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3−3 公爵領
見慣れない赤いマントを羽織った騎士たちが、敷地内を急ぎ足で歩いていた。城の兵士たちが見送って、数人の騎士たちが門の方向へ歩いていく。
随分と急ぎのようだった。周囲を警備している騎士たちは、神妙な面持ちで、赤マントの騎士たちを見送っている。
「なんか、物々しいな。何かあったのかね」
敷地内で荷馬車をゆっくり進めながら、男は近くにいた衛兵に問うた。遠目だったが、あのマントは目立つだろう。赤のマントに双頭の龍の紋章が描かれていた。王宮の騎士に間違いない。それが急ぎ足で城を出ていくのだから、何か事件があって訪れたのだ。
「さあな。もしかしたら、馬車の件じゃないか?」
「馬車? 少し前の、川に馬車が流されてきたってやつか?」
一ヶ月ほど前にひどい嵐があり、その影響で間違って川に落ちたのか、下降にある村の側の川に、その残骸が流されてきた。
紋章のない馬車で、遺体が出たわけでもなく、捜索願が出ていたわけでもなかったので、大きな問題にはならなかった。
「それの捜索に来たのかもな。雪が解けて、土砂でも流れたのか、吊り橋も流されていたらしいから」
衛兵はのんびりそんなことを口にして、警備に戻る。男はふうんと呟いて、短い顎髭をなでながら、荷馬車を動かして裏口の方へ進めた。
メイドたちは休憩中か、外で固まって噂話に花を咲かせている。男が酒樽を転がしながら横を通り過ぎても、見向きもしない。
洗濯物を地面に置いたまま、三人のメイドたちは話し続けている。
「王宮から来た騎士でしょ? みんなピリピリしてたわ。何しにきたのかしら?」
「ほら、前に大雨で吊り橋が流されて、馬車が巻き込まれたとかで、大騒ぎだったでしょう。その馬車に乗っていたのが、なんと、王子様の婚約者だったの。だから王子様の騎士たちが、その人を探してるんですって」
「一ヶ月も前の話なんだから、遺体が見つかってもひどい状態でしょうねえ」
「それだけ愛されてたんでしょうね。王子様の騎士が来るんですもの」
メイドたちはほうっと羨ましげに話しているが、川に流された婚約者は、一ヶ月も気付かなかったのかと、うんざりしていることだろう。王宮から公爵領まで距離はあるが、事故があったと報告された後、急いで探しに来れば、その間一ヶ月も掛からない。
(のんびりした王子様だね。子爵令嬢が不憫だよ)
「でも、とんだ悪女だったんでしょ? 盗みをしたとかいう噂だったわよね。婚約者候補になったばかりなのに、問題ばかり起こしたとか」
「自業自得ってやつ? それなら、もともと婚約者の予定だった伯爵令嬢が、婚約することになるんじゃない?」
公爵領までよく噂が届いているようだ。酒樽を転がし終えて、一服しながら話を聞いていると、メイドたちのおしゃべりを横に、一人のメイドが洗濯カゴを持って通り過ぎようとした。
「ミシェル、お茶は運び終わったの!? 遅いわね。これから洗濯なわけ?」
「すみません、迷子になっていて」
「しっかりしてよ。人が少ないんだから。ちゃんと働いてくれなきゃ困るわ!」
おしゃべりをしていたメイドが、強い口調でミシェルと呼んだメイドを叱った。ちゃんと働けと言いながら、ずっとそこで話をしているが、集まっているメイドたちはミシェルを眺めて、くすくす笑っている。
そのミシェルの頭に、べちゃりと何かが投げられた。
「それも洗っといてよ。新人さん」
先ほど地面に置いてあった洗濯物だ。濡れて泥がついたのか、それをミシェルに投げたのである。それを頭からかぶったミシェルのエプロンに、泥水が滴った。
「ちょっと、いいのー?」
「いいって、新人なんだから、他の人より働くべきでしょー?」
「髪も泥色の方が明るくて、地味さが消えるんじゃない?」
井戸端会議をしていたメイドたちは悪びれる気もないか、笑いながらミシェルを見送った。
しかし、ミシェルは頭に洗濯物を乗せたまま、まるで気付いていないかのように、そのまま洗い場へと足を進めている。
慣れているのか、メイドたちに返事もしない。しかし、おどおどした雰囲気はなく、むしろ堂々としていて、男は笑いそうになった。
(喧嘩を売る相手を間違えているだろうに)
「ふーーーー」
大きな息を吐いて、ミシェルは頭の上の洗濯物をたらいに放る。わざと泥水に落としたのか、べっとりと泥がついていた。
「大変だねえ、新人さんは」
ミシェルに声を掛けると、ちろりと据えた視線を向けてきた。
「ああいうのは、どこにでもいるわ。あなたこそ、酒搬入だなんて、そんなこともやっているの? サイラス」
「まあね。お客さんがどうしているのか、様子を見にいかなきゃと思ってね。その名前は慣れたかな?」
ミシェルに問うと、目を眇めて鼻で笑う。ラがミに変わっただけだ。大して気にはならないだろう。
サイラスは肩を竦めながら、ミシェルの側に寄った。ミシェルは別の洗濯物で、髪の毛にかかった泥を拭う。
ミシェルの髪はチョコレートのような暗い茶色をしていた。短い毛が肩に掛かり、残りを軽く結び背中に流している。大きなメガネをして地味な雰囲気だが、意志の強そうな濃い青紫色の瞳をしていた。孔雀の羽色の目のように美しい。長めの前髪で隠しているが、近くで見ればその瞳に釘付けになるだろう。
その印象的な瞳と形の良い柔らかそうな唇、すっきりとした輪郭の顔は、他のメイドたちが言うような地味さはない。鮮やかな瞳の中にくすぶる青紫の焔が、物静かな女性ではないことを物語っていた。
「それより、王宮から騎士が出たぞ。王子が捜索隊を出したんだ。さっき騎士たちがうろついていた」
周りに人はいないが、サイラスは小さな声で耳打ちする。ミシェルは聞いているのかいないのか、無言で汚れたシーツを桶に突っ込んだ。
「王子が出てくるとは思わなかったよ。死んだことが信じられないみたいだな」
「どうでもいいわ」
「ボワロー子爵は葬儀を出したがっているが、王子が許してないって話だ。死体が出るまで当分粘るかもね」
「……そう」
「しかし、本当に王妃に狙われるとは思わなかったよ。無事で良かったな」
「むしろ助かったわ。死んだことにできたのだから」
「そんなこと言う令嬢はいないよ。まあ、何かあれば連絡を。金になるなら手伝うよ」
サイラスは井戸を後にする。一人残されたミシェルは、井戸の水を汲み始めた。その姿は随分と慣れていて、あれが子爵令嬢など誰も思わないだろう。
(あのお嬢さんを舐めてかかったのが、王妃の敗因だな)
ラシェル・ボワロー子爵令嬢。王妃に殺されかけて、この公爵邸に逃げ込んだ。ミシェル・ドヴォスという名を使用して、メイドとして働いている。
貿易商で働いていた縁で、王宮から逃げるための手伝いをする手筈だった。ラシェルは王宮にい続けるのは難しいと考えていたのだ。そのうち王妃に殺されるかもしれないと、予想していたからだ。
案の定、王妃は、ラシェルを殺そうとしてきた。
どうやって生き残ったかは聞かないが、その方が良いだろう。王宮で監禁されているような状態で、堂々と町娘の格好をして、サイラスに連絡してきただけではない。馬車ごと川に落ちたと聞いていたのに、なんの傷もなくけろりとした顔で、予定通りメイドとして働くと、公爵領で待機していたサイラスに会いにきたのだから。
ラシェルは洗濯物を持って、干し場へ歩き出す。
(公爵家でメイドとして働くって、ガラでもなさそうだけれどな)
謎の子爵令嬢。表舞台に出てこないため、なにができるのかも知られていない。
街で一人夜まで働くような令嬢が、只者のはずがなかったのだ。
(間違いなく、魔法は使えるんだろうね。しかも、単純な能力者じゃない)
王子は人を見る目はあったかもしれないが、彼女を守る気概がなかった。振られて当然だろう。
これからも彼女は自分の客だ。そう思いながら、サイラスはその場を後にした。
随分と急ぎのようだった。周囲を警備している騎士たちは、神妙な面持ちで、赤マントの騎士たちを見送っている。
「なんか、物々しいな。何かあったのかね」
敷地内で荷馬車をゆっくり進めながら、男は近くにいた衛兵に問うた。遠目だったが、あのマントは目立つだろう。赤のマントに双頭の龍の紋章が描かれていた。王宮の騎士に間違いない。それが急ぎ足で城を出ていくのだから、何か事件があって訪れたのだ。
「さあな。もしかしたら、馬車の件じゃないか?」
「馬車? 少し前の、川に馬車が流されてきたってやつか?」
一ヶ月ほど前にひどい嵐があり、その影響で間違って川に落ちたのか、下降にある村の側の川に、その残骸が流されてきた。
紋章のない馬車で、遺体が出たわけでもなく、捜索願が出ていたわけでもなかったので、大きな問題にはならなかった。
「それの捜索に来たのかもな。雪が解けて、土砂でも流れたのか、吊り橋も流されていたらしいから」
衛兵はのんびりそんなことを口にして、警備に戻る。男はふうんと呟いて、短い顎髭をなでながら、荷馬車を動かして裏口の方へ進めた。
メイドたちは休憩中か、外で固まって噂話に花を咲かせている。男が酒樽を転がしながら横を通り過ぎても、見向きもしない。
洗濯物を地面に置いたまま、三人のメイドたちは話し続けている。
「王宮から来た騎士でしょ? みんなピリピリしてたわ。何しにきたのかしら?」
「ほら、前に大雨で吊り橋が流されて、馬車が巻き込まれたとかで、大騒ぎだったでしょう。その馬車に乗っていたのが、なんと、王子様の婚約者だったの。だから王子様の騎士たちが、その人を探してるんですって」
「一ヶ月も前の話なんだから、遺体が見つかってもひどい状態でしょうねえ」
「それだけ愛されてたんでしょうね。王子様の騎士が来るんですもの」
メイドたちはほうっと羨ましげに話しているが、川に流された婚約者は、一ヶ月も気付かなかったのかと、うんざりしていることだろう。王宮から公爵領まで距離はあるが、事故があったと報告された後、急いで探しに来れば、その間一ヶ月も掛からない。
(のんびりした王子様だね。子爵令嬢が不憫だよ)
「でも、とんだ悪女だったんでしょ? 盗みをしたとかいう噂だったわよね。婚約者候補になったばかりなのに、問題ばかり起こしたとか」
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おしゃべりをしていたメイドが、強い口調でミシェルと呼んだメイドを叱った。ちゃんと働けと言いながら、ずっとそこで話をしているが、集まっているメイドたちはミシェルを眺めて、くすくす笑っている。
そのミシェルの頭に、べちゃりと何かが投げられた。
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「ちょっと、いいのー?」
「いいって、新人なんだから、他の人より働くべきでしょー?」
「髪も泥色の方が明るくて、地味さが消えるんじゃない?」
井戸端会議をしていたメイドたちは悪びれる気もないか、笑いながらミシェルを見送った。
しかし、ミシェルは頭に洗濯物を乗せたまま、まるで気付いていないかのように、そのまま洗い場へと足を進めている。
慣れているのか、メイドたちに返事もしない。しかし、おどおどした雰囲気はなく、むしろ堂々としていて、男は笑いそうになった。
(喧嘩を売る相手を間違えているだろうに)
「ふーーーー」
大きな息を吐いて、ミシェルは頭の上の洗濯物をたらいに放る。わざと泥水に落としたのか、べっとりと泥がついていた。
「大変だねえ、新人さんは」
ミシェルに声を掛けると、ちろりと据えた視線を向けてきた。
「ああいうのは、どこにでもいるわ。あなたこそ、酒搬入だなんて、そんなこともやっているの? サイラス」
「まあね。お客さんがどうしているのか、様子を見にいかなきゃと思ってね。その名前は慣れたかな?」
ミシェルに問うと、目を眇めて鼻で笑う。ラがミに変わっただけだ。大して気にはならないだろう。
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ミシェルの髪はチョコレートのような暗い茶色をしていた。短い毛が肩に掛かり、残りを軽く結び背中に流している。大きなメガネをして地味な雰囲気だが、意志の強そうな濃い青紫色の瞳をしていた。孔雀の羽色の目のように美しい。長めの前髪で隠しているが、近くで見ればその瞳に釘付けになるだろう。
その印象的な瞳と形の良い柔らかそうな唇、すっきりとした輪郭の顔は、他のメイドたちが言うような地味さはない。鮮やかな瞳の中にくすぶる青紫の焔が、物静かな女性ではないことを物語っていた。
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