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33 推測
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「また、今度は王に何を投げられたのですか」
執務室に入ってくるなり、宰相がエダンの顔を見て眉尻を下げた。
エダンの頬に一筋の傷が残っている。皮膚を削るような痕で、赤く膨らんでいた。
「平手打ちだ。指輪で削られた」
「跡が残るのではないのですか」
「大したことじゃない」
むしろ、人をはたいたことのない王の手のひらの方が痛そうだった。エダンの頬を叩いておきながら、後で指が折れると発狂していたのだから。
「話は聞きました。婚約破棄とは」
「ありがたいことだ。仕事はそのままで、面倒な立場だけが消えたのだから」
心からそう思う。王配を目指していた昔の自分がどれだけ愚かだったのか、今では笑い話だ。そのせいで大切なものを失うとは考えもせず。
「王女様と直接お話はされたのですか?」
「王に討伐の報告をしただけで激怒され、婚約破棄を言い渡された。どうしてそうなるのか、困惑していると、涙まで流す必死の演技を見せられた」
その涙は自由自在に流せるのか。エダンは見ていて、袖に何か仕込んでいるのかと思ったほどだ。宰相も呆れ顔をする。王の謁見に使われる部屋の扉を守っている騎士は、エダンの手下だ。王との話は筒抜けで、セシーリアが何を言ったのか逐一報告されている。
「危険な目に遭ったと、王に告げ口でもしたのですか? どうして、また? あれほどベルリオーズ様に付きまと、お側にいらしたではないですか」
宰相の目からもセシーリアがエダンに付きまとっているように見えたらしい。ならば他の者たちもそう思っているだろう。それが突然手のひらを返すように態度を変えた。不思議に思うのは当然だ。
「あちらの王子に目を付けたのだろう。やけに熱心に声をかけていた。王子に会ってから、私に媚びるのもやめたからな」
エダンの言葉に、宰相がめまいがすると、額を押さえる。
「何と短絡的な。クライエン王国の王太子殿下の相手になるつもりですか?」
「そういうことだ」
「前代未聞です。あのような者をどうやって他国の王子に、それも王太子殿下に嫁がせられると言うのでしょう」
呆れるしかない。宰相ははっきりと言って、持っていた書類をエダンに渡した。
「調査の結果です。王女の生まれはまだはっきりしませんが、周囲の者たちについて新しい情報が」
パルシネン家の領地で会った、精神の病にかかっていた男。その男の身元がわかったのだ。
「マルスラン王太子が罪に問うて、逃げた残党の一人か」
十年以上前からいる賊の一人で、逃げた後の所在がわからないまま。目撃情報があったのは数年前で、盗品売り場で目撃があったのが最後。
町で行われる闇オークションのようなものだ。場所を転々とするので、尻尾を掴みにくい。アンリエットも追っていたが、一度現場を押さえただけで、主催者には逃げられてしまった。押収品は主に商人が運んでいた高級品で、魔物から逃げるために置いていった荷馬車に詰められた物が多かった。
時にかなり高額な品が迷い込む。絵画などの美術品、装飾品。それこそ強力な魔法が付加された宝石などが売買あされる。
そんな盗品の売買に顔を出すような男が、精神的な病にかかり、当てもなくさまようようになって、セシーリアの顔を見るなり豹変した。
「王女と知り合いだった可能性は?」
「あります。王女の面倒を見ていた老婆ですが、その賊に所属していたようです。昔はスリなどを行っていたそうで、捕えられて罰を受けたこともあると」
老婆は常にフードを被り、顔を見せないようにしていたため、老婆の顔を知っている者は少なかったが、人相の悪い男と共にいる姿は目撃されていた。
そして、老婆の家に男たちが集まっていたという話もあったのだ。
「魔法使いたちを救出したところ、その話を得たそうです」
メッツァラ家領地で音信不通になっていた魔法使いたち。それらはメッツァラ家に捕えられていたのがわかった。その救出が成功したことに、エダンは安堵する。アンリエットは心配していただろう。
「彼らは無事だったのか?」
「いえ、生き残っていたのは一人だけです」
「……そうか」
メッツァラ家領地にいる魔法使いならば動きやすいだろうと命じたが、人数が少なすぎたのだ。捕えられることを想定して、救助を早めるべきだった。
「遺体は?」
「山中に捨てられたのではないかと」
「探して、きちんと葬ってやってくれ。家族や恋人がいるようならば、十分な見舞金を。生き残った者にも褒美を。生活に不便があるなら保護をするように」
「承知しました」
(アンリエットに顔向けできないな)
エダンの考えが甘かったせいで、彼らに犠牲が出てしまった。
アンリエットに報いるためには、彼女が大切にしていたものを守る必要がある。使い捨てのように彼らを使ったことを、エダンは悔いた。
(せめて、遺体だけは取り戻さないと)
「あの、アンリエット様はお元気だったのでしょうか」
宰相は聞きにくそうに問うてくる。
「元気だった。王太子の信頼を得ているようだな」
「そうでしたか。安心しました。あの方が評価されないわけがないのですから」
安堵するのはよくわかる。アンリエットはこの国で一番報われない人だった。あれだけの苦労を重ねても、役立たずと罵られる立場だった。そのせいでアンリエットを侮る者もいたくらいだ。
ヴィクトルの側にいれば、アンリエットは正しく評価されるのだろう。ヴィクトルはそうするはずだ。それが自分でないことに、悔しさを覚える。アンリエットを一番理解しているのは自分だと、自負していただけに。
「アンリエットは魔力を感じる力を当たり前に思っているから、それについては王太子は知らなかったようだ。アンリエットは特異なことを言ったりしないだろうからな。それがもったいない」
「アンリエット様は特異な力が多いですからね。ですが、それが特異であると思っていらっしゃらない」
「この環境のせいだ。当然だろう」
いつでも王に否定されるのだから、それが特別ではないと思い違いをする。マルスランなら当たり前のことだと何度も言われ続ければ、アンリエットは自分が凡人だと思い込む。それは違うと言っても、王の言葉は幼いアンリエットにとって絶対だった。唯一の身内から言われるのだから、そう信じ込むのも仕方がなかったかもしれない。
(能力については、私の話を一切聞かなかったな。だからこそ、学びを妥協することもなかったのかもしれないが)
今では正確な評価が受けられる。それを考えれば、アンリエットはクライエン王国にいた方が幸せなのだろう。あちらには家族もいる。
そこに、エダンはいないけれど。
「そういえば、王女がよく胸元を握るだろう? アンリエットが微かに別の力を感じると言っていた。マーサに調べさせてくれ。何か隠し持っているのかもしれない」
「承知しました。家庭教師がドレスがシワになるから止めろと、何度か注意していましたね。何かを握るような仕草をするため、見目が良くないと」
「首に何かかけている風ではなかったから、ただの癖かと思っていたが」
「守りになるような何かを持っているのかもしれません」
「守り、か」
「それにしても、王女様が賊の仲間だとすると、大きな問題になりますね」
「王女でなければ問題ないのだがな」
セシーリアがマルスランの娘ではないという証拠はない。賊は全員死んでしまった。その精神を病んだ男以外全員。話ができれば、セシーリアの父親のことも聞けたかもしれないのに。
「マルスラン殿下のブローチですが、今調査させております。魔物を呼び寄せる力が入っているとしたら、今回王女様が襲われたのもそのせいでしょうか?」
「アンリエットが言うのだから、そうなのだろう。魔物を呼び寄せる力があのブローチにあるとすれば、納得のいくこともある。帰り際もやたら魔物に襲われたからな。魔物が増加している中で、魔物を集める宝石を持って通ったせいと言われれば、納得できる数だった」
セシーリアはブローチの力を知らない。知っていたら持ってこない。マルスランの娘という証拠だとしても、どこかに隠して置いてくるだろう。魔物を見ただけで叫ぶほどなのだから。
「マルスラン殿下が行方不明になった理由が大量の魔物に襲われたからとなると、両国間で大きな問題になります」
「他国から得た宝石のせいだとなればな」
とにかく製作者をあらうしかない。シーデーン家当主が宝石を作らせたとして、それを何者かが手に入れた。メッツァラ当主が一番怪しいわけだが、その証拠はまだない。
「どうかされましたか?」
「腑に落ちないことが多いな」
「どのような」
「マルスラン王太子殿下を暗殺するつもりで、ブローチに魔物を呼ぶ力を付与した。これはまあいい。シーデーンからメッツァラが手に入れた。これもいい。十年以上前からそこは懇意にしていたとして、」
思い出すのは、ヴィクトルの話だ。
シーデーンの屋敷から出る前に、ヴィクトルが妙なことを言っていた。
『王女と、シーデーンは知り合いか?』
セシーリアとシーデーンが会った時、セシーリアの様子がおかしかった。セシーリアはどうしてシーデーン家当主を知っているのか。ヴィクトルは気になったそうだ。
シーデーンはメッツァラと繋がっており、賊を知っていたのかもしれない。
(シーデーンとメッツァラ、それから賊。その繋がり?)
「賊だが、国境を通る商人を魔物で襲わせて、荷物を奪うということはあり得るだろうか」
「あり得なくないですね」
シーデーンからメッツァラに、メッツァラから賊に、魔物を呼び寄せる宝石が渡されていた。それならば、シーデーンが王女を知っていてもおかしくない。だから顔を見られて、気付かれるかと挙動不審になった。
だが、それはそれでおかしな話だ。シーデーンが賊を知っていると言うには無理がある。なぜ賊の人間を知っているのか。それを問われたら困るのはシーデーンだ。セシーリアを陥れたくなければ、黙っているだろう。代わりに宝石のことを話されたら、シーデーンが窮地に陥れられることになる。
無論、不安があって静かにしていたというのも理解できるのだが。
(ただそれだけか? 他に理由はないのか?)
賊の生き残りの男はセシーリアを威嚇していた。メッツァラはセシーリアを王女に仕立てた。セシーリアはシーデーンには顔を合わせられない。
「……裏切ったのか?」
「王女様が、ですか?」
「いや、それではメッツァラが王女に仕立てるわけが、」
「最初にブローチに気付いたのは、パルシネンです」
「後に引けなくなったのか?」
パルシネンがセシーリアを見つけなければ、ブローチに気付かなければ、メッツァラはセシーリアを追っていたかもしれない。
「マルスラン王太子殿下のブローチを手に入れたのは偶然としよう。王女は賊から抜け出すために魔物を集めて、仲間を殺させた。逃げる途中パルシネンの騎士に助けられて、ブローチに気付かれる。メッツァラは王女を追っていたが、ブローチによってマルスランの娘ではという話が出た。メッツァラは王女を殺すことができず、城につれることにした」
「可能性はありますね」
「だが、まだ想像の域だ」
それでも、魔物を呼び寄せるものに近しい力。たとえば、魔物を呼び寄せはするが、別の力が働くなにかを持っているとしたら? 辻褄は合う。
「王女が何を持っているのか、調べる必要はありそうですね」
エダンは頷く。せめて、セシーリアは引きずり下ろしたい。王を倒すのはこれからの課題だ。
セシーリアが娘でないと証拠付けられたら、王はアンリエットを再び呼ぶだろう。
しかし、アンリエットは首を縦に振ることはない。その時、王はどうするだろうか。
(アンリエットは巻き込まない。それだけは阻止しなければ)
だが、王を倒した後。後継者がいない状態で王を倒せば、国が荒れる。それを避けるための方法は、未だエダンには思いつかなかった。
執務室に入ってくるなり、宰相がエダンの顔を見て眉尻を下げた。
エダンの頬に一筋の傷が残っている。皮膚を削るような痕で、赤く膨らんでいた。
「平手打ちだ。指輪で削られた」
「跡が残るのではないのですか」
「大したことじゃない」
むしろ、人をはたいたことのない王の手のひらの方が痛そうだった。エダンの頬を叩いておきながら、後で指が折れると発狂していたのだから。
「話は聞きました。婚約破棄とは」
「ありがたいことだ。仕事はそのままで、面倒な立場だけが消えたのだから」
心からそう思う。王配を目指していた昔の自分がどれだけ愚かだったのか、今では笑い話だ。そのせいで大切なものを失うとは考えもせず。
「王女様と直接お話はされたのですか?」
「王に討伐の報告をしただけで激怒され、婚約破棄を言い渡された。どうしてそうなるのか、困惑していると、涙まで流す必死の演技を見せられた」
その涙は自由自在に流せるのか。エダンは見ていて、袖に何か仕込んでいるのかと思ったほどだ。宰相も呆れ顔をする。王の謁見に使われる部屋の扉を守っている騎士は、エダンの手下だ。王との話は筒抜けで、セシーリアが何を言ったのか逐一報告されている。
「危険な目に遭ったと、王に告げ口でもしたのですか? どうして、また? あれほどベルリオーズ様に付きまと、お側にいらしたではないですか」
宰相の目からもセシーリアがエダンに付きまとっているように見えたらしい。ならば他の者たちもそう思っているだろう。それが突然手のひらを返すように態度を変えた。不思議に思うのは当然だ。
「あちらの王子に目を付けたのだろう。やけに熱心に声をかけていた。王子に会ってから、私に媚びるのもやめたからな」
エダンの言葉に、宰相がめまいがすると、額を押さえる。
「何と短絡的な。クライエン王国の王太子殿下の相手になるつもりですか?」
「そういうことだ」
「前代未聞です。あのような者をどうやって他国の王子に、それも王太子殿下に嫁がせられると言うのでしょう」
呆れるしかない。宰相ははっきりと言って、持っていた書類をエダンに渡した。
「調査の結果です。王女の生まれはまだはっきりしませんが、周囲の者たちについて新しい情報が」
パルシネン家の領地で会った、精神の病にかかっていた男。その男の身元がわかったのだ。
「マルスラン王太子が罪に問うて、逃げた残党の一人か」
十年以上前からいる賊の一人で、逃げた後の所在がわからないまま。目撃情報があったのは数年前で、盗品売り場で目撃があったのが最後。
町で行われる闇オークションのようなものだ。場所を転々とするので、尻尾を掴みにくい。アンリエットも追っていたが、一度現場を押さえただけで、主催者には逃げられてしまった。押収品は主に商人が運んでいた高級品で、魔物から逃げるために置いていった荷馬車に詰められた物が多かった。
時にかなり高額な品が迷い込む。絵画などの美術品、装飾品。それこそ強力な魔法が付加された宝石などが売買あされる。
そんな盗品の売買に顔を出すような男が、精神的な病にかかり、当てもなくさまようようになって、セシーリアの顔を見るなり豹変した。
「王女と知り合いだった可能性は?」
「あります。王女の面倒を見ていた老婆ですが、その賊に所属していたようです。昔はスリなどを行っていたそうで、捕えられて罰を受けたこともあると」
老婆は常にフードを被り、顔を見せないようにしていたため、老婆の顔を知っている者は少なかったが、人相の悪い男と共にいる姿は目撃されていた。
そして、老婆の家に男たちが集まっていたという話もあったのだ。
「魔法使いたちを救出したところ、その話を得たそうです」
メッツァラ家領地で音信不通になっていた魔法使いたち。それらはメッツァラ家に捕えられていたのがわかった。その救出が成功したことに、エダンは安堵する。アンリエットは心配していただろう。
「彼らは無事だったのか?」
「いえ、生き残っていたのは一人だけです」
「……そうか」
メッツァラ家領地にいる魔法使いならば動きやすいだろうと命じたが、人数が少なすぎたのだ。捕えられることを想定して、救助を早めるべきだった。
「遺体は?」
「山中に捨てられたのではないかと」
「探して、きちんと葬ってやってくれ。家族や恋人がいるようならば、十分な見舞金を。生き残った者にも褒美を。生活に不便があるなら保護をするように」
「承知しました」
(アンリエットに顔向けできないな)
エダンの考えが甘かったせいで、彼らに犠牲が出てしまった。
アンリエットに報いるためには、彼女が大切にしていたものを守る必要がある。使い捨てのように彼らを使ったことを、エダンは悔いた。
(せめて、遺体だけは取り戻さないと)
「あの、アンリエット様はお元気だったのでしょうか」
宰相は聞きにくそうに問うてくる。
「元気だった。王太子の信頼を得ているようだな」
「そうでしたか。安心しました。あの方が評価されないわけがないのですから」
安堵するのはよくわかる。アンリエットはこの国で一番報われない人だった。あれだけの苦労を重ねても、役立たずと罵られる立場だった。そのせいでアンリエットを侮る者もいたくらいだ。
ヴィクトルの側にいれば、アンリエットは正しく評価されるのだろう。ヴィクトルはそうするはずだ。それが自分でないことに、悔しさを覚える。アンリエットを一番理解しているのは自分だと、自負していただけに。
「アンリエットは魔力を感じる力を当たり前に思っているから、それについては王太子は知らなかったようだ。アンリエットは特異なことを言ったりしないだろうからな。それがもったいない」
「アンリエット様は特異な力が多いですからね。ですが、それが特異であると思っていらっしゃらない」
「この環境のせいだ。当然だろう」
いつでも王に否定されるのだから、それが特別ではないと思い違いをする。マルスランなら当たり前のことだと何度も言われ続ければ、アンリエットは自分が凡人だと思い込む。それは違うと言っても、王の言葉は幼いアンリエットにとって絶対だった。唯一の身内から言われるのだから、そう信じ込むのも仕方がなかったかもしれない。
(能力については、私の話を一切聞かなかったな。だからこそ、学びを妥協することもなかったのかもしれないが)
今では正確な評価が受けられる。それを考えれば、アンリエットはクライエン王国にいた方が幸せなのだろう。あちらには家族もいる。
そこに、エダンはいないけれど。
「そういえば、王女がよく胸元を握るだろう? アンリエットが微かに別の力を感じると言っていた。マーサに調べさせてくれ。何か隠し持っているのかもしれない」
「承知しました。家庭教師がドレスがシワになるから止めろと、何度か注意していましたね。何かを握るような仕草をするため、見目が良くないと」
「首に何かかけている風ではなかったから、ただの癖かと思っていたが」
「守りになるような何かを持っているのかもしれません」
「守り、か」
「それにしても、王女様が賊の仲間だとすると、大きな問題になりますね」
「王女でなければ問題ないのだがな」
セシーリアがマルスランの娘ではないという証拠はない。賊は全員死んでしまった。その精神を病んだ男以外全員。話ができれば、セシーリアの父親のことも聞けたかもしれないのに。
「マルスラン殿下のブローチですが、今調査させております。魔物を呼び寄せる力が入っているとしたら、今回王女様が襲われたのもそのせいでしょうか?」
「アンリエットが言うのだから、そうなのだろう。魔物を呼び寄せる力があのブローチにあるとすれば、納得のいくこともある。帰り際もやたら魔物に襲われたからな。魔物が増加している中で、魔物を集める宝石を持って通ったせいと言われれば、納得できる数だった」
セシーリアはブローチの力を知らない。知っていたら持ってこない。マルスランの娘という証拠だとしても、どこかに隠して置いてくるだろう。魔物を見ただけで叫ぶほどなのだから。
「マルスラン殿下が行方不明になった理由が大量の魔物に襲われたからとなると、両国間で大きな問題になります」
「他国から得た宝石のせいだとなればな」
とにかく製作者をあらうしかない。シーデーン家当主が宝石を作らせたとして、それを何者かが手に入れた。メッツァラ当主が一番怪しいわけだが、その証拠はまだない。
「どうかされましたか?」
「腑に落ちないことが多いな」
「どのような」
「マルスラン王太子殿下を暗殺するつもりで、ブローチに魔物を呼ぶ力を付与した。これはまあいい。シーデーンからメッツァラが手に入れた。これもいい。十年以上前からそこは懇意にしていたとして、」
思い出すのは、ヴィクトルの話だ。
シーデーンの屋敷から出る前に、ヴィクトルが妙なことを言っていた。
『王女と、シーデーンは知り合いか?』
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シーデーンはメッツァラと繋がっており、賊を知っていたのかもしれない。
(シーデーンとメッツァラ、それから賊。その繋がり?)
「賊だが、国境を通る商人を魔物で襲わせて、荷物を奪うということはあり得るだろうか」
「あり得なくないですね」
シーデーンからメッツァラに、メッツァラから賊に、魔物を呼び寄せる宝石が渡されていた。それならば、シーデーンが王女を知っていてもおかしくない。だから顔を見られて、気付かれるかと挙動不審になった。
だが、それはそれでおかしな話だ。シーデーンが賊を知っていると言うには無理がある。なぜ賊の人間を知っているのか。それを問われたら困るのはシーデーンだ。セシーリアを陥れたくなければ、黙っているだろう。代わりに宝石のことを話されたら、シーデーンが窮地に陥れられることになる。
無論、不安があって静かにしていたというのも理解できるのだが。
(ただそれだけか? 他に理由はないのか?)
賊の生き残りの男はセシーリアを威嚇していた。メッツァラはセシーリアを王女に仕立てた。セシーリアはシーデーンには顔を合わせられない。
「……裏切ったのか?」
「王女様が、ですか?」
「いや、それではメッツァラが王女に仕立てるわけが、」
「最初にブローチに気付いたのは、パルシネンです」
「後に引けなくなったのか?」
パルシネンがセシーリアを見つけなければ、ブローチに気付かなければ、メッツァラはセシーリアを追っていたかもしれない。
「マルスラン王太子殿下のブローチを手に入れたのは偶然としよう。王女は賊から抜け出すために魔物を集めて、仲間を殺させた。逃げる途中パルシネンの騎士に助けられて、ブローチに気付かれる。メッツァラは王女を追っていたが、ブローチによってマルスランの娘ではという話が出た。メッツァラは王女を殺すことができず、城につれることにした」
「可能性はありますね」
「だが、まだ想像の域だ」
それでも、魔物を呼び寄せるものに近しい力。たとえば、魔物を呼び寄せはするが、別の力が働くなにかを持っているとしたら? 辻褄は合う。
「王女が何を持っているのか、調べる必要はありそうですね」
エダンは頷く。せめて、セシーリアは引きずり下ろしたい。王を倒すのはこれからの課題だ。
セシーリアが娘でないと証拠付けられたら、王はアンリエットを再び呼ぶだろう。
しかし、アンリエットは首を縦に振ることはない。その時、王はどうするだろうか。
(アンリエットは巻き込まない。それだけは阻止しなければ)
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