王子の婚約者なんてお断り 〜殺されかけたので逃亡して公爵家のメイドになりました〜

MIRICO

文字の大きさ
38 / 50

25 衝撃   (少々内容が暗くなっております)

 公爵領に戻らず、ヴァレリアンは都に滞在した。なにかとやっているようだが、詳しくは聞いていない。
 王妃を恐れていないのか、ヴァレリアンの引きこもり理由を全く知らないのか、連日客が訪れているからだ。

「公爵が公爵領を出たからには、繋ぎをつけなければ、という輩は多いのでしょうけれど、知らないって怖いわね」
『おーひに、めをつへられる。っておもう、やつは、きそーにないと、おもーけど?』

 トビアは部屋の水槽で寝転んで、居心地良さそうに、メイドたちが持ってきたお菓子を食べている。
 水の中にクリームを入れるのはいただけないので、とけないような飴やキャラメルだ。モゴモゴ言いながら、ラシェルの話に付き合ってくれる。

 都の屋敷に来て、パーティに出かけたのち、襲撃されたせいで、危険もあるので屋敷から出られない。しかし、代わりに客がやってくる。
 ラシェルの死が嘘だったことを見せるために、わざわざわラシェルが会うこともあれば、ヴァレリアンだけで会うこともある。使える者は使う気という、ヴァレリアンの意思は見えるが、公爵領に帰らないところを見ると、こちらでなにかを待っているような気もした。

「結局、誰からの襲撃だったのかしらねえ。王妃の犯行でなければ、ヴァレリアンや私を狙う理由って、なにかしら」
『おーひに頼まれたってだけじゃないの? 馬車狙ってるんだし』
「その王妃のやり方にしては、お粗末だと言うのならば、よほど切羽詰まっているってことかしら?」
『あのバカ王子のせいじゃない?』
「そうなると、口封じなのだけれど」
『じゃないの? 時間がない。誰が、早く二人を殺せって。死人に口なしだよお』

 このところずっと嫌な思いをしているせいか、トビアの考え方がすれてきている。
 もう少し穏やかな想像をしたいところだが、穏やかでない日々を過ごしているのだから、仕方がないか。

 庭園にある噴水に潜っては、水飛沫を上げて、メイドたちを喜ばせているが、本当ならばもっと自然豊かな場所を好む精霊だ。他国に逃げたら海辺か川辺に住むつもりだったが、結局都に戻ってきてしまったので、トビアもストレスがあるだろう。

 ラシェルはため息をつく。待つことは性に合わない。公爵家にいるのに、なんの反応もない。いつものクリストフならば、屋敷に飛び込んできそうなものなのに。

「そうしたら、もうあなたにはうんざりして、がっかりして、大嫌いになったと、目の前で言ってやるのだけれど」
『音沙汰ないの、逆に不安だよねえ』

 トビアと一緒に、ほう、っと息をつく。肩透かしを食ったせいで、今後が見通せないのだ。
 二人でぼんやりしていると、扉をノックする音が聞こえた。メイドが呼びに来て、ヴァレリアンが待っていると伝えてくる。
 急ぎと言うのだが、客が来たわけではないようだ。







「なにかありましたか?」
 部屋に行けば、ヴァレリアンが何かを握りしめていた。手紙だろうか。
 側に控えていたコンラードの顔色は悪く、その雰囲気に、ヴァレリアンをもう一度確認する。

「……王宮で火事があったようだ」
「火事ですか?」

 珍しいことではないが、ラシェルはなぜか嫌な予感を感じた。厨房などで火事はたまにある。さすがに王宮で有事になることはないが、ヴァレリアンが話を耳にするほどならば、大きな火事だったのだろう。
 だからといって、勿体ぶって話す話ではない。
 ヴァレリアンは言葉を選ぶように、ゆっくり話しだす。

「火事は、一つの宮を丸ごと燃やした。多くのメイドや、そこに訪れていた者たちが多く死んだそうだ」
「ひとつの、宮?」

 嫌な予感しかしない。宮と言われて思い出すのは、ラシェルが住んでいた宮だ。
 だが、あの宮は誰も住んでおらず、ラシェルに渡された。ラシェルが出て行って、誰かが使ったわけではないだろう。
 けれど、

「この間の、メイドも、そこにいたそうだ」
「え……?」
「こちらに入った情報では、宮にいた者たちには傷があり、殺した後、火を放ったのではないかと。おそらく、証拠を隠滅したのではないか」
『ラシェル!?』
「ラシェル! コンラード、水をもってこい!」

 コンラードがバタバタと足音をたてた。ラシェルには何が起きたかわからなかった。一瞬目の前が真っ暗になったからだ。
 いつの間にかラシェルの体を支えていたヴァレリアンが、苦渋を見せるように、眉間に深い皺を寄せて、ラシェルを見下ろす。

(今、なんと言ったの?)
「お水です!」
「ラシェル。水を、」
「なんで、そんな。王妃が殺したんですか!? 証拠隠滅を図ったということですか!?」

「……わからない。だが、王妃に関わっていた者たち、特にメイドの多くが死んだそうだ。そこに婚約者候補も入っている。全員ではないが、数名が炎に巻かれた」
「なんということを! いまさら、私に嫌がらせをしていた者たちを殺して、王妃の命令であることを知られないようにしたということですか!?」
「口止めをするにも、時間が経ちすぎているのはたしかだ。ただ、王妃とクリストフが言い争ったことをかんがみて、その線が濃厚ではないかということだが……」
「あの子、シェリーは、結婚するって言っていたんですよ? もう、やめるって!!」

 ヴァレリアンに言っても仕方がない。それがわかっていても、言わずにはいられなかった。
 ヴァレリアンを掴みかからん勢いで、それを口にしても、どうにもならないとわかっていても。

 ラシェルが喚けば、ヴァレリアンがきつく抱きしめてくる。その胸の中で、ただ、嘆くしかできなかった。








「言葉がありません」

 泣き喚いて、王妃を殺しに行かんばかりに、ラシェルはシェリーを殺した犯人への恨みを吐き出した。
 嗚咽を漏らし、息苦しそうにしながら、ヴァレリアンにしがみついて泣き続けた姿を見たため、コンラードがなんとも言えない表情で呟く。

「自分が襲われても、あそこまで動揺しなかったのにな」

 ラシェルは、自分に向かう悪意には立ち向かえる強さを持っている。トビアがいることもあり、自身に対しては気丈だ。そのラシェルが、あそこまで取り乱した。なんとか部屋に連れて行き、トビアに、ラシェルに短気を起こさないように気をつけておけと伝えておいたが、ラシェルは今にも飛び出して行きそうな気配すらあった。

「放火をして、口止めというのも、お粗末だな」
「ですが、メイドだけでなく、数人の婚約者候補が入っています。王妃の一番推薦の令嬢は、無事のようですが」
「オーグレン伯爵令嬢か。だが、王妃の仕業だとしても、あまりに短絡的すぎる。この間の襲撃もそうだが、他の誰かが行ったとしか思えない」
「ラシェル様を殺そうとした騎士たちを始末するのならばわかりますが、嫌がらせを知っている者まで殺すとは、尋常ではありません」

 コンラードも困惑の表情だ。今まで経験した王妃の手とは、別と考えた方がいいだろう。
 ヴァレリアンは、さらに詳しい情報を得られるように命令する。
 ラシェルの死体を用意して、葬式まで行っているのだから、その辺りの者たちも殺されているのだろうか。
 遺体を持って帰ったのはアーロンたち、王子の騎士だ。そこに王妃の手がいて、その手が殺されていれば、王妃の命令かもしれないが。

「なんのためなのか。口止めするにも、中途半端すぎる。王宮で、なにがあったのか」
 とにもかくにも、ラシェルが不幸すぎた。

(彼女は自分のせいだと思っているのだろう)

「なんと声をかければ良いかもわからないな」
「そうですね……」

 沈鬱な気持ちを持ったまま、ヴァレリアンはただため息を吐いて、今も嘆いているラシェルの心の痛みを憂いた。
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版

まほりろ
恋愛
 公爵令嬢のアデリナ・ブラウフォードの人生は実母の死後大きく変わった。  公爵は妻の葬儀が終わって間をあけず再婚。公爵と後妻の間には、再婚前に作った子供までいた。  アデリナは継母と異母妹に私物を奪われ、「離れ」と名ばかりの小屋に押し込められる。  腹違いの妹はアデリナを悪者に仕立て、周囲はそれを信じた。  本来ならアデリナの味方にならなくてはならない婚約者の王太子も、異母妹の魅力に骨抜きにされ全く頼りにならない。  学園の教師も、生徒も、生徒の保護者も王太子と異母妹の味方だ。    そんなアデリナにも唯一の味方がいる。それはトカゲのクヴェル。クヴェルは美少年に変身し、家事も炊事も裁縫も完璧にこなす不思議な存在だ。  実はクヴェルはこの国の建国に携わる水竜で、アデリナは三百年前に水竜を救った初代女王の生まれ変わりだったのだ。  アデリナを蔑ろにする国に嫌気がさしたクヴェルは、アデリナを連れて旅に出る。  神に去られた国は徐々に荒廃していき……。  一方その頃、祖国の荒廃を知らないアデリナはクヴェルとのグルメ旅を満喫していた。  「ん~~! このアップルパイは絶品! 紅茶も美味しい!!」 ・人外×人間、竜×人間。 ・短編版は小説家になろう、pixivにもアップしています。 ・長編版を小説家になろうにも投稿しています。小説家になろう先行投稿。 「Copyright(C)2025-まほりろ」 ※タイトル変更しました(2025/05/06) ✕「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」 ✕「嫌われ者の公爵令嬢は国外追放を言い渡される。私が神の祝福持ちだと王家が気付いた時には国の崩壊が始まっていました」 ◯新タイトル「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」 ・2025年5月16日HOTランキング2位!  ありがとうございます! ※表紙イラストは猫様からお借りしています。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗
恋愛
異世界恋愛短編詰め合わせです。 気になったものだけでもおつまみください! 『君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません』 『悪役令嬢は、友の多幸を望むのか』 『わたくしでは、お姉様の身代わりになりませんか?』 『婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。 』 『婚約破棄された悪役令嬢だけど、騎士団長に溺愛されるルートは可能ですか?』 他多数。 他サイトにも重複投稿しています。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。