お言葉ですが今さらです

MIRICO

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29 行方

「ベルリオーズ様、ご無事で! 意識がないと聞いていたんですよ!?」
「少し眠っていただけだ」
 スファルツ王国の騎士が迎えにきて、エダンは素っ気なく答えた。
 エダンの意識がないままだと思っていたか、馬車が二台。警護のための騎士や魔法使いたちが待機していた。

「お探ししていて、諦めかけていました。まさか崖下に落ちていたとは。お怪我の具合は?」
「問題ない」
 腕は動かせる。肋もヒビが入っている程度だ。目覚めた時には軽くめまいがあったが、今は問題ない。馬にも乗れるだろう。

 エダンは周囲を見やった。国から騎士たちが迎えに来て、出発することになったが、アンリエットの姿は見えない。
 やはり、無理があったか。今さらだと言われてもおかしくないのだから。
 だが、アンリエットならば隠れたりせず、エダンの前に姿を現して、はっきりと断ってくるだろう。
(おかしいな)
 まだ待ってくれると信じたいが、どちらにしても見送りもされないとは思わなかった。

「王女様はどちらでしょうか?」
「先ほどメイドが呼びに行ったが」
 そういえば、王女もまだ来ていない。アンリエットの話ではほとんど無傷だったそうだが、怪我が痛むとでも言うだろうか。

 エダンの意識が戻った後は医師の診察があり、王女の姿は見なかった。
(気持ちとしては捨てていきたいが)

 屋敷から見覚えのある男が出てきて、エダンはすぐにかしこまった。その昔一度会っただけだが、忘れたりはしない。アンリエットの兄のシメオンだ。エダンに気付くと、シメオンは鼻白んだ。当然とも言える態度だ。エダンは首を下げて近付いてきたシメオンを待った。

「よくも顔を出せたな」
「申し訳ございません」
「さっさと王女を連れて帰るんだな。アンリエットにも二度と会うな!」
「それは約束しかねます」
 そう返答すると、シメオンは怒りをあらわにしてエダンの胸ぐらを掴んだ。

「よくも、お前」
「デラフォア令嬢が国外に出ることになったのは、私の不徳と致すところです。お詫びしてもお詫びしきれません」
「当たり前だ!」
「今後、身辺を整理して、デラフォア令嬢に再度お会いするつもりです」
「何だと?」
「おい、何をやっている」
 シメオンが聞き捨てならないと胸ぐらを掴んだまま凄んだ時、後ろから声が届いた。ヴィクトル王太子だ。

「一応相手は怪我人だ。少しは遠慮しろ」
「遠慮する寛大な心など持っておりません」
「わかったから、手を離せ。それより、王女の体調が優れないそうだ。出発は難しいと言っている」
「無傷ではなかったのですか?」
「気分が悪く、歩くこともできないと言っている。今医師を遣わせた」

 ヴィクトルは王太子らしからぬ仕草で無造作に頭を掻く。表情からして、おそらく仮病なのだろう。面倒そうに言って、王女の体調によっては出発はできないのではないかと口にする。

(どういうつもりだ)
 魔物に怯えて逃げたことが恥ずかしいのか? そう思ったが、そんな殊勝な性格ではないかと思い直す。何か利益のあることでも見つけたのか。その方が納得できる理由だった。

「お手数をおかけして申し訳ありません。様子を見てまいります」
「そうしてくれ」
 ヴィクトルも早く帰ってほしいのだろう。アンリエットの婚約についての噂が流れていたのだから、元婚約者であるエダンには良い印象はないはずだ。

「シメオン、アンリエット嬢を見かけなかったか? 部屋にいなかったんだが」
「いえ、見ておりませんが。部屋にいると思っていました」
「おかしいな。どこに行ったのだろう」
「どこかで時間を潰しているのかな」

 後ろでヴィクトルとシメオンが話している。それを聞いて、エダンは眉をひそめた。
 アンリエットは機嫌が悪いからと言って王女相手に見送りをしないような女ではない。それこそ体調が悪くても必ず出てくるだろう。王女とは違う。

 変に思いながら屋敷に入ろうとして、エダンはふと遠くの地面を見やった。
 何かが光って見える。気になって、エダンはそちらへ歩んだ。妙な胸騒ぎがしたからだ。

「ベルリオーズ様、どうかされましたか?」
 迎えに来た騎士に声をかけられたが、軽く手を振って光に近付く。騎士も妙に思ったのか、後ろからついてきた。

「何かありましたか?」
「これが見えないか?」
「……何か、うっすらですが、光っているような」

 魔力の弱い騎士にはよく見えていない。エダンにははっきり見えていた。ほのかな光が地面にぽつりぽつりと落ちて、それが門の外へと繋がっている。光った地面を指で触れれば、魔力のこもった氷のかけらだった。手の中の熱で溶けて、光が見えなくなる。

「……アンリエット」
 呟いて、エダンは馬車の方向へ走った。気づいたヴィクトルが怪訝な顔を向けてくる。

「どうした?」
「アンリエットが連れ去られた可能性があります」
「は? なんでそうな、」
 ヴィクトルの代わりにシメオンが答えたが、それに返している暇はない。氷が溶ければ光が消えてしまう。

「ベルリオーズ様!? そのお怪我で馬は!」
 騎士の制止を振り切って馬を奪い取り、エダンは馬の腹を蹴り上げた。

 あの魔法を見たことがあるわけではない。けれど、子供の頃魔法を学ぶに至り、アンリエットが考案していたことを思い出す。氷の魔法に魔力を灯し、光を残すというもので、魔物討伐で森に入る際に使えないかと考えていた。
 魔物に襲われた時、森の中で迷わないために使う魔法。光があれば、迷子になっても戻ることができる。
 追われている時でも使えるだろう。だが、追われていたら印をつけて逃げることは難しい。それならば、魔法で氷の塊を作り、雫のように落とすのはどうだろう。

 重みがあって現実的ではないと返したが、どうにか使えないかと四苦八苦していた。
 王太子マルスランが森で行方不明になったことは、アンリエットの心の奥底に残っているのだろう。追跡できる魔法があれば、もしくは、追跡してもらえる魔法があれば、マルスランが行方不明になることはなかったのに、と。

 アンリエットが王太子代理になったのは、マルスランが行方不明になったから。
 それを恨んでいるわけではないが、子供心に問題を改善しようと考えたのだ。
(結局、その魔法の完成は見ぬままだったが)
 どうしてアンリエットが連れ去られたのかはわからないが、アンリエットは魔法で道標を作る余裕はあったのだ。

「おい! そちらはスファルツ王国に繋がる道だ!」
 後ろからヴィクトルが追ってくる。シメオンや騎士たちも追ってきていた。

「スファルツ王国に通じる道があるのですか!?」
「昨日見つけたばかりだ。領主が何かに使っていたらしくて、調べさせているところだ」
「アンリエットが連れ去られる理由は!?」
「……俺がらみの可能性がある」

 ヴィクトルは苦虫を嚙みつぶしたような顔をする。
 その言葉だけで大体は理解できた。女性がらみでアンリエットが恨まれたのだ。それで国家間で知られていない裏道を使うならば、犯人は領主の娘かその関係者だ。
 そんな関係で、アンリエットが易々と連れ去られるとは思わない。そして追跡用の道標まで残しておく余裕があるならば、自ら囮になって証拠を掴もうとしたのだ。

(どうせ、誰か気付くと思って。とか、何とかなると思って、とか言うに決まっている)
 王に軽んじて扱われ続けたせいで、アンリエットは自ら犠牲になることを厭わない。命に関わる真似をするわけではないが、全て自分で行わなければならないという使命感を持っているようだった。

 だからと言って、わざわざ罠に掛かりにいく必要があるのか。あまりに自らを蔑ろにしすぎだ。
 馬が揺れるたびに胸や肩が痛み、何なら頭痛もしたが、アンリエットのことを考えれば、そんなことは言っていられない。

「あの道だ。森に入ると魔物がいるかもしれない」
 ヴィクトルの声に、エダンは剣を片手にした。
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