群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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224 ー星ー

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 バレてた。バレるに決まってた。

 フォーエンはすぐに察すると、睨みをやめて肺から大きなため息を吐き出した。
 バレますよ。だってその昔、フォーエンに小河原の写真見せたことあるもの。

「いつからだ…。いや、初めからか。宮廷に出てきた頃からずっと…」
 その言葉を最後まで言うことはなかった。フォーエンはもう一つの懸念に気付いている。

 小河原が身代わりをしているならば、本人はどうなったのか。
 小河原のことばかりを考えて、それを考えていなかった。フォーエンにとってシヴァ少将は親戚で従兄弟なのに。
 自分本位の考え方をしていたことに気付き、急に視界が暗くなる気がした。
 もっと早く言うべきだった。小河原がそうであると気付いた時から。

 フォーエンに話すわけにもいかなかった。小河原は自分に巻き込まれてこの世界に来たのだ。彼を無事に返すならば、シヴァ少将が偽物だと誰かに言うわけにはいかなかった。
 それでも、フォーエンの気持ちも考えるべきだったのだ。

「ニイフェンは、死んだのか…?」
「…分からない。教えてもらってない。要くんも助けてもらったらしくて、詳しく話すことはできないって言われた…」
 何て独り善がりだったのだろう。
 そう思っても遅い。フォーエンはそれきり黙り込み、陰鬱な空気が部屋に立ち込めた気がした。

「ファリアが、協力するとは思わんがな…」
 長い沈黙の後、フォーエンがやっとぽそりと呟いた。
「ふぁりあ?」
「ニイフェンの妻だ。あそこは好き合って結婚した。家の繋がりもあったが、ニイフェンが死んで黙って協力するとは思えない」
 奥さんが気付いていたら黙っているのか考えたことがある。近い場所にいれば着物を汚して殺す助けをするのではないかと。
 けれど、それだけ近ければ近いなりの殺し方をすればいい。周囲に気付かれる殺し方は違う気がする。
 フォーエンもそう思うのだろう。おかしいといいつつ、そうであればファリアが何かしているはずだと断言する。

「奥さんも、…とか」
「何とも言えんな。マウォが説得したか、何か別の手で脅したとしか」
 フォーエンはマウォが関わっているのは間違いないと考えたようだ。奥さんであるファリアは身代わりに反対するはずで、それを押し通せるのはマウォしかいない。

「その男を、帰したくて星見に会いたいのか?」
「帰る方法が分かるのは星見さんだけなんでしょ?要くんは私が巻き込んじゃったの。だから、帰れる日を知りたい」
 小河原は理音と話せただけで泣きそうな顔をした。彼の孤独をどうにかして終わらせたい。帰られれば一番いいのだ。せめて小河原だけでも、帰られればいい。

「お前は、違うのか?」
 フォーエンは静かに問うた。
 帰られればいいと思ったが、それがいつだったのか思い出せない。家のことを考えないようにしていたこともあったが、帰る場所はフォーエンの傍だと思っていた。
「私は、考えてなかった。帰れればいいだろうけど、最近考えてなかった。考えれば家族に会いたいし、帰った方がいいんだろうけど」

 何と言えば良いだろうか。帰りたいと言うたびにフォーエンが遠くなる気がする。帰ったらもう一生会うことができない。
 それに、耐えられるのか?
 一度戻った時にあれほど会いたいと思った人が、今目の前にいるのに。

「私は、帰りたいと思ってるわけじゃない。要くんを、帰してあげたいだけ。星見さんに会って、要くんが帰れる日を知りたい」
 それは本心だ。フォーエンから離れたくない。
 いつか、フォーエンが誰かを選んだとしたら、傍にいることも出来なくなるけれど、フォーエンが幸せになるための手伝いはずっと行える。

「要くんは、ウーゴの蜜を舐めてるの。それで巻き込んじゃったんじゃないかって。私がこっちに戻ってきた時に、要くんもこっちに来てた。そんなに長く、一人で我慢してたんだもん。早く帰してあげなきゃ」
「…恋人、なのだろう?」
 フォーエンは微かに憂いるように言った。その言葉に、自己嫌悪したくなる。
 小河原は好きでも、恋人の好きではない。フォーエンと一緒にいるようになり、それに間違いはないと感じてきた。
 例え戻っても小河原との付き合いを続けることはしないだろう。

「お付き合いっていう名のお友達。恋人にはなれない」
 今更、言葉にするなんて図々しい。ここまで小河原を巻き込んでいて。
 けれど、嘘を突き通すこともできない。小河原と恋人になることは難しかった。
「友達だよ。大事な」
 理音の言葉に、フォーエンは少しだけ顔を歪めたが、それを消すように顔を上げた。

「時間をつくる。星見に会える時間を」
 振り絞るような声でフォーエンは口にした。
 それが何故なのか、その時には分からなかった。



 星見に会えたのはそれから数日経ってのことだった。
 会うためにはおめかしが必要と言うことで、頭に重い髪飾りや床にずるずる引き摺る着物をまとい、後宮の女性たちの視線を浴びながらセイオウ院に向かう。

 久し振りに来たセイオウ院にはフォーエンが待っていた。隣にいるのは彦星だ。名はニルカと言ったか。
 付いてきていたツワはロウソクの並んだ部屋で足を止め、扉側に控えた。フォーエンはウーゴの生えた円錐の部屋の方にいる。
「お久し振りでございます。暁の方」
 初めてこの世界に来た時の場所。これで三度目だが、言葉が理解できてからニルカと話すのは初めてだった。ニルカは静かに地面に膝を付くと、ゆっくりと挨拶をする。
 暁の方。そんな呼ばわれ方をしているとは思わなかったが、地面に膝を付いた挨拶をされるのも初めてである。何だか居心地悪いのでやめてほしい。
 ニルカは忙しさに会う時間が遅くなったことを詫びた。
 どうやら本当に忙しかったらしい。

「星の動きがおかしかったため、調査に時間が掛かっていたようだ」
「星の動き?」
「南天の空に妙な星の動きがございました。その解明に時間が掛かっていた次第です」
「流星でもあったんですか?」
「いえ、朱色の星が突如現れたのでございます」
「赤色巨星じゃなくてですか。彗星でもなくて?白色矮星のファイナルヘリウムフラッシュ?」
「お前の言葉だと分からんぞ」

 命の短い星が赤くなることは当然起きるわけだが、目に見えて急に赤くなったとしたら、もう死にそうな星が最後の足掻きで赤色になるやつかなあ。と思ったのだが、さすがにそんな急には赤くならない。
「まだその星あるんですか?」
「うっすらとですが残っております」
「へえー。最近星見てないから気付かなかった」
 嬉しそうに言うと、ニルカに困惑顔で見られてしまった。フォーエンが目を眇めているのは呆れ顔だからである。
 こちらは星に敏感なのだ。赤は凶兆。それが現れたとなると大問題なのだ。

「ずいぶん前からあったのかもしれません。南天の山間に現れたのですが、長く曇りの日が続いたことと低い位置にある星なので、発見が遅れたのかと」
 それってただの逆半球からなら見える星じゃないの?とか言いたくなるんだが。しかし、毎年見えていたわけではないので、本当に突如現れたようだ。
 それこそ長い時間を掛けて明るくなり、最近気付いたのではないだろうか。

「不吉なんですか?」
「予言に絡む可能性があるのです」
 なるほど、大司の尊のお言葉に引っ掛かっているのだ。
「何か分かったのか?」
「暁の光が伴ったものかと」
「暁の光…」

 それってつまり、自分が伴ってきたものになるわけだが。そろりとフォーエンを見上げると、若干不機嫌な雰囲気を醸し出してきた。良い話ではないと言うことである。
「リオンに関わる星か?」
「おそらくそのようなものかと」
「不吉だな」
 言いながらフォーエンは鼻で笑うように言った。ニルカは困ったようにしながらこちらを見遣る。

「本日は、どのような要件だったのでしょうか。私にお話があると言うことですが」
 まだしっかりと調査は終わっていないようだ。その話はやめて理音がやってきた話に変えた。
「流星がある日にちは分からないですか?戻るための日にちが知りたいんです」
 ニルカは問うと大きく目を見開いた。意外な話だったのかフォーエンを見遣る。フォーエンが頷くと、ニルカは信じられないようにこちらを見つめた。

「お戻りに、なりたいと言うことでしょうか」
 やっぱりそう言う感想になるわけだ。フォーエンがため息を吐いて説明をする。
 理音と同じように同じ場所から別の人間が来ていた。一度目はなく二度目の時に現れたと言うと、ニルカは今度は大きく口を開く。

「つまり、暁の光は二方だったと…」
「そうなるんですかね?一回目は私だけで、二回目は私とその子が来てしまったと言うことになるんですけれど」
「では、やはり」
 言うとニルカは指差し棒のような長い棒を手にすると、ウーゴが植る天井の星にその棒を差し説明を始めた。
「暁の光は南天から流れるのです。朱色の星を南天に残った星と考えれば、予言に関わりがあるのは間違いないでしょう」
 逆半球からならきっと見えるよ。とか言ったらダメだろうか。ダメだよね。
 隣でフォーエンが、暁の光が残っていたのか?と呟いている。彗星は残りません!

「すみません、納得のいく説明をいただけないでしょうか…」
 星の説明とか色々したいです。話を聞いているだけで、だから収穫祭とか時期ずれちゃうんだと思うよ!とか口にしたくなってしまう。
 星を見ているのに時期がずれているのだから、どんな観察をしているのだろうか。逆に気になってきた。
 しかしニルカは理音がこの世界に戻ってくる日を正確に知っていた。彗星の流れで運ばれるようにこの世界に来たりしたことを考えれば、やはり宇宙と違う星なのか。
 それとはまた別のものだからこそ、予言に値するものなのだろうか。

 ニルカはそうであろう、説明をし始めた。
「リオン様は一度こちらに参り、一度姿を消された。一度入り戻る必要があったのです」
「要くんを連れる必要があったってことですか?」
 それでは、小河原が災いのようではないか。その意味するところに、ついフォーエンを見上げた。
 小河原、つまりシヴァ少将が災いであれば、フォーエンの立場を脅かす相手になるのではないのか。

「予言は、本当は災いじゃないって聞きましたけど」
「災いとされておりますが、我々はそれを災いだとは考えておりません。いえ、災いだとしても我が国に必要なものなのです」
「通らなければならぬものと言うことか?」
「そのようになります」
 それでは、小河原を中心に何かが起きると言っているようなものではないか。

「リオン様はウーゴにより必要な時に戻されたのです。暁の光をまとうものが必要なものを伴うのは道理。水平の赤星は陛下が進むべき道に関わるべき重要な星なのでしょう」
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