群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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199 ー地震ー

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 ヘキ卿のいる棟に戻ってくると、またシヴァ少将の姿が見て取れた。

 廊下の奥からこちらに歩いてくる。今度こそ鉢合わせになるので、来たら廊下の端に避けなければとタイミングを見計らっていると、くらりと目の前が揺れた。

「うわあっ!」
 誰かが叫んだ方向を振り向くと、大げさに叫ぶ者たちが他にもいた。
「大地の怒りだ!」
「地面が!!」
 叫ぶ声はあちこちで聞こえ、揺れに座り込む者や壁に抱きつく者がいた。

 地震だ。
 おそらく体感震度3程度。横揺れだ。
 震度3で座り込むこともない。理音は気にせず歩んだが、揺れは少し長かったようだ。
 慌てて部屋から出てきた者たちや、廊下で座り込んでいる者たちがぶつかって、廊下は若干パニックになった。

 ちょっと長かったかな。
 だが揺れとしてはそこまでだったので、進む先で転げている人たちを見ながら進んでいると、ばちり、とそこを通り過ぎようとした人と目が合った。

「も、申し訳ありません。シヴァ少将」
「ほら、何を転げているんだ。さっさと立て!」
 驚いていた者たちとは違い、シヴァ少将は気にせずこちらに歩んできていた。あまり動じていなかったが、偉い人なので動じるわけにはいかなかったかもしれない。
 そう思っていた矢先、ヘキ卿の部屋から勢いよく知った顔が飛び出してきた。

「リオン!大丈夫かい!?」
 ヘキ卿が転げた男たちを蹴散らすようにすっ飛んでくる。
「怪我はないかい!?」
 今の揺れで心配になって部屋を飛び出してきたようだ。ヘキ卿が焦った顔をして理音に怪我がないか確認した。

「大丈夫ですよ、あのくらい」
「あのような揺れは久しぶりだよ。棚から書物がなだれ落ちてきたほどだったからね」
「それはまた…」
 棚、固定されていないのだろうか。

 地震大国、棚は突っ張り棒で固定するが基本である。しかし、あの程度の揺れで本がなだれてきたなら、棚の立て付けが悪いのか、それともこの建物の立て付けが悪いのか、すごく不安になる。
 ここの建物、耐震どうなってるんだろう。

「ひどい揺れでしたね」
「シヴァ少将。このような揺れはしばらくなかったのだけれどね。恐ろしい」
 シヴァ少将はゆっくりとこちらに近づいてきた。この場合脇に避けた方がいいだろうか。思いつつ、じりじりと壁沿いを背にする。
 ヘキ卿は随分慌ててこちらまで走ってきたが、シヴァ少将はやはりあまり動じていなそうだ。後ろのお付きの人たちはどこか不安げに周囲を見回しているのに。

「驚きましたね。あのように揺れるとは」
 シヴァ少将はそう言ったが、あまり驚いているようではなかった。
 しかし、ヘキ卿は頷いて、額の汗を拭った。本当に焦ったのだろう。
「恐ろしいことだよ。リオン、怪我をしていないのならば良かった。部屋が書物で荒れてしまったから、片付けるのを手伝ってくれるかい?」
「わかりました」
 理音は返事をしながら、シヴァ少将を視界の端に入れた。
 シヴァ少将はヘキ卿の慌てぶりを横目で見て、静かに廊下を歩んで行った。

「シヴァ少将、あんまり驚いてなかったです」
「そうかい?みな驚くような揺れだったけれど」
「あの程度の地震って、そんなに久しぶりなんですか?」
「そうだね。私が子供の頃に一度あったきりだよ」
 十年近く前にあった地震は、先ほどより強く揺れたらしい。
 十年に一度で震度3程度ならば、そこまで大きな地震はない地域のようだ。

 周囲はまだざわついて、ヘキ卿の部屋と同じく物が散らばった部屋で片付けが始まっていた。本棚の立て付け考えた方がいいと思う。
「耐震、してないんですか?」
「耐震?揺れには強い建物のはずだよ」
 それならと安堵する。だがあの程度の揺れで驚いているのだから、耐震レベルも低そうだ。
 かく言う日本も、時代ごとに耐震レベルが上がっている。大地震のたびに耐震基準が変わるのは普通だ。こちらも同様だろう。
 震度3程度想定で耐震と言っていたら、それは怖い。
 



「今日も大地が揺れたな」
 フォーエンはいつも通りの時間にやってきて、開口一番それだった。
 本日のニュースはそれで持ちきりだ。

「ヘキ卿のお部屋で本棚倒れてたよ。あんまり耐震してないんだね。他の部署もわたわたしてたし」
「揺れに強い建物ではあるが」
 地震は起きるので、屋根が落ちにくい柱の構造をしているらしい。その割にみな驚き方が尋常ではなかったが。

 ヘキ卿の部屋へ行ったら、本棚から本がごっそり落ちていた。特に古い本棚だったので、立て付けは悪かったそうだ。しかし、落ちすぎである。
 他の部屋では心配げに外に出ている人もおり、部屋に入るのを躊躇う者すらいた。ほとんど起きることがない地震が、立て続けに起きているのに不安がっているようだった。

「避難訓練とかしないの?」
「それも、学びか?」
 確かにそれも学びだ。子供の頃から机の下に隠れるとか、避難の仕方とかを当たり前に練習している。
「私の国地震多いし、学校で火事とか起きた時の避難の仕方とか、毎年練習するんだよね。それに、建物建てるのに耐震や防火の基準決まってるし、建物設計する人の資格もいるし、対策はされてる」

 こっちって建築基準法なんてないんだろうなあ、とぼんやり思う。お城の造りは良くても、民間の家の造りが同じには思えない。
 城の付近の道は区画整理がされているか、碁盤の目のようになっているが、離れると迷路のような道もある。道幅が極端に狭かったりするので、道路幅員制度はなさそうだ。火事の時に消防車が通るわけではないが、火が燃え移りやすそうだった。
 住宅は高くても3階程度なため、建物の高さ制限などの規制は必要ないだろうが、細かいルールも特にないのだろう。

「城の大工は決まっている。城にその役目を持つ者がいるからな。工法はその部署で担っている。民間は自分で建てる者がいる。資格は必要ない」
 自分も建築基準法に詳しいわけではないので、何があるとは細かく言えないが、こちらは城に関してはルールがあるようだ。民間は民間の大工が造ったり、自分で造ったりとまちまちらしい。

「平民に資格か…」
 医師にすら資格がないのだから、必要なところは作った方がいいと思う。フォーエンは頷いたが、考えるようにため息も吐いた。
 自分が何か言うと、フォーエンの仕事がものすごく増える気がしてきた。もちろんフォーエンは優先順位を付けるだろうが、予定がそれだけでつまりそうだ。

「そう言えば、サウェ卿に会ったよ。単位がばらばらって話、聞いたけど」
「ああ。収穫祭の話題から税金の話を持ち出したらしいな」
 当たり前のように理音がその話題を出したことを、サウェ卿から詳しく聞いたそうだ。
「私が問題視していることを、お前に伝えているのかと思ったそうだがな。着眼点が同じだったと驚いていた」
 驚いていたように見えなかったが、驚いていたらしい。

「場所によって税金の高低差が出る。今までよくも問題にしてこなかったものだ」
 その高低差によって不当に利益を得ている者もいるのだろう。それらを調べている段階らしく、大きな捕り物も行われるそうだ
 やることは山積み。フォーエンはやはりため息をついた。最近ずっと疲れているように見える。

 レイセン宮にはいつも通り来るのだが、最近は本と一緒だ。
 フォーエンは隣でソファーに座りながら、本を片手にしている。暇がないのにここに来なければならないのがかわいそうだ。
 手を伸ばして、うつむくように本へと視線を伸ばしたフォーエンの頭を、そろりとなでた。
 なでなですると、フォーエンが目を見開いてこちらを見上げる。

「あ、ごめん。つい」
 フォーエンのお疲れに、つい頭をなでてしまった。さらさらの髪が流れて、むしろ髪の毛をぐしゃぐしゃにしてしまったようだ。
「疲れてるように見えました」
 目が合って頭からすぐに手を下ろすと、フォーエンがその手を取る。きゅっと掴まれた腕に力が込められた。
「う、ごめんって」

 機嫌が悪いのか、無言のままフォーエンの紺色の瞳が自分の瞳を捉えた。深いブルーサファイアのように輝いて、近づいたそれに吸い込まれそうになる。
 白皙の肌に似合った宝石のような輝きが、目の前に近づいた時、ぴしり、と家鳴りがした。

「あれ、地震?」
 軽い揺れに気づいて理音が顔を上げた。つい天井近くを見てしまうのは、ライトの紐を見る癖があるからだろう。
 揺れる物が天井になく、壁際の燭台に視線をずらすと、隣にいるフォーエンが片手で顔を抑えていた。
「え。どうしたの?頭痛いの??」
 それとも今どこから物でも落ちてきたか?すぐ上を見上げたが何もなく、ただフォーエンは顔を抑えたまま、珍しく背を丸めてうつむいた。

「…何でもない」
 ぼそりと呟いた時、ノックの音がして、ツワが頭を下げて入ってくる。
「失礼いたします。陛下、ご無事でしょうか」
 先ほどの揺れは大きくても震度2程度。あれで怪我をしたら相当家がぼろいことになるが、皇帝陛下に対して当然の声かけなのだろう。

 フォーエンはふるりと手を振ると、何もないことを示す。ツワは承知したと頭を下げて部屋を出て行った。
 一応確認と言うことか。ツワも他に確認することはなかったので、念のためなのだろう。
 部屋を出て行ったツワを見送っていたら、隣でフォーエンが深いため息をついた。
「平気なの?頭痛いんじゃないの?」
「…何でもない」

 問うと、ちらりとこちらを横目で見たが、同じ言葉で返してきた。本の見過ぎで目が痛くなったのだろうか。
 そう言えば乾燥しているし、また濡れタオルでもかけた方がいいかもしれない。
「もう寝な。忙しくても睡眠時間少ないと効率悪くなるよ」
 親切で声をかけたのに、フォーエンはなぜがギロリと睨んで、人の鼻をつまんでいった。
 痛みに、ふぎっ、と奇声を上げると、やはり大きなため息をついて、寝所へと行ってしまった。

「何なの…?」
 急に不機嫌になるのは何なのだろうか。
 謎すぎる。
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