王子の婚約者なんてお断り 〜殺されかけたので逃亡して公爵家のメイドになりました〜

MIRICO

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23 紹介状

「これは、なんですか?」
「紹介状だ。ラモーナの屋敷で、しばらく身を隠すといい」

 ヴァレリアンの提案に、ラシェルは耳を疑った。
 手紙は確かに紹介状で、ラモーナの屋敷で働くためのものだ。名前は書いていないが、メイドのフリをして訪れろということなのだろう。

「クリストフの様子を見る限り、また何かしてくる可能性がある。婚約破棄はしない方が君のためだと思う。婚約はそのままで、ラモーナのところで守ってもらえ。他国の公爵家に入り込むのは、王妃と言えど、難しいからな」
「つまり、私のためだと?」
「君には、申し訳ないと思っている。俺が想像している以上の危険に晒すことになった。あの狂い気味の従弟どのは、何をしてくるのか想像ができない。安全の確保ができるまで、ラモーナの屋敷にいるといい。安全とわかれば、すぐにでも婚約を破棄しよう」
「つまり、私のためと?」

 ラシェルは二度同じことを口にした。
 ヴァレリアンが怪訝な顔をしてくる。ラシェルが二度聞いた意味はわかっていないようだ。

「君を巻き込んだ責任は取る」
「いりませんよ」
 ラシェルは、その手紙を放り投げた。ヴァレリアンは呆気にとられた顔をしてくる。

「クリストフは私の問題です。見つかったのは公爵様のせいですけれど、それもクリストフの奇行のせいではないですか。王妃からの攻撃はそちらでなんとかしていただきたいですが、クリストフに関しては、面倒を見ていただく必要はありません。私は、私自身で、あの男と戦う気ですから」

 周囲がどうこう言っても、死んだフリをしても、まったくへこたれない、新人類だ。人の話を聞かず、自分の思うことだけを信じている。あそこまでおかしいのは、前からだったのかわからないが、これでまた襲撃されて、ヴァレリアンの部下やヴァレリアン自身を危険にさらせば、ラシェルの気持ちが治らない。

「王妃にたしなめられて、二度とこちらに関わらなければいいですけれど、その場合王妃の怒りは、今まで以上となるでしょう。その矛先が公爵様に向くかもしれません」
 むしろそちらの心配が勝る。クリストフが大人しくなっても、王妃の怒りは頂点に達することだろう。
 影響はヴァレリアンにも及ぶ。

 ヴァレリアンは、一驚してみせてから、頭を抱えた。
 公爵相手に失礼を言っただろうか。今まで散々失礼をしてきたので、あまり気にしなかったが、さすがに紹介状を放るのは失敬だった。平民と混じって生活しているため、上下関係について気が抜けていた。
 特にヴァレリアンは最近近い場所にいるので、気が緩んでしまったようだ。

「と、にかくですね。クリストフがまた来るようでしたら、私が対応いたします。腐っても王子ですが、今までのこともありますので、有無を言わさぬようでも、対抗してみせます」
 きっぱりと言い放ってはみたが、ヴァレリアンはまだ頭を抱えている。
 かなり怒っているのだろうか、わからずに、そわそわしそうになると、ヴァレリアンが、震え出した。

「公爵様?」
「ふ。は、はは!」
 途端、ヴァレリアンが吹き出して、大きく笑い出す。

 そうして、ゆっくりと顔を上げた。
 どこか、困ったような、困惑したような、けれどそれは、嫌悪している雰囲気はなく、むしろ喜ばしいことだと、小さく笑う。

 なんだろうか。柔らかな雰囲気に、少しだけ不思議な気持ちになる。
(そんな笑い方もするのね)
『すっごく、やな予感するよ、僕』
 トビアの声が届いて、意識が逸れると、ヴァレリアンはいつも通りの不遜な顔に戻っていた。

「そうか。では、これはいらないな。婚約破棄も聞かなかったことにしてくれ」
「え、終わったら破棄するんですよね?」
 いつ終わるのか、何をして終わりとするのかは、難しい話になるが。
 ヴァレリアンは、いいや。と首を振る。そうしてそのまま、紹介状を破ってしまった。

「ああっ。将来的には、ラモーナ様のお屋敷で働くのはありがたいのですけれど! その紹介状は、クリストフ問題が終わってから、いただければ!」
「俺の婚約者が、ラモーナの侍女では困る」
 ヴァレリアンはニヤリと笑った。
 その顔に、背中に寒気が走る。

「しばらくは、街には出掛けないように。庭などに行くのは構わないが、騎士は多めにつける。警備はさらに増やした。邪魔に思うかもしれないが、我慢してくれ」
「それは、構いませんけれど」
「それから、水辺を多く作らせる。水は多い方が良さそうだからな」
「それも、そうですね」

 最悪、近くに水があればそこまで飛べる。水量にもよるが、水辺があった方が、何かあった時に対処がしやすい。
 ヴァレリアンは微笑むと、すでにある程度の用意はさせていると告げてくる。
 城中人を入れるわけにはいかないので、少しずつになってしまうが、建物の近くに水辺を作ってくれるそうだ。
 街の水路のようにしてくれれば、どこにでも移動が可能になる。

『大規模工事じゃん。僕は嬉しいけど!』
「俺は少しの間留守にするが、好きにしていてくれて構わない」
「どこか、お出かけですか?」
「王宮だ」
「は?」







「うわあ、広いですね」
「ここに来るのは久し振りだ。管理はしていたが、急いで整えさせたので、そこまで美しくないかもしれない」

 ヴァレリアンは若干申し訳なさそうに口にする。
 ラシェルが勝手についてきたので、予定外なのは理解しているし、豪華さは興味ないので気にしないでほしい。

 ここは、公爵邸。都にある、公爵の屋敷だ。
(さすがに、広過ぎじゃない?)
 広大な土地に、広大な庭。豪華な建物。あまりに大き過ぎて、ラシェルは口を開けっぱなしにしそうになった。
 前公爵のために建てられた、都にある公爵邸。ヴァレリアンはほとんどこの屋敷に来たことがない。
 そのため、迎える者たちの表情が、これでもかと生き生きしていた。

「お帰りなさいませ! 公爵様!!」
 迎えた公爵邸の者たちが、列をなしてヴァレリアンを迎える。隣にいたラシェルにも笑顔を向けて、やっと来た主人が、婚約者を伴って滞在するのだと、喜びを向けてきた。

「ラシェル様、どうぞ、お部屋へご案内します!」
 メイドが三人ほどやってきて、静々と頭を下げつつも、興味津々の視線がラシェルに突き刺さる。嫌味はなく、純粋に、公爵の婚約者を喜んで迎えるという、気迫を感じた。
(いたたまれないわ)

「疲れただろう。少し休むといい。あとでお茶をしよう」
 そう言って、ヴァレリアンはなぜか頭に口付けた。

『はああっ!?』
 ラシェルが驚くほどのトビアの大声に、ラシェルは反応が遅れた。ヴァレリアンはニヤリと笑って、自分の部屋へ行ってしまう。
『はああっ!? あの男、調子乗ってない!? 流しちゃう? 流しちゃう!?』
「きゃああ。愛されていらっしゃるのね」
「ヴァレリアン様が、あのような」
『ちょっと、あいつ、やるよ! やってやるから!』
(トビア、落ち着いて……)

 ものすごく恥ずかしくなってくる。
 トビアの怒り声と、メイドたちの喜びの声が同時に聞こえて、頭が爆発しそうだ。
 何事もなかったように装って、静々とメイドの案内についていく。が、恥ずかしさで顔が赤くなっている気がした。

(なんなの? ここで仲良しのふりする必要ある??)
『ないよ、ないに決まってるじゃん!』
 久し振りの公爵邸で働く者たちを前に、安心でもさせたいのか。謎だ。

「こちらがラシェル様のお部屋になります!」
 メイドに案内された部屋に、トビアが歓喜の声を上げた。ここにも巨大な水槽があったからだ。
 それだけでなく、時間もなく用意させたはずなのに、部屋は南向きの暖かな陽射しの入る場所で、華美ではないが趣味の良い、落ち着いた、美しい部屋だった。ラシェルが豪華な部屋を好まないと知っているため、豪華さを前面に出した部屋ではない。

 スパイに婚約者を優遇していると見せる必要性を考えていないからだろう。ラシェルの好むような、落ち着いた部屋になっている。
 それならば、先ほどの口付けはなんだったのかと思うが、

「素敵ね……」
「こちら、お庭もご覧ください。上から見えるお庭も素敵なんですよ!」
 外には噴水があり、多くの花が植えられている庭園になっている。トビアが喜んで、そちらにも飛び込んだ。
 短い時間で、トビアが好み、ラシェルが落ち着く部屋を作ってくれたことに、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。
 本来ならば、ラシェルは都に来る予定ではなかったのに。

 ヴァレリアンは、前々から届いていた、建国記念日のパーティに参加予定だった。
 どうしてそんな危険なパーティに参加するのか。ラシェルは疑問だったが、どうしても王宮で会う必要なる人がいるらしく、招待状が来た時から参加する気だったそうだ。
 すでに参加予定を伝えており、クリストフが公爵領に訪れる前に、それは届けられていた。

 それに、ラシェルがついてきたのである。ヴァレリアンは、ずっと反対していたが。
 ヴァレリアンは危険に対し問題ないと言っていたが、ラシェルが参加すると伝えれば、大反対してきたのだ。

(問題ないと言っておいて、反対なんて、危険だと言っているようなものじゃない)

 王宮のパーティに参加して、誰に会うつもりなのか。

 数日後にはパーティだ。ラシェルは、首にかけられたネックレスを、ぎゅっと握りしめた。
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