群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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218 ー護衛ー

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「っよ、元気してるかあ?」

 ヘキ卿のお仕事をしていたら、なぜかウンリュウがやってきた。
 笑顔で気軽に声を掛けてくれるウンリュウはいつも通りだが、メイラクにしばらくこちらでお仕事をされるそうです。と紹介を受けたので、まあ、悟るわけである。

「護衛ですか」
「ま、気にするな。書を取りに行くんだろう。手伝うぞ」
「ありがとうございます」
 何の件で護衛になったか。フォーエンのところへ時々行くことを、誰かに知られただろうか。隠しているのかは知らないが、フォーエンの執務室に行く時に、警備とフォーエンの仲間以外に会わないのが普通だ。

 理音はフォーエンの庇護を受けている子供と有名である。そこから人質のような意味で狙われる可能性はあるわけだが、しかし今まで護衛などつくことがなかった。
 ここで護衛があるのならば、理由があるわけだが。
「気楽に考えるといいぞ。念の為だからな」
「そうですか」
 何を考えているかすぐにわかると、ウンリュウは爽やかに笑って理音の隣でゆっくり歩く。

 ヘキ卿のいる棟とハク大輔のいる棟は建物が違うため、ハク大輔やウンリュウたちに会うことはまずない。久し振りに会うウンリュウだが、どこまで事情を知っていて来たのだろう。
「ちなみに、シヴァ少将関連ですか?」
「いやー。お前さんがどこに首を突っ込むかわからないから、念の為ってことだ」
 それは完全に自分のせいである。あまりに納得できて大きく頷いてしまった。

 最近だとスミアの件だろうか。もし後宮の外にスミアに懇意にしている者がいて、理音の正体がばれていたら、何かあるかもしれない。
 シヴァ少将の関連で自分が狙われることはないだろう。シヴァ少将の犯人は殺され、フォーエンを陥れるような真似をする者を捕らえると約束したのはシヴァ少将だ。何かあればシヴァ少将が罰せられる。
 あとは最近政務に関わり、その関わりを疎ましく思う者が理音を狙う。くらいだろうか。
 考えてもわからないので、ウンリュウが守ってくれるならありがたくお願いする。

「シヴァ少将はなあ。なかなか騒がしくなってるのは、普通に聞くからな」
 情報など得なくても耳にするほど、シヴァ少将の周りで事件が多い。瓦礫に頭を打って亡くなった者、それからシヴァ少将の元に侵入していたフォーエンの部下。シヴァ少将を狙った者。死人が多すぎる。なぜ死んだか知らずとも、死人が多いのは明らかだ。噂にもなるだろう。
 そう反復して、後宮の抜け道先で待っていたのもシヴァ少将の部下だったことを思い出した。部下が後宮から抜け出す手伝いをしたせいで、シヴァ少将にお咎めがあると言う話だった。

「ウンリュウさん、シヴァ少将の部下さんで、後宮の女性と抜け道で亡くなってた人、知ってます?」
「ん?まあ、それなりにな。シヴァ少将の部下だが、衛府官庁ではよく会っていたし、親しいほどではないが、挨拶はする」
「そうですか…」
「何か気になることがあるか?お前さんが何か言い出す時は、気をつけろと言われている」
 何だそれ。いやしかし、フォーエンからの助言なのだろう。おかしなことを言う時は、おかしな行動を起こすことがある。つまり考えたらすぐ行動にうつすわけであって、フォーエンは勝手に動くようなら止めろとウンリュウに教えたようだ。

「ちょっと、気になっただけです。何か、なかったのかなあって」
「わかった。調べさせておく」
「すみません」
「と、噂をすればだな」
 廊下の先、別の通りを歩いているシヴァ少将が見えた。怪我はなかったのだろうか。いつも通り麿と武士をつけていた、他に数人人を連れ歩いてる。

「物々しいですね」
「まあなあ。危険があれば、あれくらいなるだろう。こんなところで襲われはしないだろうが、警戒するに越したことはない」
 小河原の顔色が見えるほどの距離ではなかったが、普通に歩いている。フォーエンのところに挨拶に来たと聞いて元気だろうとは思っていたが、精神面がそうであるとは限らない。
 小河原にも護衛がついて、こちらにも護衛がついた。二人でこっそり話すことは難しくなってしまった。小河原は面倒に巻き込まれていると言うのに。

 その小河原が足を止めた。話し掛けているのはマウォだ。遠すぎるので話を聞きに近寄りたい。何を話しているのか、軽く声を掛けただけなのか、小河原はそのまま歩いて行ってしまった。
「気になるか?」
 シヴァ少将を見つけて足を止めてしまったので、ウンリュウが問うた。もちろん気になるし、何なら周りを気にせず小河原に話し掛けたい。
「陛下はマウォを気にされていた」
 フォーエンもシヴァ少将よりマウォを不審に思っているのか。ウンリュウの顔を見上げると、ウンリュウはにっと笑う。
「こちらでも調べてはいる。安心しろ」
 ウンリュウの言葉に、理音はホッと安堵の息を漏らした。




「後宮の女と通じていた男は、マウォと揉めていたようだな」
 ウンリュウに聞いたら、フォーエンから答えが返ってきた。

 本日は本を持っておらず、ソファーでゆっくりとお茶を口にする。仕事が落ち着いたのだろうか。いや、若干目の下にクマがあり、疲れているのがよく分かった。今日は早く眠りたいのかもしれない。
 しかし、ウンリュウに話を聞いて、そちらの問いを確認したかったようだ。

「なぜ、そんなことを聞く?」
「後宮の抜け道をわざと教えられて、通っちゃったのかなあって」
「わざと?」
 理音は今まで聞いた話をまとめてフォーエンに話すことにした。ただこれは無理に繋げたようなところがあり、正確性に乏しく、ただの可能性を繋げただけだと前置きして。

「後宮の女官のスミアさんが、グイの姫の女官シーニンに抜け道を教えて、それがシヴァ少将の部下さんに通じた。でもこれって、抜け道を通ったら死ぬかもってことはわかってやったのかな。それでもいいなら通りなよ。って言われたかもしれないけど、シーニンはそれを相手の方にも教えたってことになっちゃう」
 どちらにしても脱出後相手に迷惑がかかる。愛する人を巻き込んで外に出るから、死ぬかもしれない抜け道であることを相手の男に伝えたのだろうか。もし自分がそこで何かあるかもしれないと思っても、相手の男が死んでもいいと思うだろうか?
 しかし、相手の男は途中まで迎えにきた。死ぬかもしれないと言う抜け道に。

「伝えて問題があるか?」
 フォーエンは理解が届かないと、軽く問うてきた。全く理音もその答えに、うーんと唸る。
 フォーエンは皇帝になる前に、誰か好きになった人はいないのだろうか。幼い頃にでも初恋くらいあると思うのだが。

「フォーエンがさ、例えば、後宮みたいに閉じ込められたところにいてね。もう絶対会えない大好きな人がいた場合、抜け道があるから使ってみればって言われたら、もちろん使うよね」
「…おそらく」
 おそらくって何だ。絶対じゃないのか。
 フォーエンは若干眉根を寄せた。考えることか?素直に会いたいと思わないのか。

 理音はこほんと咳払いをする。フォーエンのような高貴な血筋の人たちは結婚概念が自分とはかなり違う。側室も持てるのだし、好きのレベルが軽いのかもしれない。
「でも、その抜け道を通ったら死んじゃうかもしれない。って言われたら、どうする?好きな人に会いたくても、相手を殺すかもしれない道を、相手に伝える?」
 その問いにフォーエンは顔を上げた。やっと意味がわかったようだ。

「知らされていなかったと言うことか」
「知ってたらね、相手に言わないと思うのよ。例え迎えに来てもらう必要があっても、相手には絶対抜け道に入らないように言うと思わない?もしそれで相手が死んじゃったらどうするの?そんなの抜け道通る意味ないでしょ?」
「確かに。そうだな」
「抜け道を教えた人は、抜け道を使った人が後で死んだことを知っている。なのにシーニンに教えた。それって、抜け道で死ぬ可能性があるって、教えてなかったんじゃないかなって」
「ではなぜ、教えなかったのか…」
「それが、不思議だなって」

 シーニンを恨んでいた?抜け道を使い、殺せればいいと思った?
 スミアがシーニンを恨む可能性はあるだろうか。そうでなければ、男の方に恨みがあったのだろうか。
 スミアは長く後宮におり、スミア自体は相手の男が生まれる前から後宮に滞在している。相手の男と面識はないのだ。

「だとしたら、相手の男を殺す命令を受けていたとか」
 フォーエンは眉根を寄せた。これはただの想定だ。可能性の話をしているだけだ。しかしフォーエンはその可能性に、考えうる答えを出した。
「シヴァ少将の部下を、殺す必要があった。その相手とスミアが通じていたと言いたいか?」
 そうであれば、その男も今回のことに何かしら関わりがあるのではないかと思ったのだ。シヴァ少将の周囲は人が死にすぎている。では、最初は一体どこからなのだろう。始まりは、どこからだった?

「飛躍しすぎなのはわかってるんだけれど、色々なことが重なるから、気になるんだよね。何か関わりあるんじゃないかって」
 薬草。月桂樹。エンシやレイシュン。抜け道。それらは全て繋がりがあるような気がするのだ。
「それとも、皇帝に恨みがあるから、後宮の外に出る手引きをわざとしたとか。それで死人が出てもいいと思ったのか。皇帝から逃げた女官なんて外聞悪いし…」
 理由なんて色々出てくる。唸りながらぶつぶつ言っていると、フォーエンがふと呟いた。

「思い当たったのは、母の話を聞いたからか?」
「え?」
 顔を上げると、なぜか表情を消した。しかし陰鬱な雰囲気が残る。フォーエンにとって聞かれたくない話だと、すぐに感じ取った。

 フォーエンの母親、ルファンに会ったことはフォーエンは知っているはずだ。だが、ルファンに会って何かを聞いたことはない。フォーエンからも何を話されることもなかったので、聞くこともしなかった。
 フォーエンの家族間の話はできない。そんな雰囲気を感じていた。だから、聞こうともしなかった。
 しかし、自分の行動に何か思うことがあったのだろう。フォーエンは初めて、母と言う言葉を使った。

「何も。何も知らないよ。お会いして、お茶には呼ばれたけど」
「…そうか」
 そう小さく頷いて、何か話そうとすると、フォーエンは口を閉じた。あまり見ない、塞ぐような雰囲気。

「言いたくないならいいよ」
 興味がないわけではないが、家庭の事情などセンシティブな話に他人が突っ込んでも仕方がない。フォーエンが話したいなら聞くし、話したくないのならば聞く必要もない。何と言っても、フォーエンの家族構成は自分のとは全く違う、複雑なものだ。
 こちらの独特の家族間もあるだろうし、自分にできることはただ聞くことだけしかできない。

 しかし、フォーエンはかぶりを振った。
「お前がどう考えるかわからぬから、話しておく」

 静かな声音を出して、フォーエンは理音を見つめた。
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