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6 婚約破棄は嘘だそうです
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「ドロテア・バリエンダル令嬢。ここが違法な競売場になっていることをご存知では?」
ドロテアと呼ばれた金髪の女は、びくりと肩を上げた。マントの騎士の一人がドロテア令嬢の仮面を奪う。顔があらわになって顔を背けたが、顔を真っ赤にして激怒しているのが分かった。
一緒に捕まっていた金髪の男は、ぶるぶると震えて青ざめている。
そうしてもう一人の金髪の男が、両手を後ろで結ばれながらドロテアの前に連れてこられた。少しだけ髪の少ない、少々小太りな男性だ。
「お父様!」
「親子で夜会を楽しんだようだな。違法な競売だけでなく、麻薬の販売。空き部屋を提供して、低俗な者たちが集まる無法地帯だ。愚かな夜会を開いたものだな。バリエンダル」
黒髪の男は転がっている男を見下ろした。エルヴィールと話していた時とは違った話し方に、蔑みが感じられる。
ドロテアの父親、バリエンダルが歯噛みした。しかしもう観念しているのか、抵抗する様子はなかった。それもそうだろう。すでにマントの騎士たちがこの場を押さえて、先ほどまで騒がしく戦っていた警備の男たちも力無く床にひれ伏していた。
「ぼ、僕は何も知らない! 無関係だ! この紐をといてくれ!!」
「デメトリオ!? あなた、一人で逃げる気!?」
「僕はこの女性に連れてこられただけだ! 違法な夜会だとは知らなかったんだ! 本当だ!!」
ドロテアと一緒にいた金髪の男、デメトリオはなんの関係もないのだと大きく首を振る。ドロテアは眉を釣り上げて肩を震わせたが、デメトリオはそれを視界に入れることなく身を乗り出して黒髪の男に懇願した。
「本当だ! 僕は無関係だ!!」
「女神を見捨てるのか? とんだ愛だな」
「な、なにを!?」
その言葉はエルヴィールも覚えている。二人でうっとりと見つめ合い、お互い愛し合っていることを語っていた。女神とは随分大きく言うなとは思っていたが、黒髪の男も、なんとも上っ面だけの軽い言葉だと一蹴した。真っ赤な顔をしたデメトリオだが、ドロテアは眉を顰めてなぜそんな言葉を知っているのか問うた。
黒髪の男は相手にする必要もないと、二人を連れて行くようにマントの騎士たちに指示する。
「ルドバイヤン様! 全ての部屋を制圧しました!」
マントの騎士の一人が黒髪の男を呼んだ。すると、ドロテアが驚愕した顔を見せて、黒髪の男を見つめながらぱくぱくと口を開け閉めする。
「ま、待って。ねえっ、話を聞いてちょうだい! 誤解なの。そうよ。誤解なのよ! 私が愛したのはこの男じゃないわ。そうでしょう!?」
「ドロテア!?」
「あなたは黙っていてちょうだい。少し優しくしただけで鼻の下を伸ばして。私があなたに本気なわけがないでしょう?」
「なんだと!? 僕は婚約を破棄したんだぞ!?」
今度は二人で争い始めた。黒髪の男が醜いものでも見るような視線を向けていたが、気にせず連れて行けともう一度指示する。
「待って! アレクサンドル! 私たちは婚約者でしょう!?」
ドロテアの言葉にデメトリオは唖然とした顔をする。どうやら気付いていなかったようだ。
(あの体格を見て気付いていなかったのかしら。さんざん彼の前で婚約破棄の理由を話していたでしょうに)
今は猫背ではないが、身長や体の形は同じ。太っているように見えたのは筋肉で、体を丸めて筋を見せないようにしていただけで、鍛えられた体を持っている。良く見れば同じ体型だった。体を丸くすればまったく同一人物だ。通りで見たことがあると思ったのだ。
婚約破棄を言い渡されていた、黒髪の男。陰鬱な雰囲気は今は見られないが、あの時の男である。
「ああ、アレクサンドル。私を愛しているのでしょう? あなたが騎士の役目を怠っていると思っていたのよ。だって、王宮で閉じこもってばかりだって聞いていたもの。もっとひ弱な男だと勘違いしていたわ。あなたが騎士として役目を果たしていないのならば、結婚はできないわ。そうでしょう? でも、勘違いだと分かってホッとしたわ」
急な態度の変更にデメトリオが呆気に取られている。エルヴィールもぽかんとドロテアの話を聞いてしまった。腕の中にいるドラゴンの卵を忘れそうになったほどだ。
アレクサンドルと呼ばれた黒髪の男は、ゆっくりと仮面を外す。
前は前髪で目元を隠していたが、形の良い額や、はっきりとした眉とそれに合う瞳があらわになって、凛とした顔が見られた。普段は目を細めていたのかもしれない。美しい姿勢と相まって、前に会った時の陰鬱な印象は見られなかった。
ドロテアは一瞬で頬を赤く染めた。アレクサンドルの形の良い唇を眺めて、もう一度同じことを口にする。
「私はあなたの婚約者よ。きっと、誤解があったんだわ。今日のことだって私は何も知らなかったのよ。違法な競売だなんて、何かの間違いだわ。私の婚約者なのだから、信じてくれるでしょう!?」
「ドロテア……」
「分かってくれたのね。アレクサンドル!」
「婚約破棄はすでに受理されて、あなたと私はただの他人だ。あなたの醜悪さは私は良く知っている。言い訳ならば他でするのだな」
「なんてこと言うのよ! 私を捨てる気!?」
「うるさいから、さっさと連れて行け」
アレクサンドルはいい加減終わりにしたいと命令する。マントの騎士たちがドロテアやデメトリオたちを立たせて外に連れて行こうと引っ張った。
「私を愛しているんじゃなかったの!? 婚約を求めてきたのはあなたじゃない! 身分も財産も、私のためにあるのだと言ったのはあなただわ!!」
そんなことを言うほどドロテアを愛していたのか。いや、本来の婚約者なら当たり前なのかもしれない。エルヴィールはぎゅっと卵を抱きしめた。
その時、ピキリ、と卵から音がした。
「大変です! 南の空にドラゴンの集団が!!」
その叫び声に、部屋の中は大きくざわついた。
ドロテアと呼ばれた金髪の女は、びくりと肩を上げた。マントの騎士の一人がドロテア令嬢の仮面を奪う。顔があらわになって顔を背けたが、顔を真っ赤にして激怒しているのが分かった。
一緒に捕まっていた金髪の男は、ぶるぶると震えて青ざめている。
そうしてもう一人の金髪の男が、両手を後ろで結ばれながらドロテアの前に連れてこられた。少しだけ髪の少ない、少々小太りな男性だ。
「お父様!」
「親子で夜会を楽しんだようだな。違法な競売だけでなく、麻薬の販売。空き部屋を提供して、低俗な者たちが集まる無法地帯だ。愚かな夜会を開いたものだな。バリエンダル」
黒髪の男は転がっている男を見下ろした。エルヴィールと話していた時とは違った話し方に、蔑みが感じられる。
ドロテアの父親、バリエンダルが歯噛みした。しかしもう観念しているのか、抵抗する様子はなかった。それもそうだろう。すでにマントの騎士たちがこの場を押さえて、先ほどまで騒がしく戦っていた警備の男たちも力無く床にひれ伏していた。
「ぼ、僕は何も知らない! 無関係だ! この紐をといてくれ!!」
「デメトリオ!? あなた、一人で逃げる気!?」
「僕はこの女性に連れてこられただけだ! 違法な夜会だとは知らなかったんだ! 本当だ!!」
ドロテアと一緒にいた金髪の男、デメトリオはなんの関係もないのだと大きく首を振る。ドロテアは眉を釣り上げて肩を震わせたが、デメトリオはそれを視界に入れることなく身を乗り出して黒髪の男に懇願した。
「本当だ! 僕は無関係だ!!」
「女神を見捨てるのか? とんだ愛だな」
「な、なにを!?」
その言葉はエルヴィールも覚えている。二人でうっとりと見つめ合い、お互い愛し合っていることを語っていた。女神とは随分大きく言うなとは思っていたが、黒髪の男も、なんとも上っ面だけの軽い言葉だと一蹴した。真っ赤な顔をしたデメトリオだが、ドロテアは眉を顰めてなぜそんな言葉を知っているのか問うた。
黒髪の男は相手にする必要もないと、二人を連れて行くようにマントの騎士たちに指示する。
「ルドバイヤン様! 全ての部屋を制圧しました!」
マントの騎士の一人が黒髪の男を呼んだ。すると、ドロテアが驚愕した顔を見せて、黒髪の男を見つめながらぱくぱくと口を開け閉めする。
「ま、待って。ねえっ、話を聞いてちょうだい! 誤解なの。そうよ。誤解なのよ! 私が愛したのはこの男じゃないわ。そうでしょう!?」
「ドロテア!?」
「あなたは黙っていてちょうだい。少し優しくしただけで鼻の下を伸ばして。私があなたに本気なわけがないでしょう?」
「なんだと!? 僕は婚約を破棄したんだぞ!?」
今度は二人で争い始めた。黒髪の男が醜いものでも見るような視線を向けていたが、気にせず連れて行けともう一度指示する。
「待って! アレクサンドル! 私たちは婚約者でしょう!?」
ドロテアの言葉にデメトリオは唖然とした顔をする。どうやら気付いていなかったようだ。
(あの体格を見て気付いていなかったのかしら。さんざん彼の前で婚約破棄の理由を話していたでしょうに)
今は猫背ではないが、身長や体の形は同じ。太っているように見えたのは筋肉で、体を丸めて筋を見せないようにしていただけで、鍛えられた体を持っている。良く見れば同じ体型だった。体を丸くすればまったく同一人物だ。通りで見たことがあると思ったのだ。
婚約破棄を言い渡されていた、黒髪の男。陰鬱な雰囲気は今は見られないが、あの時の男である。
「ああ、アレクサンドル。私を愛しているのでしょう? あなたが騎士の役目を怠っていると思っていたのよ。だって、王宮で閉じこもってばかりだって聞いていたもの。もっとひ弱な男だと勘違いしていたわ。あなたが騎士として役目を果たしていないのならば、結婚はできないわ。そうでしょう? でも、勘違いだと分かってホッとしたわ」
急な態度の変更にデメトリオが呆気に取られている。エルヴィールもぽかんとドロテアの話を聞いてしまった。腕の中にいるドラゴンの卵を忘れそうになったほどだ。
アレクサンドルと呼ばれた黒髪の男は、ゆっくりと仮面を外す。
前は前髪で目元を隠していたが、形の良い額や、はっきりとした眉とそれに合う瞳があらわになって、凛とした顔が見られた。普段は目を細めていたのかもしれない。美しい姿勢と相まって、前に会った時の陰鬱な印象は見られなかった。
ドロテアは一瞬で頬を赤く染めた。アレクサンドルの形の良い唇を眺めて、もう一度同じことを口にする。
「私はあなたの婚約者よ。きっと、誤解があったんだわ。今日のことだって私は何も知らなかったのよ。違法な競売だなんて、何かの間違いだわ。私の婚約者なのだから、信じてくれるでしょう!?」
「ドロテア……」
「分かってくれたのね。アレクサンドル!」
「婚約破棄はすでに受理されて、あなたと私はただの他人だ。あなたの醜悪さは私は良く知っている。言い訳ならば他でするのだな」
「なんてこと言うのよ! 私を捨てる気!?」
「うるさいから、さっさと連れて行け」
アレクサンドルはいい加減終わりにしたいと命令する。マントの騎士たちがドロテアやデメトリオたちを立たせて外に連れて行こうと引っ張った。
「私を愛しているんじゃなかったの!? 婚約を求めてきたのはあなたじゃない! 身分も財産も、私のためにあるのだと言ったのはあなただわ!!」
そんなことを言うほどドロテアを愛していたのか。いや、本来の婚約者なら当たり前なのかもしれない。エルヴィールはぎゅっと卵を抱きしめた。
その時、ピキリ、と卵から音がした。
「大変です! 南の空にドラゴンの集団が!!」
その叫び声に、部屋の中は大きくざわついた。
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