中の者があの建物に入っても、鍵が開いていない限り、入ることはない。
意外に徹底している。素人である二人に薬草作りを許しているが、それが全てだとは思えなかったので、そこまで管理されているとは考えなかった。
薬棚のある部屋の隣は間続きで、そこで薬草の種分けをする。中にはいられないようにしているのは、その部屋に誰かが入るとナモリへ渡る薬にも影響が出るからだそうだ。
実情、リンネとジャカに薬草作りを一任していることに驚きを隠せない。他国から渡ってくる薬草も使用するのだろうが、自州で採れる薬草を使った方がコスト的に安い。それを二人だけに任せている。
レイシュンは二人を信頼している。そう思いたいところだが、レイシュンが本当に他人を信頼するのだろうか。
「そんな気がするんだよねー」
「何が?」
目の前で優雅にお茶を飲む男は、のんびりとそう言った。
「レイシュンさんが二人に薬草作りを全権任せるって、意外だなって」
「どうしてそう思うの?」
素直に思ったことを口にすると、レイシュンは笑顔でそんな問いをしてくれる。その笑顔だよ。その笑顔。
「レイシュンさんが、全部嘘くさいから」
「ええ、ひどいなあ。リオンちゃん、私のこと何だと思ってるの?」
そんなだと思っている。油断大敵、あまり食いつき過ぎると反撃を喰らいそうなので、深くは言うまい。レイシュンは不確定要素だらけだ。
「全然関係ないんですけど、ジャカさんって、手習いどこでしてたんですか?」
本人に聞けないならレイシュンに聞く。聞けばレイシュンは教えてくれるので、もう気兼ねなく問わせてもらう。
案の定レイシュンはあっけらと言った。ただし予想外の言葉で。
「遊郭だよ?」
理音が目を丸くしてもレイシュンはお構いなしだ。気にした風もなく、お茶をのんびりすする。
顔に驚きをありありと出して、理音は少なからず動揺しながらもう一度尋ねた。念のため、と違う質問をする。
「え、えーと。じゃあ、ご家族の誰かが遊郭に?」
遊女の子供だと言うことだろうか。うっかり出来ちゃった的な。そんな所で手習いなんて教えてもらえるのだろうか。子供ができた遊女がどう扱われるかは何となく想像はついており、その子供が生まれてきて歓迎されるとは思えない。それなのに手習いなどさせてもらえるのか、そこまで育ててもらえるのか、やはり疑問に思って問うと、レイシュンはどうにも大した話ではないと表情を変えずに言った。
「いや、ジャカ本人だよ」
この人、オブラートって言葉絶対知らない。はっきりきっぱり言いやって、澄ました顔でお茶を飲む。
いや、聞いたの自分だけれど、そこはちょっとくらい躊躇して話そうよ。
「陰間ってことですか…?」
「かげま?」
「あ、男娼」
「そうだね」
しらっと言った。しかも何だかご機嫌な顔をする。この人絶対性格悪い。
そんなことを思いながら、しかし、やっぱりな。と言う納得した心があった。
ジャカは男の子でも綺麗な顔立ちをしている。白い肌は日に焼けることを知らず、そばかす一つないきめ細やかな肌を持ち、一見人形のようだった。目鼻立ちは整い、服装が違えば女の子にも見える。理音が男装して男に見えるのだから、ジャカならば当たり前に女の子として見られるだろう。
「街に来ている時に姉が殺された。商人の後添いで姉が嫁ぎ、ジャカと妹もついてきたけれど、姉が死んで二人は追い出された。妹はまだ幼く、ジャカが稼ぐことになった」
「妹さんは…?」
「今は奉公に出ているそうだよ。貴族の家に」
「そうですか…」
稼ぐため遊郭へ行くことになり、そこで手習いを教えてもらったわけだ。
遊郭と言うなら芸事を習うのだろうし、そこで頭の良い子だとわかったのだろう。客によっては知識を持った子の方が重宝されるだろうし、遊郭で手習いは納得の話なのだ。
そのジャカをレイシュンが買い取ったのかどうか。
ちらりとレイシュンを見やれば、レイシュンは何が聞きたいのかわかっていると目を細めた。
「面白い子がいると街で聞いたからね。一度会ってみたいと思ったんだ。噂によると物覚えがとても早く、応用力も高い、バンを教えれば途端に頭角を現して、ジャカと戦うために予約が途切れなくなったこともあったらしいからね」
バンとはチェスや将棋のような駒を使うゲームだ。フォーエンがタブレットに入っていたチェスゲームを勝手に起動し、勝手にプレイしている時にそう言っていた。これはバンに似ていると。チェスと将棋のルールは一応知っているが、フォーエンのプレイを見ていると到底勝てそうになかったので、AIとやらせていたのを思い出す。
一度フォーエンがそのバンを持ってきてくれたことがある。フォーエンが持っている物だからだろうが、いかにも凝った作りをしていた。
盤上は透明な黒の石でできており、つるつるに磨き上げられている。縁の部分や四つ脚に細かな装飾が成されているが、全て彫られた物だった。龍のような獣が脚に巻きつき、そこから炎のようなものを吐き出している。その炎が草や花となり、盤の縁を美しく飾っていた。
闇のように深く美しい黒色を持つその石一枚で盤ができているので、元は大きな石である。その色と艶を見るに、おそらく水晶で、こちらの水晶の値段を考えなくとも高価であるのは間違いない。その大きさの黒水晶なんて見たことがない。
そしてその上に並んだ駒にも理音は細い目を向けてしまった。駒は兵士や王を表現しているであろう、何かをを象っていた。チェスのように塔のような形の物や、獣の形をした物がある。その中でも明かに装飾の細かい、大きなものが王だ。
その形の細かさもさるものながら、その材質に驚かされたのを思い出す。
同じく水晶なのだろうが、中に金色の物がちらちら入っており、お酒に入っている金箔のようだと思った。パイライトインクウォーツに似ている。それを彫って幾つもの形にしたのならば、一点物だろうと値段を考えたものだ。
理音は高価さが恐ろしく、触ることができなかった。駒を動かして壊したらと言う恐れしかない。
そんな話は全く関係ないのだが、そのバンと言うゲームは一般人でも行う遊戯なのだろう。先を読むゲームだ。記憶力があり、頭の回転が早い者が得意とするゲームのはずだ。
十五、六歳の子供相手にゲームを挑む者が並んだのならば、相当頭がいいのだ。
「噂を聞いて一度手合わせをして、面白いと思ったんだよ。だから引き取った」
引き取ったと言っても、実質ジャカを買ったのはこの街に住む身分のある男だそうだ。その男の養子としてジャカを迎え、城に住まわせて働かせている。理音は紹介されたことがないので誰だかわからないが、レイシュンの側近の一人だそうだ。州侯が男娼を買うのはさすがにさわりがあるらしい。
そして現在、ジャカは薬師と庭師の両方を行なっている。
それを聞いて理音は不思議に思った。男娼を信じるなんて、レイシュンはしないだろう。頭がいいだけで身内に入れて優遇するほど、レイシュンは甘くない気がする。それでわざわざ部下に養子にさせたのならば、尚更不思議だ。
今現在、理音はハク大輔の侍女として保護されているが、レイシュンが理音の何かを面白がっているのに気付いていた。何かに利用するつもりなのか、何かに使えると思っているのか、損得なしでただ保護するのは違うような気がする。
護ってもらっていて失礼だとは思うが、レイシュンの何かに琴線が触れているのは確かなのだ。
おそらくジャカもそうなのだろう。頭がいいだけでなく、他にも理由があるはずだ。頭がいい程度でレイシュンが気にするとは思えない。ジャカの頭の良さが群を抜いて天才レベルであれば納得できるのだが。
「ジャカさんは医師のエンシさんの薬の知識を実現できないか、試してるっぽいですね。薬の保管もしっかりしてるし、お医者さんになれそう」
「妹はあまり身体が強くないそうだよ。思うところはあるのだろう。だがエンシのようになるのは難しいだろうね。エンシの技術は突飛すぎた」
レイシュンは王都にいたのだから、医師エンシの技術を知っているようだ。外科を行う医師エンシ。拷問グッズとは言え、あれで生かされた者も多いのだ。
「やっぱり、すごい人だったんですよね。薬の知識も、医術の水準も」
「助けられない者はいないとまで言われていた。それで本人は毒で死んでいるのだけれど」
その言葉に理音はひやりとしたものを感じた。
なぜだろう。レイシュンは一瞬冷ややかに笑った気がする。気のせいだろうか。残念だよね。と言いながら、表情変わらず茶器を口に運んで、緩やかに笑む。
「天帝に罰せられなければこの州にも来なかっただろうし、そうすれば城の庭もここまで薬だらけになることはなかったんだけれどね。お陰でこの城は病を持つ者が少ない」
「…そうですか」
やはり気のせいだったか、レイシュンは持っていた茶器を置いて、そう言えば、と話を変えた。
「ウルバスが遊郭で会っていた男がね、誰だかわかったよ」
遊郭の女将は黙っていたが、レイシュンの部下は調べたらしい。嘘くさい朗らかな笑みを向けられて、理音は若干身を引きそうになった。どうやら自分が知っている人間だったようだ。
「リ・シンカか、バラク族のセオビですか」
言うと、レイシュンは嬉しそうに笑顔を向けてきた。良くわかったね。と言って。
いやいや、いかにも君が知っている人だったよ。みたいな笑顔向けられて、わからないはずがないだろう。お金を持っていて女性を一緒に連れるような男など、ここにきてから二人しか知らない。シヴァ少将関係のマウォがまだここにいるとは思えないし、他に思い当たる人がいない。
「店にいたのはリ・シンカだったよ。一緒にいたのは、リ・シンカの屋敷にいる女性みたいだ」
「そうなると、リ・シンカが私を狙ったことになっちゃうんですかね」
リ・シンカがウルバスに噂をまくように命令しその後殺されたとなれば、リ・シンカが皇帝の妃を探していたことになる。そのついでにレイシュンを陥れるつもりだったのか。
しかし、リ・シンカやバラク族のセオビはレイシュンに刺客を放つような者たちだ。今更そんなちまちました作戦を行うだろうか。
レイシュンはうっすらと笑う。
その笑いは何だか不吉だ。全てわかっているような、嫌らしい笑い。
「ウルバスはリ・シンカと繋がりがあった。リ・シンカと共にいた女性は、リ・シンカの屋敷に出入りしている。何者かはわからない。ウルバスはその女性から花をもらったその日に死んだわけだね」
口封じのために殺されたとして、わざわざ一緒に遊郭に行った後殺すだろうか。繋がりがあっても、犯人ではないように思える。それはレイシュンも同じだろう。
「殺す相手に、手向ける男ではないよ」
そう言いながら杯を口にした。リ・シンカと一緒にいただけで殺しの犯人とは思っていないようだ。
「女性の方は知らないけれどね」
一緒にいた女性は素性がわからない。リ・シンカと一緒にいただけだ。しかし屋敷に出入りしているのならば、愛人的なものではないのかなあ。と思ったりもする。
その愛人ポジションの女性が理音を狙っている者だとしたらどうだろう。
王都に知り合いでもいるだろうか。
うむむ。と唸っていると、レイシュンは不敵に笑った。
「リ・シンカの屋敷は調べさせているよ。その女性もね。けれど、まだどんな繋がりがあるかはわからない。リオンちゃんは引き続き二人のところにいてほしいな」
レイシュンはリンネとジャカの側で見張っていて欲しいようだ。自分もリンネに薬草や植物の育て方などを教えている途中なので、行かない選択肢はなかったので構わない。リ・シンカが自分を狙ったと言うのも不思議な話なので、引き続き調べていただきたい。
リ・シンカが自分を狙うならば、王都の誰から命令でもされただろうか。
「冷えてきたね」
レイシュンは言うと、憂いるように天井のガラスから外を見上げた。
空は曇っていて日が差さないため外の気温は低いだろう。風もあるか、時折天井のガラスの上に黄色の葉が落ちる。どこから飛んできたか、風は強いようだ。
「本格的な冬が来るね」
レイシュンは理音と同じところへ目をやって、そう呟いた。
その言葉に理音は陰鬱な気持ちが込み上がるのがわかった。
冬が来れば、この州から出られなくなる。雪が積もり、街が隔離されるからだ。そのための冬籠を街は早い内から始め、長い冬が終わるのを待たなければならない。
昔ほど食糧や燃料に困ることはなくなったため、そこまで困窮することはないそうだ。ただ、物流が止まるのと、町と町を行き来するのが難儀になるらしい。
冬になり州から出られなくなるのは、雪によって山が越えられなくなるのと、州を跨ぐ町と町が遠すぎるのもあって、外で一泊しなければならなくなるからだ。外で暖をとるのは難しく、テントのようなものを設えても、強風が吹いてそれは不可能となる。また、馬車の中で過ごしても馬が死んでしまうほどの寒さが襲う。
一泊せずに歩き続けても風と雪の強さで視界が悪くなり、方向を失う。風を遮る場所もないので、そこで力尽きれば凍死し、遺体も雪が溶けるまで見つからない。そんな真似をする馬鹿者はおらず、真冬が来れば州を封鎖するように町の門を閉じるのが慣例だと言う。
冬が来れば数ヶ月はこの州から出られない。雪が降るならば窓の外は鈍色の雲ばかりになるだろう。そうなれば、星を見ることも難しくなる。
助けが来なければ、自動的に春が来るまでこの城に足止めされることになるのだ。
あの建物には薬草が保管されているので、城内の端の方に位置している分、警備の兵士がよくうろついている。
庭園付近なため官吏らしき者は全く見ないが、建物にはリンネとジャカの他に雑用を行う者たちが数名いた。他にあの建物に近付くのは体調不良の者か怪我人だけだ。
しかし薬棚のある部屋に入られるのは、リンネとジャカだけだった。部屋には鍵がかかっており、その鍵を持っているのがその二人だけなのだ。
城の中の者があの建物に入っても、鍵が開いていない限り、入ることはない。
意外に徹底している。素人である二人に薬草作りを許しているが、それが全てだとは思えなかったので、そこまで管理されているとは考えなかった。
薬棚のある部屋の隣は間続きで、そこで薬草の種分けをする。中にはいられないようにしているのは、その部屋に誰かが入るとナモリへ渡る薬にも影響が出るからだそうだ。
実情、リンネとジャカに薬草作りを一任していることに驚きを隠せない。他国から渡ってくる薬草も使用するのだろうが、自州で採れる薬草を使った方がコスト的に安い。それを二人だけに任せている。
レイシュンは二人を信頼している。そう思いたいところだが、レイシュンが本当に他人を信頼するのだろうか。
「そんな気がするんだよねー」
「何が?」
目の前で優雅にお茶を飲む男は、のんびりとそう言った。
「レイシュンさんが二人に薬草作りを全権任せるって、意外だなって」
「どうしてそう思うの?」
素直に思ったことを口にすると、レイシュンは笑顔でそんな問いをしてくれる。その笑顔だよ。その笑顔。
「レイシュンさんが、全部嘘くさいから」
「ええ、ひどいなあ。リオンちゃん、私のこと何だと思ってるの?」
そんなだと思っている。油断大敵、あまり食いつき過ぎると反撃を喰らいそうなので、深くは言うまい。レイシュンは不確定要素だらけだ。
「全然関係ないんですけど、ジャカさんって、手習いどこでしてたんですか?」
本人に聞けないならレイシュンに聞く。聞けばレイシュンは教えてくれるので、もう気兼ねなく問わせてもらう。
案の定レイシュンはあっけらと言った。ただし予想外の言葉で。
「遊郭だよ?」
理音が目を丸くしてもレイシュンはお構いなしだ。気にした風もなく、お茶をのんびりすする。
顔に驚きをありありと出して、理音は少なからず動揺しながらもう一度尋ねた。念のため、と違う質問をする。
「え、えーと。じゃあ、ご家族の誰かが遊郭に?」
遊女の子供だと言うことだろうか。うっかり出来ちゃった的な。そんな所で手習いなんて教えてもらえるのだろうか。子供ができた遊女がどう扱われるかは何となく想像はついており、その子供が生まれてきて歓迎されるとは思えない。それなのに手習いなどさせてもらえるのか、そこまで育ててもらえるのか、やはり疑問に思って問うと、レイシュンはどうにも大した話ではないと表情を変えずに言った。
「いや、ジャカ本人だよ」
この人、オブラートって言葉絶対知らない。はっきりきっぱり言いやって、澄ました顔でお茶を飲む。
いや、聞いたの自分だけれど、そこはちょっとくらい躊躇して話そうよ。
「陰間ってことですか…?」
「かげま?」
「あ、男娼」
「そうだね」
しらっと言った。しかも何だかご機嫌な顔をする。この人絶対性格悪い。
そんなことを思いながら、しかし、やっぱりな。と言う納得した心があった。
ジャカは男の子でも綺麗な顔立ちをしている。白い肌は日に焼けることを知らず、そばかす一つないきめ細やかな肌を持ち、一見人形のようだった。目鼻立ちは整い、服装が違えば女の子にも見える。理音が男装して男に見えるのだから、ジャカならば当たり前に女の子として見られるだろう。
「街に来ている時に姉が殺された。商人の後添いで姉が嫁ぎ、ジャカと妹もついてきたけれど、姉が死んで二人は追い出された。妹はまだ幼く、ジャカが稼ぐことになった」
「妹さんは…?」
「今は奉公に出ているそうだよ。貴族の家に」
「そうですか…」
稼ぐため遊郭へ行くことになり、そこで手習いを教えてもらったわけだ。
遊郭と言うなら芸事を習うのだろうし、そこで頭の良い子だとわかったのだろう。客によっては知識を持った子の方が重宝されるだろうし、遊郭で手習いは納得の話なのだ。
そのジャカをレイシュンが買い取ったのかどうか。
ちらりとレイシュンを見やれば、レイシュンは何が聞きたいのかわかっていると目を細めた。
「面白い子がいると街で聞いたからね。一度会ってみたいと思ったんだ。噂によると物覚えがとても早く、応用力も高い、バンを教えれば途端に頭角を現して、ジャカと戦うために予約が途切れなくなったこともあったらしいからね」
バンとはチェスや将棋のような駒を使うゲームだ。フォーエンがタブレットに入っていたチェスゲームを勝手に起動し、勝手にプレイしている時にそう言っていた。これはバンに似ていると。チェスと将棋のルールは一応知っているが、フォーエンのプレイを見ていると到底勝てそうになかったので、AIとやらせていたのを思い出す。
一度フォーエンがそのバンを持ってきてくれたことがある。フォーエンが持っている物だからだろうが、いかにも凝った作りをしていた。
盤上は透明な黒の石でできており、つるつるに磨き上げられている。縁の部分や四つ脚に細かな装飾が成されているが、全て彫られた物だった。龍のような獣が脚に巻きつき、そこから炎のようなものを吐き出している。その炎が草や花となり、盤の縁を美しく飾っていた。
闇のように深く美しい黒色を持つその石一枚で盤ができているので、元は大きな石である。その色と艶を見るに、おそらく水晶で、こちらの水晶の値段を考えなくとも高価であるのは間違いない。その大きさの黒水晶なんて見たことがない。
そしてその上に並んだ駒にも理音は細い目を向けてしまった。駒は兵士や王を表現しているであろう、何かをを象っていた。チェスのように塔のような形の物や、獣の形をした物がある。その中でも明かに装飾の細かい、大きなものが王だ。
その形の細かさもさるものながら、その材質に驚かされたのを思い出す。
同じく水晶なのだろうが、中に金色の物がちらちら入っており、お酒に入っている金箔のようだと思った。パイライトインクウォーツに似ている。それを彫って幾つもの形にしたのならば、一点物だろうと値段を考えたものだ。
理音は高価さが恐ろしく、触ることができなかった。駒を動かして壊したらと言う恐れしかない。
そんな話は全く関係ないのだが、そのバンと言うゲームは一般人でも行う遊戯なのだろう。先を読むゲームだ。記憶力があり、頭の回転が早い者が得意とするゲームのはずだ。
十五、六歳の子供相手にゲームを挑む者が並んだのならば、相当頭がいいのだ。
「噂を聞いて一度手合わせをして、面白いと思ったんだよ。だから引き取った」
引き取ったと言っても、実質ジャカを買ったのはこの街に住む身分のある男だそうだ。その男の養子としてジャカを迎え、城に住まわせて働かせている。理音は紹介されたことがないので誰だかわからないが、レイシュンの側近の一人だそうだ。州侯が男娼を買うのはさすがにさわりがあるらしい。
そして現在、ジャカは薬師と庭師の両方を行なっている。
それを聞いて理音は不思議に思った。男娼を信じるなんて、レイシュンはしないだろう。頭がいいだけで身内に入れて優遇するほど、レイシュンは甘くない気がする。それでわざわざ部下に養子にさせたのならば、尚更不思議だ。
今現在、理音はハク大輔の侍女として保護されているが、レイシュンが理音の何かを面白がっているのに気付いていた。何かに利用するつもりなのか、何かに使えると思っているのか、損得なしでただ保護するのは違うような気がする。
護ってもらっていて失礼だとは思うが、レイシュンの何かに琴線が触れているのは確かなのだ。
おそらくジャカもそうなのだろう。頭がいいだけでなく、他にも理由があるはずだ。頭がいい程度でレイシュンが気にするとは思えない。ジャカの頭の良さが群を抜いて天才レベルであれば納得できるのだが。
「ジャカさんは医師のエンシさんの薬の知識を実現できないか、試してるっぽいですね。薬の保管もしっかりしてるし、お医者さんになれそう」
「妹はあまり身体が強くないそうだよ。思うところはあるのだろう。だがエンシのようになるのは難しいだろうね。エンシの技術は突飛すぎた」
レイシュンは王都にいたのだから、医師エンシの技術を知っているようだ。外科を行う医師エンシ。拷問グッズとは言え、あれで生かされた者も多いのだ。
「やっぱり、すごい人だったんですよね。薬の知識も、医術の水準も」
「助けられない者はいないとまで言われていた。それで本人は毒で死んでいるのだけれど」
その言葉に理音はひやりとしたものを感じた。
なぜだろう。レイシュンは一瞬冷ややかに笑った気がする。気のせいだろうか。残念だよね。と言いながら、表情変わらず茶器を口に運んで、緩やかに笑む。
「天帝に罰せられなければこの州にも来なかっただろうし、そうすれば城の庭もここまで薬だらけになることはなかったんだけれどね。お陰でこの城は病を持つ者が少ない」
「…そうですか」
やはり気のせいだったか、レイシュンは持っていた茶器を置いて、そう言えば、と話を変えた。
「ウルバスが遊郭で会っていた男がね、誰だかわかったよ」
遊郭の女将は黙っていたが、レイシュンの部下は調べたらしい。嘘くさい朗らかな笑みを向けられて、理音は若干身を引きそうになった。どうやら自分が知っている人間だったようだ。
「リ・シンカか、バラク族のセオビですか」
言うと、レイシュンは嬉しそうに笑顔を向けてきた。良くわかったね。と言って。
いやいや、いかにも君が知っている人だったよ。みたいな笑顔向けられて、わからないはずがないだろう。お金を持っていて女性を一緒に連れるような男など、ここにきてから二人しか知らない。シヴァ少将関係のマウォがまだここにいるとは思えないし、他に思い当たる人がいない。
「店にいたのはリ・シンカだったよ。一緒にいたのは、リ・シンカの屋敷にいる女性みたいだ」
「そうなると、リ・シンカが私を狙ったことになっちゃうんですかね」
リ・シンカがウルバスに噂をまくように命令しその後殺されたとなれば、リ・シンカが皇帝の妃を探していたことになる。そのついでにレイシュンを陥れるつもりだったのか。
しかし、リ・シンカやバラク族のセオビはレイシュンに刺客を放つような者たちだ。今更そんなちまちました作戦を行うだろうか。
レイシュンはうっすらと笑う。
その笑いは何だか不吉だ。全てわかっているような、嫌らしい笑い。
「ウルバスはリ・シンカと繋がりがあった。リ・シンカと共にいた女性は、リ・シンカの屋敷に出入りしている。何者かはわからない。ウルバスはその女性から花をもらったその日に死んだわけだね」
口封じのために殺されたとして、わざわざ一緒に遊郭に行った後殺すだろうか。繋がりがあっても、犯人ではないように思える。それはレイシュンも同じだろう。
「殺す相手に、手向ける男ではないよ」
そう言いながら杯を口にした。リ・シンカと一緒にいただけで殺しの犯人とは思っていないようだ。
「女性の方は知らないけれどね」
一緒にいた女性は素性がわからない。リ・シンカと一緒にいただけだ。しかし屋敷に出入りしているのならば、愛人的なものではないのかなあ。と思ったりもする。
その愛人ポジションの女性が理音を狙っている者だとしたらどうだろう。
王都に知り合いでもいるだろうか。
うむむ。と唸っていると、レイシュンは不敵に笑った。
「リ・シンカの屋敷は調べさせているよ。その女性もね。けれど、まだどんな繋がりがあるかはわからない。リオンちゃんは引き続き二人のところにいてほしいな」
レイシュンはリンネとジャカの側で見張っていて欲しいようだ。自分もリンネに薬草や植物の育て方などを教えている途中なので、行かない選択肢はなかったので構わない。リ・シンカが自分を狙ったと言うのも不思議な話なので、引き続き調べていただきたい。
リ・シンカが自分を狙うならば、王都の誰から命令でもされただろうか。
「冷えてきたね」
レイシュンは言うと、憂いるように天井のガラスから外を見上げた。
空は曇っていて日が差さないため外の気温は低いだろう。風もあるか、時折天井のガラスの上に黄色の葉が落ちる。どこから飛んできたか、風は強いようだ。
「本格的な冬が来るね」
レイシュンは理音と同じところへ目をやって、そう呟いた。
その言葉に理音は陰鬱な気持ちが込み上がるのがわかった。
冬が来れば、この州から出られなくなる。雪が積もり、街が隔離されるからだ。そのための冬籠を街は早い内から始め、長い冬が終わるのを待たなければならない。
昔ほど食糧や燃料に困ることはなくなったため、そこまで困窮することはないそうだ。ただ、物流が止まるのと、町と町を行き来するのが難儀になるらしい。
冬になり州から出られなくなるのは、雪によって山が越えられなくなるのと、州を跨ぐ町と町が遠すぎるのもあって、外で一泊しなければならなくなるからだ。外で暖をとるのは難しく、テントのようなものを設えても、強風が吹いてそれは不可能となる。また、馬車の中で過ごしても馬が死んでしまうほどの寒さが襲う。
一泊せずに歩き続けても風と雪の強さで視界が悪くなり、方向を失う。風を遮る場所もないので、そこで力尽きれば凍死し、遺体も雪が溶けるまで見つからない。そんな真似をする馬鹿者はおらず、真冬が来れば州を封鎖するように町の門を閉じるのが慣例だと言う。
冬が来れば数ヶ月はこの州から出られない。雪が降るならば窓の外は鈍色の雲ばかりになるだろう。そうなれば、星を見ることも難しくなる。
助けが来なければ、自動的に春が来るまでこの城に足止めされることになるのだ。
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隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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