群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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226 ー性格ー

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「助けてくれた人を裏切れない。普通そうだよね」
 ナラカにもそんな人がいるのだろうか。助けてくれた人に報いたいと。

「考えれば考えるほど、動けなくなってくる気がする」
 小河原を元の世界に帰らせた後、小河原を助けた人を助けられないかもしれない。それを彼はよしとしないだろう。そうしたら、小河原は帰ろうとしてくれるだろうか。

「くっだらね。そんなの、必要なことだけすればいいだろ。他のこと考えてたら全部なくすだけだぞ」
 ナラカは言いながら頭をがしがしかいた。
「何悩んでんだ、お前」
「悩んでるわけじゃないけど。優先順位を考えるとどこまでも続いてしまうってだけ」
「意味わからねえんだよ!」

 そんなに怒らなくていいだろうに。ナラカは眉を逆立てる。そしてフォーエンはそんな価値のある男ではないと、前に言っていたことを口にする。
 フォーエンだけのことじゃないんだけれど。とは言わず、ナラカが優先順位を間違えることにより、全て失敗する可能性を注意してきた。
 人がいいよなあ。最近ナラカは相談係である。

「シヴァ少将の奥さんて、どんな人かな?」
「また話が飛ぶのかよ。そこまで知らねえよ。大人しいって話は聞いたことあるけどな」
「大人しいんだ…」
 ならば、暗殺などと考えたりしないだろうか。小河原を助けたのはやはり彼女なのかもしれない。

「シヴァ少将の家は、マウォ含めて、フォーエンを皇帝の座から押しのけられるくらい、仲間とかいるのかな」
「どうかな。確かにシヴァ少将は今は元気だが、昔はそうではなかった。群がる家は少なかったからな。今群がったとして、どこまでそいつらを信じられるかだ」
 確かに、急に元気になったからと言って、フォーエンを陥れるためとしても、シヴァ少将を立てようとする者たちがどこまでそれらを信用するかもあるだろう。
 それこそフォーエンの手下が入り込むかもしれない。

「ただ、ソウ・レイシュンが出てくれば、わからんな」
「レイシュンさん?そんなに影響力あるの?」
 フォーエンも警戒しているレイシュンだ。力はあるとは知っているが、そこまで大きな影響となるのか。
「鍵になるのが、レイシュンさんになるのか…」
 ギョウエンもレイシュンに恩義があるわけで、フォーエンと繋がっていても根本から裏切るとは思えない。
 フォーエンも抑止力としてと言うより、情報を得るために呼んだ感じだ。

「春になったら、レイシュンさんも王都まで来れるわけだもんね。武器が動いたりしてないの?前みたいに」
 もし謀反の用意があれば、まずは武器の移動が行われるだろう。食料や待機する場所。物品の移動はわかりやすい。
「もしもソウ・レイシュンが動くとしたら、武器は州で集められる。秘密裏に行いやすいだろうな」
 もちろんそこにフォーエンのスパイはいるだろうが、王都で武器を集めるより簡単だろう。
 レイシュンは皇帝に対しての拒否感が強い。そのためにシヴァ少将を上げてフォーエンを撃とうとするだろうか。そう考えると微妙に違う気がする。レイシュンが恨んでいるのは皇帝自体だ。

「ナラカはさ、皇帝って必要だと思う?」
「お前、皇帝の隣にいて言う言葉じゃねえぞ?」
「一般論として聞いてみたくて」
「おかしなやつ。それ宮廷で口にしたら死罪になるぞ」
 だろうなあ。と思いつつ、しかし聞いてみたかった。身分制度含め皇帝という存在をどう思っているのかをだ。

「レイシュンさんは、皇帝を恨んでると思うのよ。フォーエンを倒すとしても、シヴァ少将を表に立てて、皇帝にするのかなあ。って」
「どうしてそうなった?」
 ナラカがぎろりとこちらを睨みつける。この話はナラカの主人にどう転ぶのだろうか。今のところレイシュンの手下でもシヴァ少将の手下でもないが、では誰の部下なのかと言う問題がある。
 ナラカに言って、その主人はどう思うだろうか。
 これを伝えることによって、何かしら動いたりするだろうか。

「レイシュンさんは、皇帝の存在が嫌いなの。多分なんだけど、妄想も入ってるんだけど、婚約者が皇帝のせいで死んじゃったから」
 理音は今までの想定をナラカに話した。後宮から逃げ出した婚約者が倒れても助けられなかったこと。レイシュンは皇帝もエンシも恨んでいるのではないかと言うこと。
 だから、レイシュンは、フォーエンを殺したとしても、次に押す人間をどんな皇帝にする気なのか、疑問が出てくるということを。
 ナラカは聞き終えると急に黙りこくった。眉を顰めたまま微動だにしない。

「危険思想だが、もしソウ・レイシュンが皇帝を恨むならば、それは納得の話だ」
「何でそう思うの?」
「王都で働く能力があるのに、わざわざ国境の州を望んだ。エンシがいた州だ。皇帝を殺すだけなら王都にいた方が何かと便利だろう。だが、国を覆すとしたら…」
「州の方が用意がしやすい?」
「短絡的に考えればな。だが、そこまで馬鹿じゃないだろう。お前の考え方は可能性としてあるが、確実とは言えないな」
 その思想は持ったとしても、現実的ではないようだ。

「ころころ代わる皇帝だ。誰でも同じ。もしそのままあれが続けば、内を腐らせて滅ぼすくらいはしそうだが…」
「そんなこと、できるのかな?」
 自分は時代の変化により民衆が立ち上がったことを知っている。ただ君主を下ろしただけでは次の君主が上がるだけ。制度自体を覆すほどの流れは、民衆の不満が吹き出した結果だ。
 それを誘導しない限り、皇帝制度を覆すことは難しいだろう。
 レイシュンはそこまで望むだろうか。

「今の皇帝では、大きな事件にまで動かすのは難しいだろうな」
 ナラカは肩をすくめた。レイシュンが何かしても然程の衝撃は受けないだろうと言う。
「ウーゴが生えたからな」
「そっか、それはとにかく一大事なんだもんね」
 葉っぱが生えたくらいで何をバカなと思いがちだが、この国には大事な事柄だった。今の皇帝がいるからウーゴに葉が生えた。もし暗殺でもされたらそれこそ大問題なのだ。

「え、ちょっと待って」
 そう思いながら、嫌な考えが思い浮かんだ。
 もし、その皇帝を殺したら、ウーゴを信じている者たちはどう思うだろう。
「次の皇帝が恨まれたりする?例えばフォーエンが暗殺されて、シヴァ少将がフォーエンの次に皇帝になったらとか」
「ウーゴの葉がそれで落ちるようならば、何かのきっかけにはなるかもな。つかお前、そこまでソウ・レイシュンを犯人に仕立てたいのか?」
「そう言うわけじゃないけど…」

 レイシュンは気安く、一片ではいい人の印象は強いが、ただそれだけでないのは確かだ。
 だからと言って恨みだけで国をどうこうするとは思わないが、色々なことが絡まり繋がっていくことを考えると、どこからが偶然でどこからが計画なのか分からなくなるのだ。
「レイシュンさんが皇帝に恨みを持っているのは間違いないんだ。誰か殺したい人がいるって言うのも、間違いないと思う。ただそれが、この国をどうこうするほど大きなことかどうかは私の妄想」
 けれどなぜか、気になるのだ。

「レイシュンさんは、誰も信じてないみたいな、得体の知れない雰囲気があるから」
「皇帝だってそうだろ?」
「フォーエンが?」
「あいつこそ、何を考えているかわからない」
「何考えてるかわからないところはあるけど、まだ可愛げがあるって言うか」
「そんなこと言うのお前だけだぞ?」
「そうかなあ」

 レイシュンに比べれば余程甘いと思うのだが。それは自分がレイシュンと親しいわけではないから、彼の本音まで知らないからだろうが、それでもフォーエンの方がとてもわかりやすい性格をしている。
「あいつが?」
 それを言うとナラカはなぜか少しばかり唖然とした顔を見せた。

「結構わかりやすいところあるよ。顔に出るって言うか、出さないようにしてるんだろうけど、雰囲気でわかるって言うか」
「…お前の前だからか?」
「私の前だけってわけじゃないよ。見てわかるでしょ」
「わからん」
「そうかなあ」
 不機嫌な時はわかるものである。むしろすごくよくわかる。

「女には特に気を許しそうにないんだがな…」
 ぽつりと言いながら、ナラカはどこか遠目を見るようにした。
「お母さんのことで、女性は嫌いってこと?」
 確かに女好きとかではないだろうが、興味がないとかまでは知らない。
「聞いたのか?母親のこと」
「簡単にだけど。親子の愛ってのはもらえてなかったんだなあってのは」

 もし自分がそんなことをされたら、性格は歪むだろう。自分を無視する母親。当てつけに子供たちを育てても、父親はそれに無関心。幼かったら誰だって傷付く。
「冷めたやつだ。皇帝になる前から澄まして何かに熱くなるやつじゃない。誰も信じていない」
 ナラカは吐き捨てるように言うが、理音はうーんと唸る。
「そんなことないよ。話せばちゃんと信じてくれる。もちろん笑ったりするし、すぐ不機嫌になったりするの。感情豊か」
「あいつが?」
「そー。もー。すぐぷりぷり怒るんだから。あーいうとこお坊ちゃんだよ。機嫌悪いと無言になる。はっきり言え。言いたいことあるなら態度で示せ。いや示すけど口にしない。時々殴りたくなるくらいね!」

 機嫌が悪くなった理由を話さないのは、親に甘える機会がなかったせいかもしれないが。
 母親に甘えられなかった子供が、表情豊かになるわけがない。フォーエンの無表情は育てられ方も原因の一つだろう。

 ナラカは少しばかり驚いた顔をして聞いていたけれども、人の気配を感じ取るとさっさと姿を消した。
 情報を得ると言うより、井戸端会議みたいになってきている気もする。
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