4 / 26
4
「気の病かもしれません。なにか、ショックなことでもありましたか?」
医者の言葉に、シャルリーヌ様は曖昧に笑っていらっしゃいました。
少し前から風邪気味でしたが、やけに長引き、今は咳などないが、食欲がなく、疲れたようにため息を続ける。婚約が決まってからしばらくして体調を崩したのですから、婚約が原因であることは明らかなように思えました。
「シャルリーヌ、大丈夫?」
「大丈夫よ。お姉様」
姉妹はとても仲が良いのに、こんなことになって、お互い気まずい日々を過ごしていることでしょう。
そのせいでシャルリーヌ様は気を病みすぎて体調を崩しているに違いないと、クロディーヌ様は憂えていました。
クロディーヌ様も苦しいに違いありません。
コンラッドとクロディーヌ様は変わらず剣の練習をしてはいましたが、コンラッドも顔色は冴えず、いつもに比べて元気がないのは確かです。
エヴァリスト様は婚約者の見舞いとして、何度も屋敷に訪れていました。
婚前の二人なのでクロディーヌ様が同席することも多かったですが、訪問が増えるようになれば、二人だけにすることも増えていきました。クロディーヌ様は二人の間に挟まれることがお辛いのでしょう。
エヴァリスト様はシャルリーヌ様が床に伏せるようになってから、足繁く屋敷に通われました。それが原因で病がもっと悪くなるのではないかと思いましたが、それをエヴァリスト様に言うわけにもいきません。
クロディーヌ様は気落ちしているのを気づかれないように、エヴァリスト様を迎えられます。
エヴァリスト様はハンネスと比べものにならないほど、素敵な方でした。過度な贈り物などをするわけではなく、なんとか機嫌を取ろうというところもありません。時間をもってゆっくり話をして帰られるのが常で、シャルリーヌ様の病を心から憂えていらっしゃいました。クロディーヌ様が好きになる理由がわかります。
病人の前ですから声を荒げることはありませんが、部屋に入る前にシャルリーヌ様を笑わせているのが聞こえました。あのシャルリーヌ様が少しずつ心を開いているのではないか。そんな気さえしたのです。
エヴァリスト様をお見送りする際には、私と話されることもありました。その時に、シャルリーヌ様はなにが好きなのか、どんなことを普段行っているのか、詳しく聞かれることもありました。
幼い頃クロディーヌ様と親しくても、屋敷で大人しくしていたシャルリーヌ様とは、それほど親しくなかったのだと、申し訳なさそうに口にされるのです。
「あまり長くいてもとは思うのだが、笑ってくれるのならば、もう少しいてもいいのではないか思ってしまうな」
「本日は顔色も良かったですので」
「それならばいいのだが。できるだけ長居しないように、けれどできるだけ訪れるようにするよ。婚約は本意ではないだろうが、これから夫婦としてやっていくのだから、お互いを知った方がいいからね」
エヴァリスト様はシャルリーヌ様との未来を考え、歩み寄ろうとしているのが伝わってきました。シャルリーヌ様に好きな人がいなければ、きっと幸せになるでしょう。
しかし、こういう時、クロディーヌ様がいなくて良かったと思うのです。
二人の距離が近付くのを、クロディーヌ様もわかっていたのかもしれません。
「パーティ、参加できなさそうです」
ベッドの上で、シャルリーヌ様は呟くようにおっしゃいました。
今日はこれから予定していた王族主催のパーティです。姉妹二人に婚約者ができたことで、それを社交界に知らせるような参加予定でした。
シャルリーヌ様は出席するためにドレスを着ようとしましたが、吐き気をもよおしたのです。シャルリーヌ様の顔色は死人のように真っ青で、奥様も今日は無理をしない方がいいと横になることを勧めていました。
「仕方がないね。無理に出席して、それ以上体調を悪くする方が良くない」
「ごめんなさい」
「気にすることはないよ。体が第一だから」
申し訳なさそうにするシャルリーヌ様に、迎えにきたエヴァリスト様は優しくなだめます。
エヴァリスト様はシャルリーヌ様を特別好きという雰囲気はありませんでしたが、婚約者として精一杯努めようとするところが見受けられました。旦那様だろうがメイドだろうが、誰にでも同じ対応ですが、シャルリーヌ様には優しく語りかけ、気を遣っているのがわかります。触れるにも少しためらうようで、シャルリーヌ様を傷つけまいとする姿が見られました。
「クロディーヌのパートナーは?」
「まだ来ないわ。来る気あるのかしら」
エヴァリスト様に問われて、クロディーヌ様は愚痴るように呟きました。
最近、クロディーヌ様はハンネスとは会っておらず、手紙なども送り合っていないそうです。
もともとお互いに好んで結ばれた婚約ではないので、誰かがなにか言わなければ連絡すら取り合わない二人です。音信不通でもお嬢様は気にしていないようでした。
しかし、パーティの迎えに来ないのは問題です。婚約者として当然迎えに来ると思っていましたが、それすらも怠るとは、許せない男です。
ご両親はすでに王宮へ出発しています。クロディーヌ様はぎりぎりまであの婚約者を待ちました。
「ここまで待って来ないのならば、来る気はないんじゃないか?」
「そんな気がするわ」
「仕方がないね。今日は一緒に行くかい? 僕がパートナーに立候補しても構わないだろうか」
「あなたが? そうねえ。どうしようかしら」
それは、青天の霹靂ではないでしょうか。
お嬢様は喜びを隠すように、茶化して考えたフリをしていました。けれど、心の中では喜び勇んでいることでしょう。
それを見るのは忍びないものでした。
クロディーヌ様はまだエヴァリスト様のことを好きに違いないのです。私はクロディーヌ様の心のうちを考えると、おいたわしく思いました。
パートナーがいなくとも、よほどの事情がない限りパーティに出席する必要がある。お互い理由があってパートナーがいないため、ちょうど良いだろうという話になりました。クロディーヌ様から言わせれば、あのクズが迎えにこないから、お父様に抗議するにちょうど良いわ。とのことでした。それはもちろん、訴えて良いことだと私も賛同します。
「コンラッドをおいてくわ。いいこと、ちゃんとシャルリーヌを見ているのよ」
せめてものという優しさか、クロディーヌ様はコンラッドにきつく言い渡しました。部屋に入れるわけではないので、二人きりで会うことはありませんが、シャルリーヌ様は安堵したように二人を見送りました。
気心知れている相手と結婚できれば、こんな風に体調を崩すこともなかったと思うと、うまくいかないことに悲しささえ覚えます。
一方、馬車の中では、シャルリーヌ様のお話ばかりでした。クロディーヌ様も気軽に話ができないのでしょう。
「シャルリーヌの体調は、なかなか良くならないな」
「お医者様は、最初はただの風邪だろうと言っていたのよ。風邪による吐き気だと。今は食事もろくに取れないものだから、今度は気の病。大丈夫なのかしら」
「医者を変えたらどうだ? 一人の医者で難しいのならば、別の医者に診てもらうことも良いのでは? 誰か紹介しようか」
「本当に? ありがたいわ。お父様にも聞いてみる。今日までに治らなかったのだし、お父様も考えてくださるでしょう」
お嬢様はお話しするのも辛いのではないでしょうか。シャルリーヌ様の話を一通りし終えると、馬車の中は静まり返ります。無言の時間が続いて、私の方が息苦しくなりそうでした。
エヴァリスト様もそれ以上話しかけることはせず、二人は窓の外を見ていただけ。時折クロディーヌ様がちらりとエヴァリスト様を横目で見やりましたが、エヴァリスト様はクロディーヌ様の想いに気づきもしないようでした。
医者の言葉に、シャルリーヌ様は曖昧に笑っていらっしゃいました。
少し前から風邪気味でしたが、やけに長引き、今は咳などないが、食欲がなく、疲れたようにため息を続ける。婚約が決まってからしばらくして体調を崩したのですから、婚約が原因であることは明らかなように思えました。
「シャルリーヌ、大丈夫?」
「大丈夫よ。お姉様」
姉妹はとても仲が良いのに、こんなことになって、お互い気まずい日々を過ごしていることでしょう。
そのせいでシャルリーヌ様は気を病みすぎて体調を崩しているに違いないと、クロディーヌ様は憂えていました。
クロディーヌ様も苦しいに違いありません。
コンラッドとクロディーヌ様は変わらず剣の練習をしてはいましたが、コンラッドも顔色は冴えず、いつもに比べて元気がないのは確かです。
エヴァリスト様は婚約者の見舞いとして、何度も屋敷に訪れていました。
婚前の二人なのでクロディーヌ様が同席することも多かったですが、訪問が増えるようになれば、二人だけにすることも増えていきました。クロディーヌ様は二人の間に挟まれることがお辛いのでしょう。
エヴァリスト様はシャルリーヌ様が床に伏せるようになってから、足繁く屋敷に通われました。それが原因で病がもっと悪くなるのではないかと思いましたが、それをエヴァリスト様に言うわけにもいきません。
クロディーヌ様は気落ちしているのを気づかれないように、エヴァリスト様を迎えられます。
エヴァリスト様はハンネスと比べものにならないほど、素敵な方でした。過度な贈り物などをするわけではなく、なんとか機嫌を取ろうというところもありません。時間をもってゆっくり話をして帰られるのが常で、シャルリーヌ様の病を心から憂えていらっしゃいました。クロディーヌ様が好きになる理由がわかります。
病人の前ですから声を荒げることはありませんが、部屋に入る前にシャルリーヌ様を笑わせているのが聞こえました。あのシャルリーヌ様が少しずつ心を開いているのではないか。そんな気さえしたのです。
エヴァリスト様をお見送りする際には、私と話されることもありました。その時に、シャルリーヌ様はなにが好きなのか、どんなことを普段行っているのか、詳しく聞かれることもありました。
幼い頃クロディーヌ様と親しくても、屋敷で大人しくしていたシャルリーヌ様とは、それほど親しくなかったのだと、申し訳なさそうに口にされるのです。
「あまり長くいてもとは思うのだが、笑ってくれるのならば、もう少しいてもいいのではないか思ってしまうな」
「本日は顔色も良かったですので」
「それならばいいのだが。できるだけ長居しないように、けれどできるだけ訪れるようにするよ。婚約は本意ではないだろうが、これから夫婦としてやっていくのだから、お互いを知った方がいいからね」
エヴァリスト様はシャルリーヌ様との未来を考え、歩み寄ろうとしているのが伝わってきました。シャルリーヌ様に好きな人がいなければ、きっと幸せになるでしょう。
しかし、こういう時、クロディーヌ様がいなくて良かったと思うのです。
二人の距離が近付くのを、クロディーヌ様もわかっていたのかもしれません。
「パーティ、参加できなさそうです」
ベッドの上で、シャルリーヌ様は呟くようにおっしゃいました。
今日はこれから予定していた王族主催のパーティです。姉妹二人に婚約者ができたことで、それを社交界に知らせるような参加予定でした。
シャルリーヌ様は出席するためにドレスを着ようとしましたが、吐き気をもよおしたのです。シャルリーヌ様の顔色は死人のように真っ青で、奥様も今日は無理をしない方がいいと横になることを勧めていました。
「仕方がないね。無理に出席して、それ以上体調を悪くする方が良くない」
「ごめんなさい」
「気にすることはないよ。体が第一だから」
申し訳なさそうにするシャルリーヌ様に、迎えにきたエヴァリスト様は優しくなだめます。
エヴァリスト様はシャルリーヌ様を特別好きという雰囲気はありませんでしたが、婚約者として精一杯努めようとするところが見受けられました。旦那様だろうがメイドだろうが、誰にでも同じ対応ですが、シャルリーヌ様には優しく語りかけ、気を遣っているのがわかります。触れるにも少しためらうようで、シャルリーヌ様を傷つけまいとする姿が見られました。
「クロディーヌのパートナーは?」
「まだ来ないわ。来る気あるのかしら」
エヴァリスト様に問われて、クロディーヌ様は愚痴るように呟きました。
最近、クロディーヌ様はハンネスとは会っておらず、手紙なども送り合っていないそうです。
もともとお互いに好んで結ばれた婚約ではないので、誰かがなにか言わなければ連絡すら取り合わない二人です。音信不通でもお嬢様は気にしていないようでした。
しかし、パーティの迎えに来ないのは問題です。婚約者として当然迎えに来ると思っていましたが、それすらも怠るとは、許せない男です。
ご両親はすでに王宮へ出発しています。クロディーヌ様はぎりぎりまであの婚約者を待ちました。
「ここまで待って来ないのならば、来る気はないんじゃないか?」
「そんな気がするわ」
「仕方がないね。今日は一緒に行くかい? 僕がパートナーに立候補しても構わないだろうか」
「あなたが? そうねえ。どうしようかしら」
それは、青天の霹靂ではないでしょうか。
お嬢様は喜びを隠すように、茶化して考えたフリをしていました。けれど、心の中では喜び勇んでいることでしょう。
それを見るのは忍びないものでした。
クロディーヌ様はまだエヴァリスト様のことを好きに違いないのです。私はクロディーヌ様の心のうちを考えると、おいたわしく思いました。
パートナーがいなくとも、よほどの事情がない限りパーティに出席する必要がある。お互い理由があってパートナーがいないため、ちょうど良いだろうという話になりました。クロディーヌ様から言わせれば、あのクズが迎えにこないから、お父様に抗議するにちょうど良いわ。とのことでした。それはもちろん、訴えて良いことだと私も賛同します。
「コンラッドをおいてくわ。いいこと、ちゃんとシャルリーヌを見ているのよ」
せめてものという優しさか、クロディーヌ様はコンラッドにきつく言い渡しました。部屋に入れるわけではないので、二人きりで会うことはありませんが、シャルリーヌ様は安堵したように二人を見送りました。
気心知れている相手と結婚できれば、こんな風に体調を崩すこともなかったと思うと、うまくいかないことに悲しささえ覚えます。
一方、馬車の中では、シャルリーヌ様のお話ばかりでした。クロディーヌ様も気軽に話ができないのでしょう。
「シャルリーヌの体調は、なかなか良くならないな」
「お医者様は、最初はただの風邪だろうと言っていたのよ。風邪による吐き気だと。今は食事もろくに取れないものだから、今度は気の病。大丈夫なのかしら」
「医者を変えたらどうだ? 一人の医者で難しいのならば、別の医者に診てもらうことも良いのでは? 誰か紹介しようか」
「本当に? ありがたいわ。お父様にも聞いてみる。今日までに治らなかったのだし、お父様も考えてくださるでしょう」
お嬢様はお話しするのも辛いのではないでしょうか。シャルリーヌ様の話を一通りし終えると、馬車の中は静まり返ります。無言の時間が続いて、私の方が息苦しくなりそうでした。
エヴァリスト様もそれ以上話しかけることはせず、二人は窓の外を見ていただけ。時折クロディーヌ様がちらりとエヴァリスト様を横目で見やりましたが、エヴァリスト様はクロディーヌ様の想いに気づきもしないようでした。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
断罪された薔薇の話
倉真朔
恋愛
悪名高きロザリンドの断罪後、奇妙な病気にかかってしまった第二王子のルカ。そんなこと知るよしもなく、皇太子カイルと彼の婚約者のマーガレットはルカに元気になってもらおうと奮闘する。
ルカの切ない想いを誰が受け止めてくれるだろうか。
とても切ない物語です。
この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。