群青雨色紫伝 ー東雲理音の異世界日記ー

MIRICO

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229 ーニルカー

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 ヒューウォはハク大輔の命令で医官のいる部屋へと連れて行かれた。エンシの弟子として手厚く扱われるだろう。本当の外科医が現れたのだから、自分はお役御免だ。

 ヒューウォのお陰で多くが明らかになるはずだ。
 そして、貴重な話も聞けた。

「イー州で食料が必要ってことですけれど…」
 まだ部屋にいたハク大輔に問うと、ハク大輔は眉を寄せていた。
「イー州はマウォの一族が統治している州だ。王都の南に位置した隣の州になる」
「マウォの一族…」

「食料が不足しているとは聞いたことはないのだがな」
「不穏な話ですね」
 医療に力を入れているぐらいならば気にもしなかったが、食料を集めているのは聞き捨てならない。
 冬も終わりに近いこの頃に食料が少なることはあるだろうが、もう春が近付いているため食糧難は過ぎたと言ってもいい。冬の深い寒冷地ならともかく、イー州は王都の隣にある州だ。食料がなければ王都に依頼した方が早い。
 それなのに南の国にまでそんな情報が届く。

「調べる必要があるな」
「武器の移動もあるかもとか」
「まだわからぬ。口にはせぬよう」
 シヴァ少将の周辺が騒がしい。それがマウォによるものだったら。
 ハク大輔は今聞いたことは口外するなと口止めすると、眉を顰めたまま部屋を出て行った。



 薬草や食料。それを集めようと問題ではないかもしれない。
 ただその場所がマウォ関係となると、途端に不安になるわけだが。

 唸りながら歩いていると、こちらに向かって歩いてくる男が見えた。周囲にいる人たちがその男を見遣る。頭を下げるわけではないが訝しげに男の背を追った。
 彦星、星見のニルカだ。
 セイオウ院から出て来たのを見るのは初めてだ。実際ほとんど出ないのではないだろうか。ニルカは日に浴びていない青白い顔をしている。
 ニルカは理音の前にやって来ると、静かに頭を下げた。

「お話がございますので、お時間をいただけないでしょうか」
 その言葉に、周囲がざわついた。
 ニルカが頭を下げたからざわついたのか、敬語を使ったからざわついたのか。どちらにしても周囲の目がある所でニルカと話し続けるのは、かなり目立つようだった。
 外で会って良かったのかな。フォエーンが知ったら何か言われる気がする。

 言われたままにニルカの後を追い、セイオウ院までやってきた。建物から出て兵が守る幾つかの門を通り過ぎ、別の建物へと進んでやっといつもの廊下に入り込む。
 警備が厳重だったのは言うまでもない。セイオウ院には入られる人間が限られているため、外の警備はフォーエンと通る建物内とは雰囲気が違った。

 ウーゴの木がある部屋に来ると、天井が開き、星空が見えるようになってる。
 夜中にここから星を見るのだろうか。
「時が近付き、大司の尊のお言葉に記された星の動きがありました」
「帰られる時がわかったんですか!?」
「この世から消え去る時は近いでしょう」
 ニルカの静かな声音にどきりとした。
 この世から。この世界から姿を消す。帰られるとは違う言葉にするだけで、なぜかぎゅっと胸が痛んだ。

「…それはいつになるんですか?私と同じでこっちに来た人を、帰したいんです」
「大きな力が伴い、陛下を導く時が来ます。禍を伴うとしてもその流れは止められない。流れが止まった時、星が流れる」
「禍を伴う…?」
 とても嫌な感じに聞こえる。何かがあって戻ることになるのか?

「暁の光が消えゆく時はまだはっきりとはしません。ただ、前回のように戻られることはありません。前は戻りも記されておりました。大司の尊のお言葉通りです。光を纏うものは大きなうねりを生み出しますが、大司の尊のお言葉では次の戻りは記されておりません」
 ニルカは独自で大司の尊が残した言葉を読み解いた。それに間違いはない。

 もう一度帰れば二度とこちらには戻られない。フォーエンと会うことも。
 いや、今は小河原のことが先決だ。もしシヴァ少将を担ぎ上げる者たちが動けば、反逆者として罰を受けるのは小河原になるだろう。小河原はきっと助けてくれた人を見捨てられない。

「大司の尊の言葉は星の位置に当てはめれば読み解ける。当たらなければ解釈に間違いがあるのです」
 だから、ニルカが間違っていない限り、それは予言の通りになるのだ。
「我が国には他の国にないウーゴがございます。国の行先を表す不思議な木」
 ニルカは天井を見上げた。青空にうっすら大小の月が見える。

「ウーゴは大司の尊がこの国の初代皇帝陛下に与えてくださったもの。ウーゴには不思議な力があり、暁の光を呼んだのです。ウーゴの蜜は暁の方に流れウーゴの流れに混じる」
 何だかよくわからないが、ウーゴの蜜を摂取することによってウーゴに繋がるのだろう。自分と小河原は蜜を舐めた。それから、フォーエンも。

「フォーエンが飲んでも平気なんですか?」
「初代皇帝もウーゴの蜜を飲んでおりました。ウーゴと皇帝陛下の繋がりは重要なのです」
 皇帝が国をまともに担わなければウーゴが枯れる。そのため皇帝もウーゴと繋がらなければならないようだ。
 ウーゴの蜜を舐めた小河原はウーゴに繋がり、ウーゴのある場所へと導かれた。最初になぜ自分がこの世界に来たのかは分からないが、ウーゴの蜜を舐めたせいで再びこの世界に来ることになってしまった。
 同じ場所に到着はしなかったのはイレギュラーだったからか、それとも、禍だから?

「ウーゴとの繋がりは大切なのです。あなたは二度この世に現れました。ウーゴの力を強く流しているのでしょう。そして暁の光が伴うものもまた、この国には必要なもの」
「不吉かもしれないんですよね…」
「それもまた必要ですから」

 小河原が災いとなるならば、自分は何をするのだろう。
 言葉はずっと曖昧で、何もわからないままだ。滅びと言われたり、運命を左右すると言われたり。暁の光は不吉を伴いこの世界にやって来たとすれば、ただ不吉を運ぶだけのものなのだろうか。

「戻れるとしたら、流星があるんです。あの流星を見れば帰られる」
「その時が来れば、鮮明にわかるでしょう。今はその時が近いとだけお伝えしておきます」
 帰られる時は近い。何かが起きる前に帰られればいいのだが。

 小河原に流星があるかもしれないと伝えなければならない。ウンリュウは途中までついてきたが、星見のいる建物には入られないらしく、門の前で待機だ。
 ウンリュウに気付かれないように別の場所から出て、小河原に会えないだろうか。
「あの、帰り道、別の道ありますか?建物の方から帰りたいんですけれど」
「案内させましょう」

 この後すぐ小河原に会いに行こう。ウンリュウが警備についていれば簡単に会うことができない。
「暁の方。あなたは既にウーゴと繋がっております。流れは止められない。どうぞ、陛下を良き道に導いてくださりますよう」
 ニルカはそう言って、深く頭を下げた。

 ニルカは暁の光がフォーエンの運命を左右すると解釈した。
 帰られる時を知りたいと言ったために、あんなことを言ったのだろうか。他の誰もが、暁の光が滅びだと思っているのに。
 その滅びが不吉を連れて戻って来た。

「要くんに伝えなきゃ…」
 シヴァ少将でいれば、不吉そのものになってしまうかもしれない。そうなれば小河原の命も危険に晒される。
 マウォが何かしようとしているかもしれない。
 レイシュンも同じかもしれない。
 シヴァ少将の位置は一番危険だ。小河原は巻き込まれてしまう。

 案内をもらい建物から出て、シヴァ少将のいる建物まで庭を走る。次の流星を逃せばもう二度と帰られないかもしれない。
 次の戻りが記されていないのならば、流星が起きることはないかもしれないからだ。
 小河原だけでも帰さなければ。彼は、自分に巻き込まれただけなのだから。

 走って、前しか見ていなかった。
 小河原のいる建物を直前にして、大きな痛みが背中に走ると、目の前が焦茶にまみれた。

 それが土だったのだとわかったのは、頭に衝撃が走ったずっと後のことだった。
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