彼女が死んだ理由は、誰も知らない

MIRICO

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「たあ!」
 クロディーヌ様の掛け声が、演習場から聞こえてきます。
 相手をしているのは、コンラッド。ベルティエ家の騎士の一人で、幼い頃からクローディア様の相手をしていました。

「お嬢様、そろそろ休憩されたらいかがですか?」
「ありがとう、アビー。でも今、すっごく調子がいいのよ」
「いえ、そろそろ休憩してください」
「なによ、コンラッド。もうへたれたの?」
「違いますよ。失礼な。後ろからシャルリーヌお嬢様が来てます。なにかご用があるんじゃないですか?」

「お姉様、休憩しましょう。クッキーを作ってみたの」
「シャルリーヌ、ありがとう。休憩にするわね。コンラッドは仕事に行っていいわよ」
「ひどい! 俺にも食べさせてください!」
「仕方ないわねえ」
「ちゃんとコンラッドの分もあるわよ」
「さすが、シャルリーヌお嬢様」
「シャルリーヌ、コンラッドを甘やかしちゃダメよ」

 シャルリーヌ様は淑やかに笑いながら、お茶の用意をさせました。最近お菓子作りに凝っているシャルリーヌ様は、シェフに手伝ってもらいながら、その腕を上げているのです。
 クロディーヌ様とコンラッドがクッキーを食べて褒めるのを嬉しそうに聞きながら、コンラッドが頬張るのを眺めていました。

「ねえ、お姉様。今年の王族主催のパーティ、どんなドレスにする?」
「まだずっと先の話じゃない」
「もう半年もないじゃない。だから、一緒に買いに行きましょうよ」
「そうねえ。コンラッドも行く?」
「行っていいんですか?」
「シャルリーヌが見てほしいって」
「お、お姉様!」

 クロディーヌ様が冗談めかして言うと、シャルリーヌ様は真っ赤になりました。それを聞いているコンラッドも顔を赤くして、咳をするふりをします。二人はそわそわと落ち着きなくしながらも、目を合わせては頬を染め合いました。
 それをクロディーヌ様がからかうような目で見て、クッキーを口に入れます。

 シャルリーヌ様がコンラッドを好きだというのは、近くで見ていればすぐにわかりました。コンラッドもまんざらではなく、クロディーヌ様とシャルリーヌ様を相手にすれば、シャルリーヌ様へ自然と目がいくのを、私は知っています。
 けれどコンラッドは、元は平民の騎士です。許されるわけのない恋でした。クロディーヌ様もそれがわかっていて、もどかしそうでした。
 できるだけ話す機会を与えようという、姉の優しさが垣間見られるのです。

 クロディーヌ様とシャルリーヌ様は顔は同じですが、性格が違うため、仕草や話し方を見ればどちらがどちらなのか、すぐにわかります。
 濡羽色の長く癖のない黒髪。瞳はオレンジ色。クロディーヌ様は黒髪を後ろでまとめてしっかりと結んでいます。ドレスは出かける時以外、ほとんど着ません。動きやすいようにパンツスタイルです。大きな目を見開いたり、屈託なく口を開いて笑ったりと、令嬢というより、若い騎士を見ているようでした。

 シャルリーヌ様は黒髪を後ろに流して、後頭部で一房を小さく結んでいます。いつも花飾りをしており、ふんわりとしたスカートのドレスに合う色を着けていました。うつむきがちで、常に微笑んではいますが口数は少ない。元気ではありますが、クロディーヌ様に比べてかなり控えめでした。

 二人の姉妹に混ざるのはいつもコンラッドです。コンラッドは整った顔をした青年で、癖のある茶色の髪をしており、ふわふわと揺れる髪を結ぶこともありました。髪の毛を短く切るとはねて乱れてしまうため、その長さにしていましたが、その髪型はよく似合っていたので、メイド仲間にもコンラッドを気にしている女の子は多かったように思います。

 昔、騎士団長に注意され短く切ったけれど、寝癖のような頭になるので、伸ばすことを許されたと、クロディーヌ様が教えてくれました。
 そんな細かい話を知っているほど、クロディーヌ様とコンラッドはよく一緒にいるのです。

 側で聞いていれば恋愛関係になり得ないとわかりますが、父親でベルティエ家の当主である旦那様は、クロディーヌ様の方があまりに淑女から遠ざかり、男のように動いて騎士の一人と一緒にいることに不安を覚えていたかもしれません。

「クロディーヌお嬢様、旦那様がお呼びです」
「お父様が? なにかしら。シャルリーヌのクッキー食べ終わっていないのに。コンラッド、私の分残しときなさいよ」
「それはなんとも言えません」
「戻って来たら、ちゃんと残ってるか確認するからね!」

 クロディーヌ様は怒るように言いましたが、それが二人でゆっくりしていろという姉の優しさだと、シャルリーヌ様もコンラッドも気付いているでしょう。二人とも、照れながらも微笑み合っていました。

「アビー、お父様はなんの用だと思う?」
「パーティの件でしょうか」

 問われて私も唸りそうになります。こんな昼間に旦那様がクロディーヌ様を呼ぶことはないからです。なにか話があっても、食事の時にすれば良いだけですから。
 そこまで仲が良いわけではない旦那様との間で、旦那様がクロディーヌ様だけを呼ぶことはありませんでした。いつも姉妹一緒で、片方だけになにかを言うことはありません。格好を改めろと叱るにしろ、食事時で十分だったからです。

 クロディーヌ様は訝しみました。けれど、あまり心配はしていないようで、どこか浮立つ雰囲気があります。待ちわびていたことでもあるのかと思いました。
「重要な話でもあるのかしら」
 その予感は的中しました。けれど、悪い方向にだったのです。

「次のパーティでは、モーテンセン家の長男にエスコートしてもらいなさい」
「なんの話ですか?」
「婚約の話だ。相手はハンネス・モーテンセン。お前も知っているだろう。今時、しっかりした青年だ」

 寝耳に水でした。クロディーヌ様が勢いよく立ち上がります。それを見上げた旦那様が、座りなさいと律しました。

「しっかりした青年? ハンネス・モーテンセンがですか?」
「そうだ。事業の腕もあり、周囲からの信頼も厚い」
「嫌です! あんな男と婚約なんて! 私は、」
「いつまでも剣を振っているようなお前をもらってくれると言うんだ。従いなさい」
「お父様!?」

 問答無用と話は一方的に告げられました。
 クロディーヌ様は呆然としたまま。私はなんと声をかければ良いかもわかりませんでした。

 クロディーヌ様には好きな方がいたのです。
 その方は、エヴァリスト・セルヴァン様。のちに、シャルリーヌ様の婚約者となる方です。

 パーティなどでお会いするだけの方ですが、父親同士で交流があり、幼い頃はよく一緒に遊んでいたと聞いています。年頃になって会うことは少なくなっても、パーティなどで会うたびによく話しているようでした。

「どうして、あんな男と」

 クロディーヌ様の落胆は、それはそれは、とても激しいものでした。
 しかし、クロディーヌ様の気持ちとは裏腹に、そのハンネスとの婚約は速やかに進んでいったのです。
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